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「……あ、れ……。俺…寝てた…のか」
哲史が目覚めると、そこは朔の部屋だった。
いつの間にか寝ていたらしく、身体の上には毛布が掛けられていた。朔はこういう小さい気遣いを自然とやってのけるのは昔から変わらない。
そんな朔の姿を探すが、部屋の中には居ないようだった。
(はじめどこ行ったんだ?てか、寒っ!窓全開だし。閉めていいかな…)
哲史は起き上がり窓を閉めた。
そして部屋の中に向き直ると、部屋のテーブルの上に食べかけのモンブランを発見する。
「あ、これ食べてる途中に寝たのか!美味すぎて胃がびっくりして眠くなったのかなー。そんなことあるか?」
哲史は自問自答しながら、テーブルの前に座り食べかけのモンブランを手にとり、口へと運ぶ。
「食うなッ!!」
いきなり響く怒鳴り声のような強い口調に、哲史はビクッと驚き身体が飛び跳ねる。
「わっ!!びっ…くりしたー。はじめ…どうしたんだよ、そんな大声だして」
ドアの前に朔の姿があり、すごい剣幕でこちらを見ていた。そして早歩きでこちらに向かってくると朔はそのまま哲史の手からモンブランを奪い取り、残っているケーキの箱ごと全部取り上げられる。
「そんな俺のまで取るくらいはじめも食べたかったんじゃん!本当に素直じゃないなー」
「……これ、貰うから」
「俺の食べかけは返してくれよ」
「ダメだ」
朔は一言だけそう言うと、箱を持ったまま部屋から出ていった。
「……変なの」
哲史はぽつりと呟いた。
朔は部屋を出て、哲史から奪い取った睡眠薬入のケーキをキッチンのゴミ箱に捨てた。
◇◇
朔はあの後柏木に解放されても、すぐにはベッドから起き上がることが出来なかった。
ベッドの上で放心状態となっている朔の後孔からは、柏木に出された白濁がどろりと零れ落ちていた。
「いかにもレイプされましたーって感じでそそるなー。写真撮っておこう」
柏木は衣服を整え何事も無かったかのようにいつも通りの完璧な身なりの状態で、情事後の妖艶さを醸し出す朔の裸体をスマホに収める。
「……め……ろ…」
「野坂。東海林が俺と野坂の仲を取り持ってくれるって言って色々してくれるんだけど、このまま野坂がそんな態度なら東海林に心配かけちゃうよね」
「………。…何が……言いたい…」
「東海林はなんで野坂が俺の事避けてるか気になると思うからさ、野坂とこんな関係になってるってカミングアウトしようと思って」
そう言い柏木は今撮ったばかりの朔の写真を見せつけてくる。
「…っざけんな…!消せよ!」
「俺はどっちでもいいんだ。野坂が俺のものになるなら」
柏木は朔の怒りをものともせずにスマホをまたポケットにしまい、起き上がれない朔のベッド横にしゃがみこむ。
「東海林にバラして軽蔑されるか、俺と上手くやって東海林を安心させつつ裏で裏切るか。野坂が選んでいいよ」
どちらを選んでも哲史への罪悪感を煽るような言い方に、朔は言葉を詰まらせる。
「…選べないなら今東海林を叩き起して東海林の目の前でもう1回セックスしようか」
「っ…………後……者………で……」
本当にやりかねない柏木が恐くて朔は咄嗟に返答する。
「わかったよ。じゃあ東海林の前では仲良くしようね。2人の時は今まで通り愛してあげるから安心してね」
柏木はニコッと色気と可愛さを含んだ他人が見たら見惚れるような笑顔を朔に向けて頭を撫でてから裸の朔を置いて部屋を出ていった。
身体を動かせるまでに体力が回復したタイミングで朔はゆっくり起き上がり、まず部屋に籠る独特の性の匂いを含んだ空気が気持ち悪くて慌てて窓を全開にした。そして、部屋から出て慌てて家中を見回った。柏木が、どこかにまだ潜んで居るのではないかと不安で。いくら見回っても柏木は居なく、玄関にも靴が無かったので、朔は開いたままだった玄関の鍵を慌てて閉めてから、重い身体を引きずりシャワーを浴びた。シャワーから上がると哲史が起きていた。哲史の様子を見る限りだと、本当にいまさっき起きたような反応だったことが朔の唯一の救いだった。
