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1章

追放と生贄

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「ちっ! やってらんねーよ!!」

勇者ネプォンは、目の前の敵に舌打ちしている。

「ここまで攻撃を封じられたら、なす術がないじゃないのぉ。どうなってんのよぉ」

隣の大魔道士イルハートが、光を失った自分のロッドを見つめて悪態をついた。

彼女は、スタイル抜群の妖艶な美女だ。だからって、戦いの場に露出度満点の装備で来るのはいただけないが。

「もう逃げようぜ、ネプォン。レアアイテムなんて諦めてさ」

暗黒騎士のヴォルディバが、剣を鞘に戻す。

「諦めるだと……?! こいつを倒せば、敵を完全無力化できるという、レア中のレアアイテムが手に入るんだぞ?! おい、お前も何か言えよ、アーチロビン!!」

ネプォンが、苛立ちながら俺の方を振り向いた。何か言えと言われても、俺は荷物の重さのせいで身動きすらままならない。それも、こいつら全員分の荷物を背負わされているせいだというのに。

「この大帝神龍王はいわゆる裏ボス、魔王より強いと言われてるんですよ? 魔王用のチートアイテムを少し回して、減った体力を補う。それから逃げるしかないですよ!」

俺は現時点のベストな決断を口にした。とにかく全滅しないことが重要だから。

大帝神龍王は、世界中にいる龍王の長。鉄壁の防御力を持ち、状態異常にも滅多にならない。

毒、目くらまし、混乱、魅了、暴走、即死、石化、時間停止、ほぼ無効ってわけだ。暴走は恐ろしくて、試す気にならないけど。

そして何よりの脅威は、『攻撃抑止』。相手のあらゆる攻撃を発動前に止めさせて、一切攻撃をさせないという恐ろしい技。

つまり今俺たちは、攻撃の全てを発動すらできず、大帝神龍王から一方的に攻撃される、という目もあてられない状況に陥っているのだ。

「はあ……」

そもそもこういう敵は、弱体化する条件を満たしてから挑むモノ。

世界各地に現存する龍王を全て倒し、龍神に認められた勇者が、その力を授かってからようやく五分で渡り合える相手なのに。

ネプォンは龍王を数体しか倒しきれず、龍神にも認められなかった。準備不足のくせに、勇者としてのハクをつけたいのと、レアアイテム欲しさに挑み、こうなっている。

それなのに……。

「この、馬鹿弓使いが!! チートアイテムをこれ以上使えるもんか!! 全体回復薬も、無敵の薬も一切使うな! 魔王ダーデュラ討伐にとっておけ!!」

ネプォンは、ギャンギャン騒いで俺を睨みつける。じゃ、どうするんだよ?
大帝神龍王が手加減してくれるとでも?

ラスボスを凌駕する、事実上この世で最強の裏ボスなのに。その時、大帝神龍王が衝撃波を放って、みんな一気に吹き飛ばされた。

俺たちは、ボロボロになりながら、慌てて近くの岩の後ろに隠れる。

もうこれ以上もたないぞ!? 俺は全体回復薬を、大量の荷物の中から引っ張り出した。

「使うな! 馬鹿野郎!」

ネプォンが目ざとく気づいて、俺の目の前に短剣を突きつける。

危ない! 何、味方を攻撃してるんだよ!?

「も、もう仕方ありません!」

神官のシャーリーが、いても立ってもいられないと言った様子で、背嚢から小さな三叉の水晶を取り出した。

「あら……いいものを持ってるじゃないのぉ」

イルハートが、シャーリーの水晶を見て目を細める。

「大聖女オベリア様にいただいた、古代の秘宝です。大帝神龍王と同じ時代に生まれたこの聖なる神器なら、大帝神龍王を封印できるでしょう!!」

シャーリーは、震える手でその水晶をみんなに見せた。

「そんないいモノあるなら、さっさと使ってくれよ!」

ネプォンが叫ぶと、シャーリーは悲しそうな顔をする。

「本来は、魔王ダーデュラに使えと言われていたのです。それに……これは魔王用の封印ですから、魔王以外を封印するには依代が必要なのです」

「依代……? つまり生贄?」

「そうです。大帝神龍王をこの水晶に引き込むために、別の魂が必要なのです」

シャーリーとネプォンが、水晶を見つめて考え込む。

別の魂? そんな犠牲を出すくらいなら、みんなで回復して逃げたほうがいい。

大帝神龍王はこのダンジョンの外までは追ってこない。アイテムと違って、命は替えがきかないんだから! そう思っていると、ネプォンが俺の喉に短剣をあてた。

……え!?

