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八章

空中の要塞

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「……あ!」

気がつくと、俺はフィオに軽くキスをしていた。

おおっと、無意識にしてしまった。

フィオは、狐の耳をぺたんと倒して、顔を真っ赤にしながら嬉しそうに俯く。

モジモジしながら、ご機嫌に左右に揺れる尻尾も、かわいい。

「ニャニャ! ひゃー、見てしまったニャ!」

ニャルパンが、わざとらしく目を隠しながら、指の隙間から覗いていた。

「こりゃこりゃ。他所でやらんかい、アーチロビン」

魔道士ティトが、苦笑いして言う。
つい、やってしまった。

「あー、えっと……」

俺は照れながら、神弓を装備した。それを見たケルヴィン殿下が、ニヤリと笑う。

「運がこっちにも回ってきたな。これで、魔王との戦いもやりやすくなる。見ろ、装備品も良さそうなのを買えたぞ」

聖騎士ギルバートが、担いでいた荷を解くと、頑丈そうな装備品が出てきた。

「おやおや、魔王と対決するのに、これだけじゃいかんニャ」

ニャルパンは、装備品をチェックしてケルヴィン殿下を見上げる。

ということは……。

「俺っちに任せるニャ! グレードアップしてあげるニャ!!」

「おおー」

「その前に、ニャ」

ニャルパンは、鍛冶場にある神棚に向けて、変形した元ネプォンの剣を捧げる。

「ニャニャ、ニャンニャカ、モゴモゴ……」

そのまま、ぶつぶつと、祝詞らしきものをあげた。すると、捧げた剣がスーッと、消えていく。

天に返した……のか?

ニャルパンは満足した顔で、俺たちを振り向いた。

「さあ! これでいいニャ!! それじゃ……」

ぐー!!

