迷探偵湖南ちゃん

迷井花

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2.眞木耀司という男

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 ついてないや、とため息をまた一つ漏らすと、ようやく列車が動き始めた。
 硬めのシートに背を預けたまま、握っていた名刺を指で弄ぶ。

 名刺の表には「日本理科大学物理学科助教授 眞木耀司」と書かれていた。
 日理大といったら理系大学としてはトップ5には入るから、肩書きだけ見ればかなりの箔付きだ。
 裏面を捲ってみれば、そこに代表作が紹介されていた。

『超常現象を科学する』

 鞄の中からそれと同じタイトルの本を取り出した。
 ななめ読みしただけでも、当時の編集の焦燥っぷりが伝わってくる。

 なんせオカルトが売りの出版社だというのに、真っ向からオカルトをぶった斬っているのだ。
 かと思えば、サイエンスの立場からはとても認められない理論をまことしやかにブチかまし、オカルト、サイエンスの両サイドに喧嘩を売っている。
 一体この内容で誰が楽しめるのか。

 百目鬼出版は、良くも悪くもなんでもありがモットーだが、発売と同時に各方面からの圧力がかかり、即絶版となったらしい。
 絶版になることを見越して、一部のマニアックなファンとセドリ屋が買占めた為、重版レベルの売上があったらしいが、編集者のコントロールを外れた著者にさすがの百目鬼も匙を投げたようだ。

 困ったことに本人は次を出す気満々で、ちょくちょく連絡を入れてくる。
 社としてはそれをのらりくらりやり過ごしている状態。

 がくん、とシートに預けていた体が弾んだ。
 路面電車が鬼子母神前駅で停止したのだ。日理大へ行くならここで下車する。
 
 列車を降り、昔ながらの街並みを15分程歩くと、大学の正門にたどり着いた。この広大な敷地の一角に目的の研究棟はあるはずだが――、

「ああ、その研究棟なら北の端だね。駅の方に戻るように歩いて左側の棟ね」
「ええーっ」

 守衛所で尋ねると、地図で言えば駅に近い位置だと判明した。
 しかしそこに出入りできる門はない為、このように無駄足を踏まなくてはならないらしい。
 
 ということはまた15分歩くのか。しかも今きたばかりの道を戻るように。
 湖南はずしりと手にのしかかる土産袋を恨めしそうに一瞥し、反対の手に持ち替えた。

 どうせ戻るなら、このまま電車に乗って帰ってしまいたい。
 そもそもまともな話ができる相手なの――収穫もなく帰りもまた合計30分の道を戻ることになるなんて、なんという時間の無駄だろう。

 湖南は幽霊どころか超常現象に興味がなかった。
 今まで見たこともないし、もし本当にそんな世界があるのだとしたら怖いから関わりたくもない。

 思考はどんどん後ろ向きになっていく。指に食い込む土産袋を、もう一度持ち替えた。

「さっさと終わらせて帰ろ」
 
 今は辛抱の時だ。luiの為に――!

 実は百目鬼出版は意外にも女性ファッション誌のメジャーどころである『Lui』を抱えている。
 
 20代後半の女性がターゲットで、湖南は定期的に異動希望を出しているが、希望が通るまではこの『幻怪ゲンカイ』で実績を積むしかないのだ。

「あ。あれかな」

 『Lui』で華々しく活躍している姿を妄想しながら、歩を進めていくと、日当たりの悪い棟に行き止まった。
 ところどころに雨垂れの筋が黒く残るくすんだ白い壁。

 すぐ向かいの建て替えたばかりの本棟と比べると、無関係の湖南でさえその扱い差に妙な哀愁を感じる。
 わずかに日の当たる位置にひっそりと作られた花壇がまた物悲しいではないか。

 手入れが行き届いていないのか、ぽっかり一部分だけ花が植えられてない部分があって見栄えも悪い。
 花壇と校舎の間に立つ旗ポールを見上げると、えんじ色の校旗が寂しげにはためいていた。
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