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四章

霊泉

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目の前に、光あふれる泉が見えてきた。

これが、霊泉。
なんて、美しいんだ。

透き通った泉は、どこまでも深い。
神聖な泉だ。初めて見る。

「聖櫃を開けなさい」

白薙しろなぎ様に言われ、俺たちは聖櫃を降ろして、蓋を開ける。

中には、まだ目を覚さないフィオが横たわっていた。
フィオ、もうすぐ会えるからな。

白薙しろなぎ様は聖櫃を覗き込んで、フィオの額と喉、腹部に軽く指で触れる。

「槍はもう離してもよい。彼女だけを聖櫃から取り出し、この泉に沈めるのじゃ」

泉に? このまま?

「あの、呼吸は?」

俺は不安になって、質問した。生き返っても水の中じゃ……。

「孤族は霊泉の中で溺れることはない。ましてや白狐。必ずやこの中から蘇る。それに、見よ」

「?」

ポチョン、パチャン、コポポポポ……。

水の音がして霊泉の方を見ると、真ん中が渦を巻き、水の塊が祭壇のように形を形成していく。

そこに、フィオを寝かせろと言ってるのか?

「ガー、フィオ、ソコデ、オネンネ?」

オウムのフェイルノも、首を傾げている。そうとしか思えないよな。

「霊泉の御意志だ、さぁ」

白薙しろなぎ様に言われて、俺はゆっくりフィオを聖櫃から抱き上げると、霊泉に向かって歩き出した。

どうやって、真ん中まで行けばいいのか。
フィオを抱いたまま泳ぐのか?

と、思ってそっと霊泉に足をつけると、柔らかい地面のような硬さで立つことができた。

わ、歩ける! 水の上なのに!

