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四章

幌馬車にて

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俺たちは幌馬車の荷台に腰掛けて、みんなと一緒に孤族の村に向かっている。

「お兄さんが、スパで彼女とハグしてるところ、見てたのよねぇ」

道々、赤狐のクラリスが、揶揄からかうように話しかけてくる。

う……今、思い出しても恥ずかしい。

「やめなさいよ、揶揄からかうのは!」

隣に座る黄狐のターニャ。二人は親友なんだとか。

「何よぅ、あんただって、彼女が羨ましい、て、言ってたじゃない、ターニャ」

「も、もう、今言わなくてもいいじゃない! クラリス!」

「うふふ、私もお兄さん、狙ってたんだけどなぁ。ナンパする前に、白狐の彼女にとられちゃった。尻尾まで、お兄さんに巻き付けてたしね」

あ、そういえば、腰に巻き付いたな、彼女の尻尾。

話を聞いていた聖騎士ギルバートが、クラリスに尋ねた。

「何か意味があるの?」

声をかけられたクラリスは、ピョン! と喜んで聖騎士ギルバートの隣に来ると、腕を組む。

「あのね、孤族の女性の最大の愛情表現なの! 『あなたと離れたくありません』『私のもの』の二つの意味があるのよ?」

え、そうなんだ!

俺は思わず聖櫃せいひつを見た。
あの時はあまり意識していなかったけれど、フィオは、心から最大の愛情表現をしてくれていたんだ……。

フィオ……それを知っていたら、もっとあの時……。

いや、戻ってきたら、応えればいいんだ。そうしよう。

話を聞いていた聖騎士ギルバートも、初めて意味を知ったらしく感心していた。

「へえ! そうなんだ」

「素敵でしょ? 私、このお兄さんに尻尾を巻き付けたかったのに、彼女に先越されちゃった。ねぇねぇ、聖騎士のお兄さんは彼女いる?」

「あー、いや、今はいない」

「やったぁ! ねぇねぇ、お兄さんは聖騎士の中で一番のイケメン?」

「ん? ああ。騎士の中では一番だよ」

「やっぱり? じゃ、お兄さんにきーめた」

クラリスは、すぐさま尻尾を聖騎士ギルバートの腰に巻き付けている。

ず、随分気軽に巻き付けてるな。
俺の想像では、もっとこう……いや、俺の考えが堅いのか?

聖騎士ギルバートも、腰に巻き付いた尻尾を見ながら、え、もう? みたいな顔で驚いていた。

「ね、ねえ、クラリス? さっきはアーチロビンで、もうボクなの? 切り替え早いね」

「恋は叶わないとわかったら、切り替えの早い方が不毛な時間を過ごさなくていいでしょ?」

「い、意外と達観してるね」

「ふふ、ほら、ターニャ。あんたには、ケルヴィンを譲ってあげる」

クラリスは、ターニャに手を振って、ケルヴィン殿下の隣を指差した。

しっかり自分が采配するんだな、クラリスは。親友同士の微妙な力関係を見るようで、少し引いてしまう。

「譲られましたよ? ターニャ」

ケルヴィン殿下は、苦笑いしながら彼女を見た。そういえば、ケルヴィン殿下も女性慣れしてる感じがする。

ネプォンみたいな、浮気者じゃないようだけど。

急に話を振られたターニャは、顔を真っ赤にして俯く。

「そ、そんなの……いきなり」

耳がペタンと垂れて、尻尾がキュンと下がる。

フィオとそっくりだ。

彼女が恋しい。早く会いたい。
そう思って彼女を見ていると、ターニャと目が合った。

「悲しい目……早く彼女に会いたいんですね」

「あ、ああ」

「いいな、そんな目をされるほど、想われて」

ターニャは、モジモジしながら馬車に積まれた聖櫃を見た。

「彼女が目を覚ましたら、あなたは行ってしまうのでしょう?」

……そうだけど、どういう意味なんだろ。

俺が彼女の醸し出す雰囲気に戸惑っていると、魔導士ティトが、俺とターニャの間に入ってきた。

「ゴッホン! 娘さんや、あんたには酷なことを言うが、そこでやめておきなさい。こいつは、白狐のフィオに惚れておる」

「わ、わかってます」

「お前さんが傷つくだけじゃ。望むものは手に入らない」

「……」

「ほれ、そこにおるケルヴィン殿下は、フリーじゃぞ。王子だから金もある、身分もある、権力もそれなり、容姿も文句なしじゃ」

「王子───様?」

ターニャが、ケルヴィン殿下の方を見る。
心なしか、目が輝いてないか?

