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五章

混浴の誘惑

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温泉エリアの出入り口に、俺たちは来た。

「お風呂……。ここが、さっき彼女に聞いた……」

『彼女』? テデュッセアのことか?
まさか、さっきヒソヒソ話をしていたのは、ここのことだったのか?

俺はドキドキする胸を抑えながら、彼女に話しかけた。

「フィオ、入るか?」

「!!」

「い、いや、あれだからな? お、俺は外で待ってるから、ゆっくりしてきたら? て意味だから……!!」

な、何を焦っているんだ? 俺
『一緒に入るか?』と聞きたかったのに。

どうして、違うことを言ってしまったんだ。
俺の馬鹿野郎!

照れ隠しに頭をバリバリ掻いていると、オウムのフェイルノがまた余計なひと言を言う。

「イッショニ、ハイロ、フィオ」

な! お前……! 人が言いたかったセリフを!!

俺は思わず、フェイルノを睨んで大声を出した。

「何言ってんだよ! オウムだからって、お前は雄だろ!?」

「ヤーン、トリニ、ヤイテル?」

「喧しい! 動物の特権をひけらかすな!」

「アーチロビン、イッショニ、ハイレルヨ」

「お前は!! ……て、え?」

「カイテアル。ホラ、コンヨク」

フェイルノが、壁に設置してあるパネルを、嘴でツンツンつついた。

ほんとだ……は! いやいや、待て!!

一人焦る俺の前で、フィオは受付をすませている。

え、嘘。ち、ちょっと待ってくれ。その、俺たち、いきなり、いいのか?

「貸し切り専用にしたから、アーチロビン。ち、ちゃんと湯浴み着あるし、一番奥だから大丈夫」

フィオは、恥ずかしそうに俺の手を引く。これは……いいのでしょうか? いや、いいよな。相手は愛する女性だし、彼女も俺が好きだし。

何より、フィオが望んでくれたこと!!

俺は、黙って彼女について行った。
貸し切り専用エリアは、ドアがいくつもある。その一番奥の部屋に、俺とフィオは入った。

脱衣所は、男女できちんと分かれてる。それに、温泉用の湯浴み着が確かにあった。

お、落ち着け。俺たちは既に、水着姿で抱きしめ合った仲だ。

あのスパで。

い、今更湯浴み着くらいで、興奮しなくていいだろ!?

俺は必死に自分を宥めた。付き合ってたら、いつかは来る日だ。それが今日だった、てだけだ!

ケ、ケルヴィン殿下だって、テデュッセアとイチャイチャしてたし、俺だっていいはずだ。

あんなふうに、抱き寄せてこう───。

そ、想像してたら、ヤバくなってきた。
色々と……。

「アーチロビン、チャント、オチツカセテネ」

フェイルノ、それ以上言うんじゃねぇ!

俺が睨むと、フェイルノはフィオの脱衣所に飛んで行った。

あ、あの野郎! オウムだからって!

俺は不機嫌なまま湯浴み着を着て、浴室に出た。フィオは……まだいないな。

浴室は露天風呂のようになっていて、浴槽からは空が見える。天空の露天風呂か……贅沢だよな。

おまけに、寝そべって入れるようにもなってる。

星空を見上げながら、仰向けに浸かれるなんて、いいなぁ、これ。

そう思いながら、体を綺麗にして、湯船に寝そべる。

このまま、待っていよう。フィオ、まだかな。

その時だ。チャプンと音がして、誰かが浴槽に入って来る気配がした。

俺は、思わず目を閉じる。み、見たら失礼だろ?

そう思っていると、体の上に柔らかいものを感じた。

え!? フィオ?

思わず、体が強張る。フィオ、いきなり乗ってくるなんて、だ、大胆だな。

うっすらと目を開けると、フィオが顔を近づけてくるのが見えた。

愛しいフィオ……。

思わず彼女の顔に片手を添えて、もう片方の手で抱き寄せる。

……?

微かな違和感。
フィオ───こんなふうだったっけ?

何かが違う。

「アーチロビン、愛してるわ」

彼女は、微笑んでそう告げる。
その声はフィオの声。

でも、違う……何かが違う。

確かめないと。

「フィオ」

「なーに?」

「クリムティナにも、声をかければよかったな」

「誰? そんな名前、初めて聞くけど」

!!

