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三匹の老爺のお節介

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鬼の一族と、人間の歴史。
あれから何日か、書庫に通って何冊も読んだ。

その間も、シュラが遠くから見てるのよね。

話しかけようとすると逃げるから、呆れてしまう。

それにしても───。

書庫の本を読んで、改めて認識させられる。

人間の世界の本には、鬼は無知で粗野で凶暴で。人間を食べるだけの化け物としか書かれていなかった。

でも、実際の鬼たちは、とても優しくて知性もあって。

そりゃ、この世界に来て私はいきなり赤鬼たちに食べられそうになったけど。

今思うと、単なる興味本位に齧り付いたのかと思う。

あれ以来、彼らも何もしないし。

人間の世界の歴史で学んできたほど、話の通じない種族じゃない。

誰かが、鬼を悪者として、歴史を書き換えたんだ。
おまけに、宝珠の知らない特性もここで知ることができた。

『宝珠は大地の浄化が終わると、金銀財宝を無限に生み出すのみとなる。それが、宝珠を返却する時期が来たことを伝える合図なのだ』

……なるほど。
テス王が宝珠を返さないのはこれね。
我が国は、確かに金や銀がよく取れる。

珍しい宝石も見つかるから、宝石の輸出国としても他国に優位性を保っているし。

しかも、王家の国有地から取れるから、王権の強さに拍車をかけてるのよね。

お父様なら……お父様ならきっと宝珠を返したはず。

即位の式で、宝珠返還を宣言する予定だったのだもの。

ところが、あらぬ嫌疑をかけられてテス王が即位してしまった。

なんとか、お父様たちを助けられないかしら。

考え事をしながら書庫を出たところで、私は声をかけられた。

「おやおやおや、これはこれは」
「おお、この方ですかな?」
「ほほほ、可愛らしい。もしもし、クローディア様」

「?」

そこには、腰の曲がった老爺のような高齢の鬼が三匹いる。

誰かしら……。

「はい、何か」

「ワシらは、おさの昔の世話役ですじゃ」
「こーんなちっこい頃から、面倒を見ましたわい」
おさはそりゃもう、手のつけられんほどの悪童でしてなあ」

「は、はじめまして。そうなのですね」

おさは年頃になると、モテましてな」
「ディアベル御前ごぜんに似て、そりゃー女泣かせで」
「でも、みーんな恨まんのですわ。惚れとるからですな」

「は、はあ」

「そんなおさが、最近はとんとご無沙汰になったと聞きましてな」

「鬼女たちが声をかけても、誘いに乗らんそうで。こりゃついに、おさが誰かに陥落させられたと気づいたわけですわい」

「なんでも、おさは一人の女性の後ろをついて回っとるらしく、ワシらは噂の真相を確かめにきたのです」

「えっと……」

「恋愛といえば、遊びしか知らなかったおさを、こうまで変えるとは驚きですじゃ」

「本気になると、意外と一途なんですな。初めて知りましたわい」

「さっきから、クローディア様の周りをうろちょろしているおさが見えましてな」

「え? 私?」

「おや? お気づきでない?」

「鬼の若い男衆が、クローディア様と話すとおさに睨まれると、戦々恐々しとりますぞ」

「思い当たるふしは、ないので?」

そう言われると、確かによくシュラが来るわ。
でも、それは多分。

「ありますね。けれど、彼自身がろくに私と話してくれません。───危険だと思われて監視されているだけだと思います」

「なんと!」

「あのおさが、ろくに女人と話さない?」

「まさに青天の霹靂。これは祝わねば!」

「あ、あ、あああの?」

「ん? もしや、クローディア様はおさがお嫌いですか?」

「え? いえ、その……好きとか嫌いとかそんなこと」

「では、どのようなタイプが、お好みで?」

「タイプですか? 誠実で、優しくて、私を愛してくれる人……かな」

「ほほ、ならば、この鬼はいかがですかな」

「ワシらは顔が広くて、いろんな鬼を知っとります」

おさに比べて少し劣りますが、それなりの鬼たちに伝手つてがありますぞ」

彼らは次々と姿絵を見せてくる。
わあ、シュラだけじゃないんだ。
