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誘拐なんて嫌!

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「シングヘルト!!」

私は思わず叫んで、奥歯を噛み締めて血を飲み、同じく高速移動で、彼の腕の中から抜け出す。

「あ!・・・・く、そうか。この力も君はもう、使いこなせるのか。」

シングヘルトが悔しそうに振り向く。

この辺りは、純血たちが天幕を張るオアシスの外側。だいぶん離れてしまった。

「強引よ!なんで、こんなコソコソと・・・!」

そう言いかけて上を見ると、夜空にグリフィンに乗った巨漢、イァーゴの姿が見えた。

ディミトリの側近のイァーゴ!!
パイア砂漠から、戻ってたのね!

「おいおい、シングヘルト。こいつはどういうことだぁ?シルヴィアを連れ出すのは簡単だとか、お前言ってたろ?」

イァーゴが、憐れむようにシングヘルトに声をかける。

「ま、待ってくれよ。ほら、ここまでは連れてきてる。こんな女、あとは気絶させればいいだけだから。」

「!!」

こんな女?
シングヘルト。あなた・・・!!

私を見つめるシングヘルトの瞳が赤くなると、砂の中から巨大なサソリが何匹も這い出してきた。

彼の使い魔!!

「シングヘルト、これはどういう・・・!!」

「シルヴィア、無駄に抵抗せずにさっさと気絶してよ。君を連れて行かないと、ぼくとアリシアが危ないんだ。」

「なんですって?」

「ディミトリが約束してくれたんだ。君を連れて来れば、アリシアとぼくは解放してくれる、て。」

巨大なサソリが尾を振って、私の足元の砂を大きく抉った。

本気だ・・・。

「逃げてきたなんて、やっぱり嘘だったのね?最初から、こうするつもりだったんでしょ!!」

「当たり前だろ?僕とアリシアの命は、他の何よりも大切だ。彼女のため、ぼくのために、犠牲は他者に払わせる。」

「純血の仲間達まで、危険にさらすのね!?」

「それがなんだってんだ?彼らも高貴な存在だけど、ぼくたちは自分が一番だ。君やヴァン伯爵たちみたいな連中が、変わり種というだけだ。」

この・・・!
こんな人に、愛されたいと思っていたなんて。

かつての自分が、見る目がなさすぎて泣けてくる。

あなたなんかに、負けられないの!!

私は奥歯を噛み締めて血を飲み、片手をかざして狙いをつける。

次々と迫りくる巨大なサソリたちを、薙ぎ払うように手刀を切った。

大気も切り裂く、見えない刃が飛んで、サソリたちは紙細工のようにスパッと切られていく。

ランヴァルトと練習し、お養父様にも指導を受けたもの。

あちこちから襲ってくるサソリを、視界に収めて確実に仕留めていくことができた。

シングヘルトが、驚いたように私を見る。

「な、なんだ!?ぼくの使い魔たちが!?」

巨大なサソリたちは、一匹残らず真っ二つになって砂漠の砂の上に消えていった。

「まだまだぁ!」

シングヘルトが、今度は蝙蝠の群れを呼び寄せる。

キリがない!!

私は素早く血を飲むと、離れた場所からシングヘルトの体をまっすぐ押さえつけるように手を動かして、遠隔で彼を肩まで砂に埋めた。

砂漠は大量に砂がある。利用しない手はないよね。

「あれ?え、え、何これ。ぬ、抜けない。」

集中力の切れた彼の蝙蝠たちは、統制が取れなくなって散り散りに逃げていった。

シングヘルトは情けない声で、弱音を吐き始める。

「シ、シルヴィア、助けて。ご、ごめん、本当に。な、なんでもするから、助けてぇ。」

・・・なんなの、この男。
せめて、お前に負けるくらいなら、死んだほうがマシだとかいうと思ってたのに。

「はぁ、たく。こいつも使えねぇ純血だせ。」

イァーゴがため息をついて、グリフィンから飛び降りてきた。

ズシン!と音がして、砂が舞い上がる。

「あの時はやってくれたなぁ、『小さなシルヴィア』。ディミトリが、お前を無傷で連れてこいとさ。」

イァーゴは、ニヤリと笑って私を見た。

この人も強い。シングヘルトとは、比べ物にならないほどの覇気がある。

イァーゴは、巨漢に似合わずに俊敏。この間戦った時も、攻撃を避けられたから慎重に!

