上 下
44 / 96
四章

打倒

しおりを挟む
「ヴガァァァァ!!」

ゾンビダラボッチが吠えた。固有スキル『瀕死波動』を発動しているようだけど、目が光るばかりで影響はない。

攻撃抑止が働いているんだ。

俺はみんなを後ろに庇って、最初にはっきり言っておくことにした。

もう誰も、失いたくないからな。

「みんな、下手に攻撃しないでくれ。さっきの二の舞になるからな」

「ええ」

「わかってる」

「そうだね」

「そうじゃな」

「リョーカイ」

こら、フェイルノ、お前は何もできないだろ?

「ティト、俺と聖櫃を奴の口元に飛ばしてくれ」

「うむ、風の精霊よ、古の契約により……」

「ギルバート、俺の合図で奴の口元を聖騎士の槍で砕いて、口を閉じられないようにしてくれ」

「いつでもどうぞ」

「フィオ、みんなをシールドで守ってくれ!」

「わかった」

「ケルヴィン殿下、みんなのサポートをお願いします。それから、フェイルノを託します」

「了解」

「行ってくる!」

魔導士ティトの詠唱を受けて、俺の体が聖櫃と共に浮き上がり始める。

「我が意の通りに、浮遊させよ、ロエン・アウドィ!!」

浮遊スピードが、加速しだした。
俺は弓矢を射て、ゾンビダラボッチの意識を向けさせる。

みるみる奴の口元が近づいてきて、俺は聖櫃の縁に手をかけて叫んだ。

「ギルバート!!」

「わかった! 我らが神よ、この槍に力を宿らせ、悪きものを滅ぼしたまえ!」

彼は半人半馬族の強力な足腰を使って、聖なる気を宿した槍を、一直線に投げる。

ドガァァァ!!

ゾンビダラボッチの顎が砕けて、口が開いたままになった。

口元が再生する前に、入らないと!!

俺は聖櫃ごと、口の中に飛び込む。

「く……!!」

食道を抜けて、胃液の中に聖櫃と一緒に落ちた。

すごい邪気だ。大帝神龍王の力がなければ、すぐに侵食されてゾンビダラボッチの一部になるだろう。

どうにもならないのは、この臭い。
我慢だ……今だけは!!

泥沼のような奴の腹の胃液の中で、俺は聖櫃の蓋を開いてひっくり返した。

「いっけぇぇぇ!!」

霊泉の水は、ゾンビダラボッチの胃液と混じると、ものすごい勢いで周りを浄化し始める。

怨念を纏うかのような墓土の鎧が、カチカチに乾燥していき、眩い光と共に砕け散った。

バキーン!!

俺は聖櫃と一緒に弾き出され、地面に激突しそうになったところを、魔導士ティトが魔法で受け止める。

あっぶね。
頭を打つところだった。
それにしても、奴の胃袋に落ちたから、臭うなぁ。

「うぇ、う!ごほ!」

咳をしながら、吐き気を我慢していると、スッと一瞬で全身が綺麗になる。

「え?」

驚く俺に、フィオが笑いかけてくる。
浄化してくれたのか?