盛大なお腹の音がした。
そういえば、俺も空いてきたな。

「腹ごしらえニャ! おいしい弁当屋を知ってるニャ!!」

俺たちは和気藹々しながら、、ニャルパンのオススメの弁当を買ってきて、食卓を囲んだ。

「それじゃ、ニャルパンさんが鍛冶屋を休業していたのは、神器のメンテナンスがなかったから?」

フィオが、ニャルパンに質問する。
想像を絶する埃だったもんな。

「そうニャ。こう……やる気が出なくてニャ。待てど暮らせど、ネプォン王は訪れて来ない。真の英雄なら、神器の導きによって必ずここに辿り着くはずなのに」

「どうして、神器がここに導くの?」

「俺っちは、どんな神器にも知識があるニャ。神器は、最高の状態を保つために、俺っちの鍛冶屋に定期的に持ち主を導こうとするニャよ」

「使っていれば、どうしても状態は落ちてくるものね」

「そうニャ。場合よっては、分解して組み立て直す時もあるニャ。魔族によっては、神器にヒビを入れるほどの技を持つものもいるからニャ」

「ヒビを!?」

「そうニャ。そんな英雄を助ける技を持つのが、代々この鍛冶屋なんだニャ。やっと英雄が誕生して、楽しみにしてたニャ。でも、ネプォン王は来なかったから」

「だからって、お風呂にまで入らないのは、ちょっと……」

「ごめんニャ、フィオちゃん。でも、これからはちゃんと入るニャよ。何せ、兄さんは神器を大事にしてくれるからニャ」

ニャルパンが、俺を見てニコニコ笑う。
確かに、定期的にプロに見てもらえると安心だ。

「使い込んでたら、汚れるし、微調整も必要になるニャ。その弓に合う矢も、うちならたくさんできるニャよ」

「そうだよな」

「ニャ」

いい鍛冶屋だよな。
ネプォンの奴も、普通にしていたら普通の英雄として凱旋できたはずなのに。

まあ、もういい。

魔王を倒す役目を、俺たちは背負ってるんだ。
結果はわからないけど、全力で果たすまでだ。

「魔王が復活するとしたら、どこに出現するだろうな」

俺が言うと、聖騎士ギルバートが食べ終わった弁当を片付けて、地図を広げる。

「過去の歴史で言うと、北のここ、東のここ、もしくは西のここだよ」

「ふむ、どれも山であることが多いな」

「地形的な利点もあるからね。高いところから見下ろせば、敵の接近もわかりやすい。あ、海中なんてのもあったよ」

「なるほど」

魔道士ティトが、地図を引き寄せて、トントンと叩いた。

「地下かもしれんぞ。700年前の魔王出現の時は、魔界により近い地下世界がアジトだったのじゃ」

「地下ね……」

確かに、地下の可能性もあるだろうな。
地下となると、灯りになるものも用意しないと。

話を聞いていたケルヴィン殿下は、うーん、と腕を組む。

「アーチロビン、今度の魔王は、英雄並みの実力を備えた魔王なんだろ?」

「ええ」

「俺なら、今までになかった場所に現れて、他との違いを示すな」

「今までにない?」

俺は地図を見て、どこだろうと首を捻った。
ケルヴィン殿下は、地図を引き寄せて上の方をトントンと指す。

「空だ」

「!!」

「空中に島を浮上させて、そこを拠点にする」

「空ですか。だとしたら、俺たちも飛ぶ手段がないと」

「ベヒモムートを借りるか、もしくはタインシュタ・フランに頼んで、転送してもらうか、だな」

「ええ」

俺たちは、ニャルパンに装備品のグレードアップを任せて、一旦月の神殿に戻ってきた。

太陽は相変わらず、異様な色のまま。空にもし何か現れても、納得の色だ。

「各地の魔族も、召集されているんだろうか……」

俺が呟くと、魔道士ティトが答える。

「おそらくは、な。体で主人の帰還を感じているはずじゃ」

「魔王の元まで辿り着く前に、眷属たちとやりあわないとな」

「心配するな。それはワシらに任せぃ」

「!」

「お前は、必ず最深部へと辿り着け。この弓矢で今度こそ魔王の魂を砕くのじゃ」

「だ、だけど、みんな一緒に!!」

「魔王の敵意が分散されれば、お前の力が効きにくくなるじゃろうが。これまでの戦いで、それがよくわかった」

「そ、それは」

「少しはワシらの腕を信用せんか?アーチロビン。お前の前では霞むじゃろうが、ワシらとてそれなりの戦士ぞ」

「わかってるよ……ただ、失いたくない。誰一人」

「けけ、ワシは死なん。ギルバートも、ケルヴィン殿下も。もちろん、フィオも」

「ティト……」

「アーサーに会えるまで、死ぬわけにはいかんのじゃ」

「!!」

「みんな、生きる理由がある。そのためには、この世界に存続してもらわねばならぬ。だからこそ、お前に魔王討伐を託すのじゃ」

「ああ、任せてくれ」

「心配なのは、お前の方じゃ」

「え」

「お前こそ忘れるな。他の人間さえ助かれば、自分はどうなってもいいなんて、絶対に思うなよ。魔王が消えた世界を生きるのは、お前も一緒じゃ」

「あ……ああ!」

「そうだよー! アーチロビン!!」

「わ! ギルバート!!」

「この先も、同じ世界を生きるんだからね!」

「おう」

「死ぬなんて、絶対許さん」

「ケルヴィン殿下……」

「お前は、大事な友だからな。どれほど修羅場になろうと、欠けることは許さない」

「ありがとうございます」

「この旅が終わったら、また一緒に冒険するよね? アーチロビン」

「フィオ」

「ベヒモムートの星空のブランコで、約束したもの。私はあなたといたいの」

「俺も……」

「ヒュー、ヒュー!」

「やめろ! フェイルノ!!」

「フィオ、オフロモ、イッショ、ネルノモ、イッショー」

「やめろって、お前は! 大きな声でバラすんじゃない!!」

「ほほー、やるな、小僧ども」

「あ、テ、ティト、これは……」

「手が早いよね、アーチロビン」

「ギルバート、あのな……」

「ふふ、色々教えてやるよ、アーチロビン。女性の愛で方をさ」

「ケ、ケルヴィン殿下まで……!」

「いいから、こっち来い、て! ゴニョゴニョ……」

「待て待て、女の立場で言うと、ゴニョ、ゴニョ」

「ティト、そうなのか?」

「おう、それ以外は演技と思え」

「そうなんだ……」

「楽しそうですね」

「!!」

そこへ、テレクサンドラがやってきた。

すぐに聖騎士ギルバートが、恭しく挨拶をする。

「ご休息はとられたのですか?」

「はい、おかげさまで。皆様を、テデュッセアが呼んでいます」

「え」

「禍々しい島が、天空に現れたそうです」

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