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83.出会い
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─3年前
進学して、朔が初めて拓人に出会ったのは中学1年生の5月上旬だった。
もともと勉強にそこまで苦手意識は無く、進学校を強く目指していた訳ではなかった朔は、普通であれば1年生からそこまで力を入れて家庭教師を付けてまで勉強に力を入れなくて良かった。
ただ、朔は中学から部活で始めた野球に力を注いでいた。入学して勉強と部活を両立すると、勉強の中で少し苦手だった数学に不安を感じるようになった。朔は家族での夕飯時に、何の気なしにその事を両親の前で呟いた。
「じゃあ家庭教師つけましょ。塾だったら行き帰りの時間勿体ないし、朔は全部出来ない訳じゃないから不安な数学だけを重点的に教えて貰えればいいしね」
「…いいの?2人の負担にならない?」
母の提案に、朔は有難いと思いつつも心配だった。出張も多く残業の多い父と、夜勤のある母の時間を奪い気を使わせてしまうのでは無いかと。
「子どもがそんなこと心配しなくていいんだよ。朔がやりたいならやればいいよ」
父の言葉に母も頷いた。
「じゃあ…お願いしてみる!」
勉強の不安が減れば部活動にも力を入れられると思い、朔は両親の言葉に甘えて翌月から家庭教師を付けてもらうことにした。
翌月、拓人は家庭教師として朔の家に訪れた。
「初めまして。今日から担当させていただきます、美伯拓人と言います」
拓人の第一印象は、「優しそうな先生で良かった」であり、朔は胸を撫で下ろした。
「よろしくおねがいします。先生、○○大学の医学部在籍なんですね!相当勉強頑張ってらっしゃったんですね」
母が担当する家庭教師の履歴書に目を通しながら大層驚いた様子でその学歴を読み上げる。
「僕は人より頑張らないと出来ない人間なので、少しだけ勉強に長く向き合ったおかげです。まだ全然足りてないんですけどね」
高学歴、真面目そう、そして物腰が柔らかく優しげな笑顔で話す拓人の様子に、母も朔も安心感を抱いた。
その日が初回の指導日で、朔は早速自室で数学のテキストを開き事前に印をしていた分からない問題について教えてもらった。
「うん、朔君は基本的なところはちゃんと出来てるから問題無さそうだね。あとは応用問題を沢山解いていけばきっと数学への不安は無くなるよ」
「まだ1回目なのに、もう数学できる気がする!先生すごい!ありがとう!」
朔はするすると頭に入って理解できる拓人の教え方にお世辞ではなく純粋に驚いた。優しくて、勉強を教えるのも上手な家庭教師に当たってラッキーだと思った。
「自信持つことが一番だからね。これからも頑張ろうね」
拓人は優しい笑顔で朔に言った。
初日は1時間の指導で終了し、先生を見送り夕食につく。父は残業で、母と朔の2人での夕食だった。
「先生いい人そうで良かったね」
「うん!しかも教え方もすごい上手だった」
「すごいパーフェクトな先生ね。勉強出来て優しくてかっこいいなんて。そんな人いるのね」
「俺も先生みたいになりたい!」
「じゃあまずは勉強頑張らなきゃね」
母と朔は会話を弾ませながら夕食を一緒に済ませて朔は片付けも手伝った。
そこから1ヶ月ほど、毎週の家庭教師の日を朔は楽しみにし、毎回楽しく勉強に励んだ。成績もわかりやすく順調に伸びていった。
拓人の様子に初めて違和感を抱いたのは、6月中旬頃だった。朔はその頃には拓人にだいぶ懐いていた。
「拓先生、来週の日曜…忙しい?」
「日曜?昼からなら忙しくないよ。またキャッチボール?」
「うん!いい?」
