[R-18]あの部屋

まお

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68.秘密

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パソコンの中には勉強や大学に関するフォルダやデータがきっちり分類分けされて管理されていた。

そのフォルダの中に一つだけ「No title」というフォルダを見つけた。どこにも分類されていないそのフォルダを見つけ出すのにはそう時間はかからなかった。
そのフォルダの中に2つのデータが収まっていて、更新日時は2ヶ月ほど前のものだった。その1つを開くと2分ほどの短い動画データだった。

そこに映し出されていたのは、手ブレで荒れる映像の中で泣きじゃくる男の裸体と生々しく映し出される下半身の結合部だった。


「はじめ……気持ちいい?」

優しい声で映像の中の男の涙で濡れる頬に手を添えるカメラの持ち主。触れられた男は紅潮した頬で表情を歪めてからその顔を隠すように俯いた。その後はまた大きくブレる映像と映し出された男の押し殺した嬌声が流れ続ける。

柏木は唖然とした。現実離れした目の前の映像をすぐに頭が処理出来なかった。
最後まで映像を確認してから柏木はそのノートパソコンの電源を切った。

そして気がつけば自室にいた。
机に座り問題集を開きながらノートにペンを走らせる。無心で問題を解きながらも頭の中には先程の映像が何度もチラついた。
映像から流れていた声はいつも聞いている、聞きなれた拓人のものだった。拓人の声は映像の中の泣いていた男に「はじめ」と呼びかけていた。
どうして?なんで?何をしてた?
柏木は拓人に問いただしたいことが尽きなかった。

先程見た映像の真否を否定したいという思いと比例するように問題を解くスピードが速まる。
あの映像を見る限りでは、とても合意のうえで行っている行為には見えなかった。でもじゃあ何故あの男、野坂朔は拓人に何事もなかったように普通にメッセージを送ってきていたのか。

頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
問題を解いていた手が止まる。そのまま全てを消し去るように開いたままのノートのページをペンで黒く塗りつぶしていた。
その日はもう勉強が手につかなかった。


そこから兄の不在を見計らってパソコンを盗み見ることが柏木の日課となった。最初は受け付けられない現実が苦しくて気分が悪くなって映像を中断することもあったが、次第に兄と秘密を共有している高揚感と、その映像の男の存在自体が気になるようになった。
映像を見る度に抵抗感は薄れ、それと共に自分の中に沸き立つ黒い感情と興奮が柏木自身を覆い尽くし始めた。映像を思い出しながら自身を慰めることもあった。いつか画面上の男、野坂朔を自身の手で汚し傷つけたいと思う気持ちが強くなっていく。そして単純に、兄がそこまで執着する男がどういう人物なのかも気になった。

その頃には、もう拓人は両親から完全に見放され、家にいても居ないもののように扱われていた。そして親の期待の白羽の矢は柏木へ向けられた。
拓人への失望、朔への憎悪、両親からの重圧。柏木は全てを消化するために自分の中に溢れる感情に気づかないようにそれらを手放した。何も信じない誰も頼らない。そう思えば辛くなくなった。
かと言って柏木は今まで通り家族へも、拓人へも態度を変えることは無かった。それが一番全てが丸く収まる方法だと分かっていた。ただ心の中ではそれぞれを軽蔑し見下していた。本当に変わらなかったのは、シロに接する時間だけだった。


そんな一見すると変哲のない日々を半年過ごした時、ついにその脆くていつ崩れてもおかしくないような日々は終焉した。

春休みに入ってすぐに拓人が逮捕された。未成年と関係を持っていたことが公になった。そこからは嵐のような日々だった。

両親は病院の評判を気にして、逮捕はされたが不起訴処分となった拓人との縁を躊躇いもなく切った。そして戸籍と名前を守るために父親は母の戸籍に入り苗字を変え、それに伴い柏木も美伯から柏木へと姓が変わった。

釈放された拓人に両親は憤怒した。
拓人は両親から叱責され詰問されるなかで朔とのことを訴えていた。いつも従順な拓人が初めて反抗する様子を柏木は初めて目の当たりにした。

「反省はしているけど後悔はしていない」

拓人はそんな一言を放ちその後はひたすら両親からの言葉の暴力に耐えていた。


そこから数日後、拓人は家を出ていった。
拓人が家を出る前日の夜、さすがに親の酷い物言いに柏木は兄の拓人を心配した。
今までは気づかず触れないようにしていたが、その日は拓人に声をかけた。部屋の前で待っていると、拓人は疲れた様子で自室に戻ろうとしていた。柏木は慌てて拓人の元に駆け寄った。

「…兄さん……」

柏木が一言だけ声をかけると、拓人はやつれた表情を無理矢理笑みに変えて微笑んだ。


「ごめんな…、颯希。裏切るつもりは無かったんだ…。駄目な兄ちゃんで…本当にごめん。傍に居てあげられなくて…ごめん……」

拓人は泣きそうな笑顔で柏木に謝ると、そのまま部屋へと入ってしまった。
拓人の優しいいつもの笑顔を見たのはこれが最後だった。


翌朝起きた時にはもう、家の中には拓人の姿は無かった。13年間一緒に過ごした、元々は1番信頼していた兄が居なくなった。いくら見下していたとはいえ、拓人が出ていってしまったことに柏木は衝撃とショックを受けた。

拓人はこの一件のせいで春からの内定先からは内定を取り消されていた。拓人に行く宛て等無かった。柏木はそんな兄を不憫に思う気持ちと、どこか冷めた気持ちとが織り交ざっていた。同情と怒りと虚無感。色々考えてももう元に戻ることは無い。
柏木はいつも通りの日常を送った。毎日塾と習い事に通い、シロの世話をし、両親にいい顔をして期待に応えていく。
そんなつまらない日々を過ごしていた春休みの終盤に、拓人からメッセージが届いた。

