[R-18]あの部屋

まお

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81.再会

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─2年前

柏木が中学2年生に進級して暫く経った頃。
柏木は毎日勉強漬けの日々を送っていた。

頑張れば成績は伸びるが、だからといって両親は「一人息子」になり、比較対象が無くなった柏木に対して今までのように甘やかしてはくれない。

そしていつも褒めてれ、受け入れてくれた兄の拓人ももう家にいない。それでも親と拓人と朔へ復讐する、その気持だけを原動力に、柏木は毎日欠かさず勉強と親へのゴマすりを続けていた。

復讐すると決めてすぐに興信所に依頼し朔と拓人のことを調べた。朔の学校はすぐに行ける距離だったこともあり、定期的に情報収集で足を運んでいた。

問題は拓人だった。

拓人の住んでいる土地は一度も訪れたことも無く、車で2時間、交通機関を乗り継げば4時間はかかるであろう田舎町だった。

朔に対しては大半が憎しみでほんの少しの性的興味も抱いていたが、拓人に対しては、柏木が1番であるという地位を手に入れてからは要領の悪さは相変わらず蔑んでいたが、やはり100%恨みきれないというのが柏木の本心だった。

辛い時や苦しい時は拓人の顔が浮かんだ。いつも相談に乗ってくれて話を聞いてくれて励ましてくれる、唯一頼れる人間だった拓人の存在は、柏木にとっては変わらず心の支えだった。

柏木は、夏休みを使って拓人に会いに行こうと考えた。両親に進学校向けの夏期勉強合宿の案内を突き出してこれに行きたい、と訴えた。どうせ行ったか行ってないかなんて確認しない。両親は結果が良ければそれが全てなのだ。すぐに了承を得てスケジュールは確保できた。


そして夏休みに入って3日ほど経った真夏の日差しが強く暑い日。その日柏木は一泊分の荷物を抱え家を出た。1人で遠方まで出向くのは初めての経験で不安とドキドキが心の中で入り乱れていた。

電車とバスを乗り継ぎ目的地へと進んで行く程に、見た事のない草原や田畑ばかりの地に移り変わっていく。途中からは、バスの本数も減ってしまいタクシーに乗り拓人の働く物流倉庫までたどり着いた。朝家を出たのに、到着したのは昼を大分過ぎた頃だった。

朔は大きい物流倉庫の社員用の出入口と思われる場所の近くに蹲り、拓人が出てくるのを待ち構えた。こんなに遠くまで会いに来たとわかれば、拓人はきっと喜ぶだろうし、すごいと褒めてくれるだろう。柏木はそう思いながらソワソワと拓人を待った。 

そこから2時間ほどすると徐々に人が出入口から出てくるようになる。人々は柏木に視線を向けると少し驚いたような、物珍しそうな視線を向けてきた。


「ぼく、誰か待ってるの?」

中年の女性職員が柏木に声をかけてくる。


「あ…はい!あの、かしわ……美伯拓人って人を待っているんですけど…。僕の兄です」

柏木はいつも通り人あたりのいい笑顔で返答する。


「あら、美伯君の弟さん?すごい、似てるわね!2人とも美形で!多分そろそろ来ると思うけど……あ、来たわよ!」

女性は出入口の方に向かい楽しげに手招きをした。
そこから程なくして出てきたのは、久しぶりに会う拓人だった。


「……は……やき……」

拓人は心底驚いた表情で柏木を見下ろした。


「兄さん、俺1人で来たよ!すごいでしょ」

久しぶりに会った拓人は、少し伸びた髪の毛と数日は剃っていないであろう髭を生やし、そして少し痩せたようにも見えた。いつもの見慣れた拓人とは少し雰囲気が異なっていた。


「美伯君弟さんいたなんて初めて知ったわよ。しかも2人揃ってイケメンなんて素敵ね。こんな田舎ではあまり見かけないスタイリッシュな子だから誰の知り合いかしらと思ったわ」

女性が楽しげに話す横で、拓人は見たことの無い、怒りとも悲しみともつかない形容できない表情で何も言わずただ立ち竦んでいた。

その様子を見れば、柏木はすぐに違和感に気づいた。


「そんなに褒められて照れくさいです。でもありがとうございます。じゃあ兄さん、もう行こっか。それでは失礼します」

そう告げて柏木は拓人の腕を掴んだ。
拓人は女性に頭を下げそのまま柏木と並んで無言で歩き始めた。


「……兄さん。…来たらまずかった…?」

柏木は少し歩いてからおそるおそる拓人を見上げる。拓人は何も言わず、無表情のままただ歩き続けていた。いつも笑顔だった拓人からは想像できない表情だった。少し歩くと、駐車場に着き拓人は自分の車のキーを解除する。


