30 / 92
30
しおりを挟む「おいしい……。なぜ、なぜ私は焼かなかったんだ……!」
「青藍ちゃんどこか痛いの?」
「もみじ、そっとしてやってほしいのだ。青藍にもいろいろあるのだ」
青藍は普段の無表情に比べて絶望した眼で涙を流して焼き魚を頬張る。
そんな青藍を呆れた目で見た後に首を横に振りながら静かな瞳でもみじを見つめる。もみじはそんな桔梗に首を傾げたあとに頷く。
「青藍ちゃん美味しいかい?」
「おいしい。この料理は覚える」
「まぁ、難しいのは焼くことだから。最初の下処理は慣れればできるようになると思うよ」
「下処理。頑張ってみる……。すべてはおいしいお魚のため……!」
「青藍ちゃんがすごいやる気だ……」
「うむ、自分が魚を食べるためとはいえいいことなのだ」
「あはー、桔梗は魚焼くだけでも大変なことになるんやさかい驚きよな」
笑顔で青藍たちを見ていたみどりは桔梗に対してにやにやした目線を向ける。
「炭にしてしまっただけなのだ」
「炭ダメ絶対。もったいない」
「うむ、気を付けてはいるのだ。いるのだがなぜか炭になるのだ」
「不思議やんな。あまりにもおかしいさかいうちが監視している目の前で作ってもろたんやけど、ほんでも炭になったんよ。あらさすがにうちも乾いた笑いしか出来ひんかったわ」
その時の状況を思い出したのか言葉通りに乾いた笑いを漏らす。そんなみどりの横で桔梗は当時を思い出して遠い目をしていた。
「はは、なぜなのだろうな。目を離さずにいたのに瞬きをしたら炭になっておったのだ。さすがにそれからは無理なのが分かったからしなくなったのだ」
「そうなの? 一緒に料理したかったのに……」
「が、頑張るのだ。もしかしたら一人で作業せずに何人かで分担すれば変わるかもしれんのだ」
もみじの残念そうな顔を見て慌てた様子の桔梗の言葉に、もみじは嬉しそうな表情に変わり声を明るくする。
「そうかも! その時は一緒に料理しようね!」
「うむ、その時は一緒にするのだ。よろしくなのだ」
「その時は私も混ぜてね? しず君は抜きにして女子会しましょう!」
三人の会話に我慢できなくなったかなでが混ざる。しれっと静人のことを料理から遠ざけようとしてもみじもそれに賛同する。
静人はそんなかなで達の会話に混ざらずに苦笑いを浮かべている。
「うん! たまにはお兄さんに休んでもらいたいもんね! 毎日ご飯作ってもらってるから疲れてるだろうし」
「そうなのよ。おかげさまで私のやることがなくなってきたし……。家では私が作ることが多いけど。私も一人で作るんじゃなくてみんなでワイワイ作りたいのよ」
「えへへ、その時は一緒に作ろうね!」
「その時は一緒に作るのだ。もちろん青藍も一緒なのだ!」
「え、私も? するのはいいけど楽なのにしてね? できれば魚料理がいい」
「あれ、うちは誘ってくれへんの?」
四人の会話に近くに座っていたみどりが少しにやにやした顔を向ける。そんなみどりにかなでが不思議そうな顔で聞き返す。
「そういえばみどりちゃんって料理できるの?」
「もちろん。というか桔梗が料理出来ひんさかいうちが作っとったし」
「なるほどね。そういえば二人は一緒に暮らしてたの?」
「せやな。ここの家は元々うちと桔梗が二人で使っとったものやし、多少はしとったよ。それにここを出てからは一人暮らしやったさかい、自分で料理せんとお金勿体ないやろ?」
「まぁ、節約できるなら自分で作ったほうがいいのかな?」
「せやろ? おかげさまで料理はある程度できるようになったで。とはいえ自分で食べるための料理やさかい、そんなに手の込んだものとかは作ってへんのやけどね」
「確かに自分のためだけに作る料理だったら適当になっちゃうよね」
「そうなんよ。さすがに人に振舞ったことは無いんやけどな。どちらかというと振舞われる側やし」
「あー、そういえばみどりちゃんってお偉いさんだっけ」
「せやで。まぁ、うちの正体を知ってるのはその中でも数人やけどな」
「え? どうやって隠してるの? 結構長いことやってるんじゃないの?」
「せやなー。最初のころは変化でどうにかしておったけど、途中からはどうしようもなくなったから表舞台からは退いて、うちの娘がやってることになってるんや。まぁ、うち自身やけどな」
「なるほどね。あれ、その姿って結構細かく変化できるの?」
「あー、まぁ、多少やけどね。写真とかは写らんようにしとったさかい、娘として現れても母親に似ているみたいな話で終わったし。まぁ、夫やら母親やらは少ししんどかったけどなんとかなったし。次の誤魔化し方は思いつかへんさかいどないしよか思てるけど。今のとこはこの姿で活動してるさかいあと数十年はいけるやろ」
話しつつ自分の姿を静人達と初めて会った時の姿に戻す。その姿が二十代にしか見えないからかみどりの発言に納得せざるをえなかった。
「まぁ、病気で死ぬとかそういうこともないからね。その時に考えればいいんじゃないかな。そういえばほかの姿にはなれないの?」
「せやな。他の姿にはなれへんのや。というかなってしもたら下手すりゃこの姿に戻れん可能性もあるさかい」
