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祝いの中の真実に-鍵を守護する者⑥下-

追った先には

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「体育大会?」
体育の授業中、春香からその話題が出されきょとんと声を上げた。
「そ。来月頭でしょ?  そろそろ競技決めなきゃと思ってさ」
そう言われてようやく思い出した。つい先日前まではちゃんと考えていたのだが、ここ数日の出来事ですっかり抜け落ちていた。というよりもそんなことを考えている場合ではなかったというのが本音だ。
バスケットボールを抱えてシュートの順番を待っている最中、突如春香が来月にある行事のことを呟いた。続けて彼女が口を紡ぐ。
「クラス対抗リレーはマストとして、運動部は積極的に走る方に回されるし」
「って言われてもわたし平均なんだけどなぁ……」
「まぁ私たちは部活柄、瞬発力の方が求められるもんねぇ」
言いながら、その部活で培ったシュート技術でゴールを決める。美都も彼女の後に倣うがこちらはゴールポストに当たり入ることはなかった。むぅ、と渋い顔を浮かべる。
そうなのだ。ラクロスは足の速さももちろん大切だが何より瞬発力と持久力を求められる。バスケットにしてもそうだろう。運動部というだけで走る競技に回されるのは少しだけ理不尽に感じるところだ。
「競技って何があるんだっけ」
「走るところだとハードルにスウェーデンリレー、それと徒競走。変わり種なら借り物競走じゃない?」
競技を挙げ連ねてもらったが正直どれもピンと来ない。うーんと唸っていると更に春香が説明を続ける。
「玉入れこそバスケ部にやらせて欲しいものだけどね」
「本職だしね。春香はどうするの?」
「無難に徒競走かなー。ハードル苦手だし」
玉入れについて春香がぼやいたのは、文化部が優先されるからであった。もちろん決まっているわけでは無いが勝率としては運動部が走る競技を担当した方が上がるのは目に見えている。美都も実は玉入れ希望だったのだがここは通らなさそうだなと瞬時に悟った。ということは残るものは。
「スウェーデンリレーかなぁ……」
短距離ならばまだ何とかなるか、とぼんやり呟くと後ろに並んでいたあやのが突如口を挟んだ。
「え?  美都は借り物競走でしょ?」
「待って何で?  やだよ」
苦い顔を浮かべてあやのの言葉をいなす。と言うのは借り物競走が如何にハードなものか知っているからだ。肉体的にでは無い。精神的にハードなのだ。他クラスの人間から物を借りるというだけでも敷居が高い上に、紙に書かれている内容が例年頭を悩ませる物ばかりだからだ。借り物とは名ばかりで借り人と名付けた方が良いくらいには必ず人を指定される。盛り上がる競技ではあるため全校生徒の目を集めやすい。だから嫌なのだ。目立たず平穏に過ごしたいと思う美都にとっては避けたい競技である。それなのに。
「って言っても、借り物競走だけは推薦なんだけどね。まぁ美都で決まりでしょ」
「だから何で──!」
「そりゃあ人が好いから」
前からは春香が「人望よ」と言って野次を飛ばす。人が好い、とは本来褒め言葉なのだろうが今の美都にとっては思うところもあり素直に喜べなかった。以前より周りからの評価は耳にしている。人当たりが良い、誰とでも仲良くなる、気兼ねなく話せる。客観的にはそう見えているようだ。だがもちろんそんなことは無い。そう見えるのは周りとの線引きをしているから。ここまで、というラインを弁えている。おそらくそれがいけなかったのだ。
自分自身の曖昧さ。それが自分を苦しめる結果となった。だが過ぎたことを悔いても仕方がない。ならば出来るのは未来のことだ。そう考えながら思わず溜め息をついた。
「そんなに借り物競走嫌なの?」
「そうじゃなくて……いや、確かにそれもあるんだけど……」
春香にそう問われて一度否定するものの、借り物競走はどちらかと言えばやはり避けたい。もちろんまだ決まったわけではないので気にしすぎることではないのも理解している。息を吐いたのは自分自身の不甲斐なさに関してだった。
「わたし……みんなが思ってるより自分のことしか考えてないんだけどな」
