上 下
93 / 96
ネプォン編

こんな結末望んでねーよ!

しおりを挟む
俺は封印の鏡の中に潜むと、その時を待った。このタインシュタ・フランが、馬鹿弓使いたちの仲間というわけではないことが、幸運だった。

奴はただ、面白いものを見たいだけ。

だから、俺の存在を馬鹿弓使いたちにばらさないのだ。

目の前で繰り広げられている、魔王と馬鹿弓使いの戦いも、佳境に入る。

馬鹿弓使いは、スキル武装した魔王に、素手で殴りかかり始めた。

これを、初めて見た時には驚いた。
なんて、無駄なことを。こいつは、正真正銘の大馬鹿野郎だと。

だが、魔王は結果的に魔力をすり減らして、無力化されていく。

その間、俺は馬鹿弓使いが背中に装備したままの神弓を見つめていた。

あれを、いただけばいい。

ただし。

奴の足元でシールドを張る、あの白狐、すなわちフィオが邪魔だ。

彼女の鉄壁のシールドは、後ろからの攻撃さえ阻んでしまう。

それならば……。

俺はゆっくり封印の鏡の中から這い出ると、機会を伺った。

「ほう……今から仕留める気か」

タインシュタ・フランが、目を細めて俺の動向を見守る。

まあ、みてろ、て。

馬鹿弓使いも、フィオも、魔王に気持ちが集中しているから、背後に迫る危機に気付かない。

もうすぐ、その時が来る。

魔王は、魔力の根源を失い、中から何か灰のようなものを吐き出し始めた。

異空間のようだった部屋も、元に戻る。

前の時間では、ここから馬鹿弓使いが矢を魔王に射ていくんだよな。

その時、シールドが弱まるのが見えた。

フィオのシールドも、一度の詠唱では、張れる時間が決まっている。

張り直しをするまでの間が、チャンスだ! 俺はこっそり近づき、馬鹿弓使いの背後から神弓を奪い取った。

「……あ!」

振り向いたフィオの、驚いた顔。

傑作だぜ。ザマァ見ろ!!

ついでにお前も、連れ去ってやらあ!!

狐の姿のフィオを抱き上げようとした時、俺は後ろに吹き飛んだ。

「ぐぇ!」

「……触るな!」

馬鹿弓使いが、振り返ることなく俺を後ろに蹴り飛ばしたのだ。

け、蹴りだと? この野郎!!

この真の英雄を、足蹴にするなんて正気か?

俺は神弓を抱えて、起き上がる。
ちくしょう! ま、まあ、でも獲物は手にできた。

これで奴は、魔王にトドメを刺せない。
今度はこっちが蹴り落としてやる! 英雄の座から!!

「はは! 馬鹿弓使い、これでお前は何もできねーだろ?」

高らかに笑って、神弓を馬鹿弓使いに向かって構えた。

自分の神器で殺られる間抜けな英雄。

いや、英雄ですらない偽物が!!

「あんた、それが欲しいのか」

不意に、馬鹿弓使いは魔王の方を向いたまま、話しかけてきた。

……ん? なんだ?
なんで、こいつ、こんなに冷静なんだ?

唯一の武器を、魔王にトドメを刺す武器を奪われたのに。

あ、あれか。もうヤケになってんだな。
なら、遠慮はいらねーな!!

「死ね! 馬鹿弓使い!!」

俺が弓を引いて、矢を射ろうとした瞬間、ボロッと弓が壊れた。

何!?

馬鹿な、これは神弓だろ!?

まさか、持ち主以外が引けば壊れる仕組みか!?

驚く俺の前で、馬鹿弓使いは俺を完全無視したまま、魔王に矢を射ている。

矢は、次から次に魔王の急所に刺さっていった。

は? ……は? は?
どゆこと?

瞬きしながら、戸惑う俺は状況が飲み込めない。

奴の手には、しっかり神弓が握られていたのだ。

じゃ、ここにある弓は偽物?
くっそ! なんだよ、それ!!

そこへ、バーンと音を立てて部屋の扉が開き、魔道士ティトと、聖騎士ギルバートが入ってくる。

「アーチロビン! ……て、あれ? ネプォン王?」

「おや、なぜここにいるんじゃい」

二人とも、驚愕の眼差しで俺を見る。

……ち!
俺は壊れた弓を床に投げ捨てた。

「グァァァァー!!」

突如、魔王の断末魔が響いて、その体が崩れ去るのが見える。

馬鹿弓使いめ。自分で、トドメを刺しちまったのか。

くそ! これじゃ前と結果は同じじゃねーか!!

