女吸血鬼ー異端のシルヴィア

たからかた

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主従逆転

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「ふふふ。この腕の中で、死ぬがいい。私の可愛い小さなシルヴィア。」

「いやぁ!!」

ディミトリは、暴れる私の首筋をベロリと舐めた。

「ひ・・・!」

背中がゾクリとして、不快感と恐怖が湧き上がる。体が震えて、まるで小ネズミのようだと、自分でも思う。

昔捕まっていた時、小柄だった私はよく彼の膝に乗せられて、震えていたことを思い出した。

あの時も怖くて・・・ただ、ただ怖くて。
牢屋に戻された時は、大きなシルヴィアが私を抱き締めて慰めてくれていた。

もう、彼女はいない。

「くくく、無力だな、小さなシルヴィア。どんなに抗っても、お前は負ける。・・・こんな運命にしたのは、誰かな?」

ディミトリが、耳元で囁いてくる。
何を・・・言わせたいのよ!?

「大きなシルヴィアを失い、自分すら守れず憎き仇の腕の中で弄ばれる。それなのに、誰も救えない。神すらもお前を守らない。」

「・・・!!」

「憎いだろう?己の運命が。そんな運命を背負わせた神が!この世の全てが憎いだろう?」

ディミトリは、片腕に私を抱いたまま、私の首に帯剣していた剣を抜いてピタリとあてる。

そして触手を動かして、私の顔のすぐ隣に、ヴァレンティカの首を持ってきた。

「・・・ヴ、ヴァレンティカが、あ、あなたのいうことを聞いて・・・と、扉を開くと思ってるの!?」

私は、恐怖で呂律が回らなくなった舌を、必死に動かして叫ぶ。

「もちろん。彼女は真祖の意識と共に世界樹が根を浸す、ウルスフヴェルの泉に身を投げたいのだろう?」

「!!」

「時間をかけ過ぎれば、封印した真祖の意識が彼女を支配する。真祖を永遠に封じたい彼女は、急いで扉を開くさ。私としても、真祖は眠ったままでよい。」

「何故知ってるの?・・・そのことまで。」

「そのことは、ベルアニ奇譚の、本文に書いてあった。法王に読ませたからな。」

ディミトリは、私の首に剣を少しずつ食い込ませる。

「さぁ、もう時間だ、小さなシルヴィア。大丈夫、これからは、大きなシルヴィアと、シモーヌ、そして私がいつまでも一緒だ。ほら・・・。」

「う・・・!」

無理矢理、ディミトリに唇を重ねられて、悔しくてカッとなる。

舌まで入れられそうになって、屈辱から怒りが恐怖を上回った。

やめて!!

拒絶の気持ちを込めて、唇に思いっきり噛み付くと、ディミトリはニヤリと笑って唇をゆっくり離した。

「くくく・・・まぁ、首を斬ってからでもいいからな・・・せいぜい神を呪え。」

悔しい!!

ここまできて・・・かたきを目の前にして!

ディミトリは、咬まれた唇を舌で満足そうに舐めながら、ゆっくりと剣を動かしていった。

傷口から、痛みと熱が感じられる。

もう、ダメなの?
大きなシルヴィアの仇も討てないで、ランヴァルトとの約束も果たさないで、私は死ぬの?

天の扉は沈黙したまま。
神様も・・・助けてくれないの?

コツンと、ヴァレンティカの首が頭にあたる。

ランヴァルトにも、ヴァレンティカに打ち勝てと、言われたのに。

私もそうすると約束したのに。
過去が走馬灯のように思い出されてくる。
私は、この絶望的な運命の流れを、変えられなかった。

みんな・・・大きなシルヴィア・・・ランヴァルト・・・。

私・・・私・・・。
暗い闇の底に、心が沈もうとしたその時・・・。

「あの子は、あなたの思い通りにはならないわ。」

!!
大きなシルヴィアの声が、頭の中に響く。

「シルヴィアー!!俺がそこへ行く!!必ず行くぞ!!」

瓦礫がれきの向こうから声がして、ズボッと片手が突き抜けて出てくるのが見えた。

かすみがかった視界が、急にはっきりしてくる。
ランヴァルト・・・ランヴァルトの手だ!

「押し込んでくれ!」

「しかし、君の体では・・・!」

「奴からシルヴィアを引き離す!!彼女は失えない・・・俺の大切な恋人なんだ!」

「たくぅ、怪我人けがにんのくせに。だが、その心意気はわかるぜ!よっしゃ、ヴァン伯爵、やれるだけやろうぜ!」

ランヴァルト・・・お養父とう様・・・フェレミス。みんな、諦めてない。

やがて、うめき声と共に、ランヴァルトの腕が見えてくる。

ランヴァルト!
ランヴァルトが来る!

「は!何を騒いでいるかと思えば。首が出てきたら、その瞬間に斬り落としてやる。」

ディミトリがそう言って、触手の一本にもう一本の剣を握らせると、ランヴァルトの腕が見えているすぐ上にかざした。

「やめて!!」

私は叫ぶけれど、ディミトリはやめない。
このままこうしていたら、ランヴァルトまで失う。

許さない・・・許せない!!

ゴツン!
頭に何かがあたる。

ヴァレンティカの首がすぐ横にあり、その重さがかかってきていた。

激しい怒りと、ランヴァルトを失いたくない強い想いが、心の奥から湧き上がってくる。

・・・いや、いやよ!!

いや!!・・・あなたにゆずるわけにはいかないの!

この体は、渡さない!!

私の想いに応えて、奥の牙が熱を持ってくる。
私に従って!!
私が、あなたのあるじよ!!!

その瞬間、口の中から光が溢れて、私の前歯がきしみ始めた。

「あ、あぁぁぁ!!」

ミシミシ!と音がして、舌が先端の鋭い何かに触れる。

下唇を噛み締めると、すぐ唇が切れて私の血が口の中に流れ始めた。

まさか・・・まさか!
牙が前に来た!?

ディミトリも、ハッとした表情をしたので、私はすぐに横を向いて隣のヴァレンティカの首筋に咬み付いた。

口の中に、甘美な果実の香りがする血の香りが充満する。

「小さなシルヴィア、何をしている!?」

ディミトリが、慌てて剣を引くのがわかった。

・・・ゴクン!

飲め・・・た!?

鉄臭い血の匂いと、甘美な果実の香りがする血の匂いが、口の中で混ざり合う。

アレルギー反応もない。
よ、よかった。

あとは、彼女が私に忠誠を誓えばいいだけ。けれど、どうやって?

あ・・・!

ヴァレンティカの顔に、血管が浮き出ていく。
吸血鬼化する時の、人間に似てる。

まさか、これが牙から注がれる支配成分が、巡っているということ?

血管はやがて見えなくなった。
・・・失敗?・・・いえ、いえ、違う!

目の前で、ヴァレンティカの目がうっすらと開かれてきた。

まるで生きているかのような唇が、かすかな声を発し始める。

「シルヴィア・・・その牙はもう、あなたのもの・・・あなたに・・・忠誠を誓います。」


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