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それは紫陽花の花に似て-鍵を守護する者③-
旅立ちの朝に
しおりを挟む「四季って……両極端だよね」
「何が?」
今朝、今日は朝練がないから一緒に行こうと言われたためこうして肩を並べて学校へ向かっている。両極端だなとふと思ったのは彼の行動の話だ。昨日まではもちろん別々に登校していた。彼は朝練があったので当たり前なのだがこれまでは登校時間が被らないように注意していた。同じ家で暮らしていると言う事実を周囲に知られないようにという配慮のためだ。だが今朝の彼の提案はまるで逆だ。そう説明したところ、
「同じ家から出てくるのを目撃されるならまだしも、同じマンションから出てきたところで何の不自然もないだろ?」
とけろっとした顔をしていた。自分の今までの気遣いは何だったのかとさえ思う程だ。まぁ彼のいう通り親戚という設定を使っているのだから同じマンションから出てきても然程不思議ではないのか、と首を傾げながらも納得した。
最近、帰り道はよく一緒になっていたが登校で共に行くのは初めてだなと思った。いつもと違うせいか何だか落ち着かない。触れてもいないのに肩がくすぐったく感じる。当たり前だが昨日の今日なので慣れるはずがない。
美都は気を紛らわすようにふと空を仰いで呟いた。
「もうすぐ梅雨も終わりかな」
「今年は空梅雨だったな」
「修学旅行もギリギリ保ったしね」
修学旅行といえば、と自分の言葉でふと思い出した。旅行中は色々あったなと思わず苦い顔を浮かべる。
思えばあの時から四季は行動に表していたように見える。否、記憶を遡ればもっと前か。旅行中の感情の振れ幅が大きすぎてあまりよく覚えていないのだが。しかしよく思い返してみれば不明な点も多い。そもそも四季と愛理はどういう関係なのだろうか。旅行の前後で話をしていたようだが内容は何だったのだろうとじっと彼を見つめる。
「どうした?」
「……愛理って、四季のことが好きじゃなかったの?」
そう訊いた瞬間、横で歩いていた四季が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。彼の反応に小首を傾げる。
「なんでそういう話に行き着いたんだ……?」
「実は……修学旅行の帰りの電車で二人が話してるの聞いちゃって……」
「変なとこだけ聞いたなお前」
はぁと四季が大袈裟な溜め息を吐く。言われてみればそうだったのかも知れない。あの時は聞いてはいけないという意識が少なからず働いていた。だから耳に届いてきた情報のみを鵜呑みにしていたのは確かだ。
「違うんだ?」
「むしろ逆だ。牽制されてた」
「牽制?」
「中途半端にお前に近づくなって。それで言い合ってただけだ。あいつとは死ぬほど相性が悪い」
そうだったのかと目を丸くした。二人の会話を間近で聞いたことがないため、そこまで相性が悪いとは思っていなかった。後で愛理に会った時に詳しく聞いてみようと思っていたところ、角を曲がった先に金髪の少女の姿が見えた。
「み……! ──⁉︎」
自分を見つけて一瞬表情を明るくした直後、凛の表情が固まった。いつもと違う様子に目を白黒させている。当然だ、隣に四季がいるのだから。美都が呼びかけようとしたところ俊敏な動きで彼女の方から近づいてきて、彼女の腕を強く引っ張った。
「どういうこと⁉︎」
「あー……えっとね、凛。落ち着いて聞いてくれる?」
「い──いや!」
凛は蒼い顔をして耳を塞いだ。どうやら話そうとしている内容は予測出来ているらしい。彼女の反応は予想していた。しかし伝える前からシャットアウトされてしまったためどうしたものかと頭を抱える。
「凛ー……」
「待って……心の準備をさせて」
「そんなに?」
「──そんなに」
ようやく己の耳から手を外すと、凛は大きく深呼吸した。彼女にとっては一大事らしい。ひとまず凛の呼吸が整うのを待つことにした。しばらくして縋るように自分の制服の裾を掴むと顔を俯かせながら呟いた。
「……どうぞ」
「あの────……四季と、……付き合うことになりました」
「ううぅー……」
