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85.抑圧
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拓人はいつでも親が自分に何を期待しているのか、どう振る舞えば正解なのか。それを探し察し先回りして行動するように細心の注意を払っていた。
「お母さん、今日学校でね」
「拓人。それは勉強に関係ある話?」
「……違い…ます」
「そう。じゃあ、私もう出かけるから」
出かける母親の背中を拓人は黙って見つめた。
病院が軌道に乗ると、父親も母親もほとんど家にいることが無くなり、日常会話をしたり笑ったりそんな普通のやり取りすらもう無くなっていた。程なくして弟が生まれても母親ではなくベビーシッターが付きっきりで面倒を見ていて、家には拓人しか居ないことが普通になっていった。
そんな小さな孤独を積み重ねながら拓人は両親や周りの人間が求めるものを探し続けた。
両親は常に1番を求めていた。
それが分かっていたから必死にそれに答えるために努力をした。そうすることが自分の使命だと思い生きてきた。
言われたことは勿論完璧にこなす。言われていないことでも期待に応えるように努力する。そうやって自分が頑張れば、求められるものを返せば、両親も周りの大人や友人達も…皆が幸せになれる。自分の存在価値を感じることが出来る。それで良かった。求められている美伯拓人を「演じる」ことが普通のことになっていった。
でも本当はずっと前から気づいていた。本当の自分なんていうものは存在しないことになっていて、誰にも気づいて貰えない自分は常にずっとひとりぼっちで孤独なんだと。
拓人自身の意思は関係ない。器である自分。その役がこなせなければ、必要のない存在になり誰からも認識されない透明人間になってしまう。みんなが求める自分自身でなければ、必要のない、存在しないことと同然の存在。
ふと考えることがあった。もし、スポーツも勉強もそんなに好きじゃない、と両親の前で本音を言ったらどうなるんだろうと。そんなことをすれば見放され縁を切られるのだろうということもすぐに想像出来てしまう。
家にいても誰といても、いつも心の中は空洞で虚しさが付き纏うようになった。
親の意向で進学した大学。医学部で学ぶことは新鮮で楽しかった。それでも、勉強を続け、実習を積んでいくと、医者の道に進みたくないという思いが強くなっていった。
命と向き合い、必ず全ての命を救える訳では無いと気付かされ、同時に地位と名誉、財力で人の命は救われるのだとも知った。自分には向いていない、医者になりたくない。その思いが何度も口をついて出そうになるのを拓人は堪え続けていた。
もちろん、そんなことは口が裂けても両親の前では言えない。本当のこと、自分の意志なんか誰も望んでいない。いつも通り笑顔で求められるように動けばいいんだと、拓人は押し潰されてしまいそうな苦しさに自分自身を叱責し毎日そう言い聞かせながら生活をしていた。
だから拓人にとって、初めてだった。
生きていく術として身についてしまった笑顔の裏を見透かされたのは。
「先生、なんでいつも無理して笑うの?」
「どんな拓先生でも拓先生だから好きだよ!」
朔からの言葉は、拓人がずっと、ずっと、求めていた言葉だった。
ありのままの自分を受け入れて欲しい。本当の自分に気づいて欲しい。そんな生まれてから叶わなかった祈りのような思いが初めて叶ったと思えた瞬間だった。
拓人が誰かの前で感情的に涙を流したのはこの日が初めてだった。凍りついた心がゆっくり溶けていくような感覚を抱きながら拓人は朔の前で涙を流し続けた。
そこから拓人は必然的にごく自然のことのように朔に心惹かれるようになった。初めは本当の自分を受け入れて貰えた嬉しさ、心から大切にしたい愛おしさ、次第にありのままの自分を受け入れてくれ、認識してくれる唯一の存在である朔を自分だけの物にしたい欲望が頭の中を占めてく。
拓人の中に沸き起こる朔に対しての感情は抑制出来ない程膨らんでいった。こんなに激しい感情が自分の中にあるのだと拓人は初めて知り驚きと同時に恐怖に襲われた。周りが見えなくなって制御が効かない、そんなことに怯え悩む日が自分に来るなんて思ってもみなかった。
