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四章

フィオの帰還

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シャーリーは、穴が開くかと思うほど、ネプォンを見る。

「はあ? あんた、それを言うために一緒に来たわけ?」

ネプォンは、涼しい顔で彼女を見返した。
その顔に迷いもない。

「お前さ、お付きの神官を襲ってるんだぞ? 王として、帰国を許すわけにはいかねぇよ」

俺はその言葉で、彼女の服についた血が、やはりお付きの神官たちのものであると確信した。

シャーリーは、ギッと睨んで大魔導士イルハートを見る。

「……あんたも同じ意見?」

「んー? ネプォンが、そうだと言うならそうじゃなぁい?」

「この女狐! あんたたち、おかしいわよ!? 私が魔王来襲の夢を見たと、教えた時から!」

「ふふふ」

「ネプォン。魔王が復活したって、あんたがまた倒せばいいだけの話じゃない! 天に選ばれた勇者として、神剣も持ってるでしょ!」

と、シャーリーに言われたネプォンは、心なしが表情が曇っていた。なんだ? なぜそんな顔をする?

「魔王は、復活なんてしない」

ネプォンは、暗い目でシャーリーを馬車から引き摺り落とした。

「痛っ……! ネプォン!!」

「魔王は倒した。もう、関わることはない」

「あんた、何言ってんの!? 誤魔化したところで、魔王は自分を倒した私たちを覚えているのよ!? いずれ───」

「魔王は復活するものか。俺が生きている限り」

ネプォンは、結界の近くにシャーリーを突き飛ばそうとした。

咄嗟にシャーリーが、ネプォンにしがみつこうとして、奴の帯剣していた神剣の柄を握る。

「これがあるんだから、怖がることなんてないじゃない!!」

そう叫ぶシャーリーを、ネプォンは振り払う。

その瞬間、シャキン!! と音がした。

───え?

神剣が抜けた?
勇者だけしか、抜くことができないといわれる剣が───あれ!?

剣が……剣の刃が!!

「見たな」

ネプォンが、さらに暗い目をしてシャーリーから神剣を奪い返すと、彼女を結界内に突き飛ばす。

「きゃあー!!」

結界内に入った彼女は、一瞬で見えなくなった。

そして奴は、俺の方にも剣先を向ける。

俺は、まじまじとその刃を見つめた。
───嘘だろ?
神剣が、錆びてる!!

ネプォンは、虚な瞳で俺の喉元に剣を突きつけてきた。

「俺のせいじゃねぇ」

俺は奴の剣を避けるように、少しずつ後ろに下がる。

何かあったな、こいつ。神器を錆びらせた英雄なんて、聞いたことがない。

魔王との間に、一体何があった!?

