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九章

魔王ダーデュラ

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魔王ダーデュラは、俺たちに向かって指を一本たてた。

俺は、その意味が直感的にわかる。

時間停止!!

「フィオ! 獣形になれ!! タインシュタ・フラン! 対策を!」

フィオは、慌てて白狐の姿に変わる。

白狐は、魂が精霊に近い存在だと、テレクサンドラは言っていた。
真の姿である獣形の方が、影響を受けにくい。

ピン!!

弦を弾いたような音がして、時間が止まった。
俺の懐に逃げ込んでいた、オウムのフェイルノが、ピクリとも動かない。

タインシュタ・フランも動きを止めて、下に沈みかけたけれど、胸元がサッと光って再び動き始める。

「ふぅ、前もって、身代わりの術をしておいてよかった」

彼は安堵のため息をついたあと、ノートに書き込んでいた。どこまでも呑気だよな。

さらに魔王は俺たちに、体力減少や、状態異常誘発、死の呪いまでかけてくる。

行動が早い。
スピードアップのスキルが、既に発動しているな。

それから、魔王自身には、『絶対魔法防御』、『絶対武器防御』など、これでもかと言いたくなるほど、恩恵の多いスキルを発動しまくっていた。

蓄えたスキルを、見せつける気だ。
だけど、俺たちも負けていられない。

フィオは、必死で回復の呪文を詠唱している。

「フィオ、時の停止の影響を受けなくて良かった」

「あなたのおかげ。この姿は時の影響を受けないから」

「フィオ、今は体力回復に集中だ。死の呪いも、浄化を頼む。俺たちを助けてくれ」

「任せて。大丈夫よ」

俺たちは、小声で会話を交わすと、魔王ダーデュラに向かい合った。

魔王の行動スピードが速い以上、フィオは回復と防御に集中してもらわないと。

回復役にフィオがいる限り、俺は戦える。

さあ、こっちの番だ。

俺が構えた神弓は、光をまとって輝き始めた。

魔王ダーデュラは、嘲笑するように体を震わせる。

“やれるものなら、やってみろ”、て、感じだな。

俺は、引いた弓の弦を離す。

ヒュン!

俺が放った矢は、魔王ダーデュラの横を通って亜空間の中に消えていく。

『絶対武器防御』の効果か。
矢の攻撃も避ける仕組みだな。

ヒュン! ヒュン! ヒュン!

続けて放つ。全て亜空間の中に吸い込まれ、どこにも見えなくなった。

ふと、タインシュタ・フランが横から話しかけてくる。

「アーチロビン、力場を作れない場所では、お前の力は不発だ。他の力で戦うのか?」

「他の力はおそらく、全て無効にされる。蒼炎すら、気休め程度にしか効かないだろう」

「なら、どうする気だ。負け戦なんて、記録したくないぞ」

その時だ。

ガ……ガ……ガ。

魔王ダーデュラの首が、横に倒れる。まるで首を傾げているように。

ゆっくりとその顔が俺を見て、タインシュタ・フランの方を見る。

この雰囲気、彼を狙ってる!?

「タインシュタ・フラン!! シールドを張れ!」

俺が叫ぶのと同時に、彼の足元から火が噴き出した。

「むう!?」

タインシュタ・フランは、魔法でシールドを張って耐える。

パキッ、ピシッ!

シールドに、ヒビが入った。
それだけ、大きな火の魔法。

タインシュタ・フランは、焦ったように魔王を見る。

「何をする!! 英雄はあっちだ! 私を巻き込むな!!」

……やれやれ。
この場に来て、傍観者になんてなれるはずがないのに。

魔王ダーデュラは、俺の方に視線を向けると、指先を向けてくる。

シュー……。奴の指先からは、煙があがるばかり。

一回目。
無意識にカウントする。

魔王ダーデュラは、空中から剣を取り出し、振りかぶってきた。

その腕が途中で止まる。

二回目。
効いてる……効いてる!