美都の報告を聞くと凛は彼女の胸に飛び込むようにして涙目になった。こうなるだろうと思っていたため美都は凛をあやすように肩を抱く。
「なんでぇ……美都はいつから好きだったの……?」
「いっ⁉︎ いつからかは、わかんないけど……自覚したのだって昨日だし」
いつからかと訊かれてはたと目を瞬かせる。そう言えばいつからだろうと口元に手を当てる。半歩後ろに佇んでいる四季をおもむろに見た。そもそも好きだという感情がどういうものか解っていなかったのだ。考えたところで答えは出ないのかもしれないな、と顔を紅潮させた。その様子を見て凛はキッと四季を睨みつける。
「一生許さないから!」
「一生かよ……」
「当たり前でしょ……! 私だけの美都だったのに」
「お前の、ってだけでもないだろ」
頭を掻きながらはぁと四季が溜め息を吐いた。この調子だと凛は当分四季に当たりが強くなりそうだ、と目の前の彼女を見つめながら思った。なるべくなら穏便に、仲良くしてもらいたいとは思うがここに自分の感情は関係ないのでひとまず彼女を宥めることしか出来ない。
「50発くらい殴らせて」
「殴って気が済むならいいけど」
身体に似合わず暴力的な発言をする凛をいなそうとしたのか四季は軽く応じる。
「ねぇ四季。凛って合気道習ってるから意外と力強いよ?」
美都からの情報を受けて四季は一瞬「うわ」という表情を浮かべる。昨夜考えていたこと──肋骨3本折られる覚悟──を身を以て証明することになるところだったと四季は内心冷や汗をかいた。
ひとまず凛を落ち着かせて学校へ足を向かわせる。
「別に特に変わるわけじゃないでしょ?」
「一緒に居られる時間が減るじゃない」
「そうかなぁ。あんまり変わらないと思うけど……」
凛にそう言われてふと考える。どうせ四季とは家に帰れば会えるのだ。特に学校生活が変化することはないのでは無いかと思っている。しかしその言葉に当の四季は何か言いたげに苦い顔をしていた。
校舎に近付くにつれ、だんだんと生徒が行き交う数が増えてきた。組み合わせが珍しいのか其処彼処から視線を感じる。そうでなくとも四季はやたらと周囲の視線を集めやすい。ということは今後これに慣れなくてはいけないということか。
靴箱について一旦凛と離れる。シューズに履き替えながら渋い顔をしてうーんと唸ると四季が不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「ううん。なんか──改めて思い知っただけ」
四季は何をしなくても目を惹くということに。複雑だなと少し思いながら彼を見上げる。その仕種にグッと言葉を詰まらせた後、四季は美都の頭に手を乗せて優しく二度反復させた。その優しい手つきに安心する。自分と四季は釣り合わないのでは無いかと心配していたが、大丈夫そうだ。おそらく彼はそんなこと気にしていない。そう思って顔を綻ばせた。
「おー。昨日とはえれー違いだな」
その声に二人してハッとする。正面玄関の方を見ると和真が様子を伺うように立っていた。
そういえば昨日、帰りに何も言わずに立ち去ってしまったのだったと思い出した。あの時の自分は相当変な顔をしていたに違いない。彼のいう通り昨日とは全く心持ちが違う。妙な恥ずかしさを覚えて口元を手の甲で隠した。
「まぁ訊かなくても状況は理解した。良かったなー四季。俺と春香に感謝しろよ」
「お節介なところもあったけどな」
「無事報われたんだから御の字だろ。いやー長かったな」
そう言って和真は四季の背中をバンバンと叩いた。むっとしながらも四季は和真に感謝しているようだ。自分の知らないところでそんな話になっていたのか、と美都にとっては目から鱗だった。つまり修学旅行のあれこれは和真と春香によるところもあったのだ。そう今更思い返す。だが結果として彼らには感謝すべきだろう。ようやく胸の靄が晴れたのだから。教室に着いたら春香にも一言報告しなければ。それと──。
(愛理にも、お礼言わなきゃ)
彼女は今回の件に関して、おそらく一番気を遣ってくれていたはずだ。昨日彼女と話し合った時には思わず反発してしまった。あの時からきっと彼女は解っていたのだ。逃げようとしていた自分を咎めるように。彼女はいつも自分を導いてくれる。大切な人だ。
