[R-18]あの部屋

まお

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14.見舞い

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考え事をしていると体力を消耗し、朔はまた眠りにつく。そして目が覚めて枕元のスマホを手に取ると14時を回ったばかりだった。時間を確認したのと同時に画面に表示されるメッセージも目に入った。
哲史からのメッセージだった。


『はじめ大丈夫か?2日連続休みってことはマジで体調悪かったりする?』

朔は少しほっとした気持ちで哲史に連絡を返す。哲史とは長い付き合いということもあり、朔のことを理解してるからこそ2日連続休みを心配しているようだった。


『今日はまじの体調不良。お前は?昨日休んだんだろ?』

連絡を返すとすぐ返事がきた。

『昨日はさぼりー。一昨日柏木から漫画一式借りてずっとそれ読んでたら朝になったから自主休暇にしたぜ!』


突然出された名前に、朔は過敏に反応した。

柏木─

名前すら見たくないし、それを目にして思い出した。

─ 『明日学校おいで。来れないならお見舞い行くね。』


学校を休んだら柏木が家に来る……

朔はまだ痛む身体を労りながら慌ててベッドから起き上がる。
家に来られても家へあげなければどうにかなる。
朔は慌てて部屋を出て部屋のある2階から下の階の玄関へ向かう。脚がガクガクと震えてしまいうまく歩けなくて手すりを使い何とか下へ降りる。そして玄関の鍵とドアチェーンの両方で施錠した。
母親は夜勤明けでまだ寝ているようで、朔の痛々しい様子に気付かれずに済んだ。

朔はまたそのまま階段をのぼり部屋へと戻りベッドに倒れ込んだ。

(どうやって柏木と会わずに済むだろう…)

朔は思い出すだけで震えそうな身体をぎゅっと抱きしめるようにしながら、答えの出なかった葛藤の続きを考え始めた。


やっぱり高校を辞めよう…そして転校しよう。……でも、柏木はわざわざ朔の入学する学校を調べてまで入学してきた。そこまでするような奴からそんなことで逃げることが出来るのか…。そして追い打ちをかけるように家の場所もバレている。
ひたすら逃げる方法を考えつつも、どこか諦めに近い感覚も湧いていた。


(なんで……こんな事に…)

朔は絶望感に打ちひしがれた。
朝よりは幾分体調が回復したとはいえ、まだ怠いままの身体をベッドに預けていると何度目かの眠気に襲われる。




「朔!哲史くんお見舞い来てくれたけどあげていい?体調大丈夫?」

朔は寝ていた身体を優しく揺すられ母に声をかけられて、はっと目を覚ます。
朔はまた寝てしまっていた。寝起きの体調は万全とまでは言え無かったが今日一番すぐれていた。


「…あ、ああ。大丈夫…」

「顔色少し良くなったね。じゃあ今下に来てるから呼んでくるわね。あ、お母さんこれからおばあちゃん家行くから。ご飯冷蔵庫入れておくからちゃんと食べなさいよ」

「ん」

朔は母が出ていった後、朔は首元の痣を隠すために慌ててトレーナーを着込んだ。


数分後部屋の扉が開く。

「よ、はじめー!体調大丈夫か?ほら、ポカリ買ってきたぞー」

いつも通り陽気な哲史がコンビニ袋を片手にヘラヘラわらいながら部屋に入ってきた。

「…ありがとう」

そんな呑気でマイペースな哲史に朔はいつもは呆れる事も多々あったが今日は安心感を抱いた。ずっと不安で怖くて心細かった。


「え!?なんかはじめが素直。しおらしい。相当熱ヤバいんじゃないの!?はじめちゃんが何かかわいいー!」

いつも通り憎まれ口のひとつくらい返ってくると思っていた哲史は驚いた様子で朔のベッド横の床に腰をかけ茶化した。

「…その絡み相変わらずウザい」

朔は舌打ちをして吐き捨てた。

「あー、やっぱりいつものはじめちゃんだ。安心!」

哲史は笑いながらポテチの袋を鞄から取り出しそれを食べ始める。

「いや、ここお前の家じゃないからな」

朔が突っ込みを入れると、ベッドの横の床に座っていた哲史はポテチの袋を朔に差し出しながら、朔の顔をじーっと見上げてくる。


「食べていいぞー。……てか、はじめ、その頬どうした?」

そう問われて朔は柏木に打たれて腫れている頬のことを思い出した。

「……別に…」

「誰かにやられた?」

「……」

上手い言い訳が思いつかず朔はつい黙り込んでしまう。哲史とは付き合いが長く、普段陽気で細かいことを気にしないタイプだが、たまにこうやって意外な所に気付かれ指摘されたりすることがあった。