三回目の攻撃は、召喚魔法だった。
地獄より召喚された怪物が現れたけれど、そいつの攻撃のダメージは、魔王に跳ね返る。

魔王は、自分の召喚魔法のダメージを受けて、驚いていたようだった。

すぐに回復魔法で、体力を全回復している。
回復魔法は『絶対魔法防御』の影響を受けないのだな。

「攻撃抑止と絶対反転が機能しているだと? 床もなく、天井もない。力場を発生させる場所がないのに、どうして……神弓だからか? いや、違うな」

タインシュタ・フランも、驚愕の表情で俺を見る。

「多分、誤解してるんだ、タインシュタ・フラン。そして、魔王も」

俺も横目で彼を見て、静かに言った。

「わからん! アーチロビン、教えろ! なせだ?なぜだ、なぜ? こんな場所でなぜ!? いつもどこかに矢を刺すことで、発動してたろ!?」

「タインシュタ・フラン。別にいいじゃないか。目的は魔王ダーデュラを倒すこと。仕組みの解明なんて、後でいい」

「教えろ! 今度こそ!!」

「今度こそ?」

「い、いや、なんでもない。解明されないと、イライラするからな」

「こっちは、それどころじゃない」

俺は魔王ダーデュラを睨んだ。
もっと体力を削るかと思ったのに、耐え切ったところは流石だな。

ゴォォォ!!

魔王の後ろから強い風が吹いてきて、闇の中のような亜空間から、雲の上の世界に出たような光景に切り替わる。

空間を変えやがったか。

俺は再び矢を連射した。

矢は一発も魔王ダーデュラに当たらず、横をすり抜けて見えなくなる。

それでも。

俺に攻撃を当てようとする魔王ダーデュラは、再び力場に捕まり、何もできずにいた。

魔王ダーデュラの、怒気のような感情が空間内に溢れる。

“何をした……!?”
そう言われてるようだ。
すぐに倒せると、踏んでいたんだろう。

力場の発動を抑えれば、瞬殺して終わりだと。

だが……。

「ダーデュラ。お前の攻撃力の高さこそ、お前の素早さこそ、お前のスキル全てこそ仇になる。お前の力が、己を滅ぼす最大の敵なのだから!」

俺が言うと、魔王ダーデュラは、空気を振動させて叫ぶ。

「ガァァァァァァァ!!」

せつな、魔王の後ろから、使い魔のような二体の魔物が飛び出して来た。

素早く動いて、俺のそばにいるフィオを狙っている。

「フィオ、シールドを!!」

俺が言うと、フィオはすぐに詠唱した。

「慈悲深き我らが神よ、聖霊を遣わし、我らの盾となる力を貸し給え、セイントシールド!!」

俺たちを、鉄壁のシールドが包む。使い魔たちは弾き返されて、フィオを捕えることができない。

俺は素早く矢を連射して、二体の使い魔を俺の力場に捉える。

あとはコカトリスを倒した時の技、『光弾』を放って俺に敵意を向けさせた。

あとはいつも通り、自滅していく様を見送る。

「む!?」

流石に、タインシュタ・フランが気づいたようだ。

顎を撫でて、満足そうに頷く。

「そういうことか……! やっとわかったぞ。早速記録せねば!」

「後にしろ!」

直後、魔王ダーデュラが即死級の大魔法を放った。

来たな!
全体技だ!!

攻撃対象に俺が含まれれば、他者を巻き込む攻撃でも、俺の力は有効だ。

再び三回目の攻撃が跳ね返った魔王は、苦悶の声をあげている。自分の攻撃を、自分が味わうのだからな。

瀕死になるほどの体力を、自分で削ったわけだ。

あと一撃入れれば、倒せる。

けれど、ここで直接手を出せば危ない。
俺の直感はそう告げている。

なぜなら、奴は魔王だから。
勝利は確実だと思った時に、隙ができる。
そこを狙われる気がしてならない。

「チャンスだ……!」

!?
誰の声だ?

ここにいはいないはずの、あいつの声。

「ネプォン?」

思わず俺が言うと、タインシュタ・フランは慌てたように俺を見た。

「違う、違う。今のは私だ。魔王は瀕死だから、チャンスじゃないかと思ったのだ」

「今の声は、確かに……」

「アーチロビン、今は考えるな! モタモタしてたら、魔王が回復してしまうぞ!」

そう話す俺たちの前で、魔王ダーデュラは、体力回復の魔法を発動する。

これでは、事態は膠着したままだ。

「アーチロビン! ほら、みろ!! せっかくのチャンスを逃して、奴はまた回復したじゃないか」

「落ち着いてくれ、タインシュタ・フラン。俺に考えがある」

俺はタインシュタ・フランにそう言うと、弓を構えて、魔王ダーデュラを狙った。
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