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46.存在
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次に朔の意識が戻った時、またそこはベッドの上だった。ただ、前回目覚めた時と違う点がいくつもあった。
1つは、服を着せられていること。
朔はベッドから起き上がり自分の身体に纏わる布の感触に驚いた。柏木の家に来てからずっと裸にされていた朔にとって、久しぶりの服の感触に逆に違和感すら覚える程だった。着ている服は腕や裾が長くサイズが少し大きいことから、恐らく柏木のものだった。上だけでなく下もしっかり衣服が着用されていて、驚きと安心を感じた。
そして2つ目は、拘束が無かった。
腕と足を拘束していた手錠が外されていた。自由に意志のまま動かせる手足に朔はちょっとした感動を覚えた。ただ、手錠で拘束されていた事は夢ではないとわかる程、しっかりその痕跡は、痣とかすり傷、痛みとして残っていた。
3つ目は、体調が完璧とはいえないが前回目覚めた時よりかは良くなっていた。前回は酷い飢餓感と喉の乾きで意識すら朦朧とするレベルだったが、今起き上がった感じではそこまででは無かった。
ただ、意識がハッキリし喉の乾きを感じない一方、前回より空腹をより強く感じ、朔は思わず自身の腹をさすった。
そしてもう一度ゆっくり部屋を見渡すと、窓はカーテンが閉められており、ベッドの横に置いてあったデジタル時計を見ると20時を過ぎようとしていた。前回目を覚ました時は時間を確認していなかったが恐らく朝だった事を考えるとあれからまたかなり眠っていたことがわかる。
しかも意識があった朝の時間も所々記憶が曖昧で、途中柏木に酷い蹂躙を受けていたことは何となく覚えていたが、それでも記憶があったりなかったりという事を考えると途中何度も意識を失うように眠っていたのであろう事は理解できた。
特に部屋から抜け出そうとしたそれ以降の記憶はかなり曖昧だった。
そこまで1人で悶々と考えていて、朔はハッとする。慌てて部屋をもう一度見渡す。ここは前回同様、柏木の部屋。でもその部屋の主である柏木は、ベッドの横にも部屋の中にもいなかった。
そして朔は自由を取り戻した手足をゆっくり動かす。空腹で力が出なく、手足に多少の痛みはあったが問題なく動く事を確認した。
(今なら…柏木もいない。手足の拘束も無いし、服も着ている。……ここから…逃げ出せる…!)
朔はそう思い立つと、行動に起こすまでそこからはあっという間だった。
慌ててベッドから抜け出す。立ち上がると腰に鈍痛を感じ思わず顔を歪めるが、自分の足で立てる感覚が嬉しくて懐かしかった。物音を立てて柏木に気づかれないように、慎重に行動して逃げ出さなければいけない。
自分の制服や荷物の存在が気になり、一瞬クローゼットに視線を向けたが、今はここから逃げ出す事が最優先だった。
朔はゆっくり部屋の出口へと歩いて向かう。足が震えるのは、体力が万全じゃないからか、それとも恐怖や緊張からかを考えている余裕は無かった。
ゆっくり着実に出口へと向かい、朔は部屋のドアノブにゆっくり手をかける。鍵が掛かっていないことを確認すると、ドアを静かに開いた。
開いた隙間から廊下の様子を見て、柏木がいないことを確認すると、自分の力で柏木の部屋から抜け出すことができた。
部屋のある2階の廊下はシンと静まり返っていた。廊下の壁伝いにゆっくり歩みを進めると、突き当たり手前にある部屋─拓人の部屋の前に差し掛かる。
朔はやはりその部屋が近づくと激しい動悸に見舞われる。手のひらにじわっと汗が浮き、呼吸が荒くなる。でも、その反応は初日の耐えられない程では無かった。
慣れたから…というのもあるが、
理由は、ここにおそらく拓先生は居ないと思ったから─
それは、いつ通っても感じるこの人気のない静けさや、柏木の反応から推察された。これだけ朔が拓人に恐怖を抱いているのが分かれば、柏木の性格からしたら必ず会わせようとするが、それを実行する気配が無かった。そして部屋に飾られた写真。当時の思い出を飾っているだけと言われればそうなのかもしれないが、何かあの写真は思い出すために置かれている物のように感じた。まるで普段会えない人を思い出すために置かれたような写真。
それらのことから、朔は何となくここに拓人は居ないような気がした。それは朔にとって喜ばしいこと……の筈だった。
朔は拓人がここに居ないことを理解した時、何故か喜びや安心よりも、不安や寂しさのようなものに襲われた。
会いたくはない…でも……。拓先生が何をしているのか、元気なのか、そして…幸せなのか。そんな事が何故か無性に気になっていた。それは相手の人生や柏木の人格を狂わせた一因である罪悪感からくるものなのかもしれない。拓人が幸せであれば、自分や柏木が救われる気がした。幸せとまではいわなくても、強い罪悪感を持たずに普通に生活してくれればいいと、思ってしまった。
拓人にされたことは、朔にとって一生の傷になった。そしてその傷は今も治っていない。多分治らないから、こうやってその当時の記憶を失って思い出せず曖昧になっているのだろう。でも完全に悪い人では無かった拓人を朔は少しづつ思い出し知っているからこそ、恐怖の感情の下で完全に憎むことが出来なかった。
朔はいつの間にかその部屋の前で、その扉を見つめていた。
(あの頃の……拓先生に会いたかった…)