「何かあったなら言えよ!敵討ちしてやる!」

「…お前ケンカ弱いじゃん」

「そうだけど、そういう問題じゃない!気持ちが大事だろ!」

「はいはい、どーも。ちょっと昨日トラブっただけだから気にするな」

そう返すと哲史は先から頻繁に操作しているスマホが気になるようで深追いはしてこなかった。朔は胸を撫で下ろす。


「ならいいけどさー。てかはじめ元気そうで良かった!食欲もあるよな?」

「え……まぁ…」

「良かった!実は今日はサプライズがあって……ちょっと待ってなー」

そう言うと哲史はまたスマホを操作し始めた。

「なんだよサプライズって」

「それ言ったらサプライズにならないだろ!」

哲史はそう返しながらスマホを覗き見て急に立ち上がる。

「ちょっと待っててな!」

そう言い残し部屋を出ていってしまった。

「…おい!」

ドタドタ階段を降りる哲史の足音を聞いて朔はため息を吐く。
哲史とは小学生からの親友ということもあり、近所にあるお互いの家をよく行き来していた。だから哲史にとっても朔にとってもお互いの家は自分の家のように勝手知ったるものとなっていた。


「ここはお前の家じゃないっての…」

朔はため息混じりに呟いて、そのままベッドに横になった。
そこから5分程経ったタイミングでまた部屋の扉がゆっくり開いて、哲史がそこから顔だけを覗かせる。


「はじめー、お待たせー」

「何だよ、キモイな」

「は?ひど!」

不満そうな顔をしつつ哲史はじゃーんと言いながら部屋の扉を全開に開いた。
朔は何事かと思って哲史を眺めると、その手に紙袋が握られていた。


「…何それ?」

「ケーキ!しかもただのケーキじゃないぞ!駅前のあの毎日行列の出来てる有名店のモンブラン様だー!」

その紙袋は確かにそのケーキ屋の紙袋で、朔は不思議そうにそれを見つめた。

「…なんでお前がそんな気の利いた店に行くんだよ。しかもさっきは持ってなかったじゃん。どっから持ってきた……………」

朔は哲史に問いかけていたその瞬間、違和感に気づいた。

扉の前にいる紙袋を持った哲史の、その死角になっていた奥の方にもう1人人影を発見する。


「そして、もう1人スペシャルゲストー!俺らの学校の王子もお見舞い来てくれたぞー!」

その紹介と共に部屋の前に現れたのは、今朔が一番、会いたくない人物…

柏木だった。


「──ッ!!」

朔は驚き過ぎて声が出なかった。


「野坂大丈夫か?2日も休むから心配になって…突然で申し訳ないと思いつつ顔見に来た」

柏木は申し訳なさそうな表情を見せながら哲史の横に立ち朔に視線を向ける。


「柏木めっちゃはじめのこと心配してたんだぞ。顔もイケメンだし性格も優しいとか本当ミスターパーフェクトだよなー」

「…っ」

朔はあまりの恐怖に何も言葉が出なかった。
哲史が部屋に入ってくるのと同じく柏木も一歩朔へと歩み寄る。


「──ッ…来る…なッ!!」

朔は何とか振り絞った声で柏木に向けて叫んだ。

「…はじめどうした?」

哲史が心配そうに歩みを止めて朔を見返す。

「…ごめん。多分俺が急に来たの嫌だったよな…」

柏木は部屋に入るのを躊躇うように歩みを止めた。朔は恐怖に怯えながらも、昨日の柏木と別人のような様子に違和感を感じた。


「はじめ、柏木がこのケーキ並んで買ってきてくれたんだぞ?柏木、お前に嫌われてるんじゃないかって…俺に相談してきたんだ。嫌だったら無理強い出来ないけど、せっかく来てくれたしケーキくらい一緒に食べていってもいいんじゃないか?」

