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九章

最深部へ

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俺たちは聖騎士ギルバートを残して、奥へと踏み込む。

大丈夫……ギルバートなら、絶対大丈夫。俺は自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返した。

途中、魔族の襲撃があったけど、絶対反転で自滅させながら先を急ぐ。

どれくらい進んだだろうか。

「もうすぐ、最深部じゃな」

魔導士ティトが、少し息をあげて話しかけてくる。

疲れてるな。

「ティト、回復薬を飲もう。」

「すまんのう」

俺たちは一度立ち止まって、回復薬を飲む。

「素晴らしい城だな。何度見ても」

一人元気なのは、タインシュタ・フランだ。

本当にこの人は、研究にしか目がいかないんだな。

勝手に進んで、罠も意に介さない。
ハラハラさせられて、心臓に悪い。

彼が俺たちを待たずに、さらに奥へと続く扉を開けようとした。

「待ってくれ。罠がないか確認する」

と、俺が言うと、彼はうるさそうに片手を振った。

「大丈夫」

「おい、待て……!」

ガチャ!
ノブを回した、その時だ。

「無粋な侵入者どもじゃなぁ」

地の底から沸くような恫喝が、辺りに響いた。
タインシュタ・フランも、驚いて見回している。

「誰だ!?」

ビリビリビリ!!

凄まじい雷撃が、扉を開けようとしたタインシュタ・フランを襲う。

「ぐわぁぁぁ!!」

タインシュタ・フランが、扉から弾き飛ばされて俺たちの足元に叩きつけられた。

「大丈夫か!?」

俺は彼を抱き起こし、フィオがすぐに駆け寄る。

魔導士ティトが、その間辺りを警戒していた。

「ヒヒヒ……」

不気味な笑い声がして、浮遊しながら人がゆっくりと降りて来る。

誰なんだ?

ロッドを構えた魔導士ティトが、はぁー、と、ため息をついた。

「メアリー……」

彼女が、ボソッと言った名前には聞き覚えがある。確か、イルハートの師匠の名前。

彼女まで魔王に味方するのか?
いや……何かおかしい。

生きている人間の、気配がしない。

魔導士ティトは、ロッドをクルリと回して、構え直した。

「メアリー、お前は去年死んだはずじゃが」

「ティト───我が友、ティト。会いたかったぞよ」

「思い出話しをするために、化けて出たのか?」

「ヒヒヒ! 面白いことを言う。最後までお前と勝負できずに、この世を去ったことに未練があってなぁ」

「それで怨念となって、戻ってきたのか」

「そうじゃとも。ティト、ワシは魔王の側近に召喚されて、融合したのじゃ。今ならお前に勝てるぞ?」

「情けないのう。怨念と化しても、他人の力に頼らねば勝てぬとはな」

「喧しい! 才能に恵まれ、男どもを虜にし、ワシの想い人アーサーすら、お前を選んだ。憎い……憎い、憎い、憎い!!」

メアリーは怒声と共に、巨大な妖女へと姿を変えていく。

じっちゃんは、彼女にも愛されてたんだな。

魔導士ティトは、ロッドを光らせて俺を見た。
俺の手に、イルハートが入った結界の鏡を握らせてくる。

「先へ行くのじゃ、アーチロビン」

「ティト!!」

「こやつは、ワシが相手をする」

魔導士ティトとメアリーは、視線を合わせて同じスピードで、詠唱した。

「我が契約せし四大属性のジンたちよ!ここに集いて我が矛となり……」

「敵を打ち砕き、勝利へと導きたまえ……」

「「ケダク・キテヲ!!」」

同じ呪文!!

二人が持つロッドから、凄まじい魔法の光がほとばしって真ん中でぶつかり合う。

激しい風圧で、思わず吹き飛ばされそうになった。

かつて魔導士ティトが、大魔導士候補だったことが思い出される。

「うぅ、酷い目に遭った」

その時、タインシュタ・フランが、フィオの治療魔法を受けて目を覚ました。

「今じゃ! 行け、アーチロビン、フィオ!!」

魔導士ティトが、俺たちを横目で見て叫ぶ。
ティト……ティトまで離れるのか?