「…とりあえず乗って」

拓人は柏木の方を見ずに小さい声でそう呟いた。


「…うん…」

重苦しい空気の中大人しく促されるまま拓人の車に乗り込んだ。その空気は車内でも変わることは無かった。


「どうやってここ調べたの?」

拓人は駐車場から車を出し運転しながら柏木へと問いかけた。


「……興信所に…依頼した」

柏木は嘘も付けず素直に答えた。


「……はぁ…。このまま駅まで送るから」

「え…、嫌だよ!せっかく会えたのにこんな直ぐに帰りたくないよ!」

「……颯希。こんなこと言いたくないけど……、もう俺と関わらないで欲しいんだ。俺はもうお前の兄さんじゃない」

運転中の拓人は相変わらず柏木の方を見ることなく、そう言い放った。

柏木はまるで別人と話しているかと錯覚する、拓人の対応に頭が追いつかないのと、苦しさで胸がつかえた。


「……帰らないよ、俺。だって今日は父さんと母さんに勉強合宿行くって嘘ついて家出てきたんだ。今更帰ったって家には戻れないし、泊まるとこだって無い…。夜中にうろうろしてたら補導されるかもしれないし、誰かに誘拐されるかもしれない…」

柏木は変わってしまった拓人の情に訴えかけてみることにした。これで折れなければもう諦めるしかないと思った。隣にいるのは、もう知っている拓人では無いと受け入れるしか無いと。


「………」

拓人は黙り込んだ。駅の方に進んでいた車は、急遽次の信号で左折し逆方向に向かい始めた。


「…分かった。今日は俺の家に泊まらせる。でも今日が最後だからな」

観念したのか、拓人は柏木が家に泊まることを受け入れた。


「……ありがとう…」

柏木は感謝は述べたが心の中は複雑だった。隣にいるのは、求めていた拓人では無かった。


そこから車で5分ほどで拓人の家に到着した。柏木は事前に家も確認していたが、写真で見た時から驚いたが、そのアパートは外観だけでも築50年ほどは経っていそうな、いわゆるボロアパートだった。

拓人が先にアパートの外階段をカンカンと音を響かせながら登っていく。柏木は初めて見るその階段やアパートの外装に驚きを隠せなかった。本当に人が住む家なのか疑った。


「お化け屋敷みたい…」

拓人に聞こえないくらいの小さい声で柏木は思わず呟いた。

2階の奥が拓人の部屋らしく、そこの扉の鍵を開け部屋の中に入っていく拓人を柏木は慌てて追いかける。

部屋は5畳ほどのワンルームで、辛うじてトイレと風呂はあった。ただ、部屋の中は驚くほど何も無かった。あるのは、布団とテーブルのみ。


「ご飯カップラーメンでいい?」

部屋の隅に立ち竦んでいた柏木に拓人は声をかける。


「え…」

柏木は思わず否定の意志を声に表してしまう。


「…颯希カップラーメン食べたことないだろ?案外美味いんだよ」

そう言う拓人の顔は、ここに来て初めて見る笑顔だった。ただ、見慣れたいつもの笑顔とは違い少年っぽいような初めて見る笑顔だった。


「……兄さんの作ったご飯食べたいな。カルボナーラとか」

拓人が作る料理は何でも美味しかった。柏木はお手伝いさんの作る料理よりも拓人の作る料理の方が好きだった。


「……俺の料理の味も忘れろよ。もう作ってあげられないんだから…」

拓人は静かに呟き、すぐにがさごそとキッチンの横に置いてあるダンボールを漁りながら、これ美味いぞ、と言いCMでよく見かけるインスタントラーメンの袋を手に取って柏木へ見せた。


「……兄さんどうしちゃったんだよ!なんでそんなこと言うの?確かに突然来たのは申し訳なかったって思ってるけど…。忘れろとか関わるなとか、お前の兄じゃないとか…。そんなこと言わないでよ!」

柏木は拓人の言葉に溜まりかねて感情を顕に叫んでいた。


「静かに。ここ壁薄いから」

拓人は冷静に柏木を咎めて、そのままインスタントラーメンの封を切って鍋に水を注いだ。


「っ……。兄さんのばか!こんなの俺が好きな兄さんじゃない!」

「うん…。もう颯希の知ってる兄さんはいないよ。金もないし、地位もない、何もしてあげられないし、尊敬されるようなこともできない。同性の子どもを襲った気持ち悪い犯罪者でいい。颯希の人生で、今後俺が必要になることなんて無いから。忘れてくれ、何もかも。あの時の「兄さん」だけが、颯希の兄さんだから」

拓人は柏木を穏やかな表情で見据えながら淡々と言葉を放つ。

柏木は何も言葉を返せず、悔しさとやるせなさと絶望感で溢れ出しそうな涙を堪えるのに精一杯だった。拓人を蔑んでいたバチが当たったのかと思った。


その後はお互い言葉を交わすことなく、2人狭いテーブルを挟んで座り、出来上がったインスタントラーメンを食べた。初めて食べるインスタントラーメンは特別美味しいものでは無かった。

