上 下
30 / 64
後編

レドリシアとファイの過去

しおりを挟む
「え・・・ファイ様、フラれたのですか?」

私が驚いて聞くと、バーニスお義姉様ねえさまはハッとなって口に手をえる。

そしてうつむきながらゆっくり手を下ろすと、

「そう。ちょうど風の国ウィンディ国の皇太子がこの国に留学しててさ、彼を誘惑して一緒に出て行っちゃった。ファイはひどく落ち込んだの。」

なんて人!
そんなことをして、昨日はあんな笑顔でファイ様や私に挨拶してたんだ!

いえ、その前から皇太子の宮に出入りしてたと言ってた。

どれほど、つらかわが厚い人なんだろう。
ファイ様、そんな人と付き合ってたのね。
彼の黒歴史を知ってしまったわ。

「ファイは落ち込んでいたけど、またあなたとの婚約の話が復活して回復していったの。この氷の宮をてて明るくなったのよ。」

バーニスお義姉様ねえさまが、部屋の中を見回しながら話してくれた。

この氷の宮は王宮の敷地の中でも、一番涼しいところに造られている。

調度品も、ブリザードゥ国から取り寄せたものが置いてあって、私が寂しくないようにちゃんと考えられていた。

「これから、あの子をお願いね。
本当に心からアイスローズちゃんのこと、大好きなのよ。
そして神獣の瞳を持つ者にしか、わからない孤独をわかってあげて。」

バーニスお義姉様ねえさまは、そう言ってにっこり笑った。

神獣の瞳を持つ者・・・か。
私も確かにフローズリーによって封印されたものが解けてからは、魔力が強くなったのはわかる。

それに、魔力をいつも以上に高めようとすると、ある一点でものすごく怖くなるの。

この先に突き抜けると、自分はきちんと力を制御できるのかと不安になる。

でも、それだけ。
他には何も変わってない。

周りから見たら、万能に見えてるらしいから、変に期待される息苦しさはなんとなくわかる。

私はバーニスお義姉様ねえさまに頭を下げると、

「わかりました。
私もファイが大好きです。
彼とはずっと、隣で手をつなぐと約束してるんです。」

と言うと、お義姉様ねえさまは目をパチリと見開いた。

「え、アイスローズちゃん、呼び捨てなんだ?」

「あ・・・その、これは、彼がそうして・・・と。
すみません、お義姉様ねえさまと話す時は『様』をつけないと、非礼ですね。」

「ううん、驚いてるだけ。
あの子は、今までの恋人たちにも絶対に呼び捨てさせなかったから。
ふふ、やっぱり本命は特別ね。」

バーニスお義姉様ねえさまにからかうように言われて、顔が真っ赤になる。

私は慌ててもう一度お辞儀をすると、彼女の侍女と一緒に外に出た。

宮の外の兵士は、私たちにあまり注意を払わず、通してくれたの。

皇太子の宮の前を抜けて、バーニスお義姉様ねえさまの侍女と別れると、王太后様の宮に足を踏み入れる。

ここは初めて来た。とても豪華な建物だわ。
ファイ様が、事前に私が通ることを衛兵に伝えていたらしく、すんなりと通された。

感心していると、中庭を挟んだ廊下の向かい側に私を待つファイ様と、ちょうど彼と鉢合わせたレドリシアが見えた。

なぜここに?
私はダイヤモンドダストを入れたかごを抱えて、急いで中庭に出る階段を降りると、こっそり二人の近くに隠れる。

レドリシアはファイ様に挨拶をして、

「ファイバーン皇太子殿下も、王太后おうたいごう様にご挨拶を?」

甘ったるい猫撫で声で話す。
スノウティといい、この人といい、なぜそんな声なの・・・。

「そうだ。
それにアイスリーの火の試練のことで、きっぱり抗議したい。
そっちこそ、ここに何の用だ?」

「私はヴィノガン様との、打ち合わせがありましたの。
それで、殿下?アイスリー様は火の試練はお受けにならないの?」

「アイスローズ皇太子妃殿下と呼べ。
彼女に火の試練の必要はない。
大体、お前こそ父上を飛び越えて、ヴィノガン様と何を打ち合わせた?」