そんな葛藤を続けているある日、勢いのまま朔にキスをしてしまった。拓人は後悔と言い様の無い恐怖にすぐその場を離れた。やってしまった…そんな後悔はすぐに恐怖の感情に上書きされた。
このまま朔の近くに居れば、もっと取り返しのつかない過ちを犯してしまうのは時間の問題だった。朔を傷つけてしまう。その恐怖から拓人は朔に対して最後に懺悔のように本心を伝えた。
これで終わりになっても後悔しないために、朔には申し訳無いと思いつつ一方的な自分の気持ちを拓人は伝えた。今ならまだ、朔から離れることが出来る。引返すことができると思った。
ただ、朔からの反応は予想外のものだった。
「拓先生、辞めないで…!俺……、キス嫌じゃなかったよ。好きって言われて嬉しかった…。今日が最後なんて絶対嫌だ。拓先生…、俺も先生と同じ気持ち…」
拓人は夢かと思ったが、抱きしめた朔の温もりが嘘ではないと伝えてきた。嬉しくて感情が高ぶった。両思いだと分かれば、さらに貪欲に朔の全てが欲しいと思う気持ちが溢れ出した。
拓人は朔からのその思いを聞いて嬉しさと独占欲のまま抱きしめた朔に再び口付けた。
柔らかい朔の唇を感じ血が滾るような興奮と同時に少しの罪悪感を感じる。
こんなに欲しくて絶対手に入れたいと思う強い気持ちがあるのと同時に、理性ではこんなことをしては駄目だ、朔を傷つけてしまう。そんな思いがずっと渦巻いていた。
ただ口付けると、それに返すように朔はより拓人を強く抱き返してきた。
色々考えていた拓人の理性が霞んでいった。もっと欲しい。全て欲しい。受け入れて欲しい。その感情が大きく拓人を支配していく。拓人はその感情のまま、朔の唇を縫って舌をその口内に忍ばせる。
「ッ!」
抱きしめる朔の身体が大きく飛び跳ねる。それで拓人は冷静になった。
「ご…ごめん!………もう、勉強に戻」
拓人が慌てて抱きしめていた朔の身体を離すと、朔に服の裾をぎゅっと引かれた。
「び…っくりしただけ…。どうすればいいの?」
頬を染め潤む瞳で拓人を見上げる朔の表情を目にしてしまえば、少し取り戻した拓人の理性は呆気なく崩れ去っていく。
「…口開けて。舌同士合わせると気持ちいいんだよ」
「うん…。こう?」
そう言いながら遠慮がちに口を小さく開く朔の唇に拓人はゆっくり、でも食らいつくような力強さで口付けた。
「っん…」
口付けてすぐに拓人はその小さな朔の口内に再び舌を侵入させる。今度は抵抗無く朔も拓人に言われた通りその侵入を受け入れた。
舌同士が触れ合うと、部屋の中に粘膜が擦れ合う水音が小さく響いた。
「んっ…っ…」
その淫靡な音と重なるように、時折朔から漏れる鼻に抜けるような吐息に拓人の興奮はどんどん収まらなくなっていく。
上顎を舌でゆっくりなぞると朔の身体はびくっと反応を返す。拓人は抱きしめる朔の背中をゆっくり撫で下ろしながら腰に手を伸ばす。
「ンっ…ぁ…っ、待って…」
朔が堪らず顔を背け、拓人の肩を押し返してきた。その瞬間、拓人は呪文が解けたように我に返った。
「ごめん………」
拓人は思い知らされた。自分自身の感情や行動をこんなにも統制できない自分の愚かさを。目の前にいる朔の様子を窺えば、息を荒らげ呼吸を整えていた。その表情は苦しげで、泣き出しそうにも見える。朔を傷つけてしまったと思い酷い罪悪感と後悔に襲われる。
好きだから一緒にいたい、大切にしたい。
傷つけるから離れなければいけない。
今朔を失えばもう自分を受け入れてくれる人は現れない。またひとりぼっち。
もっと朔に全てを受け入れて欲しい。
このままでは犯罪者になってしまう。
次々湧いてくる自分の感情に、拓人はどう対処すればいいのか分からなくなった。茫然としたまま項垂れている拓人に朔が声をかけた。
「……なんで謝るの?」
「え…」
突然問われた内容に拓人は言葉を詰まらせる。
「先生悪いことしたの?謝って無理して1人で勝手に沢山考えすぎて先生はいつも窮屈そう」
朔は少し怒っているような不満そうな様子で言葉を放つ。
「……」
「俺が嫌じゃないって言ったんだから先生は謝らなくていいんだよ!考えすぎない!わかった?」
拓人へ詰め寄る朔の顔を見ながら、拓人は戸惑いつつも、どこか肩の力が抜けていくような気がした。朔の言葉は拓人にとって新鮮で、そして心を満たしてくれる魔法のようだと思った。
「わかった……。でも…、朔が待ってって…」
「…それは……」
