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緊急事態

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その後も、大して新しいことは分からなかった。

やっと見つけた本にも、簡略して書いてあるだけ。

けれど、読めば読むほど、私とヴァレンティカの力は似ている。

やっぱりこの牙は、ヴァレンティカの牙みたい。

と、いうことはこの体は・・・血の色が違う首から下は彼女の体・・・。

私は怖くなって、ダグラス神官様に小声で話しかけた。

「あ、あの・・・。」

「どうした、シグルト。」

「私・・・主従逆転できなければ、ヴァレンティカに体を奪われて、死ぬ運命なのでしょうか。」

私が聞くと、ダグラス神官様は難しい顔をした。

「不安なのはわかるが、明日まで待ってくれ。結論は全てを知ってからだ。いいな?」

「はい・・・。」

ふと、私の様子を見ていたランヴァルトが、私の肩に手を置いて、振り向かせてくる。

「なに?ランヴァ・・・いえ、スコット。」

「そう考えたら怖いよな。でも、1人で悩まないでくれ。俺が・・・俺たちがいる。」

「ありがとう。」

彼の置いてくれた手から温もりが伝わってきて、縋るようにその手に自分の手を重ねた。

普通に感触も温もりも感じるわ。
他人の体なんて、思いたくもない。

無言になった私に、ダグラス神官様が、少し明るい声で話しかけてくれる。

「とりあえず、今日は寄宿舎に戻ろうか。明日、法王様のお話を聞こう。」

私たちは、頷いて第二書庫を出る。

廊下を歩き出したその時、第一書庫の中から急ぎ足で出ようとする女性が、フェレミスとぶつかった。

「おっと。」

「あ!申し訳ありません。」

あ、この人・・・清掃ボランティアの。
相変わらず、ローブのフードのせいで顔が見えない。

あれ、胸元にネックレスが出てきてる。
ぶつかった勢いで、はみ出たのね。

これ、法王府の紋章だ。でも、ダグラス神官様が持つものより豪華。法王様の下げていたものに近い。

それに・・・微かに血の匂いがする。
おかしい!この人、・・・まさか!!

口を開こうとする私の前で、

「いえいえ~、て、おぉ?おねーさん、相当な美人でしょ?」

と、フェレミスが、すぐに彼女を口説き始めた。

「い、いえ、そんな。」

彼女は、慌ててネックレスをローブの中に戻す。フェレミスは、彼女の顔を覗き込んで、ハッとした。

「あれ?あんた、確か昔ハンターだった、イシュポラ?」

え?イシュポラ!?
ディミトリの恋人の?