「あれ? 愛理は?」
「お前、何にも聞いてねーの? あいつ今日また飛ぶんだよ」
「飛ぶって……今日⁉︎」
和真の言葉に目を見開いた。愛理の家族は仕事の都合で海外を転々としている。飛ぶというのは海外へ、ということだ。日本の滞在期間が終わったということか。
今日海外へ発つから学校へ来ていないということか。またしばらく会えなくなる。このまま、また何ヶ月も。
────そんなの嫌だ。
そう思ったときには鞄を放り投げていた。
「おい!」
「愛理、まだ家にいる⁉︎」
「そりゃいると思うけど──お前授業は⁉︎」
「こっちのが大事! 鞄だけお願い!」
和真に彼女の所在を確認した後、美都は一目散に駆け出した。周囲の人間は美都の大胆な行動に目を瞬かせていた。投げ捨てられた鞄を拾い上げて四季が息を吐く。
「フラれたな」
「おい」
「冗談だって。しかしあいつ何にも聞かないで飛び出してくんだもんなー。学校帰りでも間に合うのに」
「それを先に言ってやれよ……」
後出しの情報に四季が顔を顰める。フラれたとは思っていない。美都にとっても愛理にとっても、互いを大事に思っていることは知っていたから。当然の行動だ。それに自分はあの向こう見ずなところに惹かれたのだ。あれくらいお転婆な方が見ていて飽きないとさえ思う。
『あの子、危なっかしいから──……見ててあげてよね』
ふと愛理に言われた言葉を思い出した。危なっかしいという所感は周りからもよく耳にする。それは同じ家で暮らし始めた時からそう思っていた。最初はただ守護者の時だけ。同じ守護者として手助けする間柄で、彼女の普段の行動は気にかけていなかった。それなのにいつの間にか意識するようになって。目に付く彼女は放っておけない。周りの友人が、彼女に対してそう思うのと同じように。否、それ以上だ。
(俺も保護者の仲間入りだな……)
その事実に苦笑する。しかし決定的に周りと違うのは、誰よりも近くで見守ることが出来るという特権が付加されたことだ。傍であのあどけない笑顔を見られること。それが、何よりもの幸福だ。
(────やばいな)
想いが通じた途端、今まで抑え込んでいたものが溢れそうになるのを感じた。まだこれ以上の想いの先があるのかと自分自身に驚く。好きだけじゃ済まなくなりそうだ。
四季は同級生に気取られないように、慌てて口に手を当てて顔の赤さを誤魔化した。
◇
(────もう!)
美都は走りながら愛理に文句を言いたくなった。なんで彼女はいつも大事なことを話してくれないのかと。戻ってくる日も出発する日も、何も教えてくれない。恐らくそれは自分に対しての配慮だ。自分を心配させないようにという彼女の心遣い。だが。
(そんなの……ずるい!)
愛理はいつも自分のことを気にかけてくれている。彼女は美都が弱い人間だと知っているから。だからこそ愛理と向き合うのが怖かった。彼女にはなんでもばれてしまうから。自分自身でさえ解らなかった想いにも、愛理はとっくに気付いていたに違いない。敢えて教えなかったのは自分への成長の為か。
考えていたらあっという間に愛理の家の前にたどり着いた。全力で走ったため息が上がっている。呼吸を整えながら美都は彼女の家のインターフォンを押した。
「あらぁ美都ちゃん! 元気? 大きくなったわねぇ」
「瞳さん! 愛理いますか⁉︎」
出迎えてくれたのは愛理の母だった。彼女とも幼い頃から面識がある。頻繁に会っていたわけではないが、顔を覚えてくれていたようだ。瞳は「ちょっと待ってね」と言って玄関の奥へ戻っていった。直後にバタバタと階段を駆け下りてくるような足音が聞こえる。
「美都⁉︎ あんた学校じゃ……」
「──っ愛理のばか!」
「な……!」
まるで子どものようだ。それでも感情を堰き止めることが出来なかった。愛理に会ったら一度責めようと思っていたのだ。彼女は予期せぬ言葉に目を瞬かせている。膨れっ面になりながら彼女に思いの丈をぶつける。
「どうしていつも肝心なことは言ってくれないの⁉︎ ひどいよ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ」
「愛理は──……ずるいっ!」