ネプォンは、結界の中に俺を押し込むように踏み込んでくる。

「あんたとシャーリーだけじゃ、どのみちゾンビダラボッチにやられる」

「……」

「『助けてください』と、おねだりしてみるか? 俺が飽きるまでは、命があるぜ?」

ここで、媚びると思うか? クソ野郎。
俺は奴を睨んだ。

「いや」

「けっ! 最後まで可愛くねぇ女!! イルハートみたいにならねぇと、長生きできねえぞ!!」

ネプォンの恫喝をよそに、俺はチラリと大魔導士イルハートを見る。彼女は薄く微笑んで、見ているだけ。

あの時も、今も。
こいつは、澄ました顔で他人事のように見ているだけ。

そして、助けて欲しい時だけ、色っぽくねだってくるわけだ。

相手が男なら。

遠くから、白狐のフィオが心配そうに俺を見ている。

いつでも、助けに駆けつける、そんな雰囲気を醸しだして。

そして、フィオの後ろには、なんとケルヴィン殿下たちまできていた。

頭に木屑や葉っぱをつけて、肩で息をしている。大急ぎで、来てくれたんだ。

そう……ピンチになれば、あっさり仲間を見捨てるネプォンたちと違う。

俺は仲間達を信じて、ネプォンを睨みつけた。
かつて、憧れたその人。

でも、所詮上っ面だけの勇者と、寄せ集めの仲間たちだった。

俺は声を低めて、ネプォンに告げる。

「あんたがいなくても……」

「あん?」

「あんたがいなくても、ゾンビダラボッチは倒せる!!」

「!?」

「あんたの時代は終わった!」

「こ、こいつ!!」

俺は後ろに下がり、結界の中に自分から入る。
結界の向こうからは、ネプォンたちが見えた。

逆に奴からは見えないはずだ。

ネプォンは荒れに荒れて、その辺の草木に、神剣を叩きつけている。

その時わかった。神剣は斬れ味まで落ちている。いや、何も斬れないようになっていた。

逆に小石を跳ね飛ばして、自分の顔に当ててしまい、ネプォンはまた鼻血を吹いている。

「いてぇ! ちくしょう!! 誰か……誰か治せ! いてぇんだよ!!」

大魔導士イルハートが、呆れた表情で奴を見ていた。

「神官を二人とも失ったのよ? 大人しく、鼻血が止まるまで待てばぁ?」

「なんだとぉ!?」

「怒ると、余計出るわよぉ」

「く……! こい! イルハート」

「あん、なによぉ」

「お前で気分直しだ!」

「やだぁ、鼻血止めてからにしてよぉ!」

「そのうち、止まる!」

ネプォンは、イルハートを馬車に放り込むと、上からのしかかろうとした。

「いや! 最低のマナーも守れないなんて!!」

大魔導士イルハートは、足でネプォンの顔を蹴り上げ、馬車からそのまま落とした。

「グエ!」

ネプォンの情けない声。
続いて、大魔導士イルハートは、馬車を魔法で動かして、来た道を引き返していく。

「止まれぇ! 止まってくれ、イルハート!!」

ネプォンは、フラフラしながら追いかけていった。

アホらしい。

「バーカ、バーカ」

オウムのフェイルノが、喋りながら上着の中から出て来ると、俺の肩にとまる。

「まったくだな」

俺も呆れていると、結界の中にフィオたちが入ってきた。

「フィオ!!」

俺が呼ぶと、フィオは白狐の姿から人の姿へと戻る。

俺も、元の姿に戻った。

「アーチロビン!!」

飛び込んで来るフィオを、しっかり抱き止める。フィオだ、フィオ、フィオ!!

「……フィオ!」

思わず声が掠れた。
夢じゃない。彼女はここにいるんだ!

「ガー、フィオ、オカエリナサイ」

「ただいま、アーチロビン、ただいま、フェイルノ」

フィオも、嬉しそうだ。
体で感じる確かな温もりに、泣きたくなるほどの喜びが込み上げてくる。

みんなも周りを取り囲んで、温かい言葉をかけてくれた。

「よかったのぉ」

魔導士ティトが、またハンカチで目頭を押さえている。

「あれから、フィオはすぐに目覚めたんだよ? 白狐の姿で飛び出して来て、最初は誰だかわからなかった」

聖騎士ギルバートが、ニコニコしながら教えてくれる。

「それからが、早いの何の。白狐の俊足でユバロン司祭から聖櫃の許可をもらって来て、ティトの魔法で俺たちと聖櫃を小さくしてさ」

ケルヴィン殿下が、頭についた葉っぱを落として笑った。

小さくして? まさか、みんなフィオに乗って来たのか?

「ということは?」

「そうだ、アーチロビン。霊泉の水は聖櫃で汲み出せた。それから小さくなって、フィオに乗ってここまで来たんだ」

ケルヴィン殿下は、力強く応えてくれた。
うまくいったんだ。

俺が腕の中のフィオを見ると、フィオは顔を上気させて笑っている。

「すごい……な……フィオ」

あれ? いつも通り話してるのに、唇が震える。
おかしいな、上手く喋れない。
フィオはそんな俺の顔を両手で包む。

「あなたに、早く会いたくて」

彼女が眩しい。胸もいっぱいだ。

「く……は……」

呼吸すら、止まりそう。
フィオが、心配そうな顔をする。

「大丈夫? アーチロビン」

「ん……んん! ごめ……俺……上手く話せ……なくて」

「いいの! いいのよ……」

フィオの目も、潤んできた。

しっかりしろ、俺!!

心が暴れて、枯れることを知らない湧き水のように、感情が溢れてくる。

これじゃ、言葉が少しも追いつかない。
それでも、伝えたい───。

「フィ……オ」

「ええ」

「また……会え……た。俺……俺は……」

それ以上言葉が出てこず、彼女を思いっきり抱きしめる。

俺の腕の中で、冷たくなっていったあの時のことを思い出して、さらに力を入れた。

「ア、アーチロビン、苦しい……」

フィオの声がして、俺は慌てて腕を緩める。

「ごめん!」

「ふふ、いいの……いいの。ありがとう」

「フィオ」

彼女と見つめ合っていると、自然と顔が近づいた。

「ガー、チュウスル? チュウ?」

オウムのフェイルノが、横からまた言い出す。

「もう、お前は───」

「アトガイイヨ」

「な、なんだよ、珍しいな」

いつもなら、煽るくせに。

「ソコニイルモン」

「何が?」

「テキ」

「!!」

ゾンビダラボッチが、森の奥からぬっと出てきた。

結界内は、大聖殿前で俺の力場に捉えた場所とはまた違う。

新たに、仕掛ける必要があるな。

深呼吸してフィオを見ると、彼女も力強く頷いた。

俺たちは離れて、ゾンビダラボッチに向き合う。

俺はすぐに矢を地面に打ち込み、力場が発生してゾンビダラボッチを包んだ。

さあ、ここからだ!!


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

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※この物語はフィクションです。表現や人物、団体、学説などは作者の創作によるものです。

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