◇◇
ケーキを捨て部屋へ戻ると哲史が神妙な面持ちで朔に視線を向けてきた。
「…なんだよ」
朔はシャワー上がりでもすぐにトレーナーを着込んで痣や傷が見えないように気をつけていた。何か他に隠し忘れたものがあったのか不安になる。
「…今日のはじめいつもと何か様子違うよな」
急に切り出された話に思わず緊張感が走る。
「…体調が万全じゃないから…」
朔はあまり哲史の方を見ないようにして、まだ濡れている髪をバスタオルで拭きながらベッドの上へ座る。
「それだけか?その頬の怪我も、今ケーキ取っていったのも、あと柏木に対しての態度とか…」
柏木という名前が出されるだけで震えそうな程恐かった。朔は哲史にさらに疑われないように少し震える指先を見られないように意識してゴシゴシとタオルで髪を強く拭いた。
「いつものはじめらしくないって言うか…」
「いつもと何も違わないよ」
「そうかな?はじめって誰かと深く関わることあまりしないけど、その代わり誰かに対して敵意をあからさまに向けたりもしないだろ?だから柏木に対してあんな態度取ったのちょっとビックリした。…柏木と、何かあったのか?」
朔は俯き髪を拭き続ける。
顔を上げたら情けない表情を哲史に晒してしまいそうだった。まだ痛む身体。逃げられないこの状況。本当は哲史に全部打ち明けてこの孤独と恐怖を誰かと共有して払拭したかった。でも出来ない。そんな事をすれば、「気持ち悪い」と軽蔑される。被害者でも一括りに「気持ち悪い」とされてしまうんだ。朔はぐっと口を噤む。
「…はじめ?」
「…漫画…」
「え?」
「哲史が借りてた漫画、本当は先に俺が借りる予定だったんだ。なのに、アイツ……柏木が先にお前に貸すから……それでちょっとけんかになったんだよ。だからあんな態度取っちまった」
朔は顔を上げないまま、思いつくそれっぽい理由を哲史へ伝えた。口で嘘は吐けても、今は表情まで気を回す程の気持ちの余裕が無かった。
「そんな理由!?全然先に貸すよ!なんなら今持ってこようか?なんだー良かったー」
朔は哲史に視線をけると、哲史は安心したような笑顔をしていた。
これが、正解なんだ。
「そんなのさっさと仲直りすれよ!俺から言っておこうか?」
「いや!いい…。後で連絡しておく。お前も余計なこと柏木に言わなくていいから。あ、そういえばお前さっき寝言言ってたぞ」
「え、何て言ってた?変なこと言ってない!?」
朔は哲史の申し出を慌てて断って、話を逸らした。
哲史が帰った後、朔は昨日のシーツや服の処分をした。熱は下がって明日学校には行けそうだが、体調はずっと悪かった。食欲も無い。
でも学校へ行っても、行かなくても、どちらにせよ柏木はいる。柏木は追いかけてくる。
朔は憂鬱な気持ちのまま、布団へ潜り込んだ。 寝れずに目線を天井へ向けていると、ふと枕元の小さい布の包の存在を思い出す。
ベットのヘッドボードにずっと置きっぱなしにしている、赤い小さい布で出来ている、それはお守りだった。昔からずっとここにあった気がする。何か嫌なことがあった時気休め程度にそのお守りに願掛けをしていた。テスト勉強前、体調不良の時、母が仕事で疲れていて心配な時……等、何となくそこにあるお守りに嫌なことを聞いてもらってついでに願いが叶わないかなと期待もしていた。普段何も無い時は神様なんて信じないのに、嫌なことがあった時はそれに縋りたくなっていた。だから、何となくお守りはいつも枕元に置いておいて、何かあった時に願掛けをしていた。
(このお守り、母さんから貰ったんだっけ…。いつ貰ったか…思い出せないな)
朔はそれを手に取り、明日こそ柏木から上手く逃げられる事を願いながら眠りについた。
