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お屋敷の外の現実
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「な、なんてこと……あなた、子供の血を?」
「母親を人質にして、ガキの血を取った。隙をついて逃げられたがな。へへへへ」
“しもべ”は得意そうに笑う。
そして、注射器を戻すと親子に向かって突進した。
「わぁぁぁん!!」
「きゃー!!」
二人の親子の抱き合う姿に、私はすぐに奥歯を噛み締めた。
考えてやったわけではないけれど、口の中に溢れた血を飲み込む。
「させない!」
“しもべ”の背中に向かって、横に払うように手を動かすと、見えない手に押されたように、“しもべ”が横向きに吹き飛んだ。
やっぱり、私も何か力がある!
「ぐわっ……くそ!!」
“しもべ”がすぐに起きあがろうとするのを、押さえつけるように片手をかざす。
“しもべ”は、縫い付けられたように動けなくなった。
「今のうちに逃げて!!」
私が親子に言うと、二人は感謝の言葉を言いながら、私の横をすり抜けて避難していく。
「お前……なぜ……吸血鬼は……互いの狩りに……口出ししないのに」
“しもべ”は悔しそうに私を睨む。
子供に手を出す吸血鬼なんて、あの、ディミトリだけかと思ってた……。
「子供を狙っては、いけないのよ!?」
少なくとも、ヴァンお養父様は、“しもべ”たちにそう言い聞かせてた。
「は……! 純血どもに何がわかる?いつも……コソコソと墓場で死肉しか口にできぬ我らを見向きもせず、自分たちばかり新鮮な生き血を飲むくせに!!」
「死肉だけ? ドラゴンの生き血や、『コ・ウリモ・マンドラゴ』は?」
コ・ウリモ・マンドラゴは、人間の血肉と同じ味がする魔の果実。
マンドラゴラの亜種とも呼ばれ、純血の吸血鬼だけが生育できると言われている。
ヴァンお養父様は、飼っているドラゴンのマティから生き血を取って与えたり、コ・ウリモ・マンドラゴを旅先から取ってきたりして、“しもべ”たちが飢えないように、いつも配慮していた。
他の純血だって、ちゃんと……!
それを聞いた“しもべ”は、くだらないと言わんばかりに横を向く。
「コ・ウリモ・マンドラゴ? ドラゴンの生き血? 面倒を嫌がるお前ら純血が、やるわけないだろ。だから、俺たちは生きた人間を狩る。ひどい飢えを、満たすためにな!!」
「あなたの主人は誰!? こんな狩りを許すなんて、純血の規律が……!!」
「その純血が、堂々と夜に人を襲って“しもべ”を増やしてるんだよ!!」
“しもべ”の吸血鬼は、吐き捨てるように言った。
「えっ……!!」
「俺は、吸血鬼を召喚した覚えはないのに、夜道でいきなり襲われてこうなった。名前はアリシア・ジーナ・キュリアヌス。純血の小娘だ!!」
“しもべ”の吸血鬼の言葉に、私は驚いて思わず言葉を失った。
アリシアが!?
私の婚約者、シングヘルトを奪った彼女が!?
「純血のくせに知らなかったのか? ここ十年、純血どもは新種の吸血鬼が人を襲うのを隠れ蓑に、自分たちも好き勝手に吸血してるんだぞ?」
「嘘……そんな……誇り高い純血の……することじゃ……」
「誇り高くなんかない。くそ、俺のところにもディミトリの誘いがあったのに。奴らの力を得て自由になれると、そうしたら、俺も……!!」
え!? ディミトリの誘い?
「シルヴィア!」
そこにランヴァルトがやってきた。
彼の声にハッとなって、手を引っ込めると、“しもべ”が起き上がって襲ってくる。
あ!
