上 下
57 / 96
六章

太陽の神殿

しおりを挟む
太陽神殿は、ポリュンオスの東側にある。

神殿の中の巫女たちは、皆太陽の輝きがデザインされたドレスを着ていた。

ティアラを交換して、テデュッセアになりすましたテレクサンドラに、誰も気づかない。

太陽神殿の中は、太陽の彫刻で溢れていた。

テレクサンドラは、一番奥の部屋に入ると、お付きの巫女たちの方を振り向く。

「祈祷を始めます。許可するまで、祭壇の間の出入りを禁じます」

テレクサンドラがそう巫女たちに言うと、彼女たちはお辞儀をして、退室していった。

この部屋は、祈祷する部屋なのか。
目の前には、日の出から日の入りまでを、太陽のモチーフが自動的に動くことで、表現する装置がある。

うわあ……! 思わず俺は感嘆の声を漏らしそうになる。日食や、雨や曇りという空模様までモチーフが動いて表すみたいだ。

いや、日食だけじゃない。これなら月食もわかる。

月の神殿の祭壇の間も、こんな感じなのかな。

無人になると、テレクサンドラはティアラから俺たちを降ろしてくれる。

「解呪」

魔導士ティトが唱えると、俺たちは元の大きさに戻った。

「ありがとうございます、テレクサンドラ」

俺たちが頭を下げると、テレクサンドラは首を横に振る。

「いいえ、これは私たちのためでもあります。魔王はこの世界の敵なのです」

彼女は腕をさすりながら、微笑んだ。
聖騎士ギルバートが、その様子に気づいて彼女に近づく。

「テレクサンドラ? まさか、さっきヴォルディバ先輩に掴まれた腕が、痛むのですか?」

「いいえ、大したことはありません」

「見せてください……! あぁ、なんてひどい。内出血してる」

「お気になさらず」

「申し訳ございません、テレクサンドラ。無抵抗の女性に怪我を負わせるなんて、騎士としてあるまじきこと」

聖騎士ギルバートは、深々と頭を下げた。テレクサンドラは、やんわりと微笑む。

「今のお言葉で、報われた気がします。騎士も王族もなかなか謝れない人たちが多い中で、あなたはきちんと謝罪してくれる」

「本当に申し訳ない。過ちを犯すことが悪いのは当然ですが、正せるかどうかこそ、問われるものなのです。ヴォルディバ先輩には、必ず償わせます」

「誠実な方……」

テレクサンドラは、聖騎士ギルバートの手を握って、嬉しそうにしていた。

……気のせいか? いい雰囲気だな。

「ゴホン! 話を続けて良いかな? テレクサンドラ」

魔導士ティトが、割り込んでくる。
テレクサンドラと聖騎士ギルバートは、パッと離れた。

「はい、どうぞ」

「日の本へと道が繋がるのは明日。では、明日の何時に行くことになる? そして戻るまでの猶予はいかほどじゃ?」

「それが……」

テレクサンドラは、困惑したような顔になる。

「なんじゃ? どうしたのじゃ」

「この太陽神殿から、道をつなげることはできるのですが……ここから行けるのは一人だけなのです」

「なんじゃと!?」

「ここは、月の力が弱まる太陽神殿。全員をお送りすることが、できません」

「おいおい……」

「そして、時間の猶予ですが、夜明けまでとご理解ください。朝日が昇れば、道が閉ざされてしまいます」

「夜明けまで」

「はい」

日の本へ行けるのは一人だけ。時間は夜が明けるまで、か。

それならば。

「俺がいってきます」

俺は前に進み出た。他に選択肢はない。
みんなが、辛そうに俺を見る。

「また、お前にさせるのか」

「アーチロビンばかり、連戦だね」

「ワシらも、行きたいのぅ」

「私も行きたい! ティトに小さくしてもらって、くっついて行けないかしら?」

口々に騒ぐ中、フィオがテレクサンドラに向き合った。

テレクサンドラは、フィオを見て首を傾げる。

「あなたは、孤族ですね」

「はい」

「獣形になれますか?」

「もちろん」

「人の形に戻らなければ、通れるかもしれません」

「!」

