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それは紫陽花の花に似て-鍵を守護する者③-
目まぐるしい時期
しおりを挟む「はいそこまで! 解答用紙を後ろから回してー!」
担任である羽鳥の号令を合図に、中間考査全ての日程が終了した。とは言え中間なので主要教科5科目だけだ。しかし美都にとっては5科目でも地獄だ。これが期末になったらと思うとそれだけでゾッとする。
考査から解放された脱力感から思わず机に突っ伏した。やれることはやった。あとは祈るのみだ。どうか平均点以下がありませんように。
「お疲れー」
「終わった……」
「それはどっちの意味?」
「どっちもにならないことを祈ってる……」
側まで来ていた春香が美都の呟きに鋭く突っ込みを入れる。春香はどう見ても余裕そうだ。彼女は昔から頭が良い。平均点以下など以ての外だろう。
しかし今回はそれとなく自信がある。なぜなら強力な助っ人が周りにいたからだ。授業の復習は春香が、苦手意識を抱いていた理科は衣奈が、そしていつも通り数学は凛が見てくれた。文系科目は比較的点数が取れるので心配はしていない。それと、とチラリと横目で窓際に座る少年を見る。
実は数学に関しては四季にも教えてもらっていた。たまたま一緒に夕食を食べていた日、互いの勉強方法について話したことがあった。数学が苦手であることを零したところ可能な範囲で見てくれる事になったのだ。なので食事が終わった後の数時間、度々不明な箇所を教えてもらっていた。これで平均点以下を取った日には顔を合わせられない。
(帰ったら改めてお礼言わなきゃ……)
ぼんやりと四季を見つめていると視線に気づいた春香がニヤリと笑んだあと、視界を妨げるようにして美都の前に立った。
「ねぇ、実際のところどうなの?」
「? 何が?」
「何がって、四季とのこと」
「はぇ?」
自分でもびっくりするほど素っ頓狂な声が出てさすがに恥ずかしくなる。周囲に気遣うように小声で訊ねてくる春香の顔は楽しそうだ。これは何か勘違いしているなと苦い顔をしたまま言葉を続けた。
「別に何にもないよ」
「えぇー本当にー? にしては最近四季柔らかくなったと思わない?」
「それはそうかもしれないけど……。でもわたしは関係ないって」
確かに最近彼は柔らかくなったように思える。否、そもそも進級したての頃が着飾っていただけなのではないだろうか。あの頃は知り合いもほとんどおらず、クラスの中で浮いた存在だった。奇異な目で見る者も多かっただろう。しかしその後あっという間にクラスに馴染んでいた姿を目の当たりにしているので、元より社交性はあったのだろうなと思う。だからこそ今気兼ねなく話せるようになったところで不思議ではないのだ。
「まぁすぐに修学旅行だし、追い追い訊こうかねぇ」
「訊かれても何も出てこないからね」
含み笑いを浮かべる春香に渋い顔を見せつつ美都が答える。
そう言えば考査が終わればすぐに修学旅行の準備が始まるのだ。せめて四季と班が違うことを祈る。これ以上彼と近づいてなるものか、と美都は密かに思っていた。
何故ならば四季は学年問わず女子生徒から人気がある。ただでさえ遠縁というレッテルで話の引き合いに出されることが多く、それだけで勘違いする人間も一定数いるのだ。だからこそ違うのだという距離を取って置きたい。そうしなければ彼にとっても迷惑なはずだ。
以前弥生が言っていた『家に帰れば嫌でも顔を合わせるものねぇ』という言葉が脳裏に思い出される。自分は別に気にしないが彼は辟易としているに違いない。
「みーとっ!」
「うわあ!?」
背後からいきなり抱きつかれて驚きの声が飛び出る。振り返らずとも声の主は予想出来た。
「愛理……また勝手に他のクラスに入ってきて……」
「いいじゃんせっかくテスト終わったんだし。堅苦しいこと言わないの」