哲史が目覚めると、そこは朔の部屋だった。
いつの間にか寝ていたらしく、身体の上には毛布が掛けられていた。朔はこういう小さい気遣いを自然とやってのけるのは昔から変わらない。
そんな朔の姿を探すが、部屋の中には居ないようだった。
(はじめどこ行ったんだ?てか、寒っ!窓全開だし。閉めていいかな…)
哲史は起き上がり窓を閉めた。
そして部屋の中に向き直ると、部屋のテーブルの上に食べかけのモンブランを発見する。
「あ、これ食べてる途中に寝たのか!美味すぎて胃がびっくりして眠くなったのかなー。そんなことあるか?」
哲史は自問自答しながら、テーブルの前に座り食べかけのモンブランを手にとり、口へと運ぶ。
「食うなッ!!」
いきなり響く怒鳴り声のような強い口調に、哲史はビクッと驚き身体が飛び跳ねる。
「わっ!!びっ…くりしたー。はじめ…どうしたんだよ、そんな大声だして」
ドアの前に朔の姿があり、すごい剣幕でこちらを見ていた。そして早歩きでこちらに向かってくると朔はそのまま哲史の手からモンブランを奪い取り、残っているケーキの箱ごと全部取り上げられる。
「そんな俺のまで取るくらいはじめも食べたかったんじゃん!本当に素直じゃないなー」
「……これ、貰うから」
「俺の食べかけは返してくれよ」
「ダメだ」
朔は一言だけそう言うと、箱を持ったまま部屋から出ていった。
「……変なの」
哲史はぽつりと呟いた。
朔は部屋を出て、哲史から奪い取った睡眠薬入のケーキをキッチンのゴミ箱に捨てた。
◇◇
朔はあの後柏木に解放されても、すぐにはベッドから起き上がることが出来なかった。
ベッドの上で放心状態となっている朔の後孔からは、柏木に出された白濁がどろりと零れ落ちていた。
「いかにもレイプされましたーって感じでそそるなー。写真撮っておこう」
柏木は衣服を整え何事も無かったかのようにいつも通りの完璧な身なりの状態で、情事後の妖艶さを醸し出す朔の裸体をスマホに収める。
「……め……ろ…」
「野坂。東海林が俺と野坂の仲を取り持ってくれるって言って色々してくれるんだけど、このまま野坂がそんな態度なら東海林に心配かけちゃうよね」
「………。…何が……言いたい…」
「東海林はなんで野坂が俺の事避けてるか気になると思うからさ、野坂とこんな関係になってるってカミングアウトしようと思って」
そう言い柏木は今撮ったばかりの朔の写真を見せつけてくる。
「…っざけんな…!消せよ!」
「俺はどっちでもいいんだ。野坂が俺のものになるなら」
柏木は朔の怒りをものともせずにスマホをまたポケットにしまい、起き上がれない朔のベッド横にしゃがみこむ。
「東海林にバラして軽蔑されるか、俺と上手くやって東海林を安心させつつ裏で裏切るか。野坂が選んでいいよ」
どちらを選んでも哲史への罪悪感を煽るような言い方に、朔は言葉を詰まらせる。
「…選べないなら今東海林を叩き起して東海林の目の前でもう1回セックスしようか」
「っ…………後……者………で……」
本当にやりかねない柏木が恐くて朔は咄嗟に返答する。
「わかったよ。じゃあ東海林の前では仲良くしようね。2人の時は今まで通り愛してあげるから安心してね」
柏木はニコッと色気と可愛さを含んだ他人が見たら見惚れるような笑顔を朔に向けて頭を撫でてから裸の朔を置いて部屋を出ていった。
身体を動かせるまでに体力が回復したタイミングで朔はゆっくり起き上がり、まず部屋に籠る独特の性の匂いを含んだ空気が気持ち悪くて慌てて窓を全開にした。そして、部屋から出て慌てて家中を見回った。柏木が、どこかにまだ潜んで居るのではないかと不安で。いくら見回っても柏木は居なく、玄関にも靴が無かったので、朔は開いたままだった玄関の鍵を慌てて閉めてから、重い身体を引きずりシャワーを浴びた。シャワーから上がると哲史が起きていた。哲史の様子を見る限りだと、本当にいまさっき起きたような反応だったことが朔の唯一の救いだった。
