女吸血鬼ー異端のシルヴィア

たからかた

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血の契約

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「ウー!ウー!」

ランヴァルトが獣のようなうめき声をあげて、鎖を引きちぎろうとする。

「ランヴァルト! お前たち姉弟には、本当にすまないことをした……! 私が必ずディミトリを滅ぼすと約束する!!」

ダグラス神官様は、震えながら剣を振りかざす。

「やめてください!」

私はフェレミスを振り払って、ランヴァルトの上にかぶさる。

退きなさい、シルヴィア! 一度咬まれたものは、咬んだ吸血鬼に逆らえない“しもべ”と化す。彼は憎きディミトリの手足となって、我々を襲うようになるのだ!」

「ランヴァルトを助けて! お願い……あなたなら助けてくれると思ったのに……」

「私もできるならそうしたい。だが、抑制剤が効かないんだ! 彼はもう、ディミトリの言うことしか聞かない」

「抑制剤……」

大きなシルヴィア……! 私どうしたらいいの? 彼をこのまま失うの?
それなら、それなら私も一緒に……!!

ランヴァルトが、上にかぶさった私を見て、口を開いてきた。

その口には大きな犬歯が見える。

牙……。

私が大きなシルヴィアと一緒に、牢屋の中に閉じ込められていた時、こんなふうに吸血鬼化していく人を目の前で見たことがある。

「首にお怪我をすると、変わるの? お薬ないの?」

幼い私が大きなシルヴィアに聞くと、彼女は悲しそうな顔をして首を振った。

「私が死んだ父さんに聞いた難しい方法なら、一つだけ治す方法があるわ」

「え!」

私は、大きなシルヴィアを見つめて、答えを待った。

「純血の吸血鬼の血を、ほんの少しでいいから、先に人間が飲んでおくの。そうしておけば、他の吸血鬼に咬まれた時に、もう一度最初に飲んだ純血の血を飲むことで、主従関係が相殺されて元に戻ると聞いたわ」

「しゅじゅう……? そーさい?」

「純血の血を飲む時は、必ず内側に傷をつけた口から飲むの。それが『血の契約』になる。でも、ここにはディミトリと、その仲間しかいないから……あいつは……だから」

大きなシルヴィアの言葉……思い出した!

私は、ハッとしてランヴァルトを見た。
彼は……私が怪我をした時に、その血を舐めてた。その時、確か彼は口を切ってて、血が出ていたわ!

私は生まれながらの純血ではないけれど、もしかしたら!!

「フェレミス、手伝って!」

何事かとフェレミスが、急いでそばに寄ってくる。

「どうした? シルヴィア」

「ランヴァルトの口の中に、傷をつくれない? 彼に私の血を飲ませるの!」

「なに!?」

「お願い、試してみたい。これでダメなら、私の首も一緒に落としていい。フェレミス……」

「そんなこと言うなよ。待ってな」

フェレミスは細いナイフを取り出すと、咬みつこうとするランヴァルトのあごを押さえて、サッと傷を入れる。

私はそれを確認して、同じナイフを借りると、腕を斬ってランヴァルトの口の中に血を垂らした。

甘美な果実の香りがする透明な血が、腕から滴り落ちていく。

「血が透明だと!? シルヴィア……君は伝説のヴァレンティカと同じなのか……?」

ダグラス神官様は、驚きの表情で見ている。
私は答えることはできず、目線だけで多分……と答える。

「グルルル! ……グ……グ……ア」

私の血を飲み込んだランヴァルトは、ゆっくり大人しくなっていく。

「おお……!!」
「嘘だろ……。あのディミトリに咬まれたのに」

ダグラス神官様と、フェレミスの目の前で、ランヴァルトの浮き出ていた血管が見えなくなる。

でも、次の瞬間、彼は苦しそうにうめきだした。

「うう! うう……く!!」

「ランヴァルト!?」

目の前で、彼の眼球が白目まで真っ黒に染まり、全身が黒ずんでいく。
何か、間違った!?