少女の名前は坂下愛理。数週間前、美都が通う第一中学に突然やってきた。というのも彼女は家の都合で年中ほとんど海外に滞在している。今回はひと月ほど日本に滞在するとのことなので義務教育の名の下こうして同じように勉学に励む事になったのだ。
すらっとした手足に美都が見上げるほどの高身長の彼女は、ただ歩いているだけでも目立つ。彼女が来て数日は日本人離れした行動に周囲を驚かせていたが、毎日のように繰り広げられる光景にクラスメイトたちもさすがに慣れたようだ。
「飽きねえな、毎日毎日」
隣の席に座る和真が呆れるように呟いた。
「そりゃあね。妹には毎日顔を合わせるもんでしょ?」
「ちょっと。いつからわたしは妹になったの」
確かに3人の中では一番背が低いけども。元々、自分たち3人は同じ保育園に通っていたため長い付き合いだ。特に和真は家が隣同士なこともある。そこに愛理が加わって良く3人で遊んだものだが。
「ペットの方がいいか?」
「それもありね。構い倒したくなる点では同じだし」
「こらー! もう!」
美都を抱きしめたままの愛理がぐしゃぐしゃと彼女の髪を撫で回した。だめだ、このままではいいようにおもちゃにされてしまう。彼女を剥がしてなんとか席を立ち上がると教室の扉を目指した。
「どこ行くのー?」
「職員室。今日日直だから」
「ねぇ帰りどっか寄ってこーよ」
「今日から部活再開だからだーめ。じゃあ行ってくるから」
そう言い残すと美都はそそくさと教室を後にした。
「逃げられたな」
「ちぇー。美都が構ってくれないとつまんなーい」
「っつって、お前授業以外ほとんどあいつんとこいるだろ」
「充電充電。いやー可愛いなあうちの美都は」
その場に残された和真と愛理が勝手知ったるが如く会話を続ける。愛理の言葉はまるで誰かに向けられているかのようだ。
少し離れた席の四季が苦い顔をしておもむろに立ち上がり教室後方の扉へ向かった。
「ねぇ、美都が日直なんだったらあんたもそうなんじゃないの?」
美都が教室を出ていくのを確認して、春香がその場で駄弁っている和真に鋭く突っ込みを入れた。
「やべぇそうじゃん。あー……四季!」
彼女の隣の席なので当たり前なのだが和真はすっかり忘れていたようだ。すると彼は動き出した瞬間、扉近くにいた四季を見つけ出て行こうとするところをおもむろに呼び止めた。
「なんだよ」
「一生の頼みがある。ついでに職員室行ってきてくれ」
「この前も一生の頼みって言ってただろうが。それにどこかに行くなんて言ってないだろ」
「そこをなんとか」
はぁという長い溜め息を吐いて、軽く頭を下げる和真を四季が薄い目で見つめた。尚も険しい表情をする四季に交渉するように、彼にだけ聞こえるくらいの小声で和真が呟いた。
「最近美都と喋ってないんだろ? あいつのせいで」
「はぁ?」
「俺からの計らいだって。な?」
和真が「あいつ」と指したのは愛理のことだった。確かに学校では常に美都の周りには誰かがいる。最近は著しくあの少女がいることが多かった。それはもう凛を凌ぐほどに。しかし別に家に帰れば普通に会話は出来る。学校で話すことは減ったがそれは止むを得ないと感じていた。面白くはなかったが。
だが学校で会話していないと不自然ではあるのか。焦らず着実にと構想を練っていたが思わぬところでストッパーがかかっているのも理解していた。
四季は再び息を吐いた。計らいだとは言うが、彼も正直なところ職員室に向かうのが面倒だというところもあるはずだ。だとしたら簡単には乗ってやらない。
「コート整備の交代で手を打つ」
部活の前後に行うセッティングだ。同じサッカー部である彼に提案を持ちかける。
「乗った。じゃあそっちは頼んだぜ」
その提案を特に抗議もせずに呑み、言いながら飄々と席に戻ろうとする和真を目線で追う。すると件の少女が目に入った。彼が当初言っていたより数倍厄介な相手だ。さっと目を逸らし、四季は教室の後方の扉から退出する。
「あらぁ。イケメンくんに睨まれちゃったわ」
