[R-18]あの部屋

まお

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42.兄弟

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柏木はぱっと目を開き上体を起こす。


そこは自室のベッドの上だった。
軽い偏頭痛に眉を顰め、枕元のスマホの時計に目をやる。時刻は8時を回ったばかりだった。

昨日意識を失った朔を、シーツを取り替えたベッドの上に寝かせてから軽く夕食を済ませ情事の名残を残すリビングを掃除してから眠りについた。朔を床の上に寝かせても良かったが、柏木は朔の気配にすぐ気づけるように同じベッドに敢えて寝かせることにした。

そしていつも通り7時に起きる予定だった。それなのに起きたのは8時過ぎだった。

柏木は休みの日でも7時に起き、そのルーティンを崩すことはほとんど無かった。それなのに寝坊をしたその原因に心当たりはある。


1つは連日の勉強だった。
柏木が今の高校に進学したいと親に言った時、人生で一番というくらいに激昴された。柏木は末っ子という事もあり兄の拓人に比べると甘やかされて育てられた自覚がある。基本的に兄の背中を見て要領を掴み親と接してきた。だから親が求めていることやそれへの対応というのが分かっていて、押さえるべきとこを押さえれば許されることの方が多かった。


押さえるべき条件はいつも「1番」であることだった。


1番を手土産にすれば親の機嫌は簡単にとる事が出来た。親はそれを兄の拓人に対しても同じく求めていた。その親を今の高校に進学する為に説得する時は、自分と環境が違う患者の声や考えにも寄り添えるような医者になりたいから敢えて底辺高校に行って価値観の違う色々な人と接したい。もちろん大学は全国一の偏差値の高い医学部に行く、と約束をした。そうすれば渋々だが親から許しを貰うことが出来た。やはり親は柏木に甘かった。単純だなと柏木は心の中で鼻で笑った。

今まで勉強で苦労することは無かったが、さすがに今の高校からの目標大学の医学部への入学は遊んで入れる程甘くはなかった。だから毎日勉強をしていた。


親との約束をここまで必死に守ろうとするのは、柏木にとって重要な目的があるからだった。
親の顔色を伺う為ではない。
もっと柏木にとって意味のある理由があった。
だから柏木は勉強を疎かにはしていなかった。



そしてもう1つ─

柏木は視線をベッドの右に移すと、そこに目的の人物は居なかった。柏木は表情一つ変えず冷めた視線で部屋を見渡す。

すると、すぐにその人物が視界に入った。柏木の視線の先には、部屋のドアの前で全裸でうつ伏せのまま横たわる朔の姿があった。
柏木はそれを確認すると同じベッドに寝かせたにも関わらず朔の気配を察することが出来ない程深く眠っていた自分自身の失態に呆れた。

ここ数日は勉強と同時進行で朔への陵辱を日課とし、2つが掛け合わさり寝不足が続き自覚はしていなくとも少し疲れが溜まっていたようだった。


柏木はだるそうにベッドから降り、横たわる朔の元へと歩いて行く。朔へと近づくと、辺りにプリントや本が散乱していることに気づいた。

柏木は舌打ちを一つ打ち、朔の元へしゃがみこむ。
仕置を兼ねて拷問にでもかけようかと思い、意識の無い朔の髪を掴んだ。

覗き込んだ朔の顔色は青白く病人のようで酷かった。そしてやつれた朔の寝顔を暫く眺める。
昨日の朔の言葉を思い出した。

兄の拓人への引け目、比較して優劣に拘っていると。


柏木にとって兄である拓人は、特別な存在だった。
彼は柏木にとって、尊敬と目標であると同時に反面教師で最も憎い存在でもあった。


小さい時から一番の理解者は親ではなくて兄だった。

柏木自身も優秀な兄を慕い、兄に心を許し信頼していた。
両親からも兄のようになりなさい、常に1番を目指しなさいと言われて育った。だからそれが当然の事のように無意識下に染み付いていた。

今までは兄の拓人を比較の対象とはしていなかったが、あの頃─兄がおかしくなった頃から少しずつその認識は変わっていった。


柏木の両親は兄の拓人へ医者になることを望んだ。もちろん柏木にも望んでいたが、10歳近く年上の拓人に対する重圧はそれは大きなものだった。

だが拓人は大学生の時に、初めて親の期待を大きく裏切った。

拓人は在籍していた医学部から4年の時に親に相談も無く突然文系学部へと転部した。
それは物凄い烈火のごとく親は怒り狂い拓人を責めた。

柏木も兄の突然の奇行に茫然とした。連日部屋で両親に責め立てられる兄の背中を柏木は何も出来ず見守ることしか出来なかった。そして、自滅する兄を心配し、失望した。


それから親は完全に拓人を見限った。
その分期待や重圧は柏木へと向けられた。それでも親は柏木にはやはり甘かった。

柏木は陥落した兄のいた場所に上り詰め本当の1番を得た。親から与えられる期待や、拓人のなし得なかった夢を託されるその高揚感に悪い気はしなかった。親も周りも分かりやすく柏木を囃し立て、兄の拓人を貶した。


親から見放されても拓人の柏木への態度は変わることはなく、柏木にとって拓人はいい兄でありいつも通り優しかった。柏木もそんな兄への深い信頼までは失っていなかった。単純に役割が変わっただけだと理解した。関係性は常に柏木が1番に変わった、と。

だから柏木にとって兄と比較をして自分に劣等感を感じることは無かった。常に自分は1番だと思っていた。

それでも柏木にとって拓人は特別な存在であることは変わりなく、兄を全く意識しないということは出来なかった。


その感情を暴き掻き乱すのが、朔の言葉、態度、存在だった。


朔は、兄を陥れ、柏木の感情を暴こうとする。そして、心がざわつく言葉を放つ。
柏木にとっては、得体の知れない、考えが理解できない脅威に思えた。


──拓先生は拓先生だし、お前はお前でしかないだろ……──


頭の中で朔のその言葉が反芻される。
まるで柏木の心の底を読んだようだった。

劣等感は感じない。ただ、兄を無視することは出来ない。自分は1番の存在の筈なのにそれが正解だと思えない。常に兄の存在や影響に左右されている。能力とかでは無い、何か越えられない壁のような存在─
そんな葛藤を見透かされたような気がした。

比較で成り立つ自分しか知らない。
1番じゃない自分なんて認められない、認めたくないと思っていたし、無能な個人に価値等無いとも思っていた。そんな柏木の認識が覆されるような朔の言葉に溢れ出す苛立ちと影を潜めるような動揺と混乱に焦燥感を抱く。


柏木はそれを誤魔化すように青白い朔の顔を覗き込み、苛立ちのままに意識の無い朔の頬に強く平手打ちを入れた。

乾いたパンッという高い音が部屋に響くが、朔は死んだように眠り続け起きる気配は無かった。
そのうちに打たれた頬が赤く染まり始める。


「…うるせぇよ。早く壊れて、そして死んでくれ」

柏木はもやもやした気持ちを吐き捨てるように呟き、そのまま眠る朔の腰を持ち上げ慣らさないままの窄まりに自身の怒張を突き入れた。

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