柏木は自室で机に向かっていたが、そのメッセージの受信に気づき勉強を中断し慌ててそのメッセージを開いた。


『颯希に渡したい物があるから、俺の部屋の机の中を見て欲しい。父さん達に見つかる前に受け取ってほしい。』

柏木はそのメッセージに目を通し足早に拓人の部屋へと向かった。
もともと勉強道具以外の物がそこまで無かった拓人の部屋は、私物らしい私物は全て処分されていてより一層ガランとしていた。
そんなもの寂しい部屋の机の引き出しをおそるおそる引いてみると、箱が1つ入っていた。
その箱を取り出し蓋を開けてみると、写真とスマホ、そして手紙が入っていた。

写真は、中学の入学式に拓人と2人で撮った写真だった。1年程前の写真だったが、すごく昔の物のように柏木は感じた。そしてもうひとつは一度だけ目にした、拓人と朔がやりとりをしていたスマートフォンだった。そのスマホの中身が気になったが、もちろんロックがかかっていて内容を見ることは出来なかった。柏木は同封されていた手紙を読んだ。


ーこの写真は1番気に入ってるから出来れば颯希に持っていて欲しい。携帯は渡して欲しい。最後の兄ちゃんのわがまま聞いてもらえたら嬉しいけど、どちらも必要なければ処分して構いません。ー

短い文章のその手紙を読んだ柏木はむしゃくしゃした感情のままその箱を中身ごと持ちゴミ箱の前まで向かって立ちすくんだ。

2人で写った笑顔の写真の拓人は、こんな未来を想像していたのだろうか。このスマホの渡す相手を明記していないのは、柏木がその相手を知っていることに拓人は気づいていたのか。
何もかもが分からなかった。
ただ、その箱を持ったまま柏木の中に溢れた感情は、怒りと絶望だった。

日常が消えたこと。
知らなくていいことを知ってしまったこと。
朔も拓人も両親も─全てが憎かった。

柏木は写真だけ取り出しその箱の蓋を閉めると、その箱を自室に持っていった。そしてクローゼットの1番上の奥に隠すように置いた。

自分と同じように絶望させたい。
まずは野坂朔を。そして兄の拓人。最後は両親。
絶望させる方法は、すぐに思いついた。

野坂朔をめちゃくちゃにして壊す。そうすれば朔もそして朔を大切にしていた拓人も絶望させられる。勉強をしていい大学に入って、医者にならなければ親にも相当な絶望を与えることが出来る。両親が何よりも大切にしている病院を途絶えさせてやればいい。
柏木は暗い感情の火を灯した瞳でその箱を暫く見つめてから静かにクローゼットを閉じた。


そこからの行動は早かった。毎日必死に勉強をした。そして同時に拓人と朔のことを調べ始めた。拓人から来たメッセージにその後返信して電話をかけてみたが、その時には既に携帯は解約され使われていなかった。だが柏木はすぐに兄の居場所を突き止めた。柏木は探偵を雇い兄の居場所と朔の身辺調査を頼んだ。
拓人はここから車で2時間近くかかる小さな町で、倉庫作業員をやっているようだった。

そして朔の学校は、割と近い隣町の中学だと判明した。家族構成や住んでいる場所、人間関係等全てを洗いざらい調べ尽くす。あとは2人の今の関係も調べたが、連絡は取り合っていないようだった。

柏木は一度朔本人に会ってみたいと思い、調べた住所と学校名とクラスをメモに残しそれを持ち朔に会いに行った。

朔を見つけるのにそう時間はかからなかった。街の中でたむろする学生の集団の中に朔を見つけた。映像の中の時とは異なり、髪色はブリーチをした明るい茶色で、集団の輪の中にはいるがずっと無表情で心ここに在らずな無気力な様子だった。
柏木はそこから度々朔の様子を見に行った。朔がいつもつるんでいる非行少年達のグループが万引きやらカツアゲをしている様子を度々見かけた。朔がというより、周りがそれをやっているのを朔はただ見ているという感じだった。

何事も無かったように毎日を過ごしている朔を見ると、柏木の朔を壊したいという思いはどんどん強くなっていった。同時に兄に抱かれていた時の朔を思い出し、自分もああいう表情、もっと苦痛に歪んだ表情を見てみたいという気持ちも大きくなった。
柏木はそこから朔の親の勤務シフト、朔の進路先、恋人の有無等全部調べ入念に朔に接触する準備をしてきた。

高校に上がる前には、あることがきっかけで柏木の目的は朔を壊すこと、そこに殺すことも加わった。



柏木の目的は今も変わらない。
それなのに最近は朔に接すると心が掻き乱されて苛立ちが募る。感情なんて要らない筈なのに意図しない自分の中に湧いてくる気持ちが煩わしくて仕方が無かった。このまま朔に接し続けるのは、目的の達成を遠ざける気がした。

卒業する間際に殺せばいいと思っていたが、もうすぐにでも殺してしまおうか。でもその前に壊さなければいけない。
柏木は教室の窓から晴天の空を眺めながら考えていると、ふと前に自室で見た嬉しそうに少しだけ頬を綻ばせていた朔の表情が思い浮かんだ。柏木は思考がこれ以上余計なものを拾うことを拒むように慌てて視線を手元の教科書に移した。目の前の文章は目の前をただ流れていくだけだった。
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