「ちょうどいい。依代ならこいつだ」

みんなの視線が俺に刺さる。
う、嘘だろ!?

俺が抵抗しようとすると、暗黒騎士のヴォルディバが、肩を押さえつけてくる。

「大人しくしろ! 固有アビリティのない役立たずめ。やっと俺たちの役に立てるんだから、喜べよ」

こいつ!?

確かに俺は、固有アビリティを持たない弓使いだ。それはこいつらが、自分達の装備に過剰に金をかけすぎて、凄腕の弓使いを雇うだけの余裕がなかったからだ。

元々、森で狩りをしていた俺を強引に勧誘して、一人暮らしのじっちゃんの持病を治すことを条件にパーティーに加入させたのはこいつらなんだぞ。

俺も、勇者ネプォンは人気の有名人だったし、そんな人の下で名を上げたい、という欲が少しもなかったとは言えない。

でも、実際のネプォンは、外面がいいだけの、猫かぶりの最低勇者だった。運の良さを示すラック値だけが異常に高く、そのおかげでやってこれたやつだったのだ。

毎日、下働きと荷物持ちをさせられて、ろくな装備もさせてもらえない。戦いには命懸けで参加させられて、終われば役立たずと罵られる。

その挙句が、生贄になれだと?

冗談じゃない。一人で俺の帰りを待つじっちゃんのために、俺は生還しなきゃいけないんだ!

諦めずに身を捩る俺の前に、イルハートがロッドを向けてくる。

「大人しくしなさいな、可愛いぼうや。あなたの犠牲は忘れないからぁ」

俺は必死に首を横に振って、シャーリーを見る。

神官のあんたは違うよな!?

「この女に期待しても無駄だぜ」

暗黒騎士のヴォルディバが、イヤな薄笑いを浮かべて言った。ど、どういうことだ?

「何せシャーリーは、俺とできちまってるんだからな」

「!!」

その場にいる全員が驚く。一番あたふたしているのは、シャーリーだ。

「黙ってると約束したじゃない!」

「お前がモタモタしてるからだ。ウブなふりもやめときな。俺が初めてじゃねぇだろ?」

ヴォルディバは、シャーリーを見てニヤリと笑う。

シャーリーは、何か言いかけたけれど、突然暗い目をして水晶を俺の胸にピタリとあててきた。

「今更諦めるものですか。私はどうあっても魔王ダーデュラを倒して、大聖女になるのよ」

「そうそう、それでいいんだよ。貞操の掟を破っちまったお前は、魔王討伐くらいの功績がなきゃ、大聖女にゃなれねぇもんな」

「な……!!」

俺が戸惑う前で、ヴォルデバがシャーリーに投げキッスをする。

「ほんとにいけない女だよ。でも、そこが好きだぜ」

「あんたの口の軽さは、いただけないわ」

シャーリーはヴォルデバを睨んで、俺の胸に水晶を押し込んできた。水晶は光り輝いて、俺の胸にズブズブと入り込んでいく。

「ひっ……!!」

痛みはない。でも、無性に寒い。ガタガタと震えだした俺の顔を、イルハートが優しく撫でる。

「さようなら、可愛い坊や。味見できなかったのが残念だったわぁ、うふふ」

彼女がそう言うや否や、ネプォンが俺の顔を殴ってきた。

「こいつ! 生意気に俺の女に色目使ってたのか!?」

……馬鹿か。誰がこんな女に色目なんて使うかよ。

そんなことより、一番悲しいのは……。

「尽くした挙句が、これかよ?」

パーティーに参加して以来、少しでも役に立ちたくて、認めて欲しくて、俺なりに必死に努力してきた。雑用も全部引き受けたし、待遇悪くても文句も言わず、貢献してきたつもりだった。それなのに、こんなのあんまりじゃないか?!

ネプォンは呟く俺を、大帝神龍王の前に突き飛ばした。

大帝神龍王の体に、吸い込まれていく俺。

「俺は魔王ダーデュラを倒し、この国の姫と結婚して国王になる男だ!! お前なんかにかまってられるかよ!!」

ネプォンのそんな言葉が聞こえる。

畜生こんな……これが俺の人生の終わりなんて。他人なんか信用した俺が悪かったのか……?

後悔と絶望の底で、最後に浮かんできたのは、ずっとあの家で一人、俺の帰りを待っている、じっちゃんのことだった。

じっちゃん……じっちゃんごめんな。こんなことなら旅になんか出ずに、ずっとじっちゃんといればよかった。

大帝神龍王に溶け込んだ俺は、そのまま真っ暗な闇に沈んでいった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

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※この物語はフィクションです。表現や人物、団体、学説などは作者の創作によるものです。

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