「ほぉ……ヌシは龍を中に宿しておるな。霊泉が上を歩くことを許すとは」

白薙様に言われて、俺は軽く頷くと、そのまま霊泉の真ん中までフィオを運んだ。

目の前にある、祭壇のような水の塊に近づいて、彼女をそっと寝かせる。

待っているよ、フィオ。

ゆっくりフィオの体は、霊泉に沈み始めた。
───しばらくのお別れだ。
俺は、思わず彼女の唇にキスをする。

冷たくなった唇は動かないけれど、願いを込めて。

「俺の『初めて』だよ、フィオ……フィオ、待ってる! 必ずまた会おうな!!」

フィオの体はどんどん沈んでいった。
俺はしゃがんで四つん這いになっても、沈んでいく彼女の姿を目で追う。

やがて、彼女の姿は見えなくなっていった。

「ガー、フィオ、イッテラッシャイ」

オウムのフェイルノが、俺の肩にとまったまま、声をかけた。

そうだよな、いってらっしゃいだ。帰ってきたら、おかえりが言える。

「戻ってこい、若造」

後ろから、白薙様が声をかけてきた。
彼女が出てくるまで、こうしていたい……ダメか。

俺はゆっくり立ち上がると、みんなのところへ戻った。

安心したのか、気が抜けたのか。

膝に力がうまく入らず、どこか体が浮遊しているように不安定だ。

そんな俺を見て、ケルヴィン殿下と、聖騎士ギルバートが、すぐに支えてくれた。

「フィオは戻る、な? アーチロビン」

「すみません、ケルヴィン殿下」

「慌てん坊のフィオのことだもの。きっとすぐにボクたちのところに帰ってくるよ」

「ありがとう、ギルバート」

本当にいい人たちだ。こんな人たちが、世の中にいてくれることがとても嬉しい。

ネプォンみたいな奴ばかりだと、うんざりだから。

空の聖櫃を聖騎士ギルバートが運び、俺はケルヴィン殿下の肩を借りて、出口へと歩いた。

途中で、辛そうにうずくまっていた魔導士ティトを見つけて、一緒に戻る。

「大丈夫? ティト」

俺が言うと、ティトは笑って大丈夫と応えた。

「ワシら魔導士は、どうしても精霊や闇の力と関わるのでな。清浄すぎる場所は、過剰反応を起こしてこうなりやすい。気にするな」

話を聞いていた白薙様が、魔導士ティトの方を見る。

「ヌシは大魔導士かえ?」

「いや? ワシは普通の魔導士じゃよ」

「そうは思えんくらいの、魔力を感じるがな」

「はは、まぁ、若い時に候補にはなったがな」

「なぜ、なれなんだ? それほどの力があるのに」

「色々あった……と言っておこう」

「男か」

「!」

「大魔導士は、選ばれしものしかなれん狭き門と聞く。心乱すものがあれば、叶わんかっただろうな」

「ふん、余計なお世話じゃ」

「じゃが、ある意味、普通の魔導士の方が幸せかもしれんぞな」

「なぜじゃ?」

「大魔導士が背負う暗い掟があると、曾祖母に聞いたことがある。魔導を極めてしまったが故の、逃れられぬ運命だと」

「大魔導士が背負う暗い掟? 聞いたことがないぞ?」

「大魔導士のみに伝承されるらしいからな。ヌシが知らんでも不思議はない」

「それはなんじゃ?」

「知らぬ。」

「知り合いの大魔導士が、何やら怯えていたのでな」

「知り合いなら、聞けばよかろう」

「そんな素直な女ではなくてのぅ」

「ひねくれとるのか」

「捩れまくっとる。擦れすぎたんじゃろうな。プライドも高いし」

「高すぎる矜持のせいで身を滅ぼしては、身も蓋もなかろうに」

「ほんにのぅ」

二人の話を聞きながら、大魔導士イルハートを思い出す。

彼女は、俺に『あなたなら、私を……』と言いかけた。その先はなんだったんだろう。

「そういえば、アーチロビン」 

聖騎士ギルバートが、声をかけてくる。

「なんだ?」

「アーチロビンてさ、攻撃抑止と絶対反転以外の力も使えるの? 目から光線まで出してたよね。初めて見たから」

「ああ、その……大帝神龍王の力はひと通り使える。でも」

「ん?」

「あの時は街中だったから、最初は周りを巻き込まないように抑えてしまっていた。その点、攻撃抑止と絶対反転は周りを巻き込まないし、確実で安全だから」

「まぁ、攻撃しようとした本人に跳ね返るからね」

「そうなんだ。隠してて、ごめん」

「それはいいよ」

「いいや、仲間にはきちんと開示すべきだった。ごめん」

「いいんだよ。それに、今回はどんな力でもきっと倒せなかっただろうし、それにさ……“怖がられる”と思ったんだろ? ボクたちに」

「ああ……化け物だと、思われたくなくて」

聖騎士ギルバートは、頷きながら片手で俺の肩を軽くポン、と、叩いた。

「ボクも、半人半馬族が軍隊に少ないからさ、腕力や脚力の差が激しくて、仲間にまで疎まれたことがある。なんとなく、理解できるよ」

「ギルバート……も、苦労したんだな」

「まあねぇ。異端者は実力をつけるまでは、とやかく言われるよ」

そういうものか。
……そうなんだろうな。

「“違い”を受け入れられるか、入れないかの差は、大きいからな。まあ、ギルバートの才覚は俺が高く買ってる」

ケルヴィン殿下が、話に参加してくる。

「ありがとうございます、ケルヴィン殿下」

「二人とも、ほら出口だ」

顔を上げると、確かに出口が見える。

外に出てきた俺たちを、クラリスとターニャが出迎えてくれた。

「おかえりなさい!」

「おかえりなさーい」

「ただいま、ハニーたち」

ケルヴィン殿下が、ニコニコしながら言う。

二人は俺からケルヴィン殿下を奪い取ると、彼の両側から腕を組んで歩き出した。
す、すごい女の子たちだな。

「宿屋に案内してあげる!」

「今夜は、部屋の鍵は開けておいて、ね……」

「いいよ、ニ人一緒においで」

「きゃー!」
「やだぁ」

そんな時後ろから、聖騎士ギルバートの残念そうな声が聞こえた。

「いいなぁ、やっぱり、羨ましい」
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