上 下
81 / 91
番外編

※ランヴァルト視点 戦闘

しおりを挟む
「グフ!イバリーン!!」

キャロン元法王補佐官の声が、響き渡る。

俺たちが注目する中、閉じた口をくちゃくちゃいわせる妖婆が、悔しそうに鍋の縁を叩いた。

「小賢しい、吸血鬼め!!」

妖婆が叫ぶ。
シルヴィアが、すんでのところでイバリンと一緒に透明化していたのだ。

彼女は俺の隣に来ると、姿を現して実体化する。

救出されたイバリンは、恐怖のあまり固まっていた。キャロン元法王補佐官は、そんな彼に駆け寄って心配そうに顔を覗き込んでいる。

「邪眼を使いすぎた人間は、我らの餌になるのだ!それが代償だ。置いていけ!!」

妖婆が叫ぶ。
イバリンはハッと正気に戻って、シルヴィアの後ろに隠れた。

「フハ!嫌だぁぁ!!吸血鬼、なんとかしろ!食われたくない!死ぬのは嫌だ!!」

妖婆は、歯をガチガチと言わせだす。
これは・・・戦闘になりそうだな。

俺は、モーガンをシルヴィアの肩に戻すと、剣を抜いた。

モーガンが、一度に抑え込めるのは1人だけ。
あの邪眼を持つ方を抑えないと。

「みんな!私の後ろへ!!」

シルヴィアが叫ぶので、俺たちは彼女の後ろへと集まった。

彼女が手をかざして、見えない鉄壁の壁のバリアが俺たちを包む。

次の瞬間、毒の霧と溶解液が、妖婆の背中から生えた蛇たちの口から一斉に吐き出された。

キャロン元法王補佐官たちが入れられていた鍋が、一瞬で溶けてなくなる。

すごい威力だ。

反撃をしようにも、この毒の霧と溶解液を吐き出す蛇たちをなんとかしないと。

「ウケケケ、全員弱らせて食ってやろう。」

後ろから迫る妖婆が、掌につけた邪眼を向けて来る。

「シルヴィア、俺が合図をしたらモーガンを放て!!フェレミス、奴の急所を撃て!!」

フェレミスが、銃の先をシルヴィアのはる壁の向こうに出して、妖婆の眉間を撃ち抜いた。

「グブ!」

妖婆の頭が、反動で後ろに反り返る。

「中和剤を散布しろ!!」

俺は、そう叫んで素早くシルヴィアの後ろから跳躍して飛び上がると、正面から迫る妖婆の眉間に剣を刺した。

その妖婆も、背中をのけぞらせて仰向けに倒れる。

けれど背中の蛇たちは、毒の霧や溶解液を噴き出し続けていた。

背中の蛇がまだ生きてる・・・!
このくらいでは倒せないか!

剣を引き抜いた俺は、毒の霧をまともに被って意識を失いかけながら、シルヴィアに叫ぶ。

「シルヴィア!モーガンを!!」

モーガンが、シルヴィアから離れて、邪眼を持つ妖婆のお腹に飛び乗る。

「うぐぉお!!」

妖婆の1人は、背中に生やした蛇ごと動かなくなった。

「ランヴァルトー!!」

シルヴィアが倒れかけた俺を呼ぶ。
くそっ、体が痺れる・・・!

不死身になったとはいえ、毒の苦しさはなくならない。

「シルヴィア、私が行くよ!」

ハンナが口に布を巻くと飛び出してきて、俺を抱える。

「ハンナ!私の後ろへ!!」

シルヴィアがうまく手を使いながら、俺たちをバリアの中に迎え入れた。

「ランヴァルト、しっかり!」

シルヴィアが治癒力で、俺の体の毒を抜いてくれる。

「う・・・ありがとう。もう一体の妖婆をなんとかしないと。」

モーガンの爪にかかった妖婆はおとなしくなっているけれど、もう一体の妖婆がモーガンを跳ね除けたら復活してしまう。

俺は仲間たち全員を見た。
シルヴィアの斬撃で、一気に一刀両断もありだが、下手に背中の蛇が生きていると、俺のように毒か溶解液をくらってしまう。

「妖婆の背中に生えた蛇たちの頭を落とせるか!?」

力の源は、妖婆の背中の蛇たちだ。

「背後に回ることが、出来れば。」

シルヴィアが言うと、2体の妖婆のうち、モーガンが乗ってない方の妖婆が起き上がる。

「おのれ!人間ども!まとめて石にしてやる!」

妖婆が、背中から生えた蛇たちの目を光らせて睨んできた。

「蛇たちと視線を合わせるな!!目を閉じろ!!」

俺が叫ぶと全員目を閉じる。
でも、このままではジリ貧だ。

俺は目を閉じたまま、みんなに小声で話しかける。

「俺が囮になる。その隙に背後に回り込んで、背中の蛇たちを全員で切り落とすんだ。」

「1人の囮では、意味ないよ。私もやる。ウィンスロットほどないけど、このハンナ様は身軽なのよ。」

「目を閉じたままで、大丈夫?ハンナ。」

「気配を読めるのが、Sクラスのハンターよ。それより、きっちりやってね!」

「そ、そんなことができるんですか?目を閉じて陽動なんて・・・!」

レイモンドたちは、懐疑的だ。
それでも、やれるのがSクラスだ。

「チャンスは一度だ!!しっかり中和剤を撒き続けろ。俺たちを支えてくれ!」

俺はそう叫ぶと、ハンナと一緒にシルヴィアの後ろから飛び出し、素早い動きで妖婆を翻弄する。

「ちょこまかと、面倒な人間ども!溶けちまいな!!」

妖婆が溶解液を放ってくるのを、ギリギリまで研ぎ澄ませた神経を頼りに避ける。

フッとシルヴィアたちの気配が消え、彼女たちが透明化したのを察した。

回り込む気だな。

ガキ!!