朔はそう呟くと目線を逸らし何か言いあぐねている様子を見せた。
「嫌だったら無理して欲しくないし…」
「嫌じゃないよ。…でも……なんか変だったから…」
「変?」
そう問いかけると、朔は本格的に顔を紅潮させ俯いてしまった。
「何が変だった?変な所直すよ。正直に言って」
「……………な、んでも…ない……」
朔は何か言いかけようとする素振りを見せたが、そのまま言葉を濁した。拓人は心配になり黙り込んでしまった朔にただ視線を向けたままいた。
不手際のせいで朔に嫌われたのではないかと不安な気持ちが大きくなる。キスは嫌じゃないと言ってたし、実際抵抗されている気もしなかった。でも変だと言われて……と、拓人が頭の中で色々考えていると、目の前の朔がどこか落ち着かないようにもぞもぞと身体を動かしながら体育座りのような格好になった。
そして察した。多分変って言ってたのは……─
疑念を感じれば、また思考が乗っ取られていく。拓人の理性は朔に対しては正常に機能しなかった。欲が抑えられず拓人は朔の身体を抱き寄せた。
「…わっ、先生!近いっ」
「朔の身体、熱いね」
「……」
「…勃っちゃった?」
直接的な問いかけに朔は大袈裟な程声を荒らげた。
「ちっ、違うよ!」
「はは、かわいいな朔は」
拓人が優しく微笑みながら朔を後ろから抱きしめ項にキスをした。
「…っ、そういうの!…ずるい……」
頬を真っ赤にしながら困ったような怒ったような顔で拓人を振り返る朔の表情を見ると、また理性が効かなくなりそうになり、拓人はゆっくり深呼吸をしてから朔の身体を解放して向き直った。
「朔だってずるいよ…」
「何が?」
「そういうの」
拓人は不思議そうに見上げる朔の唇に小さく口付ける。拓人はそのまま朔を強く抱きしめ、自分を落ち着かせるようにひとつ深く息をついた。
「……土曜、うち遊びに来ない?」
「うん!行く!キャッチボール?」
朔の無邪気な返答を聞きながら、拓人は躊躇する気持ちから目を背けより強く朔を抱きしめながら言葉を紡いだ。
この時の拓人は冷静さよりも、縋る気持ちと焦燥感に支配されていた。
「2人っきりになりたい。もっと朔のこと知りたい…」
抱きしめられたままだった朔が、少し時間を置いてから小さく頷く気配だけを頬の横で感じながら、拓人は震えそうな自分の手を朔の背中越しに強く握り込んだ。
「お母さん、今日学校でね」
「拓人。それは勉強に関係ある話?」
「……違い…ます」
「そう。じゃあ、私もう出かけるから」
出かける母親の背中を拓人は黙って見つめた。
病院が軌道に乗ると、父親も母親もほとんど家にいることが無くなり、日常会話をしたり笑ったりそんな普通のやり取りすらもう無くなっていた。程なくして弟が生まれても母親ではなくベビーシッターが付きっきりで面倒を見ていて、家には拓人しか居ないことが普通になっていった。
そんな小さな孤独を積み重ねながら拓人は両親や周りの人間が求めるものを探し続けた。
両親は常に1番を求めていた。
それが分かっていたから必死にそれに答えるために努力をした。そうすることが自分の使命だと思い生きてきた。
言われたことは勿論完璧にこなす。言われていないことでも期待に応えるように努力する。そうやって自分が頑張れば、求められるものを返せば、両親も周りの大人や友人達も…皆が幸せになれる。自分の存在価値を感じることが出来る。それで良かった。求められている美伯拓人を「演じる」ことが普通のことになっていった。
でも本当はずっと前から気づいていた。本当の自分なんていうものは存在しないことになっていて、誰にも気づいて貰えない自分は常にずっとひとりぼっちで孤独なんだと。
拓人自身の意思は関係ない。器である自分。その役がこなせなければ、必要のない存在になり誰からも認識されない透明人間になってしまう。みんなが求める自分自身でなければ、必要のない、存在しないことと同然の存在。
ふと考えることがあった。もし、スポーツも勉強もそんなに好きじゃない、と両親の前で本音を言ったらどうなるんだろうと。そんなことをすれば見放され縁を切られるのだろうということもすぐに想像出来てしまう。
家にいても誰といても、いつも心の中は空洞で虚しさが付き纏うようになった。
親の意向で進学した大学。医学部で学ぶことは新鮮で楽しかった。それでも、勉強を続け、実習を積んでいくと、医者の道に進みたくないという思いが強くなっていった。