「そうだねー、この問題解けたらいいよ」
「よし、頑張る!見てて!」
いつも通りのやりとりで、朔は数学の問題を解いていく。いつもと変わらない優しい笑顔の拓人。
でも朔は少しだけ、拓人がいつもより元気がないのが分かった。いつもより、ほんの少しだけ言葉数が少なく、微笑む拓人の表情が無理しているように見えた。
勘違いと思える程の些細な違いだったが、朔は拓人のことをよく見ていたのでそれが勘違いでは無いことは分かった。
ただ、その日は何も声をかけなかった。たまたま今日元気が無いだけだと思った。
しかし翌週の拓人も先週と変わらず元気が無かった。いつもより笑顔が多かったのは、元気がない事の裏返しに見えた。
「…朔?今の解き方聞いてた?」
「…え、あっ…。ごめんなさい…。もう一度説明して…」
問題の解説の途中で朔はぼんやり考え込んでいたところ、拓人に問われてハッとする。
「…いいんだよ。朔はいつも頑張ってるし、疲れたかな?休憩してからもう1回やろっか」
拓人はまたいつも通り優しく微笑んだ。
「……先生、なんでいつも無理して笑うの?」
「え?」
朔は、苦しそうにも見える拓人の笑顔を見ていられなくなり、つい思ったまま言葉を発してしまった。自分自身驚いても、後に引けなくなり朔は拓人へ言葉をつづける。
「拓先生はどうしていつも笑顔なの?疲れてる時も悲しい時もいつも笑顔なのはなんで?今だって…俺が勉強に集中しないでぼーっとしてたのに怒らないし。笑顔で思ってること我慢するの…苦しくない?」
朔が拓人に思ったまま伝えると、拓人は驚いた表情で朔を見つめる。見たことのない拓人の表情だった。
「…ごめん…。そっか…」
そう呟くと拓人は黙り込む。
「なんで謝るの?先生は悪くないよ!ただ、拓先生がいつもより辛そうに見えたから心配になったんだよ。笑顔でいることは大事だよね!でも、ずっと笑顔じゃなくたっていいと思う。笑顔じゃない先生も拓先生、怒ったり泣いたりするのも拓先生。どんな拓先生も全部拓先生なんだから、無理して笑顔でいる必要はないと思うんだ」
拓人は暫く朔を驚いた様子で見つめた後、今度はまた悲しそうな笑顔で俯いた。
「…無理しないと…認められないから…」
その表情は、今にも泣き出しそうに見えた。
「なんで?無理しないでよ先生…」
そう言うと、拓人は一瞬表情を歪めるも、すぐにまた笑顔を作る。
「望まれているものが、全てだから。…朔だって先生が笑顔じゃなくて優しくなくなったら嫌でしょ?」
「全然!怒っても、泣いても、笑っても。それが拓先生なら全部拓先生じゃん!俺はどんな拓先生でも拓先生だから好きだよ!」
拓人は固まる。驚きと衝撃でまた朔を凝視してしまう。暫くの沈黙の後、拓人は俯いた。
「…っ…ごめ…っ、…」
拓人は俯き顔を伏せ声を震わせながら、泣いていた。
「え!?拓先生大丈夫!?ご、ごめんなさい。俺のせいで…」
そこから拓人は何も答えず俯き声を殺しながら泣いていた。朔は、目の前で涙する拓人をどうにか救いたい気持ちから、いつも拓人にされていたように優しく泣いている拓人の頭を撫でてみた。
「ごめん、ありがとう…」
拓人は涙を残したまま、無理に作った笑顔を朔に向ける。そしてそのまま朔は拓人に思い切り抱きしめられた。
「せ…んせ、大丈夫?」
朔は驚きつつも、抱きつきながらも肩を震わせる拓人の背中を優しく撫でた。返事がない代わりに拓人が首を縦に振る気配を肩の横で感じた。
暫くの間拓人は朔を抱きしめながら肩を震わせ静かに泣き続けていた。
「…お兄さんみたいになったみたい」
拓人が少し落ち着いたタイミングで朔は呟く。
「…本当だな…」
