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五章

星空のブランコ

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「わぁ、素敵!!」

屋上の星空のブランコ乗り場に辿り着いたフィオは、空にきらめく満天の星に、思わずクルクル回り出した。

本当に綺麗だ。星空も、楽しそうに回るフィオの姿も。

「お客様、星空のブランコを、ご利用ですか?」

係員に言われて、俺たちは頷く。

係員は俺たちを、三日月の形をしたゴンドラに乗せた。

フェイルノは、係員が預かってくれる。こういう時は、気を使うんだよな、フェイルノ。

「こちらの舵を引くと、ブランコように前後に揺れます。では、星空の旅へ行ってらっしゃいませ」

係員によると、ベヒモムートの羽根が起こす対流に乗って、星空を泳ぐように進むそうだ。舵を引けば前後に揺れ、何もしなければ30分ほどで、ベヒモムートの周りを一周して戻ることになるらしい。

「わくわくしちゃうね、わあー、早く行きたい」

フィオは、目をキラキラさせっぱなしで、感嘆の声ばかりあげている。

俺たちを乗せたゴンドラは、フワリと浮き上がり、星空の海へと漕ぎ出した。

ゴンドラは静かに進む。時々舵を引くと、加減によって大きく揺れ、星空が一層近くなる。

「このまま、どこか遠くに行けそうね」

フィオは、微笑んで俺を見た。本当だな。この旅が魔王討伐の旅だということを、忘れてしまいそうだ。

「ああ、どこに行きたい?」

「あちこち!」

「あちこちかぁ」

「たくさん、見て回りたい。もっとたくさん、アーチロビンと冒険したいな」

「俺も、フィオともっと色々見たいよ」

フィオは俺の腕に自分の腕を絡ませて、嬉しそうに笑う。

そう、このまま、こうしていられたらどんなにいいだろう。

「オベリア様にも感謝しないと」

「オベリア様に?」

「ええ、私を冒険に送り出してくれたから、あなたと会えたもの」

なるほど、大聖女オベリア様か。

俺は不意に、表情を曇らせたオベリア様を思い出した。

「フィオは……」

「ん?」

「いずれ大聖女にするつもりだと、オベリア様にはっきり言われてないか?」

「そこまで、断言されたことはないよ。でも───」

「でも?」

「……素質はあるから挑戦しなさい、と言われたことはある。私も最初は、なれたらいいなぁ、だった」

「いいなぁ、か」

「でも、今はなりたくない。大聖女は生涯独身。望まれれば王の妻。好きな人のそばにいられない」

「そうだったな」

「私は……私の母さんみたいに、小さな礼拝堂の神官でいい。子供たちに、勉強教えたりできるもの。冒険にも行けるし」

「フィオは、いい大聖女になれると思うけど」

「ううん、望まない。こんなにあなたのこと、好きになった今では」

「ん……」

「他にも候補者はいるもの。シャーリー様に次ぐ人たちが」

「シャーリーを超えるのは、フィオだけ?」

「まさか!」

「そうか……」

魔王ダーデュラの魂を察知できたのは、オベリア様と彼女だけ。

大魔導士イルハートも、フィオの力を危険視していた。

つまり、いずれは力が拮抗、もしくは超える存在になるということ。

実力でいえば、大聖女にはフィオが最有力候補だろう。

大聖女オベリア様が、ケルヴィン殿下にフィオを同伴させたのも、ケルヴィン殿下が即位して王になった時に、結婚させるためだったかもしれない。

ネプォンが、ろくに王として務めを果たさず、ヘレン王妃も正さないしな。

だから、あの時俺を見つめるフィオに、オベリア様はいい顔しなかったんだ。

フィオは断るつもりだろうけど、果たしてそれが通るだろうか。

旅が終わったら、俺たちは引き離されるかもしれない。

こんなふうに過ごせるのは、今だけか……? この先は……?