顔立ちの整った鬼、て。

「この鬼、素敵」
「ほほ、お目が高い。そやつはおさに僅差でいつも負ける鬼なのですが、なかなか男前で───」

ズボ!!
突然、姿絵の真ん中に穴が空いた。

「何、してんだよ」

そこには、鬼神棒を突き出したシュラがいる。え、いつの間に、近くにきたんだろう。

「おお! おさ
「なんちゅう、鬼神棒の使い方をするのですか!」
「クローディア様に、新しい色男イケメンな鬼を紹介しようかと思いましてな」

「新しい……色男イケメンだ?」

シュラの目が据わり始める。なんだか、雰囲気が怖い。

おさは、いつ浮気するかわからんでしょ? クローディア様にも恋人がいれば、お嘆きにならずにすむではありませんか」

「クローディアに、そんなものいらない」

「……おさ?」

「他の男なんて、虫唾が走る。そいつを近寄らせてみろ。手を捻り切るからな」

「おお?」
「なんと珍しい」

「シュラ! 乱暴なこと言ってはダメよ」

私は、思わず彼の正面に立って睨みつけた。
捻り切るなんて、ひどいわ。
いくらおさだからとはいえ……え?

ポン!

音が聞こえそうなほど、シュラの顔が一瞬で茹で上がる。

そのまま、また飛び上がっていなくなってしまった。あ、また。もう!!

「おお!」
「今の……見たか?」
「見た見た、生まれて初めてあんなおさを見たわい!!」

三匹の老爺の鬼たちは、私をマジマジと見て、拝みだした。

おさ悋気りんきを起こすとはのう」
「奇跡じゃな。長生きはするものじゃ」
「あの様子じゃ、ゾッコンじゃて」

「あの……悋気りんき、て?」

「ほほ、ヤキモチのこ……」

「余計なこと、言うんじゃねぇ!!」

シュラが戻ってきて、私の背中を押してきた。

「あ! もう、何するの?」

「いいから、行くぞ!」

「話をしていただけじゃない!」

「いいから! じいやたちも帰れ!! いいな!!」

シュラは、グイグイ押してくる。
なんなのよ、この鬼は。

後ろから、老爺たちの声が追いかけてきた。

「婚儀は、次の吉日にいたしましょうかー」

婚儀? 誰の?

「うるっせぇ!!」

シュラは、そのまま私を連れ出して、川のほとりにやってきた。

ここ、どこ?

シュラがまたいなくなろうとするので、慌てて呼び止める。

「知らないところに、置いていかないで!」

「……」

「帰れなくなっちゃう」

「……」

「今日はお話、してくれるんでしょ?」

「……か?」

「え?」

「ああいう奴が、タイプなのか?」

「え? まさかさっきの姿絵の話?」

「───おう」

「あの中では、素敵だな、と思ったけど」

それだけ。単純に比較したら、シュラの方が数倍上だけど。

「あ、あいつは、浮気癖がひどい。やめとけ」

「は?」

「他の奴らもだ! 鈍臭どんくさかったり、気が利かなかったり、問題だらけだ」

「シュラ」 

「め、命令しておく。付き合うな、誰とも!」

「シュラ、てば」

「そ、それに、クローディアは俺の人身御供ひとみごくうだ。他の奴なんて、許さない。クローディアを、好きにしていいのは俺だけだ」

「シュラ!」

「へ?」

「さっきから、何を一人で興奮しているの?」

「は? いや、それは」

「私は、好きなタイプを聞かれたから答えただけよ」

「そ、そうか」

「あなたの怒り方は変よ。まるで、『クローディアは、俺のものだ』て、言ってるみたい」

「!!」

「あ」

言っていて、自分が急に恥ずかしくなった。な、なんだか、とんでもない爆弾発言をした気がする。

わ、私まで顔が赤くなっちゃう!

ボスン!
……え?

隣にいたシュラの顔から、煙が上がってる。

そのまま、横にばたりと倒れて気絶した。

おさ!!」

いつの間にか、さっきの老爺たちが来ている。
彼らは、シュラを介抱すると、私を両手で拝んできた。

「女神降臨じゃ」
「クローディア様、おさを頼みましたぞ」
「ワシらにできることは、なんでもしますから」

「え、あの、わけがわかりません」

「まあまあ」
「そのうちわかりますじゃ」

私は首をかしげげながら、彼らと帰路についた。


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