「うふ、あなたに口説かれるのは久しぶりだわ。」

「お前、なんで・・・。」

フェレミスが言い終わらないうちに、彼女は思いっきり足を蹴り上げる。

「いっ・・・!!」

彼女は苦しむフェレミスを、私とランヴァルトに向かって突き飛ばし、ダグラス神官様の横を抜けて走り去ろうとした。

「待て!」

ダグラス神官様が、剣を抜いてイシュポラの首にピタリと刃を当てて動きを止める。

「く!」

「そのネックレス、なぜお前が持っている?
ディミトリも来ているのか?」

あ、ダグラス神官様も気付いたんだ。

「それは・・・。」

言い淀む彼女に対して、ランヴァルトとフェレミスも、身構えたその時。

「ウガァァァァ!!!」

第二書庫の中から大きな叫び声がして、バタバタと物が倒れる音がし始めた。

なに!?この声!
私たちが書庫の方に一瞬気をとられると、イシュポラはいなくなっていた。

「誰一人、この法王府から出してはいかん!!法王様にすぐに伝えろ!!新種の吸血鬼が入り込んでるぞ!!」

ダグラス神官様は、近くの神官を呼び止めて法王様の元へ行くように言うと、第二書庫の中に踏み込んだ。

中では、黒い法衣を纏った神官たちが、別の神官の首に齧り付いて血を吸っているのが見える。

「く・・・!書庫の中のエクソシストたちが先にやられている!!」

ランヴァルトが、剣を抜いて彼らに斬り込んで倒し、フェレミスも参戦した。

「おかしいぜ、イシュポラは吸血鬼なのに、気配がしなかった。エクソシストたちが無抵抗に噛まれるほど、接近を許せる吸血鬼なんていないぞ!?」

フェレミスが言うのもわかる。私が来ただけで、エクソシストたちは睨んできたもの。

ましてや、ここは法王府。
吸血鬼が誰にも察知されずに動くなんて、そんな・・・。

あ、さっきのネックレス!!

「やはり、さっきのネックレスは、キャロン法王補佐官のネックレスだ。
本来は強い守護をもたらすものだが、吸血鬼の気配まで隠せるなんて!」

ダグラス神官様も同じ考えみたい。
強い守護。
つまりエクソシストたちも、気配を頼りにできない、てこと。

「赤い狼煙をあげろ!!緊急事態だ!!」

ダグラス神官様の声に、生き残った他の神官たちが、書庫の窓から狼煙をあげた。

ガラーン、ガラーン、ガラガラガラ!!

不気味な音がする鐘が打ち鳴らされる。
法王府内が騒然となって、大混乱が起きていた。

「きゃあー!!助けてぇ!!」

「うわぁぁぁ、こっちに来るなぁ!!」

あちらこちから悲鳴が上がる。
第一書庫からも叫び声がして、逃げ惑う神官たちが廊下に走り出てきた。

「そこかしこから、吸血鬼たちの気配がするぞ!!一体何人襲いやがった!?」

ランヴァルトが走りながら、吸血鬼たちを倒していく。いつもよりスピードが速く、相手が多数でも押し負けない。

「無理するな!スピードを上げ過ぎれば、また体に負担がかかるぞ!」

ダグラス神官様が、ランヴァルトの背中に向かって叫ぶけど、彼はさらに速度を上げて襲ってくる吸血鬼を倒していく。

「大丈夫です!今日は体が軽い!」

「ますます人間離れしてんなぁ、お前。そのうちホントに狼に変身したりして。」

フェレミスが軽口を叩きながら、ショットガンとライフルで正確に急所を撃ち抜いていく。

どちらも、片手で操れるなんて凄いわ。

それでも、吸血鬼たちは次から次に湧くように出てきた。

こんなにたくさんしもべたちが、いるなんて・・・!

「くそ・・・!皆、祝詞をあげよ!!生き残ったエクソシストたちが来るまで、時を稼ぐのだ!!」

ダグラス神官様も剣を抜いて、凄まじい強さで吸血鬼たちの首を落としていく。

すごい!さすがランヴァルトの先生。
あちこちから、祝詞を上げる声が聞こえ始めて、呻き声や叫び声が聞こえてきた。

キリがないわ・・・何か一度に・・・。

私はチラリと外を見ると、さっきまで曇っていた空に、太陽が見え始めている。

あ!今は、ちょうど太陽が一番高い、真昼だ!!これなら!!

「ダグラス神官様!!」

私は彼に声をかけて、窓の外を指差す。
ダグラス神官様も、すぐに察して私に頷いた。

「皆、広場に出るのだ!シグルト!屋根を吹き飛ばせるか!?」

「はい!」

私はすぐに返事をした。
そうだ。屋根を飛ばして外の光を入れれば!!

「ランヴァ・・・いえ、スコット!フェレミス、屋根を吹き飛ばす!備えて!」

私は素早く奥歯を噛み締めて、両手を天井に向ける。ここは頑丈だから、沢山血を飲まないと。
思い切って、いつもより深く牙を食い込ませた。

血が大量に流れて、口の外に溢れようとする分も、こぼさないように飲み込む。

粉々になれ!!

天井を見上げて、爪を立てるように両手を動かした。
バキバキバキバキ!!

凄まじい音と共に、稲妻のようなヒビが天井を覆うと、みるみる砕けていった。



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