◇◇
ケーキを捨て部屋へ戻ると哲史が神妙な面持ちで朔に視線を向けてきた。
「…なんだよ」
朔はシャワー上がりでもすぐにトレーナーを着込んで痣や傷が見えないように気をつけていた。何か他に隠し忘れたものがあったのか不安になる。
「…今日のはじめいつもと何か様子違うよな」
急に切り出された話に思わず緊張感が走る。
「…体調が万全じゃないから…」
朔はあまり哲史の方を見ないようにして、まだ濡れている髪をバスタオルで拭きながらベッドの上へ座る。
「それだけか?その頬の怪我も、今ケーキ取っていったのも、あと柏木に対しての態度とか…」
柏木という名前が出されるだけで震えそうな程恐かった。朔は哲史にさらに疑われないように少し震える指先を見られないように意識してゴシゴシとタオルで髪を強く拭いた。
「いつものはじめらしくないって言うか…」
「いつもと何も違わないよ」
「そうかな?はじめって誰かと深く関わることあまりしないけど、その代わり誰かに対して敵意をあからさまに向けたりもしないだろ?だから柏木に対してあんな態度取ったのちょっとビックリした。…柏木と、何かあったのか?」
朔は俯き髪を拭き続ける。
顔を上げたら情けない表情を哲史に晒してしまいそうだった。まだ痛む身体。逃げられないこの状況。本当は哲史に全部打ち明けてこの孤独と恐怖を誰かと共有して払拭したかった。でも出来ない。そんな事をすれば、「気持ち悪い」と軽蔑される。被害者でも一括りに「気持ち悪い」とされてしまうんだ。朔はぐっと口を噤む。
「…はじめ?」
「…漫画…」
「え?」
「哲史が借りてた漫画、本当は先に俺が借りる予定だったんだ。なのに、アイツ……柏木が先にお前に貸すから……それでちょっとけんかになったんだよ。だからあんな態度取っちまった」
朔は顔を上げないまま、思いつくそれっぽい理由を哲史へ伝えた。口で嘘は吐けても、今は表情まで気を回す程の気持ちの余裕が無かった。
「そんな理由!?全然先に貸すよ!なんなら今持ってこようか?なんだー良かったー」
朔は哲史に視線をけると、哲史は安心したような笑顔をしていた。
これが、正解なんだ。
「そんなのさっさと仲直りすれよ!俺から言っておこうか?」
「いや!いい…。後で連絡しておく。お前も余計なこと柏木に言わなくていいから。あ、そういえばお前さっき寝言言ってたぞ」
「え、何て言ってた?変なこと言ってない!?」
朔は哲史の申し出を慌てて断って、話を逸らした。
哲史が帰った後、朔は昨日のシーツや服の処分をした。熱は下がって明日学校には行けそうだが、体調はずっと悪かった。食欲も無い。
でも学校へ行っても、行かなくても、どちらにせよ柏木はいる。柏木は追いかけてくる。
朔は憂鬱な気持ちのまま、布団へ潜り込んだ。 寝れずに目線を天井へ向けていると、ふと枕元の小さい布の包の存在を思い出す。
ベットのヘッドボードにずっと置きっぱなしにしている、赤い小さい布で出来ている、それはお守りだった。昔からずっとここにあった気がする。何か嫌なことがあった時気休め程度にそのお守りに願掛けをしていた。テスト勉強前、体調不良の時、母が仕事で疲れていて心配な時……等、何となくそこにあるお守りに嫌なことを聞いてもらってついでに願いが叶わないかなと期待もしていた。普段何も無い時は神様なんて信じないのに、嫌なことがあった時はそれに縋りたくなっていた。だから、何となくお守りはいつも枕元に置いておいて、何かあった時に願掛けをしていた。
(このお守り、母さんから貰ったんだっけ…。いつ貰ったか…思い出せないな)
朔はそれを手に取り、明日こそ柏木から上手く逃げられる事を願いながら眠りについた。
応援ありがとうございます!
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