すぐにランヴァルトが、剣で首を刎ねて“しもべ”の吸血鬼は炭化していった。
牙を残さないところを見ると、普通の“しもべ”みたいね。
この人も、主人格の純血がちゃんとしていたら、こうはならなかったかもしれないのに。
「……さっき人間の親子とすれ違った。シルヴィアが助けたみたいだな」
と、ランヴァルトが声をかけてきて、私は頷く。
「あの子たちは、無事に逃げたの?」
「あぁ。フェレミスが、オークから助けた女性と一緒に馬車で街まで送ってくるそうだ」
「よかった」
「……」
「なに?」
「いや、君は俺が知ってる純血たちと、あまりに違うものだから」
ランヴァルトが、複雑な表情で私を見る。
私は炭化した“しもべ”の吸血鬼を見て、視線をランヴァルトに戻した。
「……私、何も知らなくて」
「そうみたいだな」
「純血は、自ら希望したものだけ“しもべ”にして、“しもべ”の吸血鬼たちは、決して生きた人間を襲わないと思ってたの。それが、最強の魔物としての規律だとお養父様に教わってきたから」
「そうか……遥か昔の純血たちは、己を律し、“しもべ”たちをきちんと管理していたと聞いたことがある。けれど、今の吸血鬼たちは、違う。人間はただの餌でしかない」
餌……ディミトリが私たちを弄んでいた時と同じ……。
「ごめんなさい」
思わずランヴァルトに謝った。
「え? お、おい……」
ランヴァルトは、戸惑っている。吸血鬼に襲われる恐怖や苦痛は、幼い頃に私自身が経験していたのに……。
吸血鬼になって10年。
襲われる側の気持ちを、忘れてしまってた。
「あなたが、私を……吸血鬼を嫌うのも仕方ないよね。なるべく、あなたに近寄らないようにするから」
私が言うと、ランヴァルトは首を振った。
「いや、俺はべつに……」
そこへ、コツコツコツ……と、足音が近づいてくる。
「えー、二人っきりで何してんの?」
フェレミスが、やってきた。
ランヴァルトも私も、彼のそばに走り寄る。
「フェレミス、みんなを送ってきたの?」
私が質問すると、彼はニヤリと笑って頬についたキスマークを見せた。
「もっちろーん。ちゃんと送ってきたよ。見て見て、このキスマーク!華麗な俺の銃さばきにオークは降参、女性たちはメロメロ。……シルヴィアも大活躍したみたいじゃない?」
笑顔で言われて、つられて少し笑顔になる。
でも……。
純血の吸血鬼としての誇りに、これまで特に疑問はなかったけれど……今日のことはそれまでの価値観に、大きなわだかまりを残した。
「母親を人質にして、ガキの血を取った。隙をついて逃げられたがな。へへへへ」
“しもべ”は得意そうに笑う。
そして、注射器を戻すと親子に向かって突進した。
「わぁぁぁん!!」
「きゃー!!」
二人の親子の抱き合う姿に、私はすぐに奥歯を噛み締めた。
考えてやったわけではないけれど、口の中に溢れた血を飲み込む。
「させない!」
“しもべ”の背中に向かって、横に払うように手を動かすと、見えない手に押されたように、“しもべ”が横向きに吹き飛んだ。
やっぱり、私も何か力がある!
「ぐわっ……くそ!!」
“しもべ”がすぐに起きあがろうとするのを、押さえつけるように片手をかざす。
“しもべ”は、縫い付けられたように動けなくなった。
「今のうちに逃げて!!」
私が親子に言うと、二人は感謝の言葉を言いながら、私の横をすり抜けて避難していく。
「お前……なぜ……吸血鬼は……互いの狩りに……口出ししないのに」
“しもべ”は悔しそうに私を睨む。
子供に手を出す吸血鬼なんて、あの、ディミトリだけかと思ってた……。
「子供を狙っては、いけないのよ!?」
少なくとも、ヴァンお養父様は、“しもべ”たちにそう言い聞かせてた。
「は……! 純血どもに何がわかる?いつも……コソコソと墓場で死肉しか口にできぬ我らを見向きもせず、自分たちばかり新鮮な生き血を飲むくせに!!」
「死肉だけ? ドラゴンの生き血や、『コ・ウリモ・マンドラゴ』は?」
コ・ウリモ・マンドラゴは、人間の血肉と同じ味がする魔の果実。
マンドラゴラの亜種とも呼ばれ、純血の吸血鬼だけが生育できると言われている。
ヴァンお養父様は、飼っているドラゴンのマティから生き血を取って与えたり、コ・ウリモ・マンドラゴを旅先から取ってきたりして、“しもべ”たちが飢えないように、いつも配慮していた。
他の純血だって、ちゃんと……!
それを聞いた“しもべ”は、くだらないと言わんばかりに横を向く。
「コ・ウリモ・マンドラゴ? ドラゴンの生き血? 面倒を嫌がるお前ら純血が、やるわけないだろ。だから、俺たちは生きた人間を狩る。ひどい飢えを、満たすためにな!!」
「あなたの主人は誰!? こんな狩りを許すなんて、純血の規律が……!!」
「その純血が、堂々と夜に人を襲って“しもべ”を増やしてるんだよ!!」
“しもべ”の吸血鬼は、吐き捨てるように言った。
「えっ……!!」
「俺は、吸血鬼を召喚した覚えはないのに、夜道でいきなり襲われてこうなった。名前はアリシア・ジーナ・キュリアヌス。純血の小娘だ!!」
“しもべ”の吸血鬼の言葉に、私は驚いて思わず言葉を失った。
アリシアが!?
私の婚約者、シングヘルトを奪った彼女が!?
「純血のくせに知らなかったのか? ここ十年、純血どもは新種の吸血鬼が人を襲うのを隠れ蓑に、自分たちも好き勝手に吸血してるんだぞ?」
「嘘……そんな……誇り高い純血の……することじゃ……」
「誇り高くなんかない。くそ、俺のところにもディミトリの誘いがあったのに。奴らの力を得て自由になれると、そうしたら、俺も……!!」
え!? ディミトリの誘い?
「シルヴィア!」
そこにランヴァルトがやってきた。
彼の声にハッとなって、手を引っ込めると、“しもべ”が起き上がって襲ってくる。
あ!
すぐにランヴァルトが、剣で首を刎ねて“しもべ”の吸血鬼は炭化していった。
牙を残さないところを見ると、普通の“しもべ”みたいね。
この人も、主人格の純血がちゃんとしていたら、こうはならなかったかもしれないのに。
「……さっき人間の親子とすれ違った。シルヴィアが助けたみたいだな」
と、ランヴァルトが声をかけてきて、私は頷く。
「あの子たちは、無事に逃げたの?」
「あぁ。フェレミスが、オークから助けた女性と一緒に馬車で街まで送ってくるそうだ」
「よかった」
「……」
「なに?」
「いや、君は俺が知ってる純血たちと、あまりに違うものだから」
ランヴァルトが、複雑な表情で私を見る。
私は炭化した“しもべ”の吸血鬼を見て、視線をランヴァルトに戻した。
「……私、何も知らなくて」
「そうみたいだな」
「純血は、自ら希望したものだけ“しもべ”にして、“しもべ”の吸血鬼たちは、決して生きた人間を襲わないと思ってたの。それが、最強の魔物としての規律だとお養父様に教わってきたから」
「そうか……遥か昔の純血たちは、己を律し、“しもべ”たちをきちんと管理していたと聞いたことがある。けれど、今の吸血鬼たちは、違う。人間はただの餌でしかない」
餌……ディミトリが私たちを弄んでいた時と同じ……。
「ごめんなさい」
思わずランヴァルトに謝った。
「え? お、おい……」
ランヴァルトは、戸惑っている。吸血鬼に襲われる恐怖や苦痛は、幼い頃に私自身が経験していたのに……。
吸血鬼になって10年。
襲われる側の気持ちを、忘れてしまってた。
「あなたが、私を……吸血鬼を嫌うのも仕方ないよね。なるべく、あなたに近寄らないようにするから」
私が言うと、ランヴァルトは首を振った。
「いや、俺はべつに……」
そこへ、コツコツコツ……と、足音が近づいてくる。
「えー、二人っきりで何してんの?」
フェレミスが、やってきた。
ランヴァルトも私も、彼のそばに走り寄る。
「フェレミス、みんなを送ってきたの?」
私が質問すると、彼はニヤリと笑って頬についたキスマークを見せた。
「もっちろーん。ちゃんと送ってきたよ。見て見て、このキスマーク!華麗な俺の銃さばきにオークは降参、女性たちはメロメロ。……シルヴィアも大活躍したみたいじゃない?」
笑顔で言われて、つられて少し笑顔になる。
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