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急展開

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「が……がが……」

「……?」

顔を上げてテス王を見ると、彼は鬼神棒を持った手をもう片方の手で掴んで、苦しんでいる。

「なんだ……力が、吸い取られる……!」

「え」

「クローディア、クローディア! これは……なんだ……お前、何をし……」

「きゃ! いや!!」

肩を掴まれて、思わず振り払う。
目の前で、テス王の髪の毛が真っ白になっていった。

腕も干からびて、老人のようになっていく。

カラーン。
鬼神棒が床に落ちて転がった。

どうしたの? 何があったの?

コツコツ。

そこへモノケロガヤがやってくる。

「王よ、鬼神棒は人間には使えぬのです」

そう言って、鬼神棒を拾ってシュラの懐に戻した。

な、な、なんなの? この人は知っていてこんなことを?

「モ、モノケロガヤ……貴様」

「テス王。鬼神棒を使いこなしたければ、使えるものを使役せねば。つまり鬼のおさを配下に置くのです」

「使役……」

「鬼は人の血肉で狂うのです。特に愛する者の血肉は、完全な支配を可能にするほど狂わせられる。例えば、ここにおりますな。愛し合う恋人同士が」

モノケロガヤは、兵士たちを見回して、私を指さした。

「お前たち、クローディア様にはもう、手を出すなよ。生贄は、無垢な乙女のままの方が、調伏の法力の素材として価値が高いからな」

「ちっ」

「こんないい女、抱ける機会なんて二度とこないのに」

「諦めろ。私に従えば、栄耀栄華は思いのままだと、言ったろうが」

「……わかりました、モノケロガヤ様」

「約束は守ってくださいよ。このケチなテス王より、あんたについた方が得だから従うんだ」

しなびるように老いて倒れたテス王を、誰も気にせず、彼らはモノケロガヤの命令に従った。

おじ様は、誰にも慕われていなかったのね。

兵士たちは、私と意識のないシュラを捕まえて、独房に放り込んだ。

私が慌てて独房の出口に走っても、目の前で扉が閉まる。

「出して! 出しなさい!!」

ドアを必死に叩いても、誰も開けようとしない。モノケロガヤだけが、面白そうに覗き込んでくる。

「クローディア様、よくお役に立ってくださいました。あとは鬼のおさの餌食となり、私の満願成就に力をお貸しくださいませ」

「始めから、あなたはこれが狙いだったのね!?」

「ええ。三百年前の失敗から、学んだのです。宝珠を返さず、鬼神棒を得るにはこれが最上だと」

「私が来なかったら、どうするつもりだったの?」

「あなたは、来ますよ、必ず。まあ、来ないにしても、保険はありましたから」

「……?」

「とにかく、あなたというピースがはまった以上、最良の成果を私にもたらすでしょう」

「テス王まで騙して! 自分が王になるため?」

「王などと。鬼神棒は、神の仲間入りすら可能にするでしょう。私は新世界の神として、生きることにしているのです」

「新世界の……」

「グルルル」

ふと、後ろからけもののような唸り声がした。え……まさか。

シュラが、ゆらりと起き上がる。その目が、ギラギラと光っているのが見えた。

「シ……シュラ?」

「クローディア様、鬼のおさには幻覚を見せる薬を飲ませておりましてな。今のあなたは、極上の獲物に見えているはずです」

「モノケロガヤ! なんてことを!!」

「もう、あなたの体はクリスタル化しません。おわかりですな。ふふふ、私はここであなたの最期を見届けましょう」

「そ、そんな!!」

こんな狭い独房の中では、逃げ場がない。
ハッと振り返ると、シュラが間近に迫っていた。

「グルルル」

「シュラ……」

私がシュラを悪鬼に堕としてしまうの?
モノケロガヤの傀儡くぐつにさせてしまうのに。

でも、何ができるの?

迷っていると、シュラが私の首に噛み付いてきた。

「ああ!!」

牙が刺さる瞬間を想像して、身を固くする。
シュラ!

私は彼に押しつぶされるように、そのまま床に倒された。

もうダメ!!
ギュッと目を閉じて、その瞬間を待つ。

……。
……。

……あれ? いつまでも痛みが襲ってこない。牙で挟まれるように、優しく噛まれてるだけ。

気がつくと、背中にも手を添えられていて、床に頭や背中を強打することなく守られていた。

シュラ……? あなた、まさか?