私が奥歯の牙を噛み締めようとした次の瞬間、イァーゴの姿が消えた。

「!!」

ハッとして辺りを見回すと、すぐ横でガキン!と鈍い音がする。

目の前に、イァーゴの拳を剣の鞘で受け止める、ランヴァルトの背中があった。

「ランヴァルト!?」

い、いつの間に?
気配も音もしなかった。

「あ?ランヴァルトだぁ?ディミトリが大きなシルヴィアの弟を噛んで、僕にしたと聞いたが?」

イァーゴが、驚いたように彼を見ている。
ギ・ギ・ギと音を立てて、巨漢のイァーゴの腕が、彼より華奢なランヴァルトによって押し返されていた。

すごい・・・!イァーゴは、ディミトリに次ぐ怪力の持ち主なのに。

「き、貴様!人間のくせに・・・!!」

イァーゴが、焦って後ろに飛び退くと、ランヴァルトは抜刀して素早く踏み込んでいった。

イァーゴはその俊敏な動きで、ランヴァルトに反撃しようとする。

けれど、片目を金色に光らせたランヴァルトのスピードは、それを遥かに上回っていた。

「あが・・・!」

イァーゴが、片膝をついて座り込む。
パシャッと軽い音を立てて、小さな牙が一つ砂の上を転がってきた。

牙・・・!

ランヴァルトが、剣でイァーゴの牙を一つ抉り取ったんだ。

「き・・・貴様!!」

イァーゴが、足の筋肉を膨らませて、さらにスピードを上げようとしたその時、

「大いなる地母神チーダ、偉大なる天空の神ラーソ。天の祝福を拒む者たちに、お慈悲をおかけください・・・。」

ランヴァルトが祝詞をあげて、イァーゴは思わず耳を塞ぐ。

「忌々しい神官め!!くそ!牙が揃っていた時は、側近の俺たちにも、祝詞は効力を落とすのに!!」

ランヴァルトは、食らった魂の数だけ祝詞は効力を上げると言ってた。

彼は、イァーゴのもう片方の牙も切り落とす。

「あぁぁぁ!力が・・・力が抜けていく!純血の力が・・・!俺の・・・俺の力が!!」

イァーゴは、苦しみながらのたうち回る。
そのうち、彼の口の中に新たな牙が生えてきた。

これは、多分・・・彼自身の、しもべの吸血鬼としての牙。

トドメを刺そうと近づくランヴァルトに、後ろから声がかかった。

「待て、ランヴァルト。」

ダグラス神官様だった。
フェレミスとお養父様の肩に担がれるようにして、高速移動でやってきたみたい。

ダグラス神官様は、イァーゴの首の後ろに針を刺して、一瞬で気絶させる。

「・・・よく、吸血鬼の体を知っている。あなたは、敵に回したくない神官だな。」

お養父様がダグラス神官様を、少し恐れたように見た。

ダグラス神官様は、ふっと哀しそうに笑って振り返る。

「ディミトリは、こうはいきません。」

イァーゴは、ピクリとも動かない。フェレミスはイァーゴをツンツンとつついて、ダグラス神官様を見た。

「何故、トドメを刺さないんです?」

「ディミトリは、側近の死を感知できる。こいつが倒されたとわかれば、本人が乗り込んできて、シルヴィアを攫うだろう。・・・だが、うまく利用すれば、奴の目を誤魔化せる。」

ダグラス神官様は、静かに迫力のある声で、私たちを見回した。

「これで、裏をかけますね。」

ランヴァルトがそう言うと、ダグラス神官様は真剣な目で首を横に振った。

「油断するな。奴の罠は周到だ。おそらくもう一つ何かある。天幕へ戻ろう。」


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