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兇変へと向かう序曲-鍵を守護する者⑨-
瞑想
しおりを挟む木枯らしが吹き始めた。冷たくて乾いた風が肌を刺す時分。
あの日も、確かこんな気候だった。
あの日、あんな事が起こるまではただの日常で。何も疑いはしなかった。
……否、少し違う。
違和感はそれ以前にあったのかも知れない。しかしそれは自分にどうか出来る事ではなかった。
だから何もしなかった。
「…………主よ」
この罪に罰が無いとするならば。こうして、ただここに自分が居続ける事が償いなのだろうか。思い出すだけでも胸が苦しい。
あの瞬間、世界の歯車が狂った。ずっとそうならないよう動いていたはずなのに。だが彼女は見通していたのだ。そしてそのさだめを受け入れた。ただそれだけだ。
誰一人、悪くはない。誰のせいでもない。それなのになぜ。
一つの事象が変化すると、それに連なって周囲の物から変わっていく。否、変化せざるを得なくなる。そして大抵は時を経てその変化に順応するのだ。何も悪い事ではない。むしろその方が幸せな時もある。
だが己は違う。自分はただいつの世も傍観者だ。それが己の役割。無為な手出しはしてはならない。
だから彼は憎んでいる。あの時、何もしなかった自分を。そしてまた、巡り始めた歯車をただ見ていることに。
「──っ……」
胸は痛む。この心にもまだ感傷が拭えない。傍観者を貫いた己を責めた時もある。
時は経た。生まれた赤子が成人するまでの時を。だが忘れることは無い。むしろその逆だ。再び、違う形で因果が回ってきたのだから。
全ては鍵の意志だ。自分ではどうすることも出来ない。ただ神命に従うしか。
「どうか…………」
恐らく間も無く、災いが訪れる。彼が引き起こす。この世界に復讐するために。
何を、誰を犠牲にしても厭わない人物。どうか。どうか。
「────御加護を与えたまえ」
菫は強く目を瞑った。その瞼の裏に、一人の少女を思い描いて。
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