けれど、信じろと言われた。
俺は仲間を信じる。

「必ず追いかけてきてくれ! ティト!!」

「おう! 必ずじゃ!」

「ティト、信じてます!!」

「おう! フィオ。ワシはまだ死ぬ気はない!!」

俺たちは、ティトに任せて扉の先へと進む。
扉は後ろでバーン! と閉まって、音が途絶えた。

「師匠ってば、怨念になってまで勝負したいなんて、ありえなぁい」

結界の鏡の中のイルハートが、ケラケラ笑いだした。
俺は彼女をジロリと睨む。

「この状況で、よく笑えるな」

「うふふ、他人事だものぉ」

「じっちゃんさえ人質になってないなら、引き摺り出してやるのに」

「クスクス、こういうの好きだわぁ。相手が何かしたくてもできない、このシチュエーション。ぼうや、最高にそそる顔をしてるわねぇ」

「……あんたイカれすぎたな。そうやって他人を弄びすぎたら、ロクなことにならないぞ」

「あははは、負け犬の遠吠えねぇ。いいわぁ」

結界の鏡の中で、コロコロ笑う大魔導士イルハートを、タインシュタ・フランも覗き込んできた。

「おぉ、しっかり入っとるな」

「な、何よぉ」

「魔王に見つかるなよ」

「わかってるわよぉ」

ゾク!
二人の会話の最中、寒気がした。

「二人とも、静かに!!」

俺が言うと、二人ともシーンとなる。
近い……!

そう思った瞬間、床が水面のように透明になった。

この感じ……まさか!!

「フィオ! 掴まれ!!」

フィオが俺にしがみつき、俺がタインシュタ・フランの袖を握ると同時に、床がなくなっていった。

床だけじゃない、壁も天井もなくなり、異空間のような場所に浮いているような状態になる。

「ニャルパンの、浮遊スキルのついた翼の靴を履いていてよかったぜ……」

「でも、床がないと力場が……!」

フィオが、俺の腕にしがみついたまま、必死の表情で訴える。

おそらく、魔王の狙いもそれだろう。
散々下に打ち込んできたからな。

上から何かが降りてくる。

闇……?
いや、違う。

「フィオ、俺の背中にしがみついてくれ。タインシュタ・フラン。浮遊はできるのか?」

「できる」

彼はそう言って、自分の秘術で体を浮かせた。

フィオも翼の靴を履いているから、自分で浮いていられるが、しがみついてもらっていた方が都合がいい。

両手が自由になった俺は、弓を構える。

闇は目の前に降りてくると、ゆっくりと実体を現してきた。

これが───魔王ダーデュラ。

すごい威圧感だ。これが英雄と、同等の力を持つ魔王。

あらゆるスキルを身につけた、無敵の存在。

巨漢とはいわないまでも、体躯は大きい。

鎧を纏い、血涙を流したような仮面をつけているけど、仮面は宙に浮いたような感じになっている。

闇が、鎧と仮面をつけているようだ。
ゆったりとしたその動きに、凄まじい力を感じる。

再び、暗い魔王の思念が入り込んできた。
恐怖と絶望が掻き立てられて、全てを投げ出したくなるような衝動が湧き上がる。

「ううう……!!」

フィオも、苦しそうだ。
精神攻撃は、伝説の英雄と魔王の対決にもよく出てきたな。

お前たちは負ける……今のうちに降伏せよと、言われているようだ。

背中にしがみついたフィオの体が、震えているの伝わってくる。

怖いよな、俺も怖いよ。
けれど、フィオが抱きついているお陰で、恐怖心が和らいでいる。この温もりはなくさない。

「フィオ」

「アーチロビン……!」

「俺の背中に耳をあてて。俺の心臓の音を聞くんだ。魔王に心を囚われるな」

「わ、わかった」

魔王の思念が、フッと笑ったような気がした。
小賢しい真似を、と。

「ラスボスは手強いんだぜ」

俺は魔王を睨みつけて、言った。
お前にとってのラスボスは、この俺だ。
引いてたまるか。

フィオや、みんなを失ったりしない。

“勝てると思っているのか?”
と、歪んだ魔王の思念が、再び入り込んでくる。

俺は弓を引き絞って言った。

「勝てる」
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