「んもー、また自己評価下げて。そう思わせないところが美都のすごいところなんだって」
呆れたように言葉を発する春香に額を弾かれる。突然飛んできた軽めの衝撃に目を瞑った。自己評価を下げているつもりは無い。やはり観点が違うのだなと思い知らされる。
「実際さ、『美都だから』って言う理由で動く人多いと思うよ」
「わたしだから……?」
「うん。それだけ美都は周りから認められてるってこと。だから借り物競走にぴったり」
もっともな理由をつけてあやのが己の言葉に対してうんうんと頷く。対して美都はその評価に眉を下げていた。謙遜するつもりはない。それだけの自信がないのだ。それなのに。
(なんでわたしが鍵の所有者なんだろう)
昨日からずっと考えている。鍵の所有者であると言う事実は受け止めた。しかし如何せんその理由がわからず首を傾げてしまう。こんなに自分に自信が持てないのに。こんな気弱な人間が鍵を所有していて良いものか疑問に感じてしまう。
『素直で真っ直ぐで──あなた以上に責任感がある子はそうそういない』
スポットの中で、そう衣奈が自分に対して言った。それが才能だと。本当にそうだろうか。そもそも夢の中ではあの不思議な声に「きみが鍵に選ばれたのはさだめのようなものだ」と言われている。それもおかしなことだ。だとしたら才能などは関係ない。
(わかんないことばっかりだな……)
昨日の今日なので当たり前か。また早めに菫のところへ行かなければなと思い出す。鍵の所有者が自分だったと報告しなければ。守護者としての動きは聞いているが所有者としては聞いていない。今後どうすれば良いのか彼女に話が聞きたい。破壊の力を持つ《闇の鍵》を所有することによって、自分がどうなるのかも。
再び順番が回ってきてシュートを打つ。今度は外すことなくきっちりと入った。直後教師から号令がかかり集合となる。次は3on3をするとの指示だった。ひとまず自分の番が回ってくるまでは待機となったためコートの端に寄る。
「ねぇ、平野さんどうしちゃったの?」
春香が訝しげに問いかけてくる。今朝のやり取りを見ていたのだろう。あれだけ様変わりしていれば驚きもするはずだ。実際美都自身もまだ掴みきれていない。
「……うん。どっちが本当の衣奈ちゃんなんだろう……」
「はぁ?」
考えたことをそのまま口に出してしまったために、明確な答えにならなかった。その呟きに更に春香が首を傾げる。
今まで学校で接してきた衣奈と、スポットの中で言葉を交わしていた初音としての彼女。あんなに人が変わるものなのかと思うほど別人に見える。しかし確実に同一の人物だ。
「私はさぁ、なんか懐かしいなって思っちゃって」
「懐かしい?」
「そ。平野ちゃん、小学校のときは今日の格好に近かったもん」
あやのが会話に加わり彼女の言葉にふと目を丸くした。そう言えば彼女は衣奈と同じ小学校出身だった。あやのならば何か知っているかもしれないと考え急に身を乗り出す。
「衣奈ちゃんが変わったのって中学入ってからなの?」
「うん。元々真面目ではあったけどね。平野ちゃんって確か私立の中学受験して落ちちゃったんだよ」
初めて聞く情報に声を詰まらせた。あれだけ勉強が出来れば私立を受験するのは納得は出来る。しかしまさか落ちていたとは。その事実を反芻していると続けてあやのが口を開く。
「その反動なのかなぁ。親が厳しいらしくてさ。中学入ってからはずっと一人で勉強してるの。だから美都が話すようになってくれてよかったなって思ったんだー」
衣奈の家庭環境を頭に浮かべる。確か彼女は部活もほぼ出席する義務がない文化部に所属していたはずだ。学校と家庭、そして塾。その三地点の往復だったのだろうと察することができる。
「……それまで仲良かった子は?」
「それこそ他の私立行っちゃったんだよね。さすがに私も声かけづらくって」
渋面を作るあやの同様、美都も目を伏せて衣奈の心境を考えた。そして思い知る。自分は彼女のことについて何も知らなかったのだと。
衣奈はこの2年半何を考えて生活していたのだろうか。否、少なくとも2年生の2学期が終わるまでか。そこまではずっと一人だったに違いない。何が彼女を変えたのか。2年生の3学期──今年に入ってから、一体彼女に何があったのだろう。