柏木がシャワーから戻ると、拓人は壁に凭れ掛かりながら、ブランケットを羽織って寝ていた。布団をわざわざ使わないのは、おそらく柏木をそこに寝かせる為なのだろう。

柏木は拓人に声をかけようと肩に手を伸ばし、その手をそのまま引っ込めた。今の拓人に何を言っても無駄な気がした。

柏木はそのまま部屋の電気を消し拓人の布団に横になって目を閉じた。
目を閉じたまま何分、はたまた何時間経ったのか分からない。ただ、柏木はずっと眠れずにいた。心がもやもやして眠れそうになかった。

本当は、今日拓人に会って沢山話したかった。最近勉強は常にトップの成績であること。勉強以外でも2年生で生徒会長に選ばれたこと。シロが好き嫌いをするようになったこと。そんな他愛も無い話を沢山聞いて欲しかった。

そして、聞きたかった。あの事件の真相。パソコンにあった動画のこと。野坂朔をどう思っているのか。何がきっかけだったのか。

1つでも何か嘘だと思いたかった。真実では無いことが1つでもあれば拓人を憎むことを辞めることが出来ると思った。

でも、それも叶わなそうだった。全く取り合う気がない拓人の様子。もしかしたら、本当に拓人にもう会えないのでは無いかと漠然とした不安を抱かせる拓人の態度。

色々考えて頭が一杯一杯になりその度寝返りを打って思考をリセットする。でもまた余計な考えが巡り寝返りを打つ。柏木はふかふかの家のベッドとは違う薄い敷き布団の上でそんなことをひたすら続けていた。


「寝れない?」

どのくらいそれを続けていたか分からないくらい経った頃、小さく囁くような声で拓人が柏木に声をかけた。起きていた柏木はすぐその声に反応する。


「…寝れない。兄さんのせい」

「そっか、ごめんな」 

たいして謝罪の気持ちの篭っていないそんな言葉が返ってきた。


「羊数えようか?」

「…そんなんで寝れるならもう寝てるよ。しかも普通自分で数えるじゃん」

「はは、颯希は真面目だな」

「…意味わかんない」

「早く寝なよ。明日駅まで送るから、始発に乗って帰るんだよ」

暗がりでよく見えないが、穏やかな口調の拓人の表情は、あの頃見慣れた穏やかな笑顔であるように見えた。柏木はそう思いたかった。

柏木は暫く黙り、考え、躊躇いつつも拓人へ問いかけた。


「ねえ、兄さん。……なんであんなことしたの?」

穏やかな空気が、ピリッと張り詰めた気がした。それでも柏木はどうしても拓人の口から真実を聞きたかった。


「……好きだった……から。……今でも……」

暗い部屋の中見上げた拓人のその表情はよく見えなかった。ただ落ち着いた口調で何かを思い返すような、少し悲しそうなそんな様子が窺えた。

拓人から返ってきたその言葉は、柏木に衝撃を与えた。覚悟をして聞いたつもりでも、本人から聞く言葉は重みが違った。


「…っなんで…。好きって…何?アイツの何がそんなにいいんだよ…。色んなものを失ってまで兄さんにとって必要なものだったの!?」

声が震えた。拓人は正気なのか疑った。否定したかったし、否定して欲しかった。目を覚まして欲しい、そんな願望のまま柏木は少し感情的に拓人へ問いただしてしまった。


「苦しかったんだ…。家にいた時ずっと、毎日心が押し潰されそうで耐えられなかった……。自分に素直に生きてる今は、あの頃よりずっと幸せなんだ。こんなお化け屋敷みたいな家に住んでても。そう思わせてくれたのは、彼のおかげなんだよ…」

何かを回想するように、落ち着いたトーンで話す拓人を柏木は黙って見ていた。

ただ、柏木は拓人が何を言っているのかはよく分からなかった。両親の叱責のことを指しているのか。そんなに苦しかったなら上手くやり過ごせばいいだけなのに、と柏木は思った。

ただ分かったことは、やっぱり拓人を奪ったのは、野坂朔なんだということだった。

それ以上は何も聞きたくなかった。柏木はまた目を閉じ眠ったことにして会話を終わらせた。


そこから体感で30分ほどで、柏木は拓人に起こされた。実際はもっと長い時間寝ていたのかもしれないが、寝た気がしなかった。

慌ただしく準備をして、用意されていた朝食のトーストを齧った。こんなに味気ないトーストは初めてだった。

そのまま車に乗り込み拓人に駅まで送ってもらった。


「じゃあな、颯希。元気でね」

拓人は改札前で柏木の頭をぽんと優しく撫でた。


「……また、来るから!じゃあっ」

まるで最後の別れのように言う拓人の言葉を意図的にはぐらかしてまた来ることを伝える。ただ、拓人の顔は見れなかった。「また来る」ことに複雑な表情をされていたら悲しいから。

言い逃げのように拓人と別れて振り向くことはせず柏木は走ってホームに向かった。

今思えば、最後にもう一度振り返って手を振ってちゃんと拓人の顔を見ておけば良かったと、柏木は思う。


あれが拓人と会える最後の日になると、分かっていたなら──
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