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新緑の頃、再び -鍵を守護する者②-
ふとしたときに思い知る
しおりを挟む連休初日、第一中学の校庭はそれは賑やかなものだった。あらゆる部活動がこぞって練習に励む。都会とはいえ郊外に佇む第一中学は校庭もそこそこ広く、生徒たちはストレスなく部活動に順じていた。
「パス! そっち回って!」
美都が所属するラクロス部も例外ではない。チームメイトの力のこもった声が響く。ラケットを握りしめてコートを駆ける。掛け声に応じて仲間の立ち位置を確認しパスを繋げた。
しばらくして笛の音が響きわたると一斉にプレーが終了し、美都は息をついた。すぐに集合の合図がかかりコートの端へ向かう。
「美都、最近いい動きするじゃん!」
「へへー! ありがと!」
後ろから駆けてくるチームメイトに背中を叩かれ、美都は笑顔で応じた。
握るものは違うが守護者の使命が役に立っているのかもしれない。立ち回り方は異なるもののあちらも鋭敏な動きを求められる。ひょっとするとラクロス以上に。
チームメイトたちが集まり、主将から号令がかかる。今日の練習はこれで終わりだ。
すると顧問から今かいた汗が一気に冷えるような連絡事項が伝えられた。
「うちは文武両道を掲げているから休み中はしっかり勉強もすること。中間考査でひとつでも平均点以下だったら試合には出さないからそのつもりで挑むように」
先程までの覇気が消え去るほど、部員たちの返事はまばらだった。それを顧問が制し、再び溌剌とした挨拶をさせる。
(へ、平均点……)
一気に現実に戻された気がした。だいたいいつも平均点付近を彷徨っている美都にとっては重い言葉だ。
連休が明けて5月下旬にはすぐに中間考査が始まる。うかうかしていられない。一つでも平均点以下なら試合には出られないのだ。皆必死になって勉強するだろう。
特に3年は試合に出られる回数も残り少ない。ここで気合を入れなければ自分の首を絞めることになるのだ。かと言っていつも頼りにしている凛は海外だ。春香も部活と塾で忙しいだろう。どうしたものかと頭を悩ませ始めたところ、つい昨日あった出来事を思い出した。
(そうだ、衣奈ちゃん……!)
予定がわかったら連絡してと言われていた。連休中、一緒に勉強しようと。
昨夜は円佳と和真にそれぞれ連絡することだけしか頭になく、頭の端に置いたままにしてしまっていた。後で連絡してみようと思い顔を上げた瞬間、背後から女子生徒たちの黄色い声が聞こえた。
何事かと思って振り返ると遠目でボールを蹴る少年たちの姿が見えた。
「ねぇせっかくだからサッカー部の試合見てこうよ」
チームメイトの声でサッカーコートの近くまで誘われる。そう言えば今、サッカー部は練習試合をしているのだった。
サッカー部とラクロス部のコートは隣接しているため、あまり移動せずに済むのが利点だ。美都がたどり着くより前に先客が数名おり、その動向に歓声を上げていた。つられるようにしてサッカーコートを見る。色分けされたゼッケンを纏い、少年たちが縦横無尽に動き回っていた。
練習試合と言えど選手の表情は真剣そのものだ。プレーに手を抜かないのはスポーツマンシップに則っている。
「──!」
無意識に目線が四季を捉えた。他の選手同様、広いコートを駆け巡っている。少し距離があるものの、動いている姿に特段変化は見られない。昨日のことがあっただけに心配していたが通常通りに思える。それでもボールが四季に回ってくるとハラハラしてしまうのも事実だ。
だが美都の心配をよそに、難なく切り返すと鮮やかに味方にパスを繋げた。そのプレーにまた歓声があがる。
「向陽せんぱーい!」
下級生からも応援する声がかかった。思わずぎょっとして視線をそちらに向ける。彼は学年問わず人気なのだと実感した。
(そっか……そうだよね)
再び四季を見る。確かに彼は非の打ちどころがない。
背も高く、容姿も整っている。加えて歳も1つ上なことから大人びて見える。少し愛想が足りないとも思うがそれもクールだと言い換えることが出来る。これで運動も勉強も出来てしまうのだから、確かに人気が出ない方がおかしい。
はたと思い美都は一瞬目を丸くした。
そうだ。モテないわけがない。今まで恋愛の話をしてこなかったが、四季には恋人はいないのだろうか。
いてもおかしくない。これほどの人気なのだから。もしいたとしたら──……。
(……──わたしすっごく邪魔だよね?)
顎に手を当てながら思考に耽る。
守護者の役目があるから同じ家で暮らしてはいるが、彼だってもともと自分の生活があったはずだ。むしろ守護者という共通点がなければ恐らく今でも接することはなかっただろう。それ以前の彼のことは良く知らない。否、一緒に暮らし始めてからも過度な干渉は避けていた。
もし四季に相手がいるとしたなら、すごくまずい状況なのではないか。
そんな悶々とした思考を遮るように見物客から一層歓声が沸きあがった。四季が繋げたパスで和真がシュートを決めたらしい。
周りに合わせるようにして拍手を送る。
遠くに見える四季と和真はハイタッチして笑みを交わすと、すぐにまたプレーに戻った。
「かっこいいねー、向陽君」
「そう……だね……」
チームメイトの声にぼんやりとした返事を返す。
先程考えていたことを確かめる術は、直接本人に聞くしかない。だがそれこそ過干渉だ。聞いたところで今更同居を辞めることなんてできない。
幸いそういった類の噂は耳にしていない。人気のある四季のことだ。もしそうなったら話題になるだろう。
「…………」
美都は無意識に深く息を吐いた。
改めて人との距離感について考えなければと思ったのだった。
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