命と向き合い、必ず全ての命を救える訳では無いと気付かされ、同時に地位と名誉、財力で人の命は救われるのだとも知った。自分には向いていない、医者になりたくない。その思いが何度も口をついて出そうになるのを拓人は堪え続けていた。
もちろん、そんなことは口が裂けても両親の前では言えない。本当のこと、自分の意志なんか誰も望んでいない。いつも通り笑顔で求められるように動けばいいんだと、拓人は押し潰されてしまいそうな苦しさに自分自身を叱責し毎日そう言い聞かせながら生活をしていた。
だから拓人にとって、初めてだった。
生きていく術として身についてしまった笑顔の裏を見透かされたのは。
「先生、なんでいつも無理して笑うの?」
「どんな拓先生でも拓先生だから好きだよ!」
朔からの言葉は、拓人がずっと、ずっと、求めていた言葉だった。
ありのままの自分を受け入れて欲しい。本当の自分に気づいて欲しい。そんな生まれてから叶わなかった祈りのような思いが初めて叶ったと思えた瞬間だった。
拓人が誰かの前で感情的に涙を流したのはこの日が初めてだった。凍りついた心がゆっくり溶けていくような感覚を抱きながら拓人は朔の前で涙を流し続けた。
そこから拓人は必然的にごく自然のことのように朔に心惹かれるようになった。初めは本当の自分を受け入れて貰えた嬉しさ、心から大切にしたい愛おしさ、次第にありのままの自分を受け入れてくれ、認識してくれる唯一の存在である朔を自分だけの物にしたい欲望が頭の中を占めてく。
拓人の中に沸き起こる朔に対しての感情は抑制出来ない程膨らんでいった。こんなに激しい感情が自分の中にあるのだと拓人は初めて知り驚きと同時に恐怖に襲われた。周りが見えなくなって制御が効かない、そんなことに怯え悩む日が自分に来るなんて思ってもみなかった。
そんな葛藤を続けているある日、勢いのまま朔にキスをしてしまった。拓人は後悔と言い様の無い恐怖にすぐその場を離れた。やってしまった…そんな後悔はすぐに恐怖の感情に上書きされた。
このまま朔の近くに居れば、もっと取り返しのつかない過ちを犯してしまうのは時間の問題だった。朔を傷つけてしまう。その恐怖から拓人は朔に対して最後に懺悔のように本心を伝えた。
これで終わりになっても後悔しないために、朔には申し訳無いと思いつつ一方的な自分の気持ちを拓人は伝えた。今ならまだ、朔から離れることが出来る。引返すことができると思った。
ただ、朔からの反応は予想外のものだった。
「拓先生、辞めないで…!俺……、キス嫌じゃなかったよ。好きって言われて嬉しかった…。今日が最後なんて絶対嫌だ。拓先生…、俺も先生と同じ気持ち…」
拓人は夢かと思ったが、抱きしめた朔の温もりが嘘ではないと伝えてきた。嬉しくて感情が高ぶった。両思いだと分かれば、さらに貪欲に朔の全てが欲しいと思う気持ちが溢れ出した。
拓人は朔からのその思いを聞いて嬉しさと独占欲のまま抱きしめた朔に再び口付けた。
柔らかい朔の唇を感じ血が滾るような興奮と同時に少しの罪悪感を感じる。
こんなに欲しくて絶対手に入れたいと思う強い気持ちがあるのと同時に、理性ではこんなことをしては駄目だ、朔を傷つけてしまう。そんな思いがずっと渦巻いていた。
ただ口付けると、それに返すように朔はより拓人を強く抱き返してきた。
色々考えていた拓人の理性が霞んでいった。もっと欲しい。全て欲しい。受け入れて欲しい。その感情が大きく拓人を支配していく。拓人はその感情のまま、朔の唇を縫って舌をその口内に忍ばせる。
「ッ!」
抱きしめる朔の身体が大きく飛び跳ねる。それで拓人は冷静になった。
「ご…ごめん!………もう、勉強に戻」
拓人が慌てて抱きしめていた朔の身体を離すと、朔に服の裾をぎゅっと引かれた。
「び…っくりしただけ…。どうすればいいの?」
頬を染め潤む瞳で拓人を見上げる朔の表情を目にしてしまえば、少し取り戻した拓人の理性は呆気なく崩れ去っていく。
「…口開けて。舌同士合わせると気持ちいいんだよ」
「うん…。こう?」
そう言いながら遠慮がちに口を小さく開く朔の唇に拓人はゆっくり、でも食らいつくような力強さで口付けた。
「っん…」
口付けてすぐに拓人はその小さな朔の口内に再び舌を侵入させる。今度は抵抗無く朔も拓人に言われた通りその侵入を受け入れた。
