上 下
60 / 91

決戦

しおりを挟む
瘴気しょうきの渦巻く国、ベルアニ王国。吸血鬼が誕生した場所。

そして、今では人は住めなくなって、豪華な王宮が、時を止めたようにありし日のまま残っている。

ディミトリたち一向は、神殿に向かって歩いていた。

「体はもう大丈夫なの?ディミトリ。」

イシュポラが、心配そうに聞く。
ディミトリは、ニヤリと笑って彼女の方を見た。

「あぁ。私は欲望の塊のような真祖の王と、気が合うようだ。かつてのギュラドラ公の時よりも、この体は力に満ちている。」

彼はそう言いながら、霊薬を一つ取り出して飲み込んだ。

「後は神殿で世界樹を奪うだけね。」

と、イシュポラは言って、縄で縛り上げた法王様の背中をドンッと押す。

法王様はよろめきながら、ディミトリの方を振り向いた。

「かつてのベルアニ国王と、同じ道を行くのか?ディミトリ。」

「ふふ、やはり真祖の吸血鬼化は、神罰だったな。」

「・・・繰り返させぬために、神罰であることを隠し、魔物による呪いと皆には伝えてきたのに。」

「私は最初から信じていなかったぞ。法王府にいた時から、書庫の本を盗み見ていて、魔物による呪いなんて、おかしいと思っていたからな。」

「だが、世界樹は神のもの。決してお前の手には落ちぬ。再び神罰を受けるだけだ。」

「そいつは、どうかな。純血の吸血鬼の一人、ヴァレンティカは、世界樹に近づけたではないか。」

「彼女とお前は違う。例え私が呪文を唱えても、ラタストゥが天の扉を開くことはない。」

「開くさ。お前の首につけた『操りの輪』の力で、延々と唱えることになる。それに・・・私にはこれがある。」

ディミトリは、片手に持っていたヴァレンティカの首をかかげて見せた。

法王様は、目を見開いてその首を見る。

「ま、まさか、その首・・・!あ、だから、神殿のある場所がわかったのか!?」

「そう、ヴァレンティカだ。見ろ、彼女の額から淡い光が漏れて、神殿の場所を示している。」

「まるで、生きているような首だ・・・。」

「そうだろう?だが、この首には、牙と体が足りない。それもすぐに揃う。」

「なんだと?」

「彼女は必ず来る。お前を助け、私を倒すために。そう・・・早くおいで、小さなシルヴィア。今は、私のことで頭がいっぱいのはずだ。」

ディミトリは、不気味な笑みを浮かべる。
隣を歩くイシュポラは、ぎりっと歯軋りをした。

「ズタズタにしてやるわ・・・。」

「手を出すな、イシュポラ。お前は真祖の牙を馴染ませた吸血鬼たちを連れ、小さなシルヴィア以外の者たちを迎え討て。」

「あなたの細胞を移植して、ようやく牙が定着してるのよ?大した時間稼ぎも、出来ないかもしれないわ。」

「私が世界樹を手に入れる時間を、稼げればいい。後は、どうとでもなる。
いいか、小さなシルヴィアだけを、中に通すのだ。」

「・・・。」

「イシュポラ。」

「わかってるわよ!・・・わかってる。」

「それでいい。逆らうな。」

ディミトリはそう言って、辿り着いた目の前の神殿を見上げた。

「・・・美しい神殿だ。私と小さなシルヴィアが結ばれる場所として、相応しい。
・・・む?」

「ディミトリ?どうしたの?」

「イァーゴだ。イシュポラ。」

「え?」

イシュポラとディミトリが振り向くと、イァーゴがゆっくりと歩いてくる。

イシュポラは、目を細めて警戒した表情で鞭を取り出した。

「イァーゴ、止まりな!」

イァーゴはすぐに止まる。
ディミトリは、イシュポラから法王様を縛る縄を受け取ると、イァーゴの顔をじっと眺めた。

「小さなシルヴィアは、どうした。」

「連れてきた。」

「ほぅ、どこだ。」

「ここだ。」

イァーゴは、後ろを指差す。
そこには、ぐったりした私を肩に担いだ、シングヘルトがいた。

法王様が、口を押さえて驚く。

「なんということだ・・・!シグルトではないか。と、いうことは、ダグラスたちは?」

「・・・全滅した。キャロンに仕込んだ寄生虫のおかげで、血に酔った吸血鬼どもと相討ちした。」

「あぁ・・・!神よ!」

イァーゴが答えると、法王様は崩れ落ちるように、地面に伏せる。

イシュポラは、ホッとした顔をしていたけれど、ディミトリだけは冷徹な目でじっと見て、大声で叫んだ。

「・・・ふ、私を騙せると思うなよ?
皆、備えろ!奴らはもうここに来ているぞ!!イァーゴはダグラスによって、傀儡にされているだけだ!」

バレた!!