拓人の返答が返ってきて朔はほっとした。少し和んだ雰囲気を感じながら朔はそのまま暫くの間拓人の背中を小さな手で撫で続けていた。
進学して、朔が初めて拓人に出会ったのは中学1年生の5月上旬だった。
もともと勉強にそこまで苦手意識は無く、進学校を強く目指していた訳ではなかった朔は、普通であれば1年生からそこまで力を入れて家庭教師を付けてまで勉強に力を入れなくて良かった。
ただ、朔は中学から部活で始めた野球に力を注いでいた。入学して勉強と部活を両立すると、勉強の中で少し苦手だった数学に不安を感じるようになった。朔は家族での夕飯時に、何の気なしにその事を両親の前で呟いた。
「じゃあ家庭教師つけましょ。塾だったら行き帰りの時間勿体ないし、朔は全部出来ない訳じゃないから不安な数学だけを重点的に教えて貰えればいいしね」
「…いいの?2人の負担にならない?」
母の提案に、朔は有難いと思いつつも心配だった。出張も多く残業の多い父と、夜勤のある母の時間を奪い気を使わせてしまうのでは無いかと。
「子どもがそんなこと心配しなくていいんだよ。朔がやりたいならやればいいよ」
父の言葉に母も頷いた。
「じゃあ…お願いしてみる!」
勉強の不安が減れば部活動にも力を入れられると思い、朔は両親の言葉に甘えて翌月から家庭教師を付けてもらうことにした。
翌月、拓人は家庭教師として朔の家に訪れた。
「初めまして。今日から担当させていただきます、美伯拓人と言います」
拓人の第一印象は、「優しそうな先生で良かった」であり、朔は胸を撫で下ろした。
「よろしくおねがいします。先生、○○大学の医学部在籍なんですね!相当勉強頑張ってらっしゃったんですね」
母が担当する家庭教師の履歴書に目を通しながら大層驚いた様子でその学歴を読み上げる。
「僕は人より頑張らないと出来ない人間なので、少しだけ勉強に長く向き合ったおかげです。まだ全然足りてないんですけどね」
高学歴、真面目そう、そして物腰が柔らかく優しげな笑顔で話す拓人の様子に、母も朔も安心感を抱いた。
その日が初回の指導日で、朔は早速自室で数学のテキストを開き事前に印をしていた分からない問題について教えてもらった。
「うん、朔君は基本的なところはちゃんと出来てるから問題無さそうだね。あとは応用問題を沢山解いていけばきっと数学への不安は無くなるよ」
「まだ1回目なのに、もう数学できる気がする!先生すごい!ありがとう!」
朔はするすると頭に入って理解できる拓人の教え方にお世辞ではなく純粋に驚いた。優しくて、勉強を教えるのも上手な家庭教師に当たってラッキーだと思った。
「自信持つことが一番だからね。これからも頑張ろうね」
拓人は優しい笑顔で朔に言った。
初日は1時間の指導で終了し、先生を見送り夕食につく。父は残業で、母と朔の2人での夕食だった。
「先生いい人そうで良かったね」
「うん!しかも教え方もすごい上手だった」
「すごいパーフェクトな先生ね。勉強出来て優しくてかっこいいなんて。そんな人いるのね」
「俺も先生みたいになりたい!」
「じゃあまずは勉強頑張らなきゃね」
母と朔は会話を弾ませながら夕食を一緒に済ませて朔は片付けも手伝った。
そこから1ヶ月ほど、毎週の家庭教師の日を朔は楽しみにし、毎回楽しく勉強に励んだ。成績もわかりやすく順調に伸びていった。
拓人の様子に初めて違和感を抱いたのは、6月中旬頃だった。朔はその頃には拓人にだいぶ懐いていた。
「拓先生、来週の日曜…忙しい?」
「日曜?昼からなら忙しくないよ。またキャッチボール?」
「うん!いい?」
「そうだねー、この問題解けたらいいよ」
「よし、頑張る!見てて!」
いつも通りのやりとりで、朔は数学の問題を解いていく。いつもと変わらない優しい笑顔の拓人。