馬鹿弓使いは、俺の方に向かって歩いてくる。

「タインシュタ・フランが俺たちに協力すると申し出た時から、怪しいと思ってたんだ」

奴は開口一番にそう言った。
げ、バレてたのか。

もっとうまくやれよ! おっさん!!

「それに、知らないはずの城の中をスタスタ歩く姿も違和感があった。罠にかかっても、致命傷にもならない。魔王にも怯えない。つまり、先がわかっているからだと、確信した」

馬鹿弓使いは、タインシュタ・フランを睨む。

当のタインシュタ・フランは、涼しそうな顔で、話を聞いていた。

「神弓の偽物を用意するなんて、セコい真似をしたな、アーチロビン」

「……ニャルパンのおかげさ、タインシュタ・フラン。神弓の偽物を作れるのは、この世で彼ただ一人だから」

馬鹿弓使いは、本物の神弓を装備し直す。
くっそ……!!

ズズン! その時、魔王の城が崩壊する音が響いてきた。

「城が……!」

「魔王が死んで魔物どもが、逃げ出し始めたか……!!」

おおっと、やべぇ。
逃げないと。

パリン!

その時、馬鹿弓使いが持っていた封印の鏡がわれて、イルハートが出てきた。

は? なんでここで、お前が出てくる?

「あー! 窮屈だったわ。さあ、逃げましょお」

みんな、タインシュタ・フランの元に集まった。
そ、そうだ。とにかく逃げねーと。

「定員オーバーだ。こいつが増えたせいで、一度に運べない」

タインシュタ・フランが、イルハートを指差した。

はあああ!?

俺はあんぐりと口を開けて、イルハートを見る。

「二人、外れてもらう」

タインシュタ・フランの宣言に、俺はイルハートにしがみついた。

冗談じゃねぇ!!
お、俺は転送されたほうがいい!!

「いや! アーチロビン!!」

人の姿に戻ったフィオが、馬鹿弓使いに抱きついて残ろうとしている。

おお、ちょうどいい。
こいつら二人が外れて、俺は助かる。

と、思ったのに……馬鹿弓使いが急に余計なことを言い出した。

「フィオは戻ってくれ。俺とネプォンが残る」

「ぬわんだと!? お前!!」

「イルハートの監視には、フィオも必要だ。じっちゃんを頼む。俺も後から行く」

「後からだ!? お前、この男女平等の時代に、女の命を優先するなんておかしいだろ!?」

「逃げ惑う魔族に、もみくちゃにされるんだ。頑丈な人間が残るのは、合理的判断だ」

「頑丈というなら、そこの聖騎士の方が……!!」

「彼には、ケルヴィン殿下護衛の責任がある。魔道士ティトにもだ。元々そういう役目で、集まっているのだから。そして……フィオ」

馬鹿弓使いが、優しく彼女にキスをしている。こんのぉぉ!

それは俺がやるっつーの!!

「俺が命懸けで戻る、理由になってくれ」

「アーチロビン……」

「待っていてくれると思ったら、頑張れるから」

そんな会話を聞いて、ムズムズしてくる。
ふざけんな! 格好つけ野郎が!!

助かりたい時には、他人を蹴落として助かる! これが普通だし、もちろん俺は蹴落とす側だ。

「おい、イルハート! こいつらを魔法で……」

『蹴散らせ』と言おうとして彼女を見ると、そこにいない。既に彼女は、タインシュタ・フランの腕にしなだれかかっている。

こいつ……!!

「ネプォン、自分の身は自分で守るものだわぁ」

睨みつける俺に、彼女はそう言い放つ。

「俺の恋人のくせに、お前はぁ!!」

「人は変わるのよ、ネプォン。うふふ、頑張ってねぇ、あ・な・た」

変わる? お前は変わり身が早いだけだ。

生きて戻ったら、死ぬほどお仕置きをしてやる!!

「もう、行くぞ」

タインシュタ・フランは無情にも俺と馬鹿弓使いを残して消えていった。

ちくしょお!!
これじゃ、元のままがマシだ!!

「全部元に戻せ! クソが!!」

しおりを挟む

処理中です...