「お前が先に睨んでたんじゃねーの?」
「見てただけよ。あの子が美都の親戚ねぇ。何度聞いても腑に落ちないけど」
四季の視線を感じ取っていた愛理が、帰ってくる和真に聞こえるように大きめに独り言を呟いた。その声には若干棘が含まれている。半ば宥めるように言った和真に返す言葉にもそれは表れていた。
「まぁあいつに関しては退っ引きならない事情があるんだろ。お前は不満だろうけど」
「あったりまえでしょ! 帰ってきたらいきなりこんな事になってるんだから」
年明けに会った時は何も変化がなかったのにその数ヶ月後の今、いきなり事情が変わっていて驚愕した。春頃から美都からの音信が途絶えつつあったので疑問に思って和真に探りを入れていたのだ。まさか引越しをしているとは思わなかった。遠縁がいることも初耳だ。ちょうど良いタイミングで日本滞在が決まってよかったがこの状況は釈然としない。
「やれやれ。美都も保護者が多くて大変だわね」
やり取りを聞いていた春香が呆れるように口を挟む。その言葉を受けて愛理が膨れっ面で眉間にしわを寄せた。
そう、愛理にとって美都は本当に妹のような存在なのだ。だからこそ気に入らない。いきなり現れて遠縁だと名乗るあの男が。
◇
教室を後にして、美都は一人職員室に向かって歩いていた。
廊下では考査が終わった解放感で羽を伸ばす生徒たちが談笑している。その間をすり抜け階段を上った。
(今日から部活再開だし、頑張らないと……!)
結果が返ってきていないため手放しでは喜べないが、ようやく勉強の鬱憤を晴らすことができる。鈍ってしまった身体を思い切り動かせるのだ。それだけで気持ちは軽やかだった。
考査期間中、宿り魔もほとんど出現しなかった。静けさが不気味ではあったが勉強に追われている身としてはありがたかった。あまり考えたくはないがキツネ面の少女が在校生だとすると彼女も状況的には同じだろう。だからだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、職員室から出てこちらに向かって歩いてくる人物に気がつき思わず声をかけた。
「高階先生!」
「こんにちは、月代さん。テストお疲れ様でした」
音楽の非常勤講師である高階律だ。非常勤とは名ばかりで授業がない日も学校に来ることは多いようだ。今日も本来なら通常授業はないはずだが、出勤しているということは何かしらの業務があるのだろう。
「CDありがとうございました! 今度の授業でお返しします」
「いつでも大丈夫ですよ。オーケストラはどうでしたか?」
「すごく迫力がありました! 音圧があって、壮大で……!」
以前ピアノ曲だけのCDを借りた後にお礼と感想を伝えたところ、それが嬉しかったのか今度はオーケストラ曲を聴いてみてはどうかと提案してくれた。ピアノ単体とはまた違う迫力があり、何重にも広がる音の厚さに驚いたのだ。ますますクラシックとは奥が深いものだと実感した。
「『木星』は耳にしたことがありましたし、『弦楽セレナード』も綺麗な曲だなって」
「ホルストの中でも『木星』は馴染みがありますよね。『弦楽セレナード』は弦楽器中心の流れるような響きが耳に残りやすいのかもしれません」
特に印象に残った曲を伝えると高階はふっと優しい笑みを浮かべた。曲名を伝えただけで作曲家と曲調がサッと出てくるのはさすがだなと思う。クラシックを遠ざけていたわけではないが今まで触れる機会が少なかったジャンルだけに新たな発見があってワクワクする。
「なんとなく月代さんの好みが読めてきました」
「え? 本当ですか?」
「えぇ。ピアノ曲の方が顕著でしたけど」
ふふっと笑いながら顎に手を当てる姿はやはりどことなく少年らしさを感じさせる。一回りも違う年上の男性に対して失礼な感想かもしれないが、高階は年齢よりも若く見えることがある。彼から感じるあどけなさもまた理由の一つかもしれない。常に柔らかい雰囲気を纏っており生徒たちに人気があるのも頷ける。
