上 下
61 / 96
六章

神龍酒

しおりを挟む
「い、いや、俺は英雄じゃない」

俺は慌てて否定した。
英雄なんて、天に選ばれた生まれながらの強者のことだろう?

でも、吟遊詩人は力強く応えてくる。

「いいえ。あなたのおかげで、私は何度も命を拾った」

「……?」

「あなたが、今のパーティーの皆さんと組む前、他の方々と冒険していらしたでしょう?もちろん、ネプォン王のことではありませんよ?」

「……はい」

「その時、何度か魔物討伐をされてる」

「そうですね……単発の」

「私が魔物にも詳しいのは、時折冒険者と行動を共にするからです。吟遊詩人として」

「とはいっても、俺と会ったことないですよね」

「直接はありませんが、私はあなたの戦いの場に、何度か遭遇していたのです」

「そうですか……。討伐対象が冒険者同士でかぶることもありますからね」

「えぇ。私は盲目ですから、目以外の五感を全て使って状況を把握します。ですが、逃げ遅れることも多い」

「……」

「戦闘に巻き込まれれば、当然真っ先に危険な目に遭う。でも、あなたがいると、安全だった」

「……」

「敵は自分の攻撃力によって、自滅していくだけだから」

「……」

「それに、あなたはそれだけの力を持っていても、スカウトの慎重さを忘れなかった。事前に調べ、決して力技で進もうとはしない」

「それは……余計な犠牲を出したくないですから」

「ええ。でも、あなたほどの力があれば、時間を優先して、猪突猛進になりやすい。でも、あなたは、他の冒険者にも気配りを忘れなかった」

「それは俺が……」

ネプォンたちと組んでいた時、散々な目に遭ったからだ。同じ目に遭うのも、同じ目に遭っている人を見るのも不愉快。

気配りといえば聞こえはいいけど、そうすれば円滑に旅が進められて、気持ちよく生きられるというだけ。

我が身を守るための、処世術でしかない。

「……辛い立場を経験した人間は、必ずしもそれがいい方向に向くとは限りません」

吟遊詩人が、会話が途絶えた俺に、そっと告げてきた。

「え?」

「自身の悔しさを、他の人間にぶつける者、関係ない人間を、同じ目に遭わせて苦しませようとする者もいる。どちらも他者を、苦しませます」

「……」

「抉られた心の埋め合わせが、うまくできなければ、そうなっても仕方がない。ですが、あまりにひどいと、被害者はたまりません。迷惑でしかない」

「……」

「あなたは、うまく癒される環境に、いたのでしょう? その点、恵まれた人かもしれない」

「ええ……じっちゃんが、俺を癒してくれました。……時間をかけて。それに手にした新たな力は、俺の自尊心を取り戻すのに、役に立ちました」

「ふふ、そうでしょう。だとしても、あなたは受けた屈辱を、その時の怒りを、他者を気遣うことで昇華している。素晴らしいことだ」

「……そうでしょうか」

「そこをいいように使う人間もいるでしょうが、あなたの行いは多くを助けている」

「……」

「私も助けられた一人。そして、見返りを求められたこともない。私には魔王を倒したネプォン王より、あなたこそが英雄なんです」

「いえ、そんな。それに、今回は見返りを求めようとしています」

「?」

「さっき、神龍酒のことを歌っていたでしょ?詳しく教えてもらえませんか?その、“助けた見返り”に」

「ふふふ、情報提供ですね。やっと私もあなたの役に立てる」

「お願いします」

「ええ。私は神龍酒の伝説に詳しい冒険者と旅をしたのです。何故、彼が詳しかったかはわかりません」

「そうですか……」

「そして、その時、龍王が倒される現場に偶然居合わせたのです」

「!!」

「私が同行したその冒険者が、龍王と戦おうとしていましたからね。その時、我々の前にレディオークが現れた。見えなくても、それはわかりました」

「……!」

「二体は、すぐに戦いに突入した。最初は、龍王が優勢でした。これはもう、勝負は決まったと思えるくらいに」

「劣勢に見えたレディオークは、瀕死になるまで攻撃力を溜め、やがて体力変換と高めた攻撃力で、龍王を撃破したんですか?」

「はい、その通りです」

レディオークの固有スキル、『ダメージ変換』と『体力変換』。

瀕死になるまで、溜め込まれたダメージは、自分の攻撃力に加算される。

それから、瀕死の自分の体力と、相手の体力を入れ替えて、自分は回復、相手は瀕死状態にさせる。

瀕死の龍王は、ひとたまりもなかっただろうな……。

「それで?」

「レディオークは、我々にも向かってきました。その時、同行していた冒険者が、持っていた酒を奴の前に撒いたんでます」

「撒いた?」

「ええ、死に物狂いで。そして、逃げろと言って逃げました」

「レディオークは?」

「我々には目もくれず、地面に落ちた酒を舐めていました。でも、舐め終わると、すぐに追いかけてきたんです」

「……」

「冒険者は、もう一度酒を、入れ物ごとレディオークに投げつけたのです。香りがとても良くて、すぐに高価なお酒だとわかりました」

「それは、神龍酒だったのですか?」

「いいえ、でも、神龍酒を真似たお酒だったと後から教えてもらいました」

「それは、レディオークの足止めになったのですか?」

「えぇ、もう一度追いかけてきた時は、かなり距離が空いたし、少し酔っているようでした」

「酔った……」

「正常な判断ができないようでした。効果は短時間でしたが、逃げる時間は稼げました」

「つまり本物の神龍酒であれば、奴は長く酔っ払った上に、まともな判断ができなくなる」

「そうです。その冒険者はそう言ってました」

「その、神龍酒のことを知っていた冒険者は?」

「別の国で別れました」

「そうですか」

神龍酒を真似たお酒でも、そう長くは保たないということだな。やはり本物が必要だ。

「ありがとうございます。とても役に立つ情報でした」

俺たちは、吟遊詩人に頭を下げた。
彼は、薄く笑って噛み締めるように『いいえ』と言った。

ひとまず話を終えた吟遊詩人は、俺に手を伸ばしてくる。

「あの、あなたに触れても?」

「え」

「私は目が見えないので、触れて相手を確かめるのです」

「あ、はい、どうぞ」

俺は吟遊詩人の前に立って、彼の手に触れさせてあげた。

彼は椅子から立ち上がると、腕や顔に触れてきて、輪郭を確認するように指の腹を滑らせる。

「……大いなる力が宿っていますね」

「はい」

「初めて感じる力です。ですが、危機に瀕している。龍王たちが次々と倒されたことに、関係するのですね?」

「ええ……」

「ということは、この力は大帝神龍王……そうか、だから敵は三の倍数の攻撃回で、自滅するのか」

「はい」

「すごい、大帝神龍王を従えた人間など、見たことがない。過去の歴史にもありません」

「偶然なんです」

「いいえ」

彼はゆっくり俺から手を離して、元の椅子に手探りで腰掛けた。

「大帝神龍王は、あなたに感服したのです。これは、力で服従させるよりも、遥かにすごいこと。力で服従させれば、弱まった時に襲ってきますから」

それには、魔導士ティトも頷く。

「確かにな。ワシらも契約という形で魔術を行使するが、弱まった状態で使うと逆に精霊や魔獣に取り殺されてしまう」

それは知らなかった。魔法を使うということは、恐ろしさと背中合わせなんだな。

じっちゃんが、ティトの修行を邪魔しないように身を引いたのも、これも理由の一つかもしれない。

ティトも、そのことに気づいたのか、ふっと、表情を曇らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

処理中です...