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御者の裏切り

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ミユキは私の着替えを手伝いながら、言葉を続ける。

「アイスリー様。言葉は『言霊ことだま』と、言われるくらい強力な暗示なのですよ。こういう時は、いい言葉、元気な言葉で、悪い予感を打ち消すんです」

・・・本当に?
私はコルセットを絞めた上から、ドレスを羽織る。その瞬間、チクッと肩に痛みを感じた。あわててドレスを持ち上げると、小さな針が刺さっていた。

「ミユキ・・・!針が!!」

私の声にミユキもさっと確認する。

「あ!本当ですね。
新調したばかりのドレスなのに、これは抗議しないと!」

ミユキは、私が脱いだドレスを持って廊下に出ると、人を呼んでドレスの針のことを抗議するよう伝えている。

私はますます不安になってきた。
これは・・・やっぱり今日は悪いことが起こるんだわ。

ミユキは、部屋に戻ってくるとドレスを新しく出してきて、他に針ががないか点検している。

「私の確認不足です。申し訳ありません」

と言って、ミユキは頭を下げる。
そんなことない。ミユキはいつもちゃんとしてくれるもの。これはきっと・・・。

「ミユキ・・・。ねぇ、やっぱりおかしいわ。
今日はもうやめましょう」

けれど、ミユキは首を横に振った。

「もう、何をおっしゃいます!
今日は婚約者のファイ様と初めてのお出かけですのよ?火の国、ファイアストム国との和解の第一歩です。しっかりお務めくださいませ」

ミユキは、有無うむを言わせずに別のドレスを着せてくる。

ファイ様・・・。
私の氷の国と、ずっと不仲だった火の国の皇太子。とても気さくで優しくて、国の和解のための婚約とはいえ、少しも気負ったところのない方とか。
真っ直ぐで、何事にも前向きな性格。
とても熱い心の持ち主という噂。

「聞いているだけで、私には熱すぎる方だわ。何事も前向きだなんて」

と、私が言うとミユキはクスッと笑った。

「実際お会いすると、目に見えて熱いということはないそうですよ。
それに、前向きなファイ様と、後ろ向きのアイスリー様。ちょうどいいじゃないですか」

ミユキは、ドレスを着せ終えると化粧を施し、髪を整えてくれる。

「共通点がないのよ?
何をお話ししたらいいの?」

私はそれも不安だった。
初めて会う殿方と、ただでさえ緊張するのに、共通の話題がないなんて。

「共通点でしたら、ありますよ」

ミユキは、なんてことないように言う。

「本当?」

「はい。アイスリー様は、オレンジの香りがお好きでしょう?ファイ様もお好きだそうで、香水も『ウォレンジレ』を愛用されてるとか。」

『ウォレンジレ』・・・。
あのさわやかでシャープなオレンジの香りの。
嫌味のないいい香りよね。
パルファムなのに、キツくないのが不思議。

「私は『日向ひなたのスウィートオレンジ』。
この、ほのぼのした香りが好きよ」

そう言って私は、お気に入りの香水の瓶を手に取る。

薔薇ばらの香りを身につけることが多い城の中では浮くのだけど。
シュッとふって、机に戻した瞬間、蓋がとれて倒してしまい、ドレスに溢れてしまった。

「あぁ・・・!」

「あぁー・・・まぁ、透明だしシミにはなりません。いい香り。
私もこの香り好きですよ。
ファイ様も、きっと気に入ってくださいます」

と、言ってミユキは、私の頭にティアラを乗せて、角度を確認している。

いつも素敵に仕上げてくれるミユキ。
本当にありがたいわ。
私のくすんだ色の瞳も、お化粧のおかげで気にならなくなる。

「ミユキ、ありがとう。
いつも私の慰め役で疲れるわね」

「私はプロですよ?プロは相手がどうだろうと、対応できるものですわ」

「・・・つまり、私の相手は疲れるわけね」

「・・・」

「正直に言って、ミユキ。命令よ」

「・・・それは、まあ、何を言っても後ろ向きにしかとらえないあなたの相手は、疲れますね。
でも、あなたがそうなるのもわかります」

「ミユキ?」

私が振り向くと、ミユキは複雑な表情で笑っている。

「さぁ、参りましょう。
今日も私がお供いたします。
上手くいけば、あなたが変わるいいきっかけになるはずですよ」

私はミユキと一緒に王宮を出ると、王宮の下で待たせていた馬車に乗り込んだ。

ファイ様とは、互いの国の領土の中間にある迎賓館げいひんかんで、お供一名だけ伴って会うことになっている。

私の人柄ひとがらを見たいからだって。変わった方。

どれくらい馬車を走らせたかしら。
待ち合わせ場所へ向かう道を逸れて、馬車が森の中に入っていく。

ミユキが気づいて、慌てて御者ぎょしゃのバックリーを大声で呼んだ。

「バックリー?どうしてこの道なの!?」

ミユキの声にバックリーが、

「じ、時間がないので近道しようと思いまして」

と、声を震わせながら馬車を走らせる。
ミユキはハッとしたように、馬車の天井を叩きながら叫んだ。

「止めなさい!誰に命令されたの!?」

バックリーは無言。
私は揺れる馬車にしがみついて、体をぶつけないように必死だった。
怖い・・・怖い!!

馬車はそのまま加速して走り続け、やがて止まった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

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※この物語はフィクションです。表現や人物、団体、学説などは作者の創作によるものです。
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