いつもそうだ。自分には何も言ってくれない。頼ってくれない。それどころか心配かけてしまって。愛理はいつもそれを一人で持って行く。自分の中にある不安な気持ちを拭い去るように。
「待った待った。一体どうしたの? 向陽四季と上手く行かなかった?」
「な、なんで……! 違うよ!」
「じゃあなんであたしは責められてんの」
突然四季の名を出され戸惑いながら否定する。むしろ愛理のおかげでわだかまりがなくなった。感謝しようと思っていたのにまだそこまで感情が追い付いていない。どこから言及すべきかと考えて口籠もっていると、愛理が肩を落として美都を抱き寄せた。
「! 愛理……!」
「はい、深呼吸。吸ってー、吐いてー」
彼女の指示に従い、美都はゆっくり呼吸を合わせていく。するとだんだんと頭が冴えてきた。グッと唇を噛み締める。やはりどうあがいても彼女に太刀打ちができないようだ。
「……で? どうしたの? 話してみなさい」
「──いつから……気付いてたの?」
愛理なら、と思ったのだ。自分でも気付いていなかった四季への気持ちの変化。彼女は気付いていたからこそここまでしてくれたのだ。
美都から身体を離すと愛理はゆっくりと息を吐いた。
「そうね……あたしが初めて訊いたときから意識はしてたんじゃない? 好きかもしれないって気付いたのは最近でしょうけど」
「なんで……」
「あのねぇ、あんたの表情の変化くらい気付くわよ。まったく……」
そう言って愛理は美都の前髪に優しく触れた。呆れるような笑みを浮かべてただ真っ直ぐに美都のことを見つめている。改めて感じる愛理からの愛情に胸が詰まりそうだった。
「どうして試すようなことしたの……?」
昨日の話を持ち出す。どうしても彼女の口から聞きたかった。自分の憶測を確かめたかったのだ。
愛理は浮かべていた笑みに苦さを零し再び口を開いた。
「目を背けて欲しくなかったの。ちゃんと自分の心に気付いて欲しかった。あんたはもっと欲しがるべきよ」
「──でも……」
「わがままを言わない子が、良い子だと思ってる?」
「────!」
重ねられた愛理の言葉に目を見開いた。良い子でいなくてはいけない、とずっとそう思っている。だから欲しがってはいけない、わがままを言ってはいけないと。愛理はそのことに気付いていたのだ。やれやれという表情を浮かべ、彼女は肩を竦めた。
「あんたは……自分を抑え込みすぎちゃうから。苦しかったでしょ? ずっと」
「……うん」
「ごめんね。知ってたけど美都に荒療治できるのはあたしだけだと思ったからつい」
そこまで聞いて、やはり愛理はあの時には既に分かっていたのだなと感じた。荒療治というのは、いつでも本心に蓋をしようとする自分を変えるため。だがそれでも自分は逃げてしまった。向き合うのが怖くて。自分に自信がないから誰かを繋ぎ止めておくことなんて出来ないと、そう思ってしまった。
「美都は──もっと他人からの愛情を感じるべきよ」
「愛情……?」
愛理の言葉を復唱する。すると愛理は再びふわりと美都のことを抱きしめた。
「そう。他人の体温。想い。自分に向けられているものをなかったことにしないで。あんたは絶対一人じゃないんだから」
その言葉に息を飲んで目を見開いた。愛理は自分をあやすように強く抱きしめてくれている。
やっぱり、彼女には敵わない。自分が見ないようにしてきたものを見抜いているのだから。愛理は小さい頃から同じ時を過ごしてきた分、自分のことを良く知っている。彼女は自分の心の奥底にあるものに気付いているのだ。
他の誰よりも、甘くて厳しい。この温もりが彼女の1番の愛情だ。ずっと知っていた。
「癪だけど、これからはちゃんと向陽四季に甘えなさい」
「甘えられないよ……」
「だーめ。あんたはあたし以外に甘えられるようになりなさい。じゃないといつまで経っても安心出来ないじゃない」
そうだ。不思議と愛理には昔から甘えてこられた。互いに一人っ子だったからかもしれない。同い年ではあるが、愛理を姉のように見てきたのは事実だ。彼女はそれ程頼れる背中をしていた。確かに愛理のいう通りだ。これ以上愛理に甘えてはいけない。もう独り立ちしなくては。強くなって彼女を安心させてあげなければ。