やっぱり、こいつは偽物だ!!

『フィオ』はセカンドネーム。
クリムティナ・フィオ・グライア。
それが彼女の本名。

知らないということは───敵だ!

俺は彼女の肩を掴んで引き剥がした。

「きゃ!」

「お前は、誰だ!?」

彼女は、それを聞くと不適な笑みを浮かべる。

「あらあ、バレちゃったぁ?」

その姿が変わっていき、大魔導士イルハートの姿になった。

「な……! お前!!」

「うふふふ、大地の精霊よ、我が意に従い縫い止めよ、ローメ・グラド!」

直後、俺の手足が床に飲まれるように埋まる。
手が……足が、動かない!!

「あ! 何をする!!」

「縛りプレイになっちゃうけど、いいわよね? ぼうや、楽しみましょう?」

「縛り?」

頭の中は、疑問符だらけ。

ついこの間まで、情報交換するだけだったのに、なんでこんなことをするんだ!?

俺の目の前で、いきなり彼女は、身につけていた湯浴み着を脱ぎ始める。

な……ち、ちょっと待て!

「な、何をして───!?」

思わず叫ぶと、バーン!! とものすごい音がして、何かが吹き飛んで来る。

今度は、なんだ!?

「離れなさいよ!!」

脱衣所の方から、フェイルノを肩に乗せたフィオが、湯浴み着を着たまま走り出てきた。

飛んできたのは、彼女の脱衣室のドアか。

大魔導士イルハートは、残念そうに彼女を見た。

「あら、せっかく脱衣所に閉じ込めたのに、もう、出て来たのぉ? 強くなったのね、お嬢ちゃあん」

「ふざけないで! 何度も何度も、なんなの!?」

「あら、やぁねぇ。言ったでしょ? あなたから彼を奪うのは簡単だとぉ」

「なんですって!?」

「うふ。チェックメイトよ。いい体してるわよね、私のルークぅ」

大魔導士イルハートが、俺に顔を近づけて来る。

やば……!

バシャーン!!

「きゃ!」

「うわ!」

フィオが横から、お湯を俺たちにかけると、洗面器を俺の顔に被せた。

「ぐぇ!」

我ながら情けない声。何にも見えない。
続いて、冷たい冷水がまた横からかけられる。

「やん! 冷たぁい!!」
「冷てぇ!!」

「さっさと、彼の上からどきなさい!!」

大魔導士イルハートが、俺の上から離れていく。それなのに、フィオは俺に洗面器を被せて何も見せない。

やがて大魔導士イルハートが、挑発的な声でフィオと言い争いだした。

「お湯と水を横からかけるなんて、無粋よねぇ、あんた」

「あなたこそ……なんて格好なの!? 素っ裸じゃない!!」

は、裸!!

何を察したのか、フィオが俺の耳を引っ張る。

いて!! 痛い……!!

周りが全然見えない中、大魔導士イルハートの高飛車な声が聞こえてきた。

「もうちょっとだったのにぃ」

「私の恋人よ!?」

「だから何ぃ?」

「は?」

「欲しいものは奪う主義なの」

「あなたは、ネプォン王の恋人でしょ?」

「うふ、さぁねぇ?」

「裏切って、良心が痛まない?」

「あいつだって、何人の女と関係もってるか考えてごらんなさい。自分は浮気してもよくて、女にだけ貞操を求めるのは、男にとって都合がいいからよぉ」

「だからってこんなこと……!」

「快楽の前に理性や道理なんて、無力なんだからぁ」

「……アーチロビンを、快楽で落とすつもり?」

「うふ、そうよぉ?」

「アーチロビンが好きなのは、私なの!」

「だからなによ、て言ってるでしょ。そんなこという男を、何人も私のものにしてきた。現に彼も、しっかり体は反応してたしねぇ」

ギク! ……そりゃ、仕方ないだろ。直接乗られて、無反応なんてあり得ない。

最初は、フィオだと思ったし……。

フィオは、俺の顔に押し付ける洗面器に力を入れてきた。痛い、マジで痛い!

「彼は奪わせない」

フィオが、低い声で恫喝しだした。

「あら、私に勝つ気なの? お嬢ちゃあん」

大魔導士イルハートが、かかってこいといわんばかりの声色になる。

「オンナノ、タタカイ、コワーイ」

フェイルノが、震える声で言った。
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