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84.自覚
しおりを挟むその出来事があってから、拓人は変わった。
家庭教師の日に、前よりもなんとなく距離が近いような気はした。それこそ勘違いだと朔は思いそこまで気にしなかったが、勉強の途中やふとした時に拓人からの強い視線を感じることが増えた。
「先生、この問題ってどの数字代入するの?」
「……えっと………。…………」
「………俺の顔に何かついてる…?」
勉強に関する質問には上の空で、それでも拓人からの視線は痛い程感じ、朔は困惑しながら拓人に問いかけてみる。
「…ごめん…。ちょっとトイレ行ってくるね」
朔の質問には答えず、拓人は部屋を出ていく。これも最近すごく増えた。1時間のうちにトイレに立ったり、窓の外を眺めたり、拓人は以前に比べどこか上の空で落ち着きが無くなっているように朔には見えた。
「どうしたんだろ…」
以前のような辛そうな様子は見えないが、明らかに今までとは違う様子。朔は拓人を心配しつつ再び問題を解いていく。
このくらいの時期までは朔はそこまで気にしていなかった。
そこから程なくして、また拓人は元気の無い様子を見せる日があった。ただ、前と違ってそれを隠すことなく朔に素直に弱音を吐いた。
「昨日家で、ちょっと辛いことあったんだ…。でも朔に会えたから元気貰えたよ」
「先生大丈夫?いつも拓先生に沢山助けて貰ってるから、今度は俺が先生を助けるよ!」
拓人に素直に頼られると朔は嬉しかった。そして褒められると嬉しくて同時にむずむずとした擽ったいような感覚を抱く。
「頼もしいな。ありがとう」
そう言い拓人は朔をぎゅっと抱きしめた。最近拓人はよく朔を抱きしめた。抱きしめられると、拓人の温かさが直に伝わり少し鼓動が早まるような気持ちになった。
「先生ぎゅってするの好きなんだね。実は甘えん坊でしょ!?」
そんな気持ちを誤魔化すように朔は拓人を揶揄うように言った。
「…朔にするのが好きなんだよ」
「へー、なんでー?」
「……きだから」
「き?なんて言ったの?」
「……」
「拓先生…?」
急に黙り込む拓人に朔は不思議そうに名前を呼ぶ。
それでも拓人はずっと黙ったままいたが、暫く経ってから口を開いた。
「……朔、俺もう家庭教師辞めようと思う…」
「え!なんで!?どうしたの突然…。嫌だよ!」
突然の言葉に朔は思わず身体を離し拓人の顔を見る。拓人は苦しそうに俯いていた。
「…このままだと、朔のことを傷つけてしまう…。こんな気持ち初めてで、どうすればいいか分からないんだ。自分がもう…制御出来なくなりそうで……恐い…」
思い詰めたように苦しそうに言葉を紡ぐ拓人を朔は見つめた。
「先生、それでいいんだよ!」
「え?」
拓人は驚き、不思議そうに朔に視線を向ける。
「拓先生やっと本当の気持ちちゃんと出せるようになったね!いつも笑顔だったけど、苦しい時の苦しい表情ちゃんと出せてる。気持ちのままで大丈夫!……俺を傷つけるってのは、よく分からないけど…先生がちゃんと感情出せてるの見て安心した!これで苦しい気持ち減った?家庭教師辞めるの辞めてくれる?」
朔は喜びの後に今度は不安げに拓人の顔を覗き込んだ。
覗き込んだ拓人の顔がいつの間にか目の前にあり、唇に温かくて柔らかい何かが触れた。
朔が驚いて固まっていると、拓人は「ごめん…」と小さく呟き、部屋を出ていった。
朔は茫然としたまま、まだ感触の残る唇に指で触れてみる。先感じた感触と同じ箇所に指の感触を感じる。
触れたのは、唇なんだと認識すると、全身が一気に熱くなる。
(これって…キス…?でもキスって…男の人と女の人がするやつ…だよね。好きな人同士で…するやつ……)
"好きな人同士"というワードを頭の中で反芻すると、熱があるのかと思う程顔も熱くなりだして、心臓が早鐘をうち始める。
朔は初めて好きという感情を知りそれを認識した。
10分ほどしてから部屋に戻ってきた拓人は朔に告げた。
「俺…朔のこと好きになっちゃったみたい…。やっぱりこれ以上一緒にいることは出来ないから、今日を最後にするね。勝手でごめん。勝手に…キスして…ごめんね」
そう言って拓人は朔に困ったような笑顔を向ける。
「今日最後だから、分からないとこ全部聞いて。次の先生に、朔君は優秀ですって引継ぎ書いておかないと」
拓人から告げられた「好き」という言葉。触れるだけの優しいキス。そして悲しそうに笑う拓人の笑顔を見ると、朔は胸が締め付けられた。苦しくて泣きたい気持ちがとめどなく溢れ出す。
気がつけば、朔は拓人にしがみついて叫んでいた。
「拓先生、辞めないで…!俺……、キス嫌じゃなかったよ。好きって言われて嬉しかった…。今日が最後なんて絶対嫌だ。拓先生…、俺も先生と同じ気持ち…」
朔が言葉を言い終える前に拓人が強い力で朔を抱きしめ返した。
「……っ…本当…に…?……好き……はじめ…っ」
拓人は朔を強く抱きしめながら震える声で絞り出すように言った。
「うん……。俺も……好き…」
言葉にすればもう受け入れざるを得ない程、お互いに溢れ出す気持ちが抑えきれなくなった。
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