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1章

気のいい仲間たち

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葛藤を抱えながら、先行する俺の後ろで、聖騎士ギルバートが、少し息が上がってきたケルヴィン殿下に声をかけた。

「ケルヴィン殿下、ボクの背に乗っていただいてもいいですよ。朝から丹念に刷毛ですいてきたので、美しい毛艶になってますから」

ギルバートが、自分の背を叩いてケルヴィン殿下を誘う。

そうか、半人半馬だから、騎乗もできるんだな。

でも、ケルヴィン殿下は、首を横に振る。

「ふぅ。いや、いい。旅に出る以上、お前たちと同じように歩く。ありがとう」

こんな人もいるのか。しかも王族なのに。
ネプォンなら、喜んで騎乗したはずだ。礼なんて滅多にしない奴だったし。

それにこの人たちは、荷物も俺一人に背負わせたりしない。

ネプォンの時と同じようなメンバーなのに、こんなにも違う。

「つ!」

ふと、頬が切れて血が流れていくのがわかる。

考え事をしていて、気が逸れていたな。
ピアノ線が張ってある。

危ない、危ない。
これを切ったら、仕掛けが発動するところだった。

「アーチロビン、怪我したの?」

フィオが気づいて、俺のそばにやってくる。

「大したことない。気にするな」

俺はサッと背嚢からガーゼを取り出して、傷口にあてる。

「癒しの術なら使えます」

フィオは、心配そうに俺の顔に手を伸ばしてきた。

な、なんだか照れ臭い。それに、こんな浅い傷で、霊力を消費して欲しくない。

「フィオ、よせ、こんなの傷のうちに入らない」

「傷は傷です!!」

「静かに! 声が大きい」

「ご、ごめんなさい。でも、痛そうで。力になりたいの……」

神官だから、怪我した相手を助けようとするのかもな。
こんなの、大したことないのに。

しゅんとなったフィオを見て、魔導士ティトがおかしそうに俺を見る。

「ふぉっふぉ。ここまで言うんじゃから、治癒魔法をかけさせてやれ。華のような笑顔が見られるぞ?」

な、なんだよ、いきなり。
俺が戸惑っていると、聖騎士ギルバートが、鏡を見ながら髪型を整えだした。

「ボクの身だしなみが整うまで、少し時間がかかるから、どうぞ?」

いや、いやいや。
顔は皮膚が薄いし、毛細血管が沢山あるから派手に出血しているように見えるだけ。

心配いらないのに。

「アーチロビン、命令だ。治療を受けよ」

ケルヴィン殿下まで、腕を組んで苦笑いしながら小声で言った。

し、仕方ない。
俺はフィオの方を向いて、あてていたガーゼをはずした。

フィオは、嬉しそうに目の前で『祈りの書』を開いて、詠唱し始める。

一番弱い魔法でいいからな、フィオ。

そう思っていると、

「癒しの泉を司る聖なる天使、ユキア。女神ルパティ・テラの名の下に、泉の源泉に御手を触れ完治の奇跡を起こしたまえ。リザレクション!」」

と、唱えた。
ん! それは完全回復の魔法?

顔の傷程度に使う力じゃ───!