でも朔は少しだけ、拓人がいつもより元気がないのが分かった。いつもより、ほんの少しだけ言葉数が少なく、微笑む拓人の表情が無理しているように見えた。
勘違いと思える程の些細な違いだったが、朔は拓人のことをよく見ていたのでそれが勘違いでは無いことは分かった。
ただ、その日は何も声をかけなかった。たまたま今日元気が無いだけだと思った。
しかし翌週の拓人も先週と変わらず元気が無かった。いつもより笑顔が多かったのは、元気がない事の裏返しに見えた。
「…朔?今の解き方聞いてた?」
「…え、あっ…。ごめんなさい…。もう一度説明して…」
問題の解説の途中で朔はぼんやり考え込んでいたところ、拓人に問われてハッとする。
「…いいんだよ。朔はいつも頑張ってるし、疲れたかな?休憩してからもう1回やろっか」
拓人はまたいつも通り優しく微笑んだ。
「……先生、なんでいつも無理して笑うの?」
「え?」
朔は、苦しそうにも見える拓人の笑顔を見ていられなくなり、つい思ったまま言葉を発してしまった。自分自身驚いても、後に引けなくなり朔は拓人へ言葉をつづける。
「拓先生はどうしていつも笑顔なの?疲れてる時も悲しい時もいつも笑顔なのはなんで?今だって…俺が勉強に集中しないでぼーっとしてたのに怒らないし。笑顔で思ってること我慢するの…苦しくない?」
朔が拓人に思ったまま伝えると、拓人は驚いた表情で朔を見つめる。見たことのない拓人の表情だった。
「…ごめん…。そっか…」
そう呟くと拓人は黙り込む。
「なんで謝るの?先生は悪くないよ!ただ、拓先生がいつもより辛そうに見えたから心配になったんだよ。笑顔でいることは大事だよね!でも、ずっと笑顔じゃなくたっていいと思う。笑顔じゃない先生も拓先生、怒ったり泣いたりするのも拓先生。どんな拓先生も全部拓先生なんだから、無理して笑顔でいる必要はないと思うんだ」
拓人は暫く朔を驚いた様子で見つめた後、今度はまた悲しそうな笑顔で俯いた。
「…無理しないと…認められないから…」
その表情は、今にも泣き出しそうに見えた。
「なんで?無理しないでよ先生…」
そう言うと、拓人は一瞬表情を歪めるも、すぐにまた笑顔を作る。
「望まれているものが、全てだから。…朔だって先生が笑顔じゃなくて優しくなくなったら嫌でしょ?」
「全然!怒っても、泣いても、笑っても。それが拓先生なら全部拓先生じゃん!俺はどんな拓先生でも拓先生だから好きだよ!」
拓人は固まる。驚きと衝撃でまた朔を凝視してしまう。暫くの沈黙の後、拓人は俯いた。
「…っ…ごめ…っ、…」
拓人は俯き顔を伏せ声を震わせながら、泣いていた。
「え!?拓先生大丈夫!?ご、ごめんなさい。俺のせいで…」
そこから拓人は何も答えず俯き声を殺しながら泣いていた。朔は、目の前で涙する拓人をどうにか救いたい気持ちから、いつも拓人にされていたように優しく泣いている拓人の頭を撫でてみた。
「ごめん、ありがとう…」
拓人は涙を残したまま、無理に作った笑顔を朔に向ける。そしてそのまま朔は拓人に思い切り抱きしめられた。
「せ…んせ、大丈夫?」
朔は驚きつつも、抱きつきながらも肩を震わせる拓人の背中を優しく撫でた。返事がない代わりに拓人が首を縦に振る気配を肩の横で感じた。
暫くの間拓人は朔を抱きしめながら肩を震わせ静かに泣き続けていた。
「…お兄さんみたいになったみたい」
拓人が少し落ち着いたタイミングで朔は呟く。
「…本当だな…」
拓人の返答が返ってきて朔はほっとした。少し和んだ雰囲気を感じながら朔はそのまま暫くの間拓人の背中を小さな手で撫で続けていた。
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