「それは、ヴィノガン様に直接お尋ねください。
それより、殿下は私が恋しくなったりしませんの?」

胸の大きく開いたドレスを着ているから、昨日よりも露骨に誘っている。

「べつに恋しくない。
アイスリーがいるから。」

「あら・・・そんなに違うのかしら。」

意味深に胸の辺りに手をやって、上目うわめづかいしてる。
何よ、頭にくる!!
あーもう、魔法で凍らせてやろうかしら!

「アイスリーの方がいい。
お前とはもう、終わっている。
いや、終わらせたのはそっちだったか。」

ファイ様は、視線をすぐにはずして、そっぽを向く。
レドリシアは、一瞬言葉に詰まってため息をついた。

「は!まだあの時のことを恨んでますの?
でも、私はこうして戻ってきたのです。
それは殿下を愛してるからですわ。
お人柄もその美しい神獣の瞳も・・・。」

「時間が惜しい。
失礼する。」

ファイ様が彼女に背を向けたので、レドリシアは頬をふくらませて、その背中に叫ぶ。

「昔、私を『アイスリー様の代わり』として、扱ったのはあなたですわ!
どれほど悔しかったか・・・!」

代わり・・・。
ファイ様、昨夜言ってた。
彼女は私と似た髪の色、同じ香水でそれだけだった、と。

言われたファイ様は、チラリとレドリシアを冷たい目で見た。
彼のこんな怖い顔、初めて見る。

「私の好意をいいことに、私腹をやして好き勝手にふるまったのは誰だった?」

彼に言われたレドリシアは、長い髪を片手ですいっと後ろに撫でると、

「本物の愛をくださらないんですもの。
心の痛みを、沢山のお金でいやすしかなくて。
殿下も私を彼女の代わりとして扱う罪悪感から、黙認していただけでしょ?」

と、言い放った。
この二人・・・て、本当にこんなドロドロした関係だった・・・の?

レドリシアは、ファイ様の背中に駆け寄ると、ピタッとくっついた。

「私をまた愛してくだされば、全て丸く収まりますわ。アイスリー様も悪いようにはしませんから。」

こ、こ、こいつ、もう、許さない!
本当に凍らせてやるんだから!
カッとなった私は、彼女を凍らせようと魔力を籠める。

その時、ファイ様の静かな声がした。

「風の国の皇太子はどうしたんだ?
彼は私ほど気前がよくなかったんだろ?」

レドリシアの動きがピタリ止まり、体をゆっくり離すと目を細めて彼を見る。

「確かに大したお金にはなりませんでしたわ。
人間、愛情より罪悪感から手放すお金の方が、巨額で後腐あとくされがないと知りましたの。」

突然めたような声色に変わって、彼女のその豹変ひょうへんぶりに驚く。
ほとんど詐欺師なんじゃない?この人・・・。

ファイ様、彼女のために相当いろんなこと揉み消してたんじゃないのかしら。

彼は、冷たい瞳からいつもの温かみのある瞳に戻ると、

「私も、高すぎる授業料で女性の怖い一面を知ったよ。もうお前に未練はない。さよなら、レドリシア。」

と、言って肩をすくめる。
レドリシアは、肩透かしされたような顔で彼を見上げた。

「・・・変わりましたね、殿下。
私が知っているあなたと少し違う。
芯がぶれなくなったというか、迷いを見せなくなりましたね。」

「・・・。」

ファイ様は無言で応えようとしない。
私の知らない過去の彼。
レドリシアしか知らないと思うと、とても寂しくなってくる。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

読んでくださってありがとうございました。
お気に召したら、お気に入り登録してくださるとうれしいです♫ とても励みになります。


※この物語はフィクションです。表現や人物、団体、学説などは作者の創作によるものです。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

処理中です...