「わたし────……強くなるから」
言いながら愛理から身体を離す。彼女の瞳を見て話がしたかったから。これまでずっと側で見守ってくれた彼女へ。自分の弱い部分を知って支えてくれていた彼女へ。今度はわたしが支えてあげられるように。
愛理はふっと微笑んで美都の頭を撫でた。
「大丈夫よ。期待してないから」
「もう!」
やはり妹扱いされているようだ。愛理の返しに悔しくて口を尖らせる。
「それよりも何かあったらちゃんと報告して。いちいち和真に聞かなきゃいけないの面倒なんだから」
「和真も愛理のこと心配してるんだよ」
「生意気な。心配されるようなことないわよ」
愛理と和真の間には、それこそ幼馴染みである美都でさえも割って入れない独特の雰囲気がある。互いに信頼し合っているからだろうなと思う。彼らは頻繁に連絡を取り合っているようだ。自分も今回の件を反省してちゃんと愛理に連絡しようと心に決めた。
「それより美都、あんた授業は?」
「だって……愛理がこれから発つって聞いたら居ても立っても居られなくて」
「ははー、そんだけ愛されてんのねぇ。でも発つの夜だから学校終わってからでも間に合ったわよ?」
「そうなの⁉︎」
初めて耳にする情報に目を丸くする。確かに和真が喋り終える前に飛び出してきたのは自分だ。そもそも愛理が事前に教えてくれていればこう慌てることもなかったのだ。ちょっとした理不尽さに頬を膨らます。
「なんでわたしには教えてくれないの……」
「だって離れたくなくなっちゃうんだもん。あたしは美都のことが大好きだから。誰よりもね」
そう言って肩を竦ませた。愛理の言うこともわかる。確かにそうだ。本当はずっと側にいて欲しいと思ってしまう。それでも彼女の家庭の事情に口出しは出来ない。愛理もそうなのだろう。名残惜しくなってしまうのはお互い様だ。
誰よりも自分のことが好きだと言ってくれる。彼女の言葉は魔法のようだ。それだけで安心出来てしまうのだから。貰ってばかりだなと改めて思う。
「わたしも、愛理が好きだよ」
「ありがと。でもその言葉は向陽四季に言ってやんなさい。一緒に暮らしてるんだって?」
彼女の口から出た言葉に目を瞬かせた。一瞬思考回路が停止したのだ。なんとか必死に情報整理をする。冷や汗をかきながら愛理に問いただした。
「な……なんで知って……」
「あの男から直接聞いたのよ。あと和真にも言ったから」
「ちょっと待って⁉︎」
四季が直接愛理にバラした? なぜ? いやそもそも愛理はなぜ和真にも伝えてしまったのか。このあと学校に行かねばならないのに。どういう顔をして会えばいいのかと頭を抱える。ひとまず四季には理由を問い質す必要がある。和真には口止め。否、それは今もしかしたら四季がやっているかもしれない。またややこしくなってしまった。
そう美都がしどろもどろしていると愛理がおもむろに肩を叩いた。
「ほら学校行くんでしょ? 和真みたいに不良になっちゃダメよ」
「ならないよ。……次はいつ帰ってくるの?」
授業をすっぽかしてきているので愛理の言わんとしていることもわかる。だがこれきりだ。普段は真面目に学生の本分に従事している。
愛理は美都の質問を受けて宙に目を泳がせながらうーんと唸った。
「年明けかなぁ。まぁ卒業式には絶対帰ってくるから」
「まだちょっと先だね。年明けかぁ──どうなってるのかな」
「受験勉強でヒィヒィ言ってる頃よ。特にあんたはね」
そう言われて言葉を詰まらせた。目指すところは特に決まっていないが勉強というものに得意意識がない自分にとっては愛理の言うことが目に見えるようだった。それまでになんとか、もっとちゃんと勉強しておこうと思う。
年明けということはまだ半年ある。やれることはたくさんあるはずだ。勉強にしろ守護者の務めにしろ、考えていかなければ。何だかんだ時間はあっという間に過ぎていくのだから。
美都はその後も愛理と言葉を交わし、キリの良いタイミングで学校へ戻るために1人踵を返した。
────そうだ。まだこの時は知らなかった。
これから先、進んでいく未来。そこに待ち受けている現実に。
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