妖婆が俺の剣を咥えて、受け止める感触がした。

直後、俺の腹を妖婆の腕が突き抜ける。

「うぅ!!」

「ギャハハー!!腹の中から溶けてしまえ!!」

「ランヴァルトー!!」

ハンナの叫び声の直後、ボトボト!と重い何かが落ちる音がした。

ゆっくり目を開けると、足元に妖婆の背中に生えていた蛇の頭たちが落ちている。

「ギャァァァ!!」

・・・やったか?

意識が遠くなって行く中で、フッと体が柔らかい温もりに包まれ、痛みと苦しさがなくなっていく。

「ランヴァルト!」

その声に気がつくと、俺はシルヴィアの膝の上に頭を乗せていた。
お腹を触ると、傷口は塞がっている。

「おー、気がついた?」

フェレミスが、切れた妖婆の腕をぶらぶらと振って、放り投げる。

助かった・・・のか。

蛇を切り落とされた妖婆は、力無く俯いている。もう、攻撃能力を失くしたからな。

床に撒き散らされた溶解液や、空気中に漂う毒の霧は、レイモンドたちが中和剤を必死に散布して防いでくれていた。

「くそ・・・ハンターどもめ!」

モーガンの爪にかかった妖婆が、忌々しそうに呟く。

「元はといえば、人間が邪眼を盗んだせいなのに。」

蛇を切り落とされた、もう一体の妖婆が言った。

まぁな。そこは何もいえない。
だが、俺たちが勝った以上、これで手を引いてもらわないとな。

問題は邪眼を持つ妖婆の方だ。
背中の蛇たちが健在だから、モーガンが離れた途端に、襲ってこないか心配だな。

「邪眼は返した。人質も無事だ。目的は果たしたから、俺たちは帰る。追撃しようと考えるなよ。俺たちには、このモーガンがいる。」

俺が起き上がって言うと、妖婆たちは悔しそうにイバリンの方を見る。

「お前の顔は覚えたぞ、人間。」

「住んでいる場所も、気配で覚えている。お前が戻った後に、狩りに行ってやる。」

と、言ったのでイバリンが震え上がった。

「フハ!ひぃっ!ヒイイィ!!」

そしてシルヴィアの腕にしがみつくと、

「吸血鬼、こいつらを倒せ!倒してしまえ!」

と、叫んだ。シルヴィアは首を横に振る。

「できません。今回の目的は討伐ではなく救出です。あなたたちを連れ帰ることが、仕事なのです。」

「フハ!なんだ、金か。金ならいくらでも積む!救出から討伐に切り替えだ!やれ!!」

「きちんとギルドを通してください。口約束の討伐はできません。」

「フハ!この・・・ノロマで頭の固い吸血鬼め!私がどれだけ、お前に『人助け』をさせてやったと思ってる!?」

「私がどれだけ、あなたを守りましたか?あなたの懐を温めたのは、私でしょ?」

「・・・フ・・・く!お前の『人助け』は、私やハンターにどこまでも都合のいい奉仕だろうが!!」

「違います!」

シルヴィアは、イバリンの腕を振り払った。
イバリンは驚いてシルヴィアを見る。

「私は・・・私は、かつて1人だけ生き残った。その後奇跡的に救われて、全てを忘れ、のうのうと暮らしてきた自分が、どこか許せなくて・・・!」

シルヴィアが拳を握り締める。

震える彼女の肩に、俺もたまらなくなって、シルヴィアを抱き締めた。

「大きなシルヴィアたちみたいな犠牲者を減らしたくて、私・・・頑張ってるだけ。都合のいいなんて・・・違う。」

「もういい・・・もういいから、シルヴィア。」

俺は彼女の背中を撫でた。
そんなふうに考えてるんだな・・・彼女の行動原理の一つが、罪悪感にあることはなんとなく感じていた。

人が滅びれば、吸血鬼も滅びるから戦うという建前だけでは、いくら絶大な力を持っていても、ここまで戦えない。

表裏一体、人のためという信念の裏にある、後悔と自責の念。

イバリンが、金儲けに利用していい想いでは、決してないのだ。

俺はイバリンを睨みつけて、

「俺たちは仕事でここに来た。あんたたちを無事に返せばそこまでだ。妖婆のことはギルドに依頼を出せ。誰が受けるかは知らないがな。」

と、言い放つ。

金さえ積めば、やる奴がいるさ、と呟くイバリンに、俺はため息をついた。

どうだろうな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...