シールドを張りながら、浄化まで。
すごいな、フィオ。

「ありがとう、フィオ」

「とういたしまして、アーチロビン」

彼女の笑顔に力をもらって、俺はゾンビダラボッチの本体と対峙した。

まるでスライムのような、軟体の体。

もう一度、墓土を纏おうとしているようだけれど、怨念の抜けた土は応えない。

ゾンビダラボッチは、全身を波打たせて、俺たちに襲い掛かろうとした。

けれど、力場に捕らえているから、二回の攻撃抑止の後、三回目で自身の体がドロドロに溶け出す。

溶ける?
何が起きたのだろう。

「ワシらに、強力な溶解液をかけようとしたみたいじゃな。己の身を溶かしておるわ」

と、魔導士ティトが教えてくれた。

ケルヴィン殿下は、俺の隣からその様子を見て、額の汗を拭う。

「こうして自滅していく様ばかり見ていると、まるで弱いかのように思えるが……違うな。強いからこそ、ほぼ一撃で自滅するんだな」

「ケルヴィン殿下、その考えは正しいのです。彼らは決して『弱く』はない。勇者クラスが、やっと勝利するだけの攻撃力を持つのです」

「だから、己の攻撃力で自身も倒される、か。アーチロビン、お前が味方で本当に良かったよ」

「ありがとうございます、ケルヴィン殿下」

自分の力でも、攻撃として受けた時、恐ろしいものだよな。

防ぐ術がないから。

ドロドロドロン……ジュウゥゥゥゥ。

俺たちが話す間に、巨体はどんどん溶けていく。
おっと、近くの草木まで溶かしだしたな。
このままでは、巻き添えだ。

「アーチロビン、これだけの溶解液の中に巨体が溶けたら、ボクたちも溶けるかも……」

聖騎士ギルバートが、溶けていくゾンビダラボッチを心配そうな目で見ていた。

確かにな。
溶解液が、体の外に溢れてきているから。

「一気に焼き払おう」

俺は大帝神龍王の力の一つ、『蒼炎』を使うことにする。

他の力を、出し惜しみすることはやめた。
使いどころを間違えなければ、大丈夫のはずだ。

俺がみんなに言うと、魔導士ティトが驚愕した表情で声を上擦らせた。

「そ、そ、蒼炎じゃと? あの世すら焼き尽くすと言われる、あの技まで出せるのか?」

「だって、下手に残すとまずいだろ」

「そういう問題ではないわい! お前は本当に末恐ろしいな」

「とにかくやるよ、時間がない」

俺は弓を構えて矢を射ると、溶けかけたゾンビダラボッチのスライムのような体に、矢が飲み込まれていくのを確認した。

「蒼炎……解放!!」

飲み込ませた矢から、蒼炎を噴き出させ、溶けていくゾンビダラボッチの体を焼いていく。

「アーチロビン、加減を間違えるな。下手すると、この辺の森までなくなってしまう」

ケルヴィン殿下が、後ろから声をかけてきた。確かに、それだけの力を持つ。

「わかりました」

俺は蒼炎の炎を操って、慎重にゾンビダラボッチを消滅させた。

「すごいなぁ!アーチロビン。君がいればもう、魔王なんて敵じゃないね!」

聖騎士ギルバートが、隣から弾んだ声で言う。

……だといいな。

正直、俺は魔王と直接対峙してない。ましてや、力を増した相手にどこまでやれるのか。

そう言おうとしたその時だ。

「みんな! 魔王の魂の欠片が、出てくる!!」

フィオが、ゾンビダラボッチが消えた場所に現れた、光の塊を指さした。

光の塊から目玉が浮き出てきて、俺をジロリと睨む。

……!?

突然、頭の中に、複数の龍の姿が浮かび上がった。

大帝神龍王より一回り小さいが、威風堂々とした龍たち。これはもしや……各地の龍王か。

その龍王たちを、闇が取り巻き始めた。これまで出会ったことのないような、陰鬱で禍々しい闇。

ダメだ、このままじゃ!!

心に重くのしかかる闇を振り払い、弓を構えると、魔王の魂は激しく光って飛び去った。

「各地の龍王たちの姿が見えた……魔王が思念を見せたのか……?」

「転生の秘術が、完成間近になったのじゃ。タインシュタ・フランによると、残るは一体。そやつを倒せば、魔王は復活する」

魔導士ティトが、ロッドを握る手に力を込める。

「天に選ばれたはずの、勇者ネプォン義兄上の神剣は使い物にならない。このまま俺たちが立ち向かうしかない」

ケルヴィン殿下は、魔王の魂の欠片が飛び去った方の空を見て、拳を握った。

「なぜ、各地の龍王の姿を見せたんだろうね?」

聖騎士ギルバートも、不安そうに俺を見た。
俺もそれは気になった。

「俺の力が、大帝神龍王のものだと勘付かれたのだと思う」

「ま、まさか!」

「ああ、一つだけあるんだ。無敵といわれた大帝神龍王と、五分で渡り合う方法」

俺はネプォンたちと、大帝神龍王に挑む前に、各地の龍王を倒し回ったことを話す。

「そうじゃったな。大帝神龍王は、各地の龍王を全て倒し、龍神に認められた勇者が五分で渡り合えるのじゃ」

「ああ、ネプォンは面倒がって、全部倒しきれなかったから、残りは数体のはずだ」

「いや、ボクは、先代が倒されると、別の龍達が競い合って龍王を決めると聞いたことある。今は多分龍王の数は元に戻ってるはず。」

「詳しいな、ギルバート」

「へへ、はい、ケルヴィン殿下。実は、ボクも一度は大帝神龍王に挑もうとしてたんです。でも、各地の龍王もそれは強くて。一人では無理だと、諦めたんですよ」

「一人で龍王に?無茶苦茶だよ……」

「自分の強さを、試したくなる時があるんですよ。龍王を倒すなんて、名誉なことだし」

「名誉か」

「えぇ。でも、上には上がいました。アーチロビンが、ね」

「いや、俺は大帝神龍王を倒したわけじゃない」

「大帝神龍王の魂を浄化するなんて、常人のできることじゃないよ、アーチロビン。君はおそらくネプォンを超える存在なんだ」

「またまた」

俺は使いっ走りの、ただの弓使いだったのに。

「う、うーん……」

「あ、シャーリー様!」

フィオが、ゾンビダラボッチの消えた跡に倒れているシャーリーを見つけた。

取り込まれていたのか?

「気をつけろ、フィオ。彼女は『魔の患い人』だそうだ。ゾンビ化したら、襲ってくるぞ」

俺が言うと、フィオは慎重に近づく。

するとシャーリーは、カッと目を見開いて、起き上がった。

フィオが危ない!!

「フィオ!」

俺は危険と判断して、彼女の前に回り込む。
正気か? ゾンビ化しているのか?

もし、後者ならもう一度……!

俺の心配をよそに、シャーリーは瞬きすると、ニヤリと笑って叫んだ。

「やったわ! 私が倒したのよ!? ゾンビダラボッチ!!」

な、なんだ、なんだ?
彼女は目の前で、歓喜の舞を舞い続けた。
思い込みの激しい性格……かな?
しおりを挟む

処理中です...