慌てて彼の顔を両手で包むと、彼の黒ずんだ肌がボロボロと剥がれだし、真っ黒な涙が頬をつたって落ちていった。

それから、まるで蛇の脱皮のように、黒ずんだ全身の皮膚が剥がれていき、その下から元の皮膚が出てくる。

「鎖を外すぞ!」

ダグラス神官様が鎖を外すと、みんなでランヴァルトの黒ずんだ皮膚を剥がしていく。

「おっと、シルヴィア。ここからは後向いてて」

フェレミスが、さっと私を後ろに向かせる。
そ、そうよね。

「よし、これでいい」

「シルヴィア、服は着せてるから、こっち見ていいよー」

私が振り向くと、床に座り込んで肩で息をするランヴァルトが、剥がれた自分の皮膚が炭化して消えていく様子を見ていた。

「ランヴァルト?」

私が声をかけると、彼が私を見て、

「シルヴィア……」

と、言った。その瞳は、元のエメラルドグリーンに戻っている。
私は嬉しくなって彼に駆け寄ると、ぎゅっと抱きついた。

「ランヴァルト! よかった……本当によかった」

「……ありがとう、本当にありがとう。ディミトリの“しもべ”にならずに済んだ」

そう言いながら、彼も私に腕を回してきてハグに応えてくれる。そこにフェレミスがやってきて、私ごとランヴァルトを抱きしめた。

「この死に損ない野郎! 心配かけやがって!」

「だー! 苦しい!! フェレミス、少しは加減しろ!」

「け! お前があのまま吸血鬼化してたら、俺がシルヴィアともっと仲良くなれたのに。こうしてさぁー」

「フェレミス、あ!」

「どさくさに紛れて、何してんだよ!!」

「少し顔にキスしたくらいで、ガタガタ言うな。こーんな色っぽい格好した、シルヴィアを抱きしめてる分際で」

色っぽい? ……あ! 私、長い布をドレスのように体に巻いてただけなんだ!!

は、恥ずかしい!!

「ふ、二人とも離してぇ!」

「お前が先に離せよ!」

「お前だけが離せばいーだろ!?」

……また、不毛な口喧嘩を……。

じゃれあう私たちの前に、ダグラス神官様がやってきて、注意してくれた。

「二人とも、離しなさい。シルヴィアを困らせてるぞ」

「……はい」
「はぁーい……」

私から二人が離れると、ダグラス神官様は、ランヴァルトの唇をつまんで牙を確認する。

「牙がなくなってる。吸血鬼化が治癒するなんて奇跡だ。あぁ、神よ、感謝します」

そう言って、ダグラス神官様は祭壇にお祈りする。
私もホッとして、ランヴァルトの方を見た。

よかった。彼の命は失われてない。

「すごいな。シルヴィア。君の血を飲んだら、治るということ?」

フェレミスが、感心しながら質問してきた。

「ううん、と。大きなシルヴィアが言ってたの……」

私はみんなに、彼女から聞いた話を伝えた。

「へぇ! そういや、こいつ口の中を切ったまま、君が指を怪我した時に、舐めてたもんな」

「初めて聞いた。そうか……ランヴァルトたちの父親は、墓守をしていたな。私の知らない吸血鬼の伝説を、シルヴィアに教えていたのかもしれない」

ダグラス神官様とフェレミスは、それぞれ納得している。

「姉さんが、そんなことを……俺には教えなかったな。危険だからか」

ランヴァルトは、少し寂しそう。
私はランヴァルトの肩に手を置いて、慰めようとした。

それに気づいたランヴァルトが、上着を脱いでかけてくれる。

「ありがとう」

「いいんだ。恥ずかしい思いをさせてごめんな」

「え? わ!」

彼は私にかけた上着ごと引き寄せてきて、少しでも肌が隠れるように布を伸ばして膝に抱えるように抱きしめてくる。

え、えっと、どうしよう。

「ランヴァルト、あ、あの……」

「こうしてれば、さっきより肌が隠れる」

そ、それはそうなんだけど、こんなに近いと余計に恥ずかしい。

でも、振り切って降りたいとも思えない。
ちょっと嬉しくもある。
なぜなの?

「しかし、ディミトリが人里に近い森に出たとはな。そこまで力を蓄えたのか……」

ダグラス神官様が腕を組んで、考え込む。
誰もこの状況を突っ込まない……。
フェレミスも、またニヤニヤしてランヴァルトを見てる。

もう、仕方ない。
こ、このままあの神官のことを言おう。

「あの、ディミトリは法衣を着た神官と一緒にいたんです。ディミトリが彼に、弱点のない吸血鬼に作っただろうと言ってました」

「そんな奴いたか?」

目の前でランヴァルトに聞かれて、顔を赤くしながらも頷いた。

「あの……あのね、あなたたちが来たときは、隠れていたから……」

ドキドキしながら私が言うと、ダグラス神官様は、厳しい顔になる。

「まさか未だに奴とつながっている者が、法王府にいるのか?」

「え、どういうことですか? ダグラス神官様」

私が聞くと、ダグラス神官様は、私とランヴァルトとフェレミスを、祭壇の後ろに隠れさせた。

「ダグラス神官様? 一体?」

ランヴァルトが、戸惑いながら彼を見る。

「このまま隠れていなさい。シルヴィア、ディミトリがなんなのか。その答えを聞かせるから」

有無を言わせぬ口調で言うと、ダグラス神官様は、祈りの家の入り口を振り向いた。
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