私は顔を上げるとシングヘルトから降りて、ランヴァルトと繋いでいた手を離した。

ディミトリの配下のそばに、次々と純血の吸血鬼たちの姿が現れ、互いに繋いでいた手を離す。

「やーれやれ、ここまでずーっとみんなでお手て繋いで来るのは、流石に堪えたぜ。」

フェレミスは軽口を叩いて、近くのディミトリのの配下の吸血鬼に攻撃し始めた。

ディミトリは不敵に笑い、法王様を抱えてあっという間に、神殿の中へと消えて行く。

神殿の前は、死力を尽くすような大混戦になっていた。

真祖の力を使う吸血鬼たちは、とても手強い。
それでも・・・。

「ヴァン伯爵、ここはお任せください。あなたは、シルヴィア嬢と天の扉の前へ!」

と、古参の純血の人たちに言われて、私たちは神殿の中へと走る。

ダグラス神官様が、私たちの背中に叫んだ。

「転送の魔法陣は、書き終えた!こいつらをパイア砂漠の太陽の下に晒して、きっちり足止めしておく!法王様を頼む!」

そう。作戦通りに。
作戦て、なんのことか?
それはね・・・。

・・・時を少し戻すね。
ここに来る少し前のこと。

「透明化して彼らを包囲する、ですか?」

私は天幕の中で、ダグラス神官様に尋ねた。

「そうだ。イァーゴを前面に押し出し、シルヴィアをシングヘルトに担がせて、我らだけを透明化してくれ。できるか?」

ダグラス神官様がそう言うので、私は戸惑いながらやってみた。

ランヴァルトと手を繋ぎ、繋いだ方の私の手首から先を透明化させると、ランヴァルトも透明化していく。

フェレミスはそれを見て、複雑な顔をした。

「つまり、ここにいるみーんなで、お手て繋いでいくわけですか?」

「そうなる。敵がイァーゴに気を取られている間に、私が法力で転送の魔法陣を敷く。これでディミトリ以外を転送する。」

「転送の・・・て、まさか?」

「そう、この間手に入れた真祖の王の指輪には、転送の魔法陣が刻まれている。ここに書かれている文字を少し変えれば、パイア砂漠の神殿の近くに、転送可能だ。」

「沈まぬ太陽の下なら足止めになる、ですか。しかし、こちらの純血やしもべの皆さんも太陽の下に出れば危ないですよ?」

「我々は神殿の中に飛び、その中から彼らを攻撃する。中に入ってくるものだけを挟撃して外に出すを繰り返せば、確実に弱るはずだ。」

「まあ、入り口は一つですからね。でも、神殿を破壊されて、外の光を入れられでもしたら・・・。」

「その時のために、かつて私がディミトリに施した手段で皆を守る。太陽を1日だけなら克服できる。


ダグラス神官様は、フェレミスを安心させるように懐から小瓶を取り出した。

そして、エクソシスト長官を見て、

「私とあなたの二人と、その他のここにいる吸血鬼たちと共に、パイア砂漠に飛びます。
ヴァン伯爵とランヴァルトとフェレミスは、なんとしても、シルヴィアと共に天の扉の前に向かわせねば。」

と、言った。

エクソシスト長官は、法王府の紋章の入ったペンダントに祈りの言葉を告げると、

「お前と一緒に魔に対峙するのは、久しぶりだ、ダグラス。まだ衰えてないことを、お互い証明しようか。」

と、言って固く握手する。

「ダグラス神官様、エクソシスト長官・・・それに皆さん・・・信じています。」

私がみんなを見回すと、若い吸血鬼たちは複雑な表情をした。

ダメかしら・・・共闘なんて。

やがて吸血鬼たちの間から、一人の若い女性の吸血鬼が進み出た。

「人間にばかり、いい格好はさせないわ。」

それを見た吸血鬼たちが、一人、また一人進み出る。

「ここで引いては、純血の名がすたる。やろう。」

「元より、ディミトリの野望を砕くためにきたのだ。」

みんな・・・。

「行きましょう!最後まで、一緒に!!」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...