めぐる鍵、守護するきみ-鍵を守護する者-

空哉

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新緑の頃、再び -鍵を守護する者②-

そして新たな風が吹く

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大型連休が明ければ5月はあっという間に中旬に差し掛かる。何だか今年は濃い連休だったなあとぼんやり考えながら美都は学校への道を歩いた。
教会を後にしたあの日は、常盤家に戻ったもののあまり長居することはしなかった。司には申し訳なかったがあまり長時間居座ると帰るのが億劫になってしまうため、お茶をした後すぐに常盤家を後にしたのだ。それでもひと月振りに共に食卓を囲えたことは有意義な時間だった。
結局、円佳には何も訊けなかった。彼女も話そうという素振りはなかったためまだ語るべきときではないということなのだろう。
「──…………」
宿り魔が出現して家を飛び出した時、円佳は何か察知しているようだった。そもそも彼女は鍵の存在を知っている。そうであるならば自分が守護者であることも承知のはずだ。だから動じなかったのかも知れない。
円佳が何をどこまで知っているのかは定かでは無い。それでもいずれ話すと言われた手前、急き立てることも出来ない。それに恐らく司には詳細を話していないはずだ。彼の前では尚のこと話題にはしないだろう。
それよりも、と思い返して美都は溜め息を吐いた。せっつかれたのは美都の方だった。
『あんた、三者面談あったんだって?』
と。訊かれた瞬間、ギクリと反応してしまった。よくよく考えれば多加江が円佳に話さないはずが無いのに。それに羽鳥の方から連絡も入っているのかも知れない。
『そ、そんなことがあったような……』
『過ぎたことだからうるさくは言わないけど、進路決まったんなら早く言いなさいよね』
『まだ悩み中……』
自分のやりたいことが見つかっていない中、円佳の時間を割くのは忍びなかった。羽鳥との話し合いではひとまず進学予定とはしたがそれさえもはっきりとはしていない。志望校の問題もあるし自分の気持ち的な問題もある。
随分と難しい顔をしていたのか、円佳が見かねて口を開いたのだ。
『一応言っておくけど、変な遠慮なんてしなくていいからね』
『……うん』
『あんたはまだ子どもなんだから、甘えられるとこは甘えといていいの。わかった?』
『美都がやりたいことを、僕たちも応援するから』
まるで気持ちを見透かされたかのように、円佳に先手を打たれてしまった。司にしても彼女と同じ意見だったらしい。
伯母である円佳だけでなく、その夫である司も幼少期から自分を見てくれているだけあって思考を読まれていたようだ。
二人の気持ちを聞いて少しだけ心が軽くなった。あとは自分がどうしたいか、なのだが。
(それが難しいんだよなあ……)
うーんと唸りながら歩いていると前方から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
いつもより弾みをつけてこちらへ走ってくる少女の姿が確認出来る。なんだかんだ彼女に会うのは久しぶりだ。
「美都、ただいま!」
「おかえり凛」
朝の挨拶ではなく、帰還の挨拶なのは凛が連休中フランスへ滞在していたからだ。明るい表情を見せる彼女は特に変化も無さそうで安心した。
本来であれば毎年帰国した日の夜、常磐家の美都の部屋で土産話を聞くのが通例だったのだが今年は事情が違う。凛も遠慮してくれたのだろう。
「楽しかった?」
「えぇ!  でもやっぱり美都に会えなくて寂しかったわ」
とは言え1週間ちょっとのことである。中学を卒業して高校が別になったらどうするのだろうと思い、凛から見えないところで苦い顔で笑った。
そのまま凛の土産話を聞きながら校舎の方へ歩く。異国の話を聞くのは楽しい。文化が違うせいもあるが行ったことない地を思い浮かべるだけでも楽しい気分になれるものだ。特に長期滞在していただけに積もる話がたくさんあるらしい。滞在中は彼女の祖母の家で過ごしていたようで、彼女の祖母を想う気持ちがひしひしと伝わってきた。
そうして話していくうちに凛が何かを思い出したようにその名を口にした。
「そう言えば空港で愛理に会ったわ」
「えっ、そうなの?  またどこか行くのかなあ」
先日、和真からもその名前が出ていたことを思い出した。またどこか別の地へ行くのだろうか。それにしても海外の空港で、しかも知り合いと会う確率なんてどれだけのものなのだろう。
「元気そうにしてた?」
「……何も聞いてないの?」
