上 下
2 / 64

氷の国の姫のお目覚め

しおりを挟む
昔の夢を見た。

赤い髪の小さな男の子が、生垣いけがきの後ろに隠れている。体の大きな男の子たちにいじめられたみたい。

小さい子をいじめるなんてゆるせない!
私は木の棒を振り回して、大きな子たちを追い払うと、赤い髪の男の子のそばに寄った。

「ここから出たら、こわい目にうもん。
出たくないよ」

その子は涙目で怯えていて。

だから私は、キャンディを握らせてこう言った。
「大丈夫よ。これをあげる!
元気が出てくる、お月様色の不思議なキャンディよ!これを食べるといいことがたくさん起きるんだよ!!」

・・・なつかしい夢。
私がまだ、怖いものなんて知らなかった頃の夢。

あのまま大きくなれていたら、きっとこんなふうにはならなかった。

「姫様。アイスリー姫様、もうすぐ出発のお時間です」

寝室の部屋の外から侍女、ミユキの声がする。
私は氷の国ブリザードゥ国の姫、アイスローズ。みんなアイスリー、て呼ぶ。
実は私、極度の心配症。

いつからか、こんなになったの・・・。
弟がいるんだけど、あの子は明るい。
でも、私はダメ。

「い、行けない。今日の外出はやめにするわ」

と、私が蚊の鳴くような声で応えると、ミユキはため息をついて部屋の扉をガチャリと開けた。

「もう、何度目ですか?
また、いつもの思い込みでしょ?」

ミユキは呆れたように、私の前に歩いてくる。

「違うわ!
その・・・今朝は嫌なことがあったの」

私はミユキを見つめて、必死に言う。
ミユキは、片眉をつんとあげる。

「何があったんですか?私は今日は遅番なので、午前中のことは存じません。教えてください」

「朝、ベットから落ちたの」

ミユキは、困ったような顔をした。

「・・・は?
そのくらいは誰にでもあることでしょう」

それはそうでしょうけど、でも!!

「おかしいと思わない?
私はベッドの真ん中で眠るのよ?」

「それは、寝返りをうってる間に端に行ってただけですよ」

「あなたも知ってるでしょ?私のベッドは、部屋の端から端まで届きそうなほど広いのよ?」

「まぁ、確かに。姫様が落ちた落ちたと騒ぐたび、広くして行ったんですもんね。おかげで壁とベッドの隙間すきまは、人一人がやっと通れるくらいの狭さです」

ミユキはそう言って、ベッドと壁の隙間を歩く。

「こんな狭い隙間すきまに落ちるのよ?
今日はよくないことが起きるに決まってるわ!」

「アイスリー様、相当寝相ねぞうが悪いということですね。はい、大丈夫です。さ、行きましょう」

そう言うと、ミユキは私の手を引いてベットから立たせた。

「ミユキ!」

私はもう片方の手を、彼女の手に重ねて指先で軽く叩いた。

今のは、言うことを聞いてくれない?の意味。
私とミユキだけの合図。

彼女はにっこり笑うと、私の手に自分ももう片方の手を重ねて、指先でトントンと二回叩く。

意味はもちろんダメです、てこと。
承諾しょうだくの時は一回叩いてくるの。

そのまま私は、寝室から連れ出されてしまった。

廊下の窓から入ってくるそよ風にあたりながら、ミユキに手を引かれる。

「あぁ、今日は風が気持ちいいですね。ほら、お庭の花も揺れていますよ」

ミユキが言うので、窓に近づいた途端、突風が吹いて顔をカーテンに襲われてしまった。

「やだっ、なんで私だけ・・・!」

ああ、やっぱり今日は、悪いことが起きる日なんだわ。

「ねえ、ミユキ!やっぱり今日は外に出ちゃいけないのよ!戻りましょう!」

「カーテンくらいで何言ってるんですか。雨に吹き込まれてずぶ濡れになったわけでもないのに。さ、行きますよ」

ミユキは相手にしてくれず、私の背中を押して衣装部屋に入れようとする。

「ちょっと・・・ミユキ!」

衣装部屋の扉の前に来た途端、強い風が吹いて目の前の扉がバーン!と閉まった。

な、2回も続けて風に襲われるなんて!

「やっぱり怖いわ、ミユキ!
悪いことが起こるのよ、間違いないわ!風が警告してるのよ」

私の必死の訴えにも、ミユキはなだめるような声で、

「気のせいです!こんなよくある偶然が、悪いことの前兆なわけないでしょう」

と、言って、私を衣装部屋に押し込んだ。そして手早く、今日のために新調したドレスを合わせる。

「偶然なんかじゃないわ!こういうことがあると、必ず良くないことが起きるんだから。今までだって・・・」

私の心に、恐ろしく厳しいある女性の影が浮かび上がる。
その人の名前は『ベロジュ・アイスハルト』
名前を思い出すだけで、不安で胸が苦しくなった。

幼い頃、私の教育係だったベロジュは、毎日のように繰り返したものだ。

『悪いことの前兆があった日は、外に出てはいけない。外に出れば雪崩なだれのごとく悪いことが起きて、周りにまで不幸をもたらすのだから』と。

ベロジュの言いつけを破って外に出ると、必ず何かが起きた。転んだりぶつかったり、迷子になったり。そしてそのたびに、侍女や門番が罰を受ける。

ベロジュはそれを見て、必ず言った。
『ほら、あなたが私の言うことを聞かないから、周りの者が不幸になったでしょう?』と。

私の不安を察したのか、ミユキがため息をつきながら私を見る。

「大丈夫ですよ。私がついています」


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

読んでくださってありがとうございました。
お気に召したら、お気に入り登録してくださるとうれしいです♫ とても励みになります。


※この物語はフィクションです。表現や人物、団体、学説などは作者の創作によるものです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

処理中です...