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2.眞木耀司という男
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元はと言えば編集長に送り付けられたウイルスなのに。
4両編成の路面電車に揺られながら、湖南は大きく息を吐いた。
まだ着かないのかと前方に目をやれば、どうやら赤信号で足止めされているらしい。
すぐ隣を走るママチャリに、いとも簡単に追い越される。
見えなくなるまでママチャリの行方を目で追い、湖南は正面に顔を戻すと、ぽすんと背中をシートに預けた。
出社早々のウイルス騒動は、幸いにも被害にあったのは湖南のPCだけで、他の社員への影響はなかった。
それなのに、部内を騒然とさせた罪で湖南はこっぴどく叱られた。
その上、湖南が受けた被害は地味に痛かった。
スマホと共有していたクラウド上の連絡先をすべて消去されてしまったのだ。
システム部の話によればそれ以上悪さをすることはないらしい。
情報漏洩はないから安心しろと豪快に笑い飛ばされたが、連絡先を消去されるなんてかなり凶悪な事態だ。
特に伝手が命の編集者にとっては。
しかもつい先日取材したミニマリストの話に影響され、溜めていた名刺を処分したばかりというのも致命的だった。
もちろん名刺の内容は地道にデータ化した上で処分していたが、それもクラウド上で保存していたからウイルスによって一瞬で消えた。
なるほどこれが電子媒体の穴か、と身をもって知ることになったわけだ。
そもそもファイルを開く前にウイルスチェックを通さなかった自分が悪いのだ。
でも、なぜこのタイミングっ!?と不運体質を呪わずにはいられない。
先輩たちも朝から無駄な時間を割かれたことにご立腹で、名刺は共有してもらえなかった。
それでもしつこくしつこく粘って、ようやくとある大学助教授の連絡先をゲットしたのである。
「ただこの人、ちょっとクセが強いんだよな」
首をコキコキ鳴らしながら、先輩はうんざりするような顔をしていた。
そういう類の人物の扱いなら、湖南よりずっと長けているはずである。
その道の猛者である先輩があえてそう評するなんて、よっぽどだ。
一体どんなヤバい人物かと思うが、一応、百目鬼出版からは本を1冊出しているらしい。
「1冊目はそこそこ売れたんだよ。どうして2冊目がないと思う?」
売れるが正義の業界で、前作の売上げがよかったにも関わらず、次の話が持ち上がらないのは、よっぽど地雷ということ。
「すごく偏屈だとか?」
「偏屈なだけならまだ可愛げがあるわな」と先輩は含みのある笑いをこぼす。「まあ、会えばわかるよ。そろそろご機嫌伺いでもしようかと思ってたところだからちょうどよかった。安心していいよ。しつこいだけで危害を加えてくる人じゃないから」
「はあ……」
相手にしたくはないが、わざわざ労力を使って縁を切るほどでもない、そんな扱いの人間ということだろうか。
連絡先をゲットできたというより、体よく押し付けられたに近い。
「おいコナン、暇なら幽霊の有無を検証してこい」
気乗りしないまま、のろのろと仕度をしていたら、また編集長の無茶振りに捕まってしまった。
げんなりした顔を返すと「クビにならないだけありがたく思え!」と再び怒鳴られる始末。
熊みたいな見た目の編集長は沸点も低く、がうがうとすぐ怒鳴る。
もう慣れっこだが、咆哮みたいながなり声には毎度椅子から飛び上がってしまう。
「わかりました!いってきます!」
次の攻撃がくる前に、湖南は慌てて編集部から逃げ出してきたのだった。
4両編成の路面電車に揺られながら、湖南は大きく息を吐いた。
まだ着かないのかと前方に目をやれば、どうやら赤信号で足止めされているらしい。
すぐ隣を走るママチャリに、いとも簡単に追い越される。
見えなくなるまでママチャリの行方を目で追い、湖南は正面に顔を戻すと、ぽすんと背中をシートに預けた。
出社早々のウイルス騒動は、幸いにも被害にあったのは湖南のPCだけで、他の社員への影響はなかった。
それなのに、部内を騒然とさせた罪で湖南はこっぴどく叱られた。
その上、湖南が受けた被害は地味に痛かった。
スマホと共有していたクラウド上の連絡先をすべて消去されてしまったのだ。
システム部の話によればそれ以上悪さをすることはないらしい。
情報漏洩はないから安心しろと豪快に笑い飛ばされたが、連絡先を消去されるなんてかなり凶悪な事態だ。
特に伝手が命の編集者にとっては。
しかもつい先日取材したミニマリストの話に影響され、溜めていた名刺を処分したばかりというのも致命的だった。
もちろん名刺の内容は地道にデータ化した上で処分していたが、それもクラウド上で保存していたからウイルスによって一瞬で消えた。
なるほどこれが電子媒体の穴か、と身をもって知ることになったわけだ。
そもそもファイルを開く前にウイルスチェックを通さなかった自分が悪いのだ。
でも、なぜこのタイミングっ!?と不運体質を呪わずにはいられない。
先輩たちも朝から無駄な時間を割かれたことにご立腹で、名刺は共有してもらえなかった。
それでもしつこくしつこく粘って、ようやくとある大学助教授の連絡先をゲットしたのである。
「ただこの人、ちょっとクセが強いんだよな」
首をコキコキ鳴らしながら、先輩はうんざりするような顔をしていた。
そういう類の人物の扱いなら、湖南よりずっと長けているはずである。
その道の猛者である先輩があえてそう評するなんて、よっぽどだ。
一体どんなヤバい人物かと思うが、一応、百目鬼出版からは本を1冊出しているらしい。
「1冊目はそこそこ売れたんだよ。どうして2冊目がないと思う?」
売れるが正義の業界で、前作の売上げがよかったにも関わらず、次の話が持ち上がらないのは、よっぽど地雷ということ。
「すごく偏屈だとか?」
「偏屈なだけならまだ可愛げがあるわな」と先輩は含みのある笑いをこぼす。「まあ、会えばわかるよ。そろそろご機嫌伺いでもしようかと思ってたところだからちょうどよかった。安心していいよ。しつこいだけで危害を加えてくる人じゃないから」
「はあ……」
相手にしたくはないが、わざわざ労力を使って縁を切るほどでもない、そんな扱いの人間ということだろうか。
連絡先をゲットできたというより、体よく押し付けられたに近い。
「おいコナン、暇なら幽霊の有無を検証してこい」
気乗りしないまま、のろのろと仕度をしていたら、また編集長の無茶振りに捕まってしまった。
げんなりした顔を返すと「クビにならないだけありがたく思え!」と再び怒鳴られる始末。
熊みたいな見た目の編集長は沸点も低く、がうがうとすぐ怒鳴る。
もう慣れっこだが、咆哮みたいながなり声には毎度椅子から飛び上がってしまう。
「わかりました!いってきます!」
次の攻撃がくる前に、湖南は慌てて編集部から逃げ出してきたのだった。
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