ケルヴィン殿下も、ニヤッと笑って王家の印の入ったハンカチを見せる。

「そう! 世界中の女の子が一度は夢見る相手役、王子様です! 本物だよ」

言われたターニャと、クラリスの目が輝いた。

「きゃー!」

「王子様!!」

二人はケルヴィン殿下の両隣に座って、彼の腕を取ると、お互いの尻尾を彼に巻き付けた。

「私が先!」

「私よ! クラリスは、聖騎士のお兄さんでしょ!?」

「王子様がいいの! お金があるもん!」

「私も同じよ!!」

俺と聖騎士ギルバートは、呆気に取られて二人を見た。金と権力といえば確かに王家だけど。

「王子様、強いなぁ……ボク、秒でフラれたよ」

「よくわかんないけど、多分俺も」

そんな俺たちを見て、魔導士ティトが腹を抱えて笑った。

「ひゃーはっは! まぁ、金はある方がいいからのぅ。ケルヴィン殿下となら、食いっぱぐれることはないし」

聖騎士ギルバートは、不満そうに魔導士ティトを見る。

「えー、これが女の子なの? ボクは、フラれたこと、ほとんどないんだよ? 女の子はイケメンが好きでしょう? ロマンが、夢がぁ」

「現実的と言え。顔じゃ飯は食えんからな。高いレベルの生活が約束された王子様には、どんな男もかなわんのよ」

「ギャー! 乙女たちのイメージが崩れるから、やめて! ティト!」

「顔と、な、中身を見て決めてるんじゃないのか?」

「目を覚ませ、金じゃよ」

「ヒィ!」

「えー」

「何も言えない」

俺は聖櫃を見て、不安になった。フィオもそうなのか?

魔導士ティトは、笑いながら俺を見た。

「ま、そうではない娘もいる。うまい具合に出会えればよし、無理なら……」

言いながら、ケルヴィン殿下にしがみつく、二人の孤族の女性たちの方を見る。

「たんと、金を持つことじゃ。見た目の可愛い女の子は、来てくれるぞ。金が続く限りはいてくれるしな」

「……」

「ボク、女の子を見る目が変わったかも」

「俺も」

それが真実だとしても、なんだろうな、この……夢を壊さないでほしいという抵抗感がある。

どこか都合よく、純粋で無償の愛を期待してしまうんだろうな。

需要と供給のバランスというか、『欲しいもの』が手に入る条件を揃えた異性に、惹かれるのは仕方がないこと。

それでも……。
フィオだけは、こうあって欲しくないと思ってしまう。

いつまでも、あのキラキラした笑顔は忘れないでほしい。

「願うばかりじゃなく、そうしたくなるよう大切にしたいな」

俺が呟くと、聖騎士ギルバートは頷いた。

「アーチロビン、今、真面目なこと考えてるでしょ」

「ギルバート」

「相性が良くて、どれだけ好きでも、慈しまないとパートナーは離れていくからね。これはボクの経験則」

「そうだろうな」

「うん。『続ける』には努力や忍耐が必要だよ。お互い『大切にしたいと思わせるパートナー』であろうとするね」

「ギルバートこそ、深いこと言うじゃないか」

「へへ。まあ、先々アーチロビンたちも色々出てくるだろうけど、きっと大丈夫。ボクの幼馴染は、最初の彼女とずっと仲良しだよ」

「ありがとう、ギルバート」


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

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※この物語はフィクションです。表現や人物、団体、学説などは作者の創作によるものです。


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