かなでの疑問に少し肩をさすり答える。かなではそんなみどりの言葉に残念そうな顔をする。
「それなら無理は出来ないね。あ、さっきの話に戻るけど料理するときはどんな料理したい?」
「ホントいきなり戻るやん」
「えっと、うーん……? ハンバーグ?」
「そんなに何回も食べてたら飽きないかしら?」
「でも、おいしいよ? みんなで作れると思うし」
「せやなー。みんなでこねた後の空気抜きとか手伝えばええんやない? 桔梗もさすがにそれぐらいなら大丈夫やろうし」
「大丈夫だと思いたいのだ。さすがに空気抜きを手伝って得体のしれない何かになることがあったら、もう料理に触ることは諦めるのだ」
単純な工程ですら出来なかったらどうしようと少し不安そうで遠い目をする桔梗に、みどりは頷き苦笑する。
「せやね。そん時はさすがに諦めるしかないやろな。とはいえ料理は出来ひんけど物作ったりは出来るんやさかい別にええとは思うんやけどな」
「うむ、確かに役に立ちたいという気持ちもあるのだ。それと同じくらいみんなで一緒に作ってみたいという気持ちもあるのだ……」
「あー、なるほどな。仲間外れみたいな気分になるしな。うちもそれが嫌で加わったみたいなところあるし」
「うむ、出来ればわしも加わりたいのだ」
「頑張れ。いやまぁ何を頑張ればいいのか分からへんけど。さてと、うちはそろそろ帰るとするわ。美味しいご飯も食べれたしかわいい妹分も出来取ったことやしな」
「えへへ、かわいいって言われたよ!」
「良かったねもみじちゃん」
「うん! 青藍ちゃんも可愛いって言われたね」
「え? あー、そうだね。みどりちゃんでいいのかな?」
「ええで。もみじちゃんもうちのことはみどりちゃんでええよ。さすがに大人の姿の時はあれやけど、ここに来るときは本来の姿に戻る予定やさかいよろしゅう」
「うん! 今度来るときは一緒にお料理しようね!」
「料理もええんやけど、娯楽はあらへんの?」
もみじの言葉に頷いた後疑問に思ったのか首を傾げるみどりにかなでが思い出したようにトランプを取り出す。
「あ、トランプなら買ってきたよ?」
「おん? せやったらそれで今度遊ぼか」
「うん! 約束! また来てね?」
笑顔のもみじにつられるのか同じように笑顔になったみどりは頭を撫でだす。もみじは嫌ではないのか嬉しそうに頭を撫でられて笑顔だ。
「おう、また来るわ。今度来るときはお土産持ってくるさかい楽しみにしとってや」
「もちろん。みんなの分あるのだ?」
「当たり前やろ? あ、静人さんらは買いに来てや?」
「あはは、これから毎日お世話になると思うからよろしくね」
「あー、ここで必要になるもの全部買いに来るつもりなん?」
「しばらくして無事に交渉が成立したら買いに行かなくなると思うけどね。ある程度買いだめして一週間に一度にしてもいいけど。まぁ、普段やることないからちょうどいいんだ」
「そっちがそう言うんやったらそれでもいいんやけど」
「無理はしてないから大丈夫だよ。僕も、もちろんかなでもね」
「そか、分かった。今度商品券でも持ってくるさかい有効利用してや」
「いいのかい?」
「構わんよ。うちのポケットマネーから出すし。従業員も持っとるもんやしな」
「だったらありがたく使わせてもらおうかな。使うのは食料だけだしそんなにはいらないですからね?」
「あはは、そんな遠慮せんでもええのに。まぁ、ええわ。適当に持ってくるわ。そんじゃまた今度」
「はい。また今度」
「みどりちゃんまたね!」
かなでの元気な送り言葉にみどりは軽く手をあげるとそのまま空間をゆがませて立ち去る。
そんなみどりを見送ったあと、かなではトランプの基本的なことをもみじ達に教えることにした。
初めて見るものだからか少し混乱していたが、何回か遊ぶうちに慣れたのか楽しそうにトランプで遊ぶ五人だった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜
長岡更紗
ライト文芸
島田颯斗はサッカー選手を目指す、普通の中学二年生。
しかし突然 病に襲われ、家族と離れて一人で入院することに。
中学二年生という多感な時期の殆どを病院で過ごした少年の、闘病の熾烈さと人との触れ合いを描いた、リアルを追求した物語です。
※闘病中の方、またその家族の方には辛い思いをさせる表現が混ざるかもしれません。了承出来ない方はブラウザバックお願いします。
※小説家になろうにて重複投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
よくできた"妻"でして
真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。
単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。
久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!?
※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる