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元神官のハンター・ランヴァルト

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あれからずっと歩き続けて、麓まで降りてきた時には、夜がうっすら明け始めていた。

日の出が近いわ……。

純血の吸血鬼たちは、もうすぐ棺に入って眠る時間ね。でも、私は元は人間だから、昔からその必要がない。

『半端者』……ジャクリーンお養母様のおっしゃる通り、私は中途半端に吸血鬼な元人間。

『ちゃんとした吸血鬼』になれなかった……。

そうなるよう、『フリ』をしていただけ。こんなふうで、人間の世界に溶け込めるかしら。

彼等から見たら、私はまた異質な存在。
それでも、他に行くところないし……。

あ、街の入り口。

運良く、私は街を見つけていた。
よかった。ほっとする。

夜明け前だから、街の通りにはまだ人もいない。この街に『祈りの家』はあるかしら。

法王府直轄の『祈りの家』には、神官がいるはず。そこで『共闘の盟約』の話をして、ヴァンパイアハンターを紹介してもらおう……。

退治されないといいけれど。

私はキョロキョロと辺りを見回しながら、街を歩いていく。

人間の街なんて、本当に久しぶり。

吸血鬼になってからは、お屋敷からほとんど出てなかったもの……。

ガタン!! 

扉が開く音がして、派手なドレスを纏った三人の女性たちが、一人の男性と一緒に酒場から出てきた。

男性は酔っているのか、フラフラしている。

「ふふふ、しっかりして、ハニー」

「そうよ、スウィート。ほら、宿屋に行きましょう。私たちが、あなたのために取っておいたお部屋があるの」

「あぁ、早く行きましょう。これ以上我慢できないわぁ」

女性たちは、色っぽい仕草で男性を誘っている。男性の方は顔中に口紅の痕があって、髪はボサボサ。

フラフラしながらも、彼女たちに誘われるまま、ついて行ってる。

朝から、なんて人たち!? 
こういう殿方は、私はご遠慮いたします。

そう思ったけれど、彼女たちの口元にきらりと光る牙が見えた。

!? まさか、吸血鬼? 
でも、こんな明け方に? 

純血は棺に入って眠る時間だし、そう考えると彼女たちは“しもべ”の吸血鬼? 

純血の吸血鬼に噛まれた人間も、“しもべ”の吸血鬼になるけど、主人格の吸血鬼が眠りにつくまでは、支配下にあるはず。

でも、彼女たちは命令されて動いてるというよりは、自由意志で行動してるみたい。

おかしいな、この辺りの“しもべ”の吸血鬼たちは、生きた人間は襲わないはずなのに……。

そんなことする吸血鬼は、あのディミトリくらいなもの……でしょ? 

不審に思っている私の前で、男性の方がニヤニヤ笑いながら喋りだした。

「いいねぇ。三人まとめて天国にいかせてやるよ」

それを聞いた女性たちは、嬉しそうにお互い顔を見合わせて、彼の手をとって宿屋に引き込んでいった。

あ……! どうしよう。
でも、我がバドンシュタイン家では、無闇に狩りをする“しもべ”は決して許さなかった。

止めないと!
あの人は、このままだと餌食になっちゃう。

吸血鬼の“しもべ”たちは、吸血した人間を骨まで食べてしまうしね。

私はそっと後を追った。

あれ? どこに行ったのかしら。
消えた彼らを探していると、地下室の方からガタガタと音がする。

私は、なるべく急いで地下室の階段を駆け降りた。

扉の向こうからは、卑猥な会話をしている男女の声が聞こえてくる。

「ここが俺のために取ってくれた部屋なのぉ? ちょっとカビ臭くなーい?」

「ふふふ、文句言わないで。酒場の飲み比べで負けたんだから、なんでも言うこと聞いてもらうわよ」

「なかなか手強かったわよ? スウィート。さあ、脱がせてあげる……天国に行かせてくれるんでしょ?」

「顔も体も本当にイケメンよね。美味しそう……」

「おっと、そんなに俺が欲しいの?」

男性の方も誘うような声色で、彼女たちに話している。もう、何考えてるの!? 

あなたは、彼女たちの朝食に選ばれたのよ!? 

「ええ、とても欲しいわ。私は上から」

「あら、じゃ、私はお腹から」

「うふふ、では私は足からもらうわ」

彼女たちの殺気が、部屋の中に満ちるのが伝わってくる。

私は慌てて部屋の中に飛び込んだ。

「ダメよ! 危ないわ!! 逃げて!! 」

暗い地下室の部屋の中で、三人の女性たちが、押し倒した一人の男性の体中に咬み付いている光景が見える。

遅かった!? 
私がそう思った時だった。

「ギャァァァ!! 」

三人の女性たちが、口元を焦がしながら叫び声を上げて、のたうち回るのが見えた。

「え……?」

驚いている私の目の前で、男性が起き上がる。
はだけた衣服の下には、銀製の鎖帷子を装備していた。

銀製のものは、吸血鬼と相性が悪い。肌を焦がしてただれさせるもの。

か、彼は一体何者?

「あれ? お姉さんたち、もういいの? もっと俺の体を味わって欲しかったなあ」

そんな軽口を叩きながら、彼は皮袋から銀製の杭を取り出す。

三人の女性たちは、焼けただれた口元から煙を上げながら、男性を睨みつけた。

「貴様ぁ! ヴァンパイアハンターだな!?」

「騙しやがって! ズタズタにしてやる!!」

「逃すんじゃないよ!」

彼女たちは、素早く彼を取り囲んで今にも襲いかかりそう。

でも、ヴァンパイアハンターなんだ! 彼。
助けるべき? ……いらないかしら。

彼は不敵に笑って、油断なく構えた。

「こんな時間から『狩り』をするなんてな。お前ら、噂の『新種』たちなんだろ?」

そう話す彼の片目が、金色に光りだす。金眼……!? 狼の瞳……人狼……なの? 

ヴァンパイアハンターの男性は、次々と襲いかかってくる女性たちをいなしながら、三人のうちの一人の胸に、銀製の杭を打ち込む。

「うわぁぁー!!」

倒れた女性の断末魔の叫び声が響き渡るけれど、いつまでたっても、傷口から煙が上がるばかりで消滅しない。

嘘! 急所を刺されてるのに!! 

他の2人は笑いながら、彼を追い詰めようと距離を詰めてきた。

「うふふふ、私たちに銀の杭は致命傷にはならない」

「銀の弾も同じよ。ダメージは与えても、倒すことはできない。太陽の光でさえ、真上でなければ、死にはしない」

彼はそれを聞いて、軽く目を伏せた。

「……どおりでな。ハンター仲間が逆に仕留められていると、噂で聞いている。新種『日の下を恐れぬ者ども』が増えてきた、と。でも、さ?」

彼は壁を背にして、剣を抜いた。
刀身には、法王府の紋章が彫り込まれている。

え……神職の人? この人は神官なの? 

吸血鬼の女性たちも、その剣を見て思わず後ろに下がった。
間をおかずに、さっと何かの液体がバシャ!と、彼女たちめがけて振り撒かれる。

「ギャァァァ!! せ、聖水!? おま……お前ハンターじゃないのか? 祓魔士……エクソシストか!?」

「元、な……。偉大なる地母神チーダ、大いなる天空の神ラーソ。神々の御名において、精霊の祝福を拒む者たちに、その慈悲をおかけください。魔の誘惑に落ちた魂に救済を!」

「うわぁぁぁぁ!!」

「やめろ! やめろぉ!!」

彼があげる祝詞に、彼女たちは耳を塞いでしゃがみこむ。
私も背中がぞわぞわするけど、彼女たちみたいにはならない。

「食らった魂の数だけ、祝詞はお前たちを苦しめる。新種であろうと、神の御技から逃れることはできない!!」

彼はそう言って、2人の女性の首を刎ねた。
あ、という間に彼女たちの体は灰になって崩れ去る。

その瞬間、キラリと光る牙が二人の口から落ちてきた。

? 牙だけ消滅しないなんて……? 
それよりも、彼……。

強い。
思わず彼の剣技に見惚れてしまう。

彼が落ちた牙を拾い集めて、皮袋にしまい始めた時、胸に銀の杭が刺さったままの女性が、彼の後ろに忍び寄るのが見えた。

危ない!!

私はそばにあった置物を掴むと、彼女の背中をめがけてバチン! と投げつける。

「うぐ!! 誰だ!?」

彼女の声に振り向いた彼が、素早く首を刎ねた。やっぱり牙だけが、灰の山の中に残る。

ほ……よかった。

胸を撫で下ろす私の前に、落ちた牙をしまったさっきの男性がやってくる。

お礼を言われるのかしら? 

そう思っていたら、いきなり肩を掴まれて、近くのソファに押し倒されると、顔の横に剣をブスッと突き刺された。

「よぉ、スウィートハート。あんたも吸血鬼だろ?」

男性は、片目を金色に光らせたまま、有無を言わせぬ雰囲気で見つめてきた。
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