俺はせつなくなって、フィオをギュッと抱きしめた。

「アーチロビン?」

「フィオ、好きだ」

「私も」

「昨日より今日、今日よりも明日、俺はどんどん君に惹かれていく。俺の心はもう、フィオのものだ」

「アーチロビン……私も同じ。いいえ、それ以上」

「俺だって、いや、俺の方が……」

「私の方がずっと好き」

「俺もな、フィオより───」

俺が続けようとすると、フィオがそっとキスをして口を塞いでくる。

時よ、止まってくれ……このまま流れていかないでくれ……。

夢中でフィオのキスに応えているうちに、ゴンドラがついてしまった。

「お、お客様、あの……」

係員に言われて、ハッとなって俺たちは離れる。

顔を赤く染め、申し訳なさそうな表情の係員に頭を下げて、俺たちは予約された部屋へと戻った。

俺の部屋は、魔導士ティトの部屋を挟んでフィオとは隣か。

「アーチロビン」
「!!」

フィオは部屋の中についてくる。
嬉しいけど、先のことを考えたら……。

「よせ、フィオ」
「いや」
「ほら、フィオの部屋は向こうだって」

そう言ったのに、フィオはしがみついてきた。
理性は離せと言ってる。

彼女を想うなら、そうすべきなんだ。
でも……だけど……俺も離したくない。

「フィオ……!」

俺は、フィオを抱きしめたまま寝台に倒れ込んだ。
その時だ。

ズゥゥゥン!!

ベヒモムート全体が、何かにぶつかったように揺れた。

なんだ!?

俺とフィオは、慌てて窓の外を見た。

ギャキャッと耳障りな鳴き声と、無数の黒い群れ。

「コカトリスの群れ!!」

フィオが、驚きの声を上げる。
コカトリス! 毒と石化を得意とする、魔物だ!

コカトリスたちは、ベヒモムートの体に取り憑いて、毒の針を撃ち込もうとしている。

「フィオ! 今からでもシールドを張れるか!?」

「コカトリスたちが近すぎる! 一度離さないと!!」

「わかった! もう一度、屋上に出よう!!  フェイルノ!! みんなを呼んできてくれ!」

「リョウカイ!!」

俺たちは部屋を飛び出して、屋上へと駆け戻った。

「キャー!!」

「助けてぇ!!」

あちこちで、コカトリスに人が襲われている。コカトリスの気が散りすぎて、俺に集中させられない!

「みんな! 中へ!! 早く!!」

俺は矢を放って、コカトリスたちを人々から引き離していく。

だけどキリがない。

「しょうがない……光弾解放!」

俺は、気を込めた矢を空に向かって撃ち放った。

大帝神龍王の技の一つ。
敵を追尾する光弾の技。

ネプォンが半泣きで、逃げ回っていた技だ。

上空に撃ち上げられた矢は光を纏い、やがて放射線状に弾けてベヒモムートにまとわりつくコカトリスたちを、自動追尾して貫いていく。

「すごい……!」

フィオが、祈りの書を開いたまま、感心していた。

「フィオ、シールドを!!」

「あ、あぁ、ごめんなさい。慈悲深き我らが神よ、聖霊を使わし、我らの盾となる力を貸し給え、セイントシールド!!」

フィオの詠唱が終わると、ゾンビダラボッチの攻撃をも防いだあのシールドが、ベヒモムートを覆っていった。

コカトリスたちが、仲間がやられたことに憤って、屋上の俺たちの近くに集まってくる。

来い……そうだ、来い!!

俺はいつもの通り、地面に向かって矢を放つ。

床がカッと光って、力場がコカトリスたちを包んだ。

あとはいつも通り。

次々とコカトリスたちは、自分の攻撃ダメージが跳ね返って消滅していく。

「アーチロビン!!」

そこへ、ケルヴィン殿下たちがやって来た。

魔導士ティトは酔っ払って、聖騎士ギルバートに担がれている。

ケルヴィン殿下は、消えていくコカトリスを睨んで俺を見た。

「終わったみたいだな、アーチロビン」

「ええ、ケルヴィン殿下」

「乗務員の話では、この空域はコカトリスが襲ってくることはないそうだ。魔王の差し金か?」

「いえ……というより」

「?」

「魔王が英雄として蘇る前の、前触れかもしれません」

「どういうことだ?」

「英雄が生まれる前は、いろんな吉兆が現れるでしょう? 流れ星か流れるとか、見たことのない虹が見えるとか」

「あぁ、確かに。我がガルズンアース国の初代王が生まれる前も、空に無数の青い鳥が舞を舞うように飛んだとか……あ!」

「確実に、魔王に都合のいいように、状況が流れ始める前兆かもしれません」

「なんてことだ……」

俺たちは、コカトリスが消えた空を見ながら、いいしれぬ不安を感じていた。



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