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184話
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「お前は?」
「初めまして。ワタルといいます」
次の瞬間、お爺ちゃんの凄まじい殺気めいた視線が僕に向く。
思わず身震いをしてしまうくらいに怖い。
身体能力とかそういうものではない。長年戦場に立つ男としての威圧だ。
「貴様が勇者を倒したという子供か」
「僕一人じゃありませんけど、そのワタルで合ってると思います」
「…………」
「ベルド様。今日はお願いがあって来ました」
「わしにお願いだと?」
「はい。以前起きた魔族との戦争ですが、今は全世界が一丸となって平和に向かっています。魔族も人族も関係ありません。みんな平和を目指して頑張っているんです。その中でも最後……フェアラート王国だけがいまだ戦争をしようと思ってるんです!」
「王の判断がそうならそれも仕方あるまい」
「国民がみんな悲しんでもいいんですか!?」
「…………もしそうなったらそうで、王様の命令に従うのが国民の役目だ」
「そんなのおかしいです!」
だって……戦争を繰り返すことで各国から援助をもらって、それで王様と勇者くんだけ税を凝らして、国民をないがしろにしているのに……。
「ベルド様。孤児院によく向かわれてたらしいですね」
「…………」
「孤児院に住む子供達に何の罪がありましょう。彼らだけではありません。フェアラート王国に生まれ育った子供達。大人達みんなそうじゃありませんか。このままでは帝国や聖国からも見放され国民はより疲弊してしまいます!」
「そうなっても、王がそう決めたなら仕方のないことだ」
「この…………分からず屋! みんなが手を取り合えば、みんなが幸せになる道があるんです! どうしてそれを模索せずに、誰かから奪うことだけを考えるんですか!」
ベルド様から放たれていた殺気が止んだ。
目を瞑ったベルド様は、小さく息を整える。
「お前はずっと魔族に育てられたのか?」
「いえ……実は記憶喪失で、戦争の時に目覚めました」
「そうか。記憶喪失というのはまた酷な状況だな。もしかしたら――――お前も我が国民だったのかもしれないな」
「えっ……?」
「我が国がどうして戦争を起こしているのか。それをどうして誰も反対しないのか。それには大きな理由がある。もし戦争が終わったら我が国は――――滅ぶのだ」
「そ、そんな…………」
静かな物腰でベルド様は続けた。
「十五年前、勇者が生まれた。それによって何が起きたか。勇者を取り込もうとして近隣諸国が我が国に兵を向けた。まだ幼い勇者を手に入れるためだ」
人同士での……戦争? 全くの初耳だ。
「それをギリギリ止めたのは、大国である帝国と聖国だ。彼らの援助により、我が国は隣国と強制的に停戦状態となった。元々我が国に戦えるほどの戦力はなかったが、援助のおかげでより強大な力を持てた。王が私利私欲に目がくらんだことなど百も承知。だがそれもまた運命。それより、我が国に送られる武器の数々のおかげで強くなったのだ」
ゆっくり開いたベルド様の目には、十五年前の悲惨な現状を憂いでいた炎が燃えていた。
「もし戦争が止まったとて、我が国にもう生きる道はない。聖剣をお前さんに奪われた勇者では示しも付かない。このまま隣国に国民を蹂躙されるだけじゃよ」
「そ、そんな…………」
「わしは構わない。もう老いぼれたこの体がどうなろうがな。だが生まれたばかりの子供達が笑顔で走り回る世界を……わしは作れなかった…………」
ベルド様の両目から、大きな雫がこぼれた。
「十五年前の惨劇を二度と起こしてはならん。あの時、多くの女子が隣国に連れて行かれた。帝国の圧力はあったらみんながみんな戻ってこれたわけじゃない。中には隣国の貴族の妾になった者も多いのだ。お前さんもきっとその中で生まれた子供なのだろう……でなければ、記憶を失ってもあの森にいることは難しいだろう……」
僕の体がどうしてあの草原で眠っていたのか理由は分からない。もしかしたら作られたのかもしれないし、元々誰かの体だったのかもしれない。
けれど、戦いの被害者となったフェアラート王国の国民である可能性も高いと思う。
「ベルド様。だからこそです。このままでは本当に国民は疲弊して、明日食べるものもなくなってしまいます。隣国に飲み込まれて、何もかも失うかもしれません。だからこそ――――この戦争を終わらせないといけません!」
ベルド様と目が合った。
深く深く――――どこまでも深い愛情を感じる瞳だ。
「僕を信じてくださいませんか? フェアラート王国が犠牲になったり、損をするようなことは絶対しません。みんなを……必ず守ります。助けてみせます。魔族と人族だけでなく、全ての国の橋渡しになります。ですから、最後に一度だけ僕に賭けてみませんか? 僕一人では絶対に無理です。でもベルド様が手伝ってくだされば王国と勇者の柵を解決できるはずです。そうすれば、今度は魔族と話し合い、誰もが傷つかない世界を作れると思うんです」
「誰も……傷つかない世界……」
「聖女ステラさんも、聖国教皇様も、帝国帝王様も――――魔王エヴァさんも、みんなみんな待っているんです。フェアラート王国だって手を取り合えるはずです。そのために王様と勇者くんの暴挙を止めましょう! 国民の平和と自由のために!」
目を瞑り考え続けるベルド様を、僕は優しく見守った。
決意した面持ちで立ち上がったベルド様は、鉄格子を挟んでお互いに握手を交わした。
「絶対に守りましょう。ベルド様」
「ああ……子供達の未来を守らねばならない。わしにできることがあるなら、精一杯務めさせてもらおう」