焦る俺の前で、『祈りの書』の文字が輝き、光の帯が俺を包む。

あ、と言う間に、俺の体力が全回復して、傷口もなくなった。

「はぁ、はぁ……」

対して、フィオは疲労困憊でその場に座り込む。

そりゃそうだ。リザレクションは霊力の消費も大きい。

見習い神官の霊力は、すぐに尽きてしまうだろう。

「ピュアの魔法を使う……つもりが……間違えちゃった」

フィオは、恥ずかしそうに俯く。
相変わらず慌てん坊だな。

せっかくの回復技を、ここで使い尽くすなんて。

ケルヴィン殿下に何かあった時に、これがないとまずいだろうに。

周りも少し驚いている。
なんともいえない空気だ。
ここは、フォローしないと。

フィオが、顔を上げられずにいるので、俺は咳払いして、彼女に声をかけた。

「ごほん! ありがとうな、フィオ」

「アーチロビン?」

「ここから先は、誰にも怪我はさせないから、心配するな。霊力の回復薬は、この先の宝箱にあるだろう。それを君が使えばいい」

俺はニッコリ笑って、彼女に手を伸ばした。

「立てるか?」

「え、ええ」

「おかげで、全力が尽くせそうだ。力が湧いてくるよ」

「アーチロビン……」

フィオが恥ずかしそうに俺の手を掴むので、彼女を立たせる。
柔らかくて、小さな手だな。

少しドキドキするので、彼女が立つのを見届ると、すぐに手を離した。

フィオは、何か言いたそうだ。
俺にも、周りにも。

失敗した後、割り切るまでは心がムズムズするもんな。

「俺が関わった神官はさ、こんな魔法をかけてくれたことはないんだ」

と、俺はフィオに言いながら、シャーリーを思い出していた。

もちろん、他の神官とも組んだけど、リザレクションをかけてもらったことはない。

瀕死になった時の、起死回生の回復技だから。

シャーリーなら尚更。
俺が瀕死になっても、彼女なら見捨てただろう。

「だから、嬉しいよ、フィオ。いい経験をさせてくれて、ありがとう」

俺がそう言うと、フィオは微笑んでくれた。
素直な笑顔だな、可愛い。

思わず胸が温かくなるよ。
さ、行くぞ!

改めて前を向き、先に進む。

どうせ、俺はこのチェタ鉱山の討伐を終えれば、帰る身だ。

フィオも、この失敗を次に活かしてくれるだろ。

「アーチロビン、私、あなたのためなら……何度でも」

フィオが小さい声で呟くのが、聞こえてくる。
ん? どういう意味だろう。

「ほほほ、ええのぅ、わかる、わかるぞ、フィオ。ワシも覚えがある。いくらでも力が湧いてくるもんなぁ」

魔導士ティトが、けけけ! と笑いながら後ろをついてくる。

な、な、なんなんだ?
よく、わからないが、仕事をしよう。

俺はスカウトに戻り、罠を慎重に回避しながらみんなを案内していく。

ネプォンの時とは違って、みんないい奴ばかり。

この人たちとなら───

いや、よせ、俺は決めてるんだ。

そう思っていると、前方に異様な気配を感じてきた。

「ケルヴィン殿下、餌場が近いようです」

聖騎士ギルバートが、ケルヴィン殿下を背後に隠す。そうだ……戦闘が近い。

「アーチロビン、何が見える?」

魔導士ティトが、後ろから俺に声をかけた。俺は、次第に明るくなる視界に目を細める。

カラーン。

そこに、生き物の骨が放り投げられてきた。
よく見ると、足元に沢山落ちている。

奴がいる。食事の最中だ。

身を低くして覗き込むと、大きな穴が見えてきて、下の方に巨大な後ろ姿が見える。

「た、助けて!」

ヘカントガーゴイルの手に掴まれた兵士が、身を捩って叫んでいた。

兵士がここに!?
甲冑を着ていて、顔は見えないけど。

俺が後ろを振り向くと、ケルヴィン殿下も近づいてきて、中を覗き込む。

「うちの兵士じゃないか……!」

彼も驚いていた。

「助けますか?」

俺が聞くと、ケルヴィン殿下は、力強く頷いた。俺はみんなを見回すと、素早く穴の中に飛び降りる。

「アーチロビン! 一人で行かないで!!」

フィオが叫んだので、ヘカントガーゴイルが振り向いた。

穴の上にいる、フィオたちが見つかってしまう。

まずい!!

「こっちを見ろ!!」

俺はヘカントガーゴイルに矢を打ち込んで、俺の方へと向き合わせた。

「グルルル……ニンゲンか。うまソうだ」

ヘカントガーゴイルは、俺を睨みつけて舌舐めずりをする。

そうだ、俺を見るんだ。
仕込みはここからだ!!

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