「いや、いいよ東海林。体調悪いのに野坂に気使わせたくないし。俺帰るな。野坂、嫌な思いさせてごめんな…」

そう言うと、柏木は肩を落としながらもあっさり身を引き部屋を後にしてしまった。

朔はその様子に呆気に取られた。
わざわざ家まで来て、哲史の手前とは言いつつもあんなにあっさり帰ってしまうのが、昨日の様子を見ていたからこそ信じられなかった。
一体何をしに来たんだ…。
まさか本当に見舞いのつもりか。
朔の頭の中は疑問符だらけだった。


「…なぁ、はじめ。お前柏木のこと嫌いなの?さすがに今のはちょっと可哀想だったぞ…」

哲史は紙袋を朔の部屋のローテーブルに置くと眉根を寄せて朔に視線を向けた。

「……」

朔は言いたいことはあったが、今の流れで何か言っても自分の首を自分で締めるような気がして何も返せなかった。
本当は、アイツは頭がおかしい。俺はアイツのせいで酷い目にあって体調まで崩した。俺はアイツに殺されかけたんだ!と哲史に訴えたかった。でも今の様子や普段のクラスでの様子を見ていれば、おかしいのは朔の方だと言われかねなかった。


「俺も初めは柏木みたいな奴周りにいないし苦手だったけど、話したら良い奴だよ。まぁ、はじめがいやだっていうのに仲良くしろとは言わないけどさ。ケーキのお礼くらいは学校行った時言えよ」

そう言いながら哲史はそのケーキの箱を開けて中からモンブランを取り出した。


「…ほら、食べ物に罪はない!ありがたく頂こうぜ!」

哲史はそのモンブランを口に運ぶ。

「っっーーーんまーーー!!!!ヤバい!これ絶対食べた方がいい!こんな美味いモンブラン初めて食べた。ヤバイ!2個食べていい?」

哲史は大袈裟な程感動しながらモンブランをぱくぱく口へと運んでいた。朔は柏木に会い一気に食欲が失せた。

「…好きにすれよ」

「あざーっす!いやー、これは並ぶ価値あるわぁー!朔も食べようぜ」

哲史が嬉しそうにモンブランを食べている様子を見ながら朔はぼんやり考えた。


柏木が分からなかった。あんな表情で朔と距離を置いて帰ってしまった柏木が、昨日の厭らしい笑みを浮かべて朔を蹂躙してきた人物とまるで別人のようだった。そして、このままだと柏木にうまく丸め込まれて外堀を埋められるような不安感がよぎり始める。


「俺、いいや。俺の分も食べていいよ」

朔はぼーっと考え事をしながら独り言のように呟いた。しかし、その呟きに哲史からの返答は無かった。何も返さない哲史に対し朔は不思議に思い視線を哲史に向けた。
哲史は、手にモンブランを持ったままテーブルに突っ伏し眠っていた。


「は?おい…哲史。寝てるのか?」

朔が声をかけても何も反応が無く、暫くすると寝息が聞こえてきた。

「…まじかよ。どんだけ自由なんだ。ここはお前ん家じゃねーぞ!」

さすがに朔は哲史の自由奔放さに苦言を漏らしたくなる。肩を揺すってみても哲史は起きる気配が全く無かった。


「おい、起きろ!おーきーろ!」

哲史は「んー」と言い寝返りを打つだけだった。朔はしょうがなく、手に持ったままのモンブランを取り上げて、哲史を床の上に横たえ哲史の身体の上に毛布をかけた。


「何しに来たんだよ。まったく…」

そのまま朔もベッドに横になってスマホを手にした瞬間、閉めた筈の部屋のドアがゆっくり開いた。
母親がもう帰ってきたのか?と思った瞬間、そこに立つ人物と目が合った。


そこには帰ったはずの柏木が立っていた。


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