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1章

旅の目的

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淡く光る球体の中に、ネプォンと大魔導士イルハートが浮かび上がる。

二人は地下室のようなところで、話し合いをしていた。

「なぁ、なぁ、もう一度確認するぞ? 魔王は、確かに消滅したよな!?」

ネプォンが頭を掻きむしりながら、イルハートの前を右往左往している。

イルハートは、木箱のような物の上に足を組んで腰掛け、その様子を目線だけで追っていた。

「えぇ、陛下。私たちは、あの時確かに魔王を倒しましたわ。肉体の消滅を見届けましたからぁ」

「だよな!? なら、なぜ? なぜ、各地の魔族の勢いが落ちない? おまけに、大聖女まで魔王の存在を感じると密かに伝えてきたぞ!?」

「陛下、落ち着いて。彼女は今体調を崩して、シャーリーが代行していますわ。与太話など、お信じにならないでくださぁい」

「無理だ。あのケルヴィンまで、魔王を倒した時の様子を何度も聞いてくる始末。あいつを黙らせないと!」

「んふふ。陛下、あの王子など放っておけば? 私たちは、大帝神龍王を封じて手に入れたレアアイテム、『攻撃抑止の宝玉』を使い魔王を倒しましたぁ」

それを聞いた俺は、苦い思いが込み上げてくる。あの後、こいつらちゃんとアイテムを手に入れてたんだな。

ネプォンは、イルハートの両肩を掴んだ。

「そう。あれを使って、ほぼ一方的に追い詰め、最後に俺が魔王の心臓を貫いた。それなのに……わけがわからん!」

イルハートは、掴まれた肩に置かれた手を自分の手でやんわりと握る。

「陛下、私にお任せを。調査してみますわぁ」

「調査? よせよせ! お前まで、結果を疑うような真似をするな!」

「魔王のことだけではありませんの。ここ半年間、近隣諸国との小競り合いが、何者かの手によって止められているという、噂もありますでしょお?」

「なんだ、それ」

「国境警備隊からの報告、聞いてらっしゃらないのぉ?」

「細かいことは、相談役であるお前に任せてるだろ。俺は忙しい」

「また、どこかのご令嬢を口説いてらっしゃるのね? いい加減にしないと、ヘレン王妃に、捨てられますわよぉ?」

「ないない。彼女は俺に夢中だから」

「ふふ……おめでたい人」

「ん?」

「いいえぇ。陛下は、どうぞごゆるりと、ご令嬢たちを愛でられていてくださぁい」

「イルハート? もしかして、妬いてるのか?」

「うふ、バレちゃった? ほら、もう、時間ですわよぉ」

「おっと、いけない。マーガレットを待たせていたのだった」

「でしょ? さ、早くぅ」

ネプォンは、イルハートに背中を押されて、部屋を出ていく。

途端に、イルハートは肩についた埃を落とすように、手のひらで肩をはらった。

───なんだ? この反応。
彼女も、ネプォンに首ったけではなかったのか?

「ふん。足元に火がついているかもしれないのに、馬鹿な男。魔王……結果次第では、私の立ち位置も変えないと」

イルハートは、クスッと笑って部屋を出ていった。

記録魔法は、ここまでのようだ。
淡く光る球体は、最初の画面を映し出そうとする。

ケルヴィン殿下は、サッと球体を背嚢に戻した。

「な? 奴らも、魔王の存在を疑ってる。俺は城を飛び出し、密かに病床の大聖女様にこのフィオを紹介されて、旅に出たのだ」

と言った彼は、フィオに微笑む。
フィオは、頷きながらお辞儀をした。

「私も大聖女オベリア様から、是非殿下に同行するよう命じられたのです。この旅で、己の籠目を解け、と」

籠目、だ?
籠目を解くとは、封じられた何かを解放することを意味する。

「フィオは、秘められた力があるんだな」

俺が言うと、彼女は顔を真っ赤にして慌てて首を横に振る。

「いいえ! いいえ、私は、神殿の中でもみんなに一番期待されてない神官なの!! いつもドジはかりで」

ケルヴィン殿下はそれを見て、からかうように笑った。

「そぉかぁ? 大聖女様は、稀代の神官になれると、言ってたぞ?」

「もぉ、殿下まで!」

フィオは、ますます顔を赤くして、両手で顔を覆う。同じ神官でも、シャーリーとはまた違うな。ドジというより、慌てん坊なんだろうな。

だが、魔王の魂の存在を感知できるところを見ると、本当に高い霊力を持っているのだと思う。

「ケルヴィン様!」

その時、ふいに声がして、水路の奥から二人の人物がやってきた。

蹄の音?

一人は鎧をつけた半人半馬の騎士。もう一人は魔導士のようだ。

「ケルヴィン殿下、追いつけてよかった。髪型がなかなか決まらなくて、出発に手間取ってしまったのです」

騎士の方は鏡を取り出して、自分の顔を何度も確認している。

「まったく、こやつのナルシストぶりには辟易するわい。殿下、包囲網をうまく抜けられたようじゃな」

魔導士の方は腰の曲がった老婆。ロッドを杖代わりにして、ヨロヨロしながら歩いてくる。

まさか、この二人が聖騎士ベルアンナと、魔導士ティトなのか?

ベルアンナは名前から女性かと思ったし、ティトはもっと若い魔導士かと思っていた。

二人は俺をジロッと見る。

「おや、フィオ神官、こちらは?」
「ほぅ……面白そうな若造じゃな」

おっと、自己紹介がいるな。
フィオは白い狐の耳をピコピコ動かしながら、二人に俺を紹介してくれた。

「あ、はい。こちらは。冒険者の間で、隠しチートキャラと呼ばれる弓使い様です」

おいおい、そこまで言う必要はないだろ。
俺は、そう思いながら二人に挨拶をした。

「俺の名前は、アーチロビン・タントリスです。チェタ鉱山のヘカントガーゴイル討伐まで、お供します」

俺が言うと、二人はキョトンとしながら、自己紹介してきた。

「ボクは、半人半馬の聖騎士のギルバート・ベルアンナ。短いお付き合いなのが、残念だ」

「タントリス……か。ワシは魔導士のティト・リュシェル。お前さん、まさか、アーサー・タントリスの親戚じゃなかろうな?」

え……アーサー・タントリス、て。
俺は驚いて、ティトを見た。

「アーサー・タントリスは、俺のじっちゃんの名前です」

「ぬわぁにい!?」

ティトは、目を見開いて俺を見た。
な、な、なんだよ。

「アーサー……なんてこと。一緒になれぬなら、独身を貫くと言っていたのにあの野郎!! 孫がいるということは、誰かと子供を作ったな!!」

「あ、あ、あの、ティト……」

「ぐぬぬ、裏切り者め! 裏切り者のアーサーめ!! ……くぅ、人の心は、人の意思は弱いものじゃな……」

さめざめとティトが泣き出す。
じっちゃん……若い時に彼女を騙したのか?

俺がハンカチを貸すと、ティトは涙を拭って鼻をかんだ。

「取り乱してすまんの。お前には関係ないことじゃ。さぁ、昔の男の裏切りを知ったこの怒りの力で、老体に鞭打って旅に出るかのう! 殿下!!」

ティトは、鼻をかんだハンカチを俺のポケットにねじ込んで、みんなの先頭を歩き出した。

おいおい……せめて洗って返してくれ。

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