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親愛なる坂本葵様 (2)

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その日、葵は坂本亜子を自宅に招待した。亜子と忍の両親が亡くなって、忍が士官学校の寮に移動したため、交流が途切れがちになった。以来、亜子を自宅に呼ぶのは初めてだった。
「ああ、懐かしいわ。昔は本当によく遊びに来たわよね。あなたと忍さんと、かくれんぼをしたわ。あなたのおうちもとても広いから」
「そうね、懐かしい」
葵は、亜子を見て微笑んだ。

帰り際、亜子は言った。
「このお部屋、坂本の伯父様のお部屋だったわよね。とても広くて。隣のあなたのお母様のお部屋と繋がっていたから、かくれんぼによく使ったのを覚えてる? 隣のお部屋に隠れていると、忍さんがなかなか探しに来なかった」
亜子はクスクス笑って言う。
「ここ、今は、客間か何かになさっているの?」
「…いいえ、もうずいぶん前から、兄さんが使ってる」
「ああ、そうよね。坂本の当主は今、忍さんですものね…忍さんは、二部屋丸々使えるというわけね」
「…隣は、ミロちゃんが使ってる」
「…え?」
「藤永ミロ。覚えてる? 兄さんが士官学校に通ってるとき、うちで引き取った女の子。あの子は、今は兄さんの部下でKIWAのパイロットになっている」
「…でも、あの子はあの頃8歳とかそんな年齢だったわよね…?」
ということは、今はもう十分に大人といっていい女性に成長しているはずだ。亜子は、激しく混乱した。
「ええ。彼女、何年か前にこの家に帰ってきて、私たちとまた一緒に住んでるの」
「…それで…忍さんの隣の部屋を使ってるの?」
「ええ」
葵は、それ以上何も言わなかったし、亜子もそれ以上質問しなかった。というより、質問することができなかった。葵は、そのまま亜子を送って行った。

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葵が、勤務先の病院から帰宅したのは金曜日の夜だった。瀬川が夕食の支度をして待っているはずで、久々に週末にゆっくり休めることに、葵はほっとしていた。兄はパラオの状況の悪化に伴い、3日前から留守にしている。ミロからは昨日連絡があり、欧州から戻ったばかりだけれど恐らくすぐにパラオ方面にすぐに出発することになると言っていた。松濤へは戻らないと言っていたから、週末は葵一人になる。
郵便受けから手紙を取り出すと、見慣れない白い封筒がすぐに目に留まった。宛名も手書きで葵に宛てられている。今時、こんな古風な手紙を送ってくる者は、ほとんどいない。葵は、差出人は誰なのかと訝った。封筒を裏返しても、差出人の名前が書いていない。疲れていた葵は、手紙をハンドバッグに突っ込んだまま、家に入った。
次に葵が手紙のことを思い出したのは、翌々日の日曜日の夜勤勤務が明けようとしていたときだった。

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親愛なる坂本葵様

葵。私の今の気持ちをお話できるのは、葵しかいないのです。あなたに私の気持ちをこういう形でさらけ出すことを、どうか許してください。
忍さんが、初めて私を抱いたのは、1年ぐらい前、忍さんの誕生日でした。その日、忍さんはシンガポール沖の戦線から戻ったばかりで、疲れ切っていました。今思えば、彼には藤永さんとの約束があったのだと思います。どういう理由かわからないけれど、藤永さんは忍さんとの約束を反故にした。その穴埋めが私だったのだな、と今となってはわかります。明け方、忍さんが誰かと電話で話をしていたのを覚えています。私はようやく忍さんと一つになれた喜びに満たされて、うとうとしていましたから、忍さんの電話の相手が誰なのか気にすることさえしませんでした。忍さんは、軍関係の人物だと言い訳しました。けれど、あの電話の相手はきっと、いえ、間違いなく藤永さんだったのだと思います。確かに「軍関係の人物」には違いありませんね。最近まで知らなかったのですが、忍さんと藤永さんは、お誕生日が同じなのですね。あの日も、一緒に誕生日を過ごす予定だったのでしょう。
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