ケルヴィン殿下と聖騎士ギルバートが、それを聞いてテレクサンドラに詰め寄った。

「な、なら、我々も変身できればいいのか?」

「何かの動物になればいい、と?」

「お、落ち着いてください。白狐は、魂が精霊に近い存在なので、異世界へ通る時も大きな道を開く必要がないのです」

「あ、そう……」

二人が意気消沈する。気持ちは嬉しいけど、こっちで待っていてもらわないと。

「こちらへ戻るにも、帰還を強く望む者がいた方が、帰りやすいのではないか? テレクサンドラ」

魔導士ティトが、彼女を見て確認する。
帰還を望む、か。

「はい、その通りです。絆の力は、異世界から引き戻す力となります」

と、テレクサンドラは答えてくれた。

決まりだな。
行くのは俺と、狐の形に変身したフィオ。

留まるのは、ケルヴィン殿下と、聖騎士ギルバートと、魔導士ティト。

「イク! フェイルノモ、イク!!」

フェイルノが、肩に乗ったまま騒ぐ。

「テレクサンドラ、フェイルノは?」

俺が尋ねると、テレクサンドラは、大丈夫と頷いた。フェイルノも一緒だな。

「お前たちの帰還に支障がないように、こっちで踏ん張ってやるわい。イルハートの奴が来てないのも、気になるからな」

魔導士ティトの言葉に、俺も納得だ。これまで何かと行く先々に現れていたのに、今回は来ていない。

顔の怪我といっても、あいつならすぐ治してきそうなのに。

「テデュッセアに伺いましたが、大魔導士イルハートが、アーチロビンに色仕掛けをして撃退されたとか」

テレクサンドラは、俺をなんともいえない表情で見る。

色仕掛け……ケルヴィン殿下、そんなことまで話したのかよ。

俺が目を細めて彼を見ると、ケルヴィン殿下が気まずそうに笑った。

「いや、すまん。テデュッセアに枕元で聞かれて、つい話してしまった」

「ケルヴィン殿下こそ、色仕掛けにかかってたわけじゃないですか! おまけに、俺が一晩中寝ずの番をしてる時に、自分は何してるんです!?」

「本当にすまん」

まったく!! 俺はフィオと、結局あれから進展がなかったのに!

テレクサンドラは、その様子にクスッと笑って俺を見た。

「大魔導士イルハートを退けるなんて、常人にはできません。ましてや、魔王復活が近づく今となっては、尚更です」

……ん? どういうことだ?

「テレクサンドラ? 魔王復活と、イルハートに何か関係が?」

「実は、私たちの曽祖母が、かつての大魔導士だったのです」

「えぇ!?」

魔導士ティトが、ハッとなって彼女を見る。

「もしや、先代の大魔導士ヒルダ様か?」

「えぇ、ヒルダ・レヴァンツァは、曽祖母です。本当は、あなたに継承させたがっていましたよ、魔導士ティト」

「……」

「それはさておき、曽祖母が教えてくれたことがあるのです。大魔導士が背負う暗い運命を」

「なんと!? な、なんじゃそれは!!」

「魔王が新たに生まれるのではなく、先代の転生による復活を果たした時、魔王の一部となる運命……です」

「!!」

「膨大な魔力を供給するために、体内に取り込まれ、永遠に吸い上げられ続けるとか。その代わり、魔王復活に合わせて魔力も高まるそうですよ」

「魔王の魔力供給源になるのか……」

「はい。死ぬこともできなくなり、助かるには魔王を倒すしかない。アーチロビン……あなたに彼女が付き纏うのは、あなたなら可能性があるからでしょう」

「魔王を倒す可能性?」

「ええ。助かるために、彼女も捨て身なのです」

彼女がそう言った時だ。

ガタン!

大きな音を立てて、祭壇の装置が動き出す。
太陽のモチーフの後ろにある月のモチーフに、ゆっくり影がかかり始めた。

「あぁ!!」

「ど、どうしました?テレクサンドラ」

「あ、明日の夜の月食の予告です。それもいきなり」

「月食が、何か?」

「月食だと、月の力が弱まって、異世界への道が塞がれてしまうのです!」

「ええ!?」
しおりを挟む

処理中です...