舌同士が触れ合うと、部屋の中に粘膜が擦れ合う水音が小さく響いた。
「んっ…っ…」
その淫靡な音と重なるように、時折朔から漏れる鼻に抜けるような吐息に拓人の興奮はどんどん収まらなくなっていく。
上顎を舌でゆっくりなぞると朔の身体はびくっと反応を返す。拓人は抱きしめる朔の背中をゆっくり撫で下ろしながら腰に手を伸ばす。
「ンっ…ぁ…っ、待って…」
朔が堪らず顔を背け、拓人の肩を押し返してきた。その瞬間、拓人は呪文が解けたように我に返った。
「ごめん………」
拓人は思い知らされた。自分自身の感情や行動をこんなにも統制できない自分の愚かさを。目の前にいる朔の様子を窺えば、息を荒らげ呼吸を整えていた。その表情は苦しげで、泣き出しそうにも見える。朔を傷つけてしまったと思い酷い罪悪感と後悔に襲われる。
好きだから一緒にいたい、大切にしたい。
傷つけるから離れなければいけない。
今朔を失えばもう自分を受け入れてくれる人は現れない。またひとりぼっち。
もっと朔に全てを受け入れて欲しい。
このままでは犯罪者になってしまう。
次々湧いてくる自分の感情に、拓人はどう対処すればいいのか分からなくなった。茫然としたまま項垂れている拓人に朔が声をかけた。
「……なんで謝るの?」
「え…」
突然問われた内容に拓人は言葉を詰まらせる。
「先生悪いことしたの?謝って無理して1人で勝手に沢山考えすぎて先生はいつも窮屈そう」
朔は少し怒っているような不満そうな様子で言葉を放つ。
「……」
「俺が嫌じゃないって言ったんだから先生は謝らなくていいんだよ!考えすぎない!わかった?」
拓人へ詰め寄る朔の顔を見ながら、拓人は戸惑いつつも、どこか肩の力が抜けていくような気がした。朔の言葉は拓人にとって新鮮で、そして心を満たしてくれる魔法のようだと思った。
「わかった……。でも…、朔が待ってって…」
「…それは……」
朔はそう呟くと目線を逸らし何か言いあぐねている様子を見せた。
「嫌だったら無理して欲しくないし…」
「嫌じゃないよ。…でも……なんか変だったから…」
「変?」
そう問いかけると、朔は本格的に顔を紅潮させ俯いてしまった。
「何が変だった?変な所直すよ。正直に言って」
「……………な、んでも…ない……」
朔は何か言いかけようとする素振りを見せたが、そのまま言葉を濁した。拓人は心配になり黙り込んでしまった朔にただ視線を向けたままいた。
不手際のせいで朔に嫌われたのではないかと不安な気持ちが大きくなる。キスは嫌じゃないと言ってたし、実際抵抗されている気もしなかった。でも変だと言われて……と、拓人が頭の中で色々考えていると、目の前の朔がどこか落ち着かないようにもぞもぞと身体を動かしながら体育座りのような格好になった。
そして察した。多分変って言ってたのは……─
疑念を感じれば、また思考が乗っ取られていく。拓人の理性は朔に対しては正常に機能しなかった。欲が抑えられず拓人は朔の身体を抱き寄せた。
「…わっ、先生!近いっ」
「朔の身体、熱いね」
「……」
「…勃っちゃった?」
直接的な問いかけに朔は大袈裟な程声を荒らげた。
「ちっ、違うよ!」
「はは、かわいいな朔は」
拓人が優しく微笑みながら朔を後ろから抱きしめ項にキスをした。
「…っ、そういうの!…ずるい……」
頬を真っ赤にしながら困ったような怒ったような顔で拓人を振り返る朔の表情を見ると、また理性が効かなくなりそうになり、拓人はゆっくり深呼吸をしてから朔の身体を解放して向き直った。
「朔だってずるいよ…」
「何が?」
「そういうの」
拓人は不思議そうに見上げる朔の唇に小さく口付ける。拓人はそのまま朔を強く抱きしめ、自分を落ち着かせるようにひとつ深く息をついた。
「……土曜、うち遊びに来ない?」
「うん!行く!キャッチボール?」
朔の無邪気な返答を聞きながら、拓人は躊躇する気持ちから目を背けより強く朔を抱きしめながら言葉を紡いだ。
この時の拓人は冷静さよりも、縋る気持ちと焦燥感に支配されていた。
「2人っきりになりたい。もっと朔のこと知りたい…」
抱きしめられたままだった朔が、少し時間を置いてから小さく頷く気配だけを頬の横で感じながら、拓人は震えそうな自分の手を朔の背中越しに強く握り込んだ。
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