「では次は弦楽器中心のものにしてみましょうか。ヴァイオリンソナタで君好みのものがありそうです」
「お願いします! わぁ、楽しみだなぁ……!」
「僕も月代さんの反応が楽しみです」
高階の提案に美都も笑みを零す。彼の選曲なら間違いないはずだ。ピアノ専攻と聞いていただけにクラシック曲全般に博識なのは驚いたが、彼はそれほどまでに音楽が好きなんだろうなとこれまで話していて十分に納得出来た。
そんな何気ない会話をしていたところ、不意に高階が美都に目を留めた。
「あっ、ちょっと……じっとしていてください」
「え?」
美都を見ながら何かに気づいたように目を見開き、彼女に手を伸ばした。突然のことに驚いて美都も目を開いたまま指示通り大人しく身体を落ち着ける。彼の華奢な手がゆっくりと美都の髪に触れた。
(うわぁ……)
いつもより近い距離に思わず顔が紅潮してくる。心なしか鼓動も早くなるようだ。近過ぎてどこに目線を置けば良いか分からずに戸惑っているとゆっくりと彼との距離が離れた。
「……はい、取れました。髪に糸が付いていたようです」
「あ、ありがとうございます」
「いえ気付いて良かったです」
先程愛理に撫で回された時だろうか。糸を付けたまま歩いていたことの恥ずかしさよりも、急に縮まった高階との距離を考えて顔が熱くなる。礼を伝えるとニコリと微笑む姿に、こちらもつられてふと笑みが零れる。
こんな少女漫画のような展開があるのだなと感慨に浸っていた時、背後からの呼び声に思わず肩を竦めた。
「────美都!」
「! ──……、……四季?」
聞き慣れた声に応じるよう振り向いたそこには、四季が立っていた。眉間にしわを寄せてさも不機嫌そうな顔をしてこちらを向いている様に思わずギョッとする。
「じゃあ月代さん。僕はこれで」
「あ、はい。引き止めちゃってすみませんでした」
「いえいえ。ではまた次の授業で」
今度は前方からする高階の声にハッとして前を向いた。会釈をして歩き出そうとする高階に同じように頭を下げ、しばらく彼の後ろ姿を見送った。同時に後方に居た四季がこちらに向かって歩いてくる姿が見え、少しばかり後ずさる。
「ど、どうしたの……?」
何かしただろうかと怪訝に思いながら、その雰囲気の原因を尋ねる。すれ違いざまに高階をチラッと見ていたのでもしかしたら彼と何かあったのだろうか。否、そう接点は多くないはずだ。混乱しながら考えていると、尚も眉間にしわを寄せたまましばらく自分を見つめたあと四季がハァと息を吐いた。
「……日直は?」
「これから、だけど……でも四季は今日じゃないでしょ?」
なぜなら日直は基本隣席の男女が担う決まりになっている。本来なら今日は和真のはずだ。愛理がいたのでわざと置いてきたのだ。だからなぜ四季が日直のことについて訊いてくるのか不思議だったのでふと小首を傾げた。
「和真と代わった」
「え!? なんでわざわざ……」
「いろいろあってな。待っててやるから早く行ってこい」
答えになっていない答えに益々謎が深まる。加えてなんだか妙に急かされているようだ。
「別に日誌取りに行くだけだから先に戻ってても大丈夫だよ?」
「いいから。早く」
半ば強引に背中を押され美都は渋々と職員室への扉へ向かった。なんだか最近彼はピリピリしている気がする。考査があったからかもしれないがそれにしても眉間にしわが寄っている顔を見ることが多い。せっかく綺麗な顔立ちをしているのだから高階みたいに柔らかくしないともったいないのになとさえ思う。
(カルシウム不足かな……牛乳を使った料理かぁ)
何があったかなと考えながら「失礼します」とことわって職員室に入室する。
美都の姿を見送りながら、四季は職員室の前の廊下の壁にもたれ項垂れるようにして頭を抱えた。
今のは良くなかった。全く子ども染みている。解っていたのに抑えきれなかった自分に辟易とする。
