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35話 頑張りの結果

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「こちらは【松茸香るコッペパン】でございます。おすすめは、開いて中に焼肉を挟んで食べると、とても美味しく召し上がれます」

「おお! やってみるぞ!」

 表情が完全に緩くなった子爵が、セレナに言われた通りコッペパンを開いて、中に焼肉を挟んだ。

 ……なるほど。プルドポークのようにして売るのもありだな。肉の形を整えればハンバーガーみたいにも作れそうだが、ハンバーガーはレシピを買いたい。

「んおおおおお!」

 子爵の表情がますます崩れていく。

 ふくよかな腹が嬉しさで波を打つ。

 目の前の焼肉とパンを全て食べ終わった子爵は、残った焼肉のたれを舐めるほどだ。

 貴族としての教養も、周りの目線など気にする事なく。

「も、もっ――――」

 子爵が話す前に、セレナがたこ焼きを持った皿を出した。

「こちらはデザートにおすすめの品でございます。その名を――――【フォアグラとキャビア風味を添えてたこ焼き】でございます」

 【無限調味料】で、あくまで風味のパウダーを足している。コッペパンに松茸パウダーをまぶしたようにね。

「!? た、食べる!!」

 八個のたこ焼きが一瞬で子爵の口に入って皿から消えた。

「も、もっと!」

「申し訳ございません。貴族御用達商品で、仕入れが難しく一品ずつしかお出しできず、再入荷はまたいつになるか分からない状況でございます」

「な、なんだと!」

「ブルグルス子爵様。またのお越しを心待ちにしております」

 そう話しながら会計の紙をそっとテーブルに置いた。

 子爵は心ここにあらずの放心状態になって、椅子にもたれかかる。

 とても堪能してくれたみたいで良かった。

 隣にいた執事が会計として銀貨五十枚を取り出す。

 すぐに確認したセレナが深々と挨拶をして、子爵は肩を落として帰って行った。

 簡単にあきらめてくれて本当に良かった。もし暴れたりしたら、開店すら怪しかったからね。

 子爵が帰ってどんよりとした空気の中、セレナが特設テーブルの前で手を優しく叩いた。

「皆様! このまま開店しますので、よろしくお願いします~!」

 セレナが機転を利かせてくれて、お客様に笑顔が戻った。

 それからすぐに店が始まって、お客様が次々テーブルに着く。

 ひっきりなしに届く注文を受けて、たれ焼肉からたこ焼きまで大量に作り続けた。

 最初の波が終わって落ち着いた頃に、いつもの子供達がやってきた。

「ミレイちゃん。よろしくね」

「は~い!」

 いつものアンケート席に案内すると、いつもと変わらない注文が届く。

 せめて俺達がここにいる間くらいは腹いっぱいに食べて欲しくて、もう七日目になるが、よくよく考えると明日から彼らはまたお腹を空かせる生活が始まるだろう。

 願わくは、彼らがこの先も健やかに育って欲しいと願いながらも、人の命に責任を持つことの難しさを理解した。

 このままシーラー街でお店を開くことだってできる。そう考えると、彼らを置いて去ることに心が少しだけ痛む。

 店のオープン時間が終了し、最後のお客様の食事が終わった。

 まだまだ居残っているお客様が多く、不思議に思っていると、みなさんが僕に向かって拍手を送り始めた。

「み、皆様?」

「いつも美味しい焼肉をありがとう! 一生の思い出になったよ!」

「俺もだー! こんな美味い飯があると思うと、明日からも頑張って生きていくぜ! またこの街に寄ってくれよな!」

 僕に感謝を伝える多くの声が届く。



 ――――初めてだった。

 前世では無能と呼ばれ、毎晩残業続き、作った資料は上司に八つ当たりされる生活。

 僕が異世界に転生した理由は何だろうとずっと悩んでいた。

 セレナという自分の娘のような女の子を二年間見守って来た。

 その間も、僕がやっていることは正しいのかと、ずっと自問自答を繰り返して来た。

 それがようやく……自分の生きる理由を見つけた気がした。



「皆様……はいっ! こちらこそ、【自由の翼】を利用してくださりありがとうございました! またいつかシーラー街に来ますので、その時はぜひよろしくお願いいたします!」

 こうして、僕達の七日間の初屋台が幕を閉じた。
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