「私さ、平野さんと同じ塾なんだけど」
それまで黙って話を聞いていた春香が突然口を開いた。そしてその言葉に驚き納得した。だから衣奈はあの時春香を襲ったのかと。自分が初めてスポットに入った日。あの日は春休みだった。春休みは補講も無い。同じ学校の生徒を狙うには塾通いはうってつけだ。
「塾には同じ小学校の子がいたのね、それでも彼女が話してるのは見たことなかったなぁ」
「劣等感とかがあったのかね?」
「かもね。やっぱり名門私立ってそれだけ鼻高くなるもん」
自分が着るはずだった学校の制服を、塾で間近で見なければいけない。それが劣等感を生んだのだろうか。勉強が出来ても劣等感は生まれる。自分よりも遥かに優秀な衣奈の姿を見ていただけに複雑だった。その背景を知らずに勉強を教えて欲しいと頼んでしまった自分にも辟易とする。
「あとはプライドの問題かな」
ふと春香がそう口にする。単語を復唱し疑問符を付けて返すと、彼女が頷いてそのまま続けて説明を始める。
「平野さん自身じゃなくて、親のプライドとか体裁とかね」
親の、と言われ目を瞬かせた。そんなこと考えたこともなかった。プライドや体裁。自分には無縁のものだ。だが少なからず衣奈にはそういった点があったのだろう。厳しい親に応えなくてはいけないというプレッシャーが。
(わたしとは全然違うんだな……)
育ってきた環境も、境遇も。きっと相当苦しいところにいたのだろう。しかしそれを簡単に「わかるよ」とは言えない。実際に自分では味わってないものなのだから。ただの気休めの言葉を彼女が望むとは到底思えない。
「まーた難しい顔してー」
「だって……わかんないんだもん」
「何が?」
「……衣奈ちゃんの考えてること」
「もうー」
自分の後ろ暗い表情を叱るように、春香がはぁと盛大に溜め息をついて呆れた顔を覗かせた。いつの間にかしわが寄っていた美都の眉間に手を伸ばす。
「それ、四季のときと同じでしょ?」
「……?  どういうこと?」
「覚えてない?  四季が好きかわかんなかったときも『四季が考えてることなんかわかんない』って言ってたじゃない」
はたと目を瞬かせる。そう言えばそんなことがあったかもしれないと思い記憶を手繰る。あれは確か修学旅行のときだ。自分の気持ちも、彼の気持ちもわからず戸惑いながら目の前の二人に相談した。
「だからね、人間なんだから考えてることがわかんなくて当たり前なのよ」
確かにあの時も同じことを言われた。人間の考えていること全てがわかるはずないと。
「でもそれじゃダメなんだよ……」
衣奈を止めるためには。少しでも彼女の考えていることを理解しなければ。
「うーん。じゃあ四季のときはどうやって解決したの?」
「どうって……」
そう問われて口を噤む。ふと修学旅行での出来事を思い返した。気持ちがわからずずっと頭でぐるぐる考えていたとき、相談に乗ってくれたのは衣奈だった。「怖がらずに踏み込めば良い。そうすれば自ずと見えてくるものがあるはずだ」と。そうアドバイスをくれた。
(そっか……)
わたしまだ怖いんだ。だからこんなに考えているのか。答えが出ないからずっと有耶無耶しているのだ。
他人の領域に踏み込むのはいつだって怖い。だが相手のことを知らないと向き合えないのも事実だ。四季とのときは、怖がらずに踏み込もうと決めた。そして現に彼はちゃんと自分と向き合ってくれた。ただし今回はまた状況が違う。
(衣奈ちゃんは何に焦っていたんだろう)
今朝話したとき、圧倒的に優位な立場にいるはずの彼女がなぜか焦っていた。加えてそのことを指摘されて苛立っていたのだ。いつも冷静なはずの彼女が珍しいとさえ思ったほどだ。
彼女と戦うつもりはない。だから話し合いたいと思っている。衣奈からは話し合うことなど無いと釘を刺されてはいるが、そうだとしてもやはり彼女と向き合わなくては。
ピーッと教師が吹く笛の音が意識の端で聞こえる。ついで春香とあやのに促されそのままコートへとゆっくりと移動した。
たとえ衣奈が向き合うことを拒否したのだとしても。正真正銘、彼女と話し合えるのは自分だけなのだから。



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