ブシュ!
何かが潰れる音がして、顔に液体がかかる。

この味……まさか、ワイン?
ブシュ! ビュー!

派手な飛沫があちこちに飛ぶ。
まるで血飛沫ちしぶきをあげているかのよう。

シュラは時々角度を変えて咥えてくるけど、痛みはこない。モノケロガヤから見たら、私は食べられているように見えるのかしら。

「ふん、あっけない。まあ、しっかり食らうのだぞ。一時間ほどで悪鬼と化すだろう。後で呼ぶように」

「はい」

兵士に命じたモノケロガヤの足音が、遠ざかっていく。
シーン……。

静かになった。
兵士も外に出たみたい。

私、生きてるわ。
シュラは、きっと正気なのね。

さっき、兵士たちに襲われそうになった時、あげていた唸り声も偶然じゃないはず。

「シュラ……」

「……」

「シュラ、重い」

「ん……」

ペロリと首筋に、彼の舌が這い回る。
や! 何をするの?

「あ! もう、舐めないでったら!」

「クローディア」

シュラが、かすれたような声で私の名前を呼ぶ。
少し、声が震えてる?

「シュラ?」

「クローディア、クローディア」

何度も呼ばれて、その声の切実さに胸が締め付けられた。

彼は体を起こして、顔を覗き込んでくる。その表情は、言葉よりも多くの気持ちを伝えてきた。

彼、本当は心底怖かったんだ。私が無事に体に戻れるかは、わからなかったのだから。

「シ……シュラ」

「逃さないと、言ったはずだ」

「え」

「もう二度と、俺のそばから離さないからな!」

「わ!」

いきなり抱き起こされて、彼の膝に横抱きに乗せられる。

「シュラ、あの……」

「まったく困った女だ。初対面の俺に平手打ちするわ、芝居の告白で俺を落とすわ、一世一代の愛の告白直後に、消えていなくなるわ! 何もかも予想の斜め上を行きやがって!!」

「こ、声が大きい!!」

「おまけに、外で待ってりゃいいものを、わざわざ城に来たな! さっきも、俺以外の男に襲われかけただろ!?」

「あ、あなたに罠だと伝えたのに、城に入ったと聞いたから、助けないと、と思ったの。さっきも倒れてたじゃない?」

「酒に細工されてたけど、解毒剤を飲んでたから、効くまで動けなかっただけだ。動けてたら、奴らの好きにさせるわけない」

「じゃ、あの唸り声は、やっぱりシュラが?」

「───我慢できなくてさ。意識はあったから」

「……ありがとう」

「だからってなあ!」

「怒らないで。な、なんとかしたかったの……ごめんなさい……」

「たく、鬼たちを束ねる鬼のおさ、このシュラ様の心をこんなに振り回す女なんて、後にも先にもクローディアだけだぜ」

シュラはやれやれとため息をつくと、顔を近づけてきた。

「底なしに惚れたよ」

「シュラ……」

彼と唇が重なって、目を閉じる。
シュラは、とても甘いキスをしてくれた。

このまま、溶けてしまいそう……。
あんなに怒っていたのに、キスも抱擁も優しくて、されるがまま。

私は体の力が抜けて、シュラが支えていないと、崩れ落ちてしまいそうになる。

ゆっくり唇が離れると、破られた上着と掴まれた肩を、いたわるようにさすってくれた。

ぞくっ。
今更ながら、背中にシュラの手のひらの感触がする。肌が露出しているから、彼の手の熱さが直接伝わるんだ。

シュラの目も、意味深に艶を含みだす。
どうしよう、このまま迫られたら、きっと私……。

「ゴホン! おさ、続きは帰ってからしとねでなさいませ」

いきなりソラメカの声がして、私たちは慌てて離れる。

え、ど、どこに!?

あ……。

足元に、私たちを見上げる目玉がある。
え、目だけ!?

キスの余韻が冷めて、気持ち悪さに思わずシュラにしがみついた。

シュラは、ソラメカの目玉を睨む。

「ソラメカ、邪魔すんじゃねぇよ」

おさこそ、われの目の前で、よくもその小娘と乳繰ちちくり合いましたな。たしなみはどこへ行きました?」

「俺が彼女に溺れきってること、知ってるお前が言う?」

「ふん、まあ、今回は目をつぶりましょうぞ」

「今は瞼はないけど、よろしくな」

シュラは鬼神棒を取り出して、私と一緒に立ち上がった。

「さあ、反撃だ!」
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