「あー……最近忙しさにかまけてちゃんと連絡出来てなくて……」
渋い顔をして凛の質問に答える。しまった、連休が明ける前に連絡しようと思っていたのに。今日帰ったらちゃんと連絡しよう。そろそろ怒られそうだ。
靴箱に着いて上履きに履き替えていると、同じく朝練を終えた各部活動所属の面々が次々に戻ってきた。
「おっはよ、美都」
「春香、あやの、おはよー」
こうしてエントランスで挨拶を交わすのもさすがに久しく感じる。連休中、部活の時間が被らない限りあまり顔を合わせることがなかった。特に校庭を使用するラクロス部と体育館で行うバスケ部では接点がないのだ。二人の元気そうな姿を見て顔が綻ぶ。
そのすぐ後にサッカー部も帰ってきたところだった。和真といつも通り挨拶を交わした後、後ろにいた四季と目が合った。
「はよ」
「おはよう」
そう言えば今日は家で会話をしていなかった。自分が起きる前に、いつも彼のほうが早く家を出るからだ。学校で朝の挨拶をするのは何だか珍しい気がして若干こそばゆい。
上履きを履いて教室へ歩き出そうとした時、一部始終を見ていた凛が訝しげにこちらを見ているのに気づいた。
「凛、どうしたの?」
「……何かあった?」
「ま、まあ色々ね……」
「いろいろって何……?」
本当にいろいろあった。凛を送り出したその日にも連休中にも、毎日が事件の連続だったと言っても良い。宿り魔に関してもそうだが、たった今彼女が鋭い視線を向けた四季とのこともそうだ。だがそれを逐一説明するとなると多くの時間を要する。朝のこの限られた時間で説明できる内容ではないのでなんとかはぐらかそうと目線を逸らした。
「衣奈ちゃん!」
逸らした目線の先に見覚えのある後ろ姿を捉えてその名を呼ぶ。長い髪を二つ縛りの三つ編みで結い上げ、眼鏡をかけた少女だ。
「おはよう美都ちゃん」
振り向いて美都に微笑みかけた。よかった、こちらも変わりなさそうだ。
「勉強見てくれてありがとうね」
「こちらこそ。たくさん話せて楽しかったよ。あ、ねぇ美都ちゃん」
「?」
連休中、図書館で勉強を教えてもらった礼を伝える。息抜きで互いのことについて話をする機会もあった。横からの凛の視線が気になるところだが、衣奈から続けて質問があるようで彼女の言葉を待った。
「美都ちゃんのお家って……三丁目の公園の近くだったりする?」
一瞬ドキりとして目を見開いた。確かに常盤家はすぐ近くだ。しかしなぜそんなことを聞くのだろう。まさか衣奈は宿り魔に襲われたことを覚えているのだろうか。否、それにしても自分に問うのはおかしい。あの時助けたのは巴だったのだから。
「あ……うん。元々はね。今は違うけど」
「そうなのね。じゃあ見間違いかなぁ……この間美都ちゃんを見た気がするんだけど……」
「気のせいじゃないかな。わたし最近そっち行ってないし」
苦しい言い訳だ。つい先日訪れている。
衣奈が襲われた時、自分は守護者の姿だった。だがもしスポットの外で見られていたのだとしたらどうか。そうであった場合、四季とともにいた時の可能性が高い。ただでさえ衣奈には二人でいるところを度々目撃されているため、なんとか誤魔化しておきたいというのが本音だ。
力無く笑う美都を見て、衣奈も再び追及することを控えてくれたようだ。ともかくもあの場所に自分がいたとなると彼女も余計混乱するだろう。だから余計な情報は省いて置きたい。そして、また一緒に勉強しようと約束を交わすと衣奈は自分の席へ向かっていった。
「ねぇ美都?」
「な……何?」
ずっと横で沈黙を貫いていた凛が、第三者と話が途切れたと見て静かに自分の名を呼んだ。若干の不穏な空気を感じつつ彼女に目線を向ける。
「連休中、何があったのかしら?」
「えぇ?  えーと……」
凛のこの笑顔は怖い。しかも先程とは違って「何か」という不確かなものではなく「何が」という前提の質問に変わっている。これはちゃんと説明しなければ彼女の腹の虫がおさまりそうにない。前回しっかりと学んだことだ。
「ちゃんと話します、授業後に」
「今話して」
「って言われても時間無いよ……」
「そんなに色々あったの?」
あったとも。キツネ面の少女に遭遇したり四季といざこざしたり全然休まれない連休だった。唯一の休息は常盤家に顔を出せたことか。それと多加江の菓子を久々に口にできたこと。と、思い返してみたところあの日もまあそれなりに大変ではあったなと渋い顔をする。
「やることがいっぱいだなぁ。愛理にも連絡しなくちゃだし」
「……ねぇ、本当に何も聞いてないの?」
「?  なんのこと?」
先程も同じようなやりとりがあったことを思い出し、小首を傾げる。凛の反応が気になり眉間にしわを寄せた。