そんな叶うはずのない願望を心の中で呟き、朔は目的を思い出しその扉から視線を前方へとそっと逸らした。
1つは、服を着せられていること。
朔はベッドから起き上がり自分の身体に纏わる布の感触に驚いた。柏木の家に来てからずっと裸にされていた朔にとって、久しぶりの服の感触に逆に違和感すら覚える程だった。着ている服は腕や裾が長くサイズが少し大きいことから、恐らく柏木のものだった。上だけでなく下もしっかり衣服が着用されていて、驚きと安心を感じた。
そして2つ目は、拘束が無かった。
腕と足を拘束していた手錠が外されていた。自由に意志のまま動かせる手足に朔はちょっとした感動を覚えた。ただ、手錠で拘束されていた事は夢ではないとわかる程、しっかりその痕跡は、痣とかすり傷、痛みとして残っていた。
3つ目は、体調が完璧とはいえないが前回目覚めた時よりかは良くなっていた。前回は酷い飢餓感と喉の乾きで意識すら朦朧とするレベルだったが、今起き上がった感じではそこまででは無かった。
ただ、意識がハッキリし喉の乾きを感じない一方、前回より空腹をより強く感じ、朔は思わず自身の腹をさすった。
そしてもう一度ゆっくり部屋を見渡すと、窓はカーテンが閉められており、ベッドの横に置いてあったデジタル時計を見ると20時を過ぎようとしていた。前回目を覚ました時は時間を確認していなかったが恐らく朝だった事を考えるとあれからまたかなり眠っていたことがわかる。
しかも意識があった朝の時間も所々記憶が曖昧で、途中柏木に酷い蹂躙を受けていたことは何となく覚えていたが、それでも記憶があったりなかったりという事を考えると途中何度も意識を失うように眠っていたのであろう事は理解できた。
特に部屋から抜け出そうとしたそれ以降の記憶はかなり曖昧だった。
そこまで1人で悶々と考えていて、朔はハッとする。慌てて部屋をもう一度見渡す。ここは前回同様、柏木の部屋。でもその部屋の主である柏木は、ベッドの横にも部屋の中にもいなかった。
そして朔は自由を取り戻した手足をゆっくり動かす。空腹で力が出なく、手足に多少の痛みはあったが問題なく動く事を確認した。
(今なら…柏木もいない。手足の拘束も無いし、服も着ている。……ここから…逃げ出せる…!)
朔はそう思い立つと、行動に起こすまでそこからはあっという間だった。
慌ててベッドから抜け出す。立ち上がると腰に鈍痛を感じ思わず顔を歪めるが、自分の足で立てる感覚が嬉しくて懐かしかった。物音を立てて柏木に気づかれないように、慎重に行動して逃げ出さなければいけない。
自分の制服や荷物の存在が気になり、一瞬クローゼットに視線を向けたが、今はここから逃げ出す事が最優先だった。
朔はゆっくり部屋の出口へと歩いて向かう。足が震えるのは、体力が万全じゃないからか、それとも恐怖や緊張からかを考えている余裕は無かった。
ゆっくり着実に出口へと向かい、朔は部屋のドアノブにゆっくり手をかける。鍵が掛かっていないことを確認すると、ドアを静かに開いた。
開いた隙間から廊下の様子を見て、柏木がいないことを確認すると、自分の力で柏木の部屋から抜け出すことができた。
部屋のある2階の廊下はシンと静まり返っていた。廊下の壁伝いにゆっくり歩みを進めると、突き当たり手前にある部屋─拓人の部屋の前に差し掛かる。
朔はやはりその部屋が近づくと激しい動悸に見舞われる。手のひらにじわっと汗が浮き、呼吸が荒くなる。でも、その反応は初日の耐えられない程では無かった。
慣れたから…というのもあるが、
理由は、ここにおそらく拓先生は居ないと思ったから─
それは、いつ通っても感じるこの人気のない静けさや、柏木の反応から推察された。これだけ朔が拓人に恐怖を抱いているのが分かれば、柏木の性格からしたら必ず会わせようとするが、それを実行する気配が無かった。そして部屋に飾られた写真。当時の思い出を飾っているだけと言われればそうなのかもしれないが、何かあの写真は思い出すために置かれている物のように感じた。まるで普段会えない人を思い出すために置かれたような写真。
それらのことから、朔は何となくここに拓人は居ないような気がした。それは朔にとって喜ばしいこと……の筈だった。
朔は拓人がここに居ないことを理解した時、何故か喜びや安心よりも、不安や寂しさのようなものに襲われた。
会いたくはない…でも……。拓先生が何をしているのか、元気なのか、そして…幸せなのか。そんな事が何故か無性に気になっていた。それは相手の人生や柏木の人格を狂わせた一因である罪悪感からくるものなのかもしれない。拓人が幸せであれば、自分や柏木が救われる気がした。幸せとまではいわなくても、強い罪悪感を持たずに普通に生活してくれればいいと、思ってしまった。
拓人にされたことは、朔にとって一生の傷になった。そしてその傷は今も治っていない。多分治らないから、こうやってその当時の記憶を失って思い出せず曖昧になっているのだろう。でも完全に悪い人では無かった拓人を朔は少しづつ思い出し知っているからこそ、恐怖の感情の下で完全に憎むことが出来なかった。
朔はいつの間にかその部屋の前で、その扉を見つめていた。
(あの頃の……拓先生に会いたかった…)
そんな叶うはずのない願望を心の中で呟き、朔は目的を思い出しその扉から視線を前方へとそっと逸らした。
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