(あーっ……くそ……)
あまりにも無邪気に笑う顔が自分に向けられたものじゃなかったから。無性に腹が立ったのだ。その相手が以前から彼女が親しくしている教員だったというのもある。あんな表情、自分には滅多にしないくせに。
ハッとして口に手を当てる。そんな考えをした自分に苦い顔をせざるを得ない。別に自分が口を出すことではないのだ。彼女とは別に守護者以外で特別な関係ではないのだから。
一人で百面相をしていると横から自分の名を呼ぶ声が聞こえて顔を向ける。同じクラスの渡辺秀多だ。彼もまたサッカー部で交流がある友人の一人である。
「何?」
「月代ってまだ職員室?」
思わず眉を顰める。なぜ彼が美都の動向を気にする必要があるのか理由が計り知れなかったからだ。四季のその表情に気づいたのかおどけるように秀多は続けた。
「キレんなって。ただ相談があるだけだよ」
「なんの相談?」
「それは内緒。まぁお前が心配するようなことじゃないから安心しろー」
飄々という様はどことなく和真と似ている。心配することじゃないと言われても落ち着けるわけがない。しかしそれさえも過干渉だ。わかってはいてもつい気になってしまう。
「お前さぁ、そんなに心配するくらいならさっさと言えば?」
「いろいろ理由があるんだよ……」
今はただ守護者としての関係でしかない。同じ家で暮らしている以上、自分勝手な行動は差し控えるべきだ。伝えた瞬間に関係は崩れる。ギクシャクするくらいならこの関係も悪くはないと感じている。自分が耐えればいいだけの話だ。
「不健全だなー」
「どういう意味だ」
「もっとこう思うがまま生きれば楽だろうに」
「そう出来ないから困ってんだよ」
おおよそ男子中学生の会話とは思えない。しかもあろうことか教育的指導を促す職員室の前でする話ではない。他愛ない会話を続けていると職員室の扉が開閉し、美都が日誌を片手に出てきた。
「あれ? 増えてる」
四季だけかと思いきやいつの間にか増えている人数に驚いて美都は目を瞬かせる。壁から背を話し動き出そうとした瞬間、いち早く秀多が美都の腕を掴んだ。
「悪い月代、ちょっと相談がある。内密で」
「え? ナベくんどうしたの?」
ナベくんとは彼の名字からとったあだ名だ。腕を引っ張られた衝撃で目を丸くしながらその名を口にした。四季を背にして、二人は内緒話を彼の目の前で始める。
「実は──……」
「え……、えぇ──……?」
内密で、というだけあってコソコソと小声で話す二人の距離は近い。その接近具合が後ろから見ていて落ち着かない。しかも美都は秀多からの依頼に戸惑っている様子だ。なんなんだ一体と唇を噛み締める。
しばらく話し合いが続いた後、決着がついたのかようやく二人の距離が離れた。
「じゃあそう言うことで!」
「……期待はしないでね」
「いやめっちゃ期待してるから。頼んだ!」
そう言うと秀多は美都に手を振り颯爽と廊下を駆けて行った。彼の話を聞き終えた美都の表情は、まるで苦虫を噛み潰したかのようで全く晴れやかなものではない。何かを押し付けられたと思うのが妥当だがそれがなんなのか推測が出来ずそれとなく訊ねてみる。
「なんだったんだ?」
「あ、いや……別になんでも。──……行こっか」
なんでもと言う割に浮かない表情をしたまま、美都は数秒四季を見つめる。そしてふと視線を逸らし、先ほど秀多が駆けて行った方へ歩き出すよう促した。隣へ位置づけるため数歩早めに足を出す。横目で彼女を再び見るがやはりどうにも釈然としない反応をしている。気にはなるがわざわざ内密にと目の前で言われている。詮索したところで詳細は聞けないだろう。
最近ままならないことが多いなと思う。しかし久々に校内で彼女の横を歩いていることに胸が満たされていくのも感じる。
四季は美都に気付かれないようにふっと顔を綻ばせた。
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