こうして僕はベルド様という強力な味方と手を組んだ。
次は……王様と勇者が残るのみだ。
「初めまして。ワタルといいます」
次の瞬間、お爺ちゃんの凄まじい殺気めいた視線が僕に向く。
思わず身震いをしてしまうくらいに怖い。
身体能力とかそういうものではない。長年戦場に立つ男としての威圧だ。
「貴様が勇者を倒したという子供か」
「僕一人じゃありませんけど、そのワタルで合ってると思います」
「…………」
「ベルド様。今日はお願いがあって来ました」
「わしにお願いだと?」
「はい。以前起きた魔族との戦争ですが、今は全世界が一丸となって平和に向かっています。魔族も人族も関係ありません。みんな平和を目指して頑張っているんです。その中でも最後……フェアラート王国だけがいまだ戦争をしようと思ってるんです!」
「王の判断がそうならそれも仕方あるまい」
「国民がみんな悲しんでもいいんですか!?」
「…………もしそうなったらそうで、王様の命令に従うのが国民の役目だ」
「そんなのおかしいです!」
だって……戦争を繰り返すことで各国から援助をもらって、それで王様と勇者くんだけ税を凝らして、国民をないがしろにしているのに……。
「ベルド様。孤児院によく向かわれてたらしいですね」
「…………」
「孤児院に住む子供達に何の罪がありましょう。彼らだけではありません。フェアラート王国に生まれ育った子供達。大人達みんなそうじゃありませんか。このままでは帝国や聖国からも見放され国民はより疲弊してしまいます!」
「そうなっても、王がそう決めたなら仕方のないことだ」
「この…………分からず屋! みんなが手を取り合えば、みんなが幸せになる道があるんです! どうしてそれを模索せずに、誰かから奪うことだけを考えるんですか!」
ベルド様から放たれていた殺気が止んだ。
目を瞑ったベルド様は、小さく息を整える。
「お前はずっと魔族に育てられたのか?」
「いえ……実は記憶喪失で、戦争の時に目覚めました」
「そうか。記憶喪失というのはまた酷な状況だな。もしかしたら――――お前も我が国民だったのかもしれないな」
「えっ……?」
「我が国がどうして戦争を起こしているのか。それをどうして誰も反対しないのか。それには大きな理由がある。もし戦争が終わったら我が国は――――滅ぶのだ」
「そ、そんな…………」
静かな物腰でベルド様は続けた。
「十五年前、勇者が生まれた。それによって何が起きたか。勇者を取り込もうとして近隣諸国が我が国に兵を向けた。まだ幼い勇者を手に入れるためだ」
人同士での……戦争? 全くの初耳だ。
「それをギリギリ止めたのは、大国である帝国と聖国だ。彼らの援助により、我が国は隣国と強制的に停戦状態となった。元々我が国に戦えるほどの戦力はなかったが、援助のおかげでより強大な力を持てた。王が私利私欲に目がくらんだことなど百も承知。だがそれもまた運命。それより、我が国に送られる武器の数々のおかげで強くなったのだ」
ゆっくり開いたベルド様の目には、十五年前の悲惨な現状を憂いでいた炎が燃えていた。
「もし戦争が止まったとて、我が国にもう生きる道はない。聖剣をお前さんに奪われた勇者では示しも付かない。このまま隣国に国民を蹂躙されるだけじゃよ」
「そ、そんな…………」
「わしは構わない。もう老いぼれたこの体がどうなろうがな。だが生まれたばかりの子供達が笑顔で走り回る世界を……わしは作れなかった…………」
ベルド様の両目から、大きな雫がこぼれた。
「十五年前の惨劇を二度と起こしてはならん。あの時、多くの女子が隣国に連れて行かれた。帝国の圧力はあったらみんながみんな戻ってこれたわけじゃない。中には隣国の貴族の妾になった者も多いのだ。お前さんもきっとその中で生まれた子供なのだろう……でなければ、記憶を失ってもあの森にいることは難しいだろう……」
僕の体がどうしてあの草原で眠っていたのか理由は分からない。もしかしたら作られたのかもしれないし、元々誰かの体だったのかもしれない。
けれど、戦いの被害者となったフェアラート王国の国民である可能性も高いと思う。
「ベルド様。だからこそです。このままでは本当に国民は疲弊して、明日食べるものもなくなってしまいます。隣国に飲み込まれて、何もかも失うかもしれません。だからこそ――――この戦争を終わらせないといけません!」
ベルド様と目が合った。
深く深く――――どこまでも深い愛情を感じる瞳だ。
「僕を信じてくださいませんか? フェアラート王国が犠牲になったり、損をするようなことは絶対しません。みんなを……必ず守ります。助けてみせます。魔族と人族だけでなく、全ての国の橋渡しになります。ですから、最後に一度だけ僕に賭けてみませんか? 僕一人では絶対に無理です。でもベルド様が手伝ってくだされば王国と勇者の柵を解決できるはずです。そうすれば、今度は魔族と話し合い、誰もが傷つかない世界を作れると思うんです」
「誰も……傷つかない世界……」
「聖女ステラさんも、聖国教皇様も、帝国帝王様も――――魔王エヴァさんも、みんなみんな待っているんです。フェアラート王国だって手を取り合えるはずです。そのために王様と勇者くんの暴挙を止めましょう! 国民の平和と自由のために!」
目を瞑り考え続けるベルド様を、僕は優しく見守った。
決意した面持ちで立ち上がったベルド様は、鉄格子を挟んでお互いに握手を交わした。
「絶対に守りましょう。ベルド様」
「ああ……子供達の未来を守らねばならない。わしにできることがあるなら、精一杯務めさせてもらおう」
こうして僕はベルド様という強力な味方と手を組んだ。
次は……王様と勇者が残るのみだ。
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