そのすぐ後だ。凛が自分の背後を見て、「あっ」という表情をしたのは。
「教えてないよ」
自分の真後ろで聞こえる声に目を見開いた。
────この、声は。
美都が振り返るより早く、背後にいた人物の腕が彼女の身体に回された。
「ねぇ?  美都ー?」
「あ……、愛理!?」
美都の肩越しで微笑む少女──坂下愛理さかしたあいりの顔を確認すると、美都は思いきりその名を呼んだ。
同い年の女子に比べて身長が高く、すらっとした身体はただ細いだけではなくしっかりと筋肉がついている。美都の身体に回している腕も彼女の肩の上からで愛理の高身長ぶりが伺える。
突然のことに驚いて動揺を隠せない美都は、目を見開いたままなんとか口を開閉させた。
「な、なんで──!? 」
「なんでって、ちょうど1ヶ月ほど日本に滞在になったから」
「いつ帰ってきたの!? 」
「凛と一緒の日ー。空港で会ったもんねー」
混乱する頭で必死に整理する。つまり、凛が空港で愛理に会ったというのはフランスの空港ではなく日本の空港だったということか。確かに凛はどちらの、とは明言していなかった。完全に早とちりしていた。
「美都から連絡なくてすっごく寂しかったんだよー?」
「う……、ご、ごめんなさい……」
「何だかわたしがいない間大変だったようだけど?」
連絡不精のことを突かれ気まずそうに目線を逸らす。しかしこれぐらいで引き下がる少女でないことは百も承知だった。愛理は海外さながらのスキンシップで美都の顎に指を滑らせる。しまった。この状態じゃ逃げられない。
「もう愛理!  美都から離れて!」
「何よー。久しぶりなんだからちょっとくらいいいでしょ?」
「わたしだって久しぶりだもの!  そもそも愛理は美都に近づきすぎよ!」
「いいじゃーん減るもんじゃないし」
ぐいっと力任せに、凛が二人を引き剥がした。助かった。ひとまずは愛理のおもちゃにされず済みそうだ。
冷静さを取り戻し、はたと思い至って息を呑んだ。
まともにしてても目立つ二人なのだ。加えて愛理の方は他の生徒にとって目新しいはず。だとしたら。そう思って辺りを見渡した。
(やっぱり──……!)
血の気の引く音がした。愛理が現れたことの衝撃で周りのことを気にしていなかったが、案の定他の生徒が騒然としてこちらを見ている。ようやく四季とのことが落ち着いて安寧の暮らしが出来ると思っていたのに。美都はその場で頭を抱えた。
いやちょっと待てとハッとして、凛と攻防戦を繰り広げている愛理に確認をとった。
「愛理何組!? 」
「6組ー!  美都の隣だね」
ひとまずほっと胸を撫で下ろした。同じクラスでないならばまだ目立つことも少ないか。
しかし目敏く美都の反応を確認していた愛理から再び手が伸ばされた。
「何の安堵なのかなー?  何か見られちゃまずいものでもあるのかしらー?」
「なんでもない!  なんでもないです!」
見られてまずいものはないが、報告していないだけにいま知られてまずいことはある。この騒ぎで各教室から顔を覗かせている一番奥の教室にいる人物だ。和真とともにこちらを見ている姿が視界の端に映った。
一方、7組の教室から騒動を見つめている面々の中でも和真と春香だけは冷静だった。
「おー、やってるやってる。だから連絡しとけって言ったのに」
「……知り合いか?」
和真の隣で佇む四季が彼に問う。見知らぬ女子生徒が美都に対して行う過度なスキンシップに目を見張っているようだ。その様子を察知して二人がニヤリと笑んだ。
「幼馴染その2な。厄介だぞーあいつは」
「事によっては凛よりもねー。って言ったら凛に怒られるけど、まあ間違ってはいないでしょ。さぁ大変だぞー四季」
こいつら確実に面白がってるな。
二人の言葉を耳にして、四季は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。どこがどういう風に厄介なのか問い質したいところではあるが、そんなもの見ればわかる。周りの目を気にせず、親しげに彼女に触れる姿。幼馴染で気を許していなければできるわけがない。
尚も背の高い愛理の腕に抱えられたままの美都を見ながら、四季が眉間にしわを寄せる。
(……ったく保護者が多すぎるだろ──……!)
やり場のない感情を必死で自分の中に落とし込む。
自覚した途端にこれだ。学校生活は当分気が抜けそうにない。幸いなのはまだ「その2」が彼女の異性でなかったことか。だがそれにしても厄介である事に変わりはない。
斯くして愛理の登場により、二人の生活が想像以上に振り回され始めることとなるのであった。


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