迷探偵湖南ちゃん

迷井花

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2.眞木耀司という男

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 その3階の端に彼の研究室はあった。
 Makiというネームプレートで間違いないことを確認して、ノックする。

 と、ドアノブを掴んだ瞬間、勢いよく内側から扉が開かれた。

「ゔぁぁっ」

 本当に驚いた時は可愛らしい声は出ないみたいだ。内向きに開けられた扉につられ、湖南は潰れたカエルみたいな声と共に室内へなだれ込んだ。

「あっ、ぶないじゃないですか」
 
 扉に手をかけている人物を見上げて、一瞬ドキッとした。
 形の良い奥二重に高く通った鼻筋と理知的な唇。それぞれのパーツがうまく調和して、微笑んでいる。

 イケメン。
 
「イケメン。と思ったろうキミ」

 開口一番、彼は居丈高に言い放った。

 この居丈高な彼こそが眞木耀司まき ようじだった。

 気を取り直し、おずおずと名刺を差し出す。
 
「ご連絡差し上げた百目鬼出版の『幻怪』編集部、利根川湖南です。こちらは神倉屋の羊羹でござ」
「いただこう。好物だ」

 渡した名刺は、彼の視界に留まることなく胸ポケットへと落とされ、ずしりと重かった羊羹入りの紙袋は大事そうに徴収された。

「キミ、いいよ」
「え、いいってどういう」
「まあ、座りたまえ」

 頬を赤らめる湖南に、眞木は応接セットのソファーに座るよう手で促す。

「連絡をもらって直感したんだ、キミは使えるって」
「ええーそんなっ、光栄です」

 なんか普通にいい人じゃない?
 
 湖南はまんざらでもない顔で照れ照れと身を捩りながら、ソファに座った。
 
「いや素晴らしいな。単純かつ感情の起伏が明快。わかるか?感情物理学の応用だ。キミがドアを開けるに至るまで、寸分違わず予想できた。実験は観察対象が単純なほどうまくいくからな」
「えーと、はい?」

 単純……とは?
 笑顔のまま顔を上げ、首を傾げた。
 
「大丈夫だ。褒めてる」
「全然そのようには聞こえませんでしたが。あのう、予想できたって何を」
「キミがここに来るタイミングだ」
「はあ」

 と相槌は打ってみたものの、にわかには信じがたい。

 こういう仕事をしているとオカルトを信じるどころか、裏を探る癖がついてしまっている。今だって、伺うことは伝えてあったのだから、足音などに注意していればタイミングを見計らうことができたはず、とそのトリックを考えてしまっている。

「この部屋は防音になっているから、廊下の音は聞こえないよ。まあ、キミの頭では理解できないと思うから、その無知で無礼な疑いも許そう」
 
 まるで全てを見透かしたようなしたり顔。なんともいけすかない。むっと頬を膨らませた湖南の反応も、訳知り顔でくくくっと笑われた。

 なんかもう面倒そうなので、右から左に流すことにした。
 
 眞木はテーブルの上に手を差し伸べた。

「さあ、紅茶でも飲みたまえ」
 
 意外にも来客に紅茶を出すという細やかな気遣いは、湖南を驚かせた。
 ラベンダーの香りのする紅茶は、今淹れたばかりのようで湯気をくゆらせていた。

 コホン、と場を仕切り直すようにひとつ咳払い。
 
「ありがとうございます。早速ですが、ご依頼の件についてご意見を伺いたいのですが」
「ああ、幽霊の有無、だったか?」
「ええ。ご専門は物理と伺っていますが、超常現象の方にもお詳しいと評判でしたので」
「まあ、それほどでもないこともない。いや、ぜひにと乞われてキミのところから本も出してる。よかったら2冊目の構想もあるんだが」

 白々しい社交辞令にも全力で乗っかって、饒舌になっている。
 ご自分こそ充分単純では、と心の中でつっこみ「その話はまた次の機会に」と微笑んだ。

「今日は幽霊のお話の方を」
「ああ、幽霊ねぇ。キミは幽霊に興味があるのか?」
「いえ、私自身は興味はありません」
「なるほど。信じてもないと?」
「そうですね。見たことも感じたこともないので」

 ますますいいな、と眞木は口角の端を上げる。
 長身を包む白衣の下は黒のタートルネックに黒のパンツ。彼は長い脚を組み替え、両手を膝